逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
【3時間前】
俺は、人々の笑顔と、泣き顔を眺めていた。
前哨戦が終了したあと、生き残った半数のチームは笑い、脱落した半数のチームは、みるからに意気消沈していた。
ゲーマーたちにとっての、甲子園のような大会。そんな役割を持つ電甲杯は、まさしくスポーツの夢に破れた少年少女たちと同じような失意を与えているようだった。
そうだ。
俺たちにとって、ゲームとは日常に隣接する、真剣勝負の場だ。
はじめてから日が浅かろうと、十年来の経験者だろうと、ここまで真剣に取り組んできた者でなければ、このステージに立つことはできない。
だからこそ、勝者は笑い、敗者は泣くのであろう。
そして、俺たちは――――。
「いいんちょくん。作戦、どんぴしゃだったね」
「ああ」
「よかった、ほんとに。……や、ほんと、校内予選のときの失敗、活かせてよかったぁ。よし……よし、よし!」
赤城さんは静かに喜びを噛み締めると、Quiet Girlと描かれた旗を腰に差して、立ち上がった。
「いいんちょくん、翠ぴ、おつかれ。ガチGGだった! これで次、本チャンやれんねっ!!」
「ああ。ほんとう、グッドゲームだった」
前哨戦B――Quiet BearSの総合順位は、6位。
10位以内のフィニッシュということで、次なるステージである最終戦への出場が確定したことになる。
もちろんそこが真の本番ではあるが、ここがいったんの区切りであり、大きな山場のひとつだったことはたしかだ。
「愛莉ちゃーん。それから、亜熊くん、相戸さんも! GGだったね!」
俺たちのひとつ下の段でプレイしていた海谷さんがやってきた。
「ララっち!」と赤城さんが手を振り返す。
あだ名で呼ぶということは、このふたりはそれなりに仲が良いのだろうか。まあ、女子というのはみんなそれくらいの距離感であるものか。
「えっと。ララっちのところは……」
「あはは。最終試合やらかしちゃって、11位フィニッシュだよ。ちょっと色気出しすぎちゃったかなぁ。ファイトしないでも移動できそうだったんだけど、判断ミスっちゃった。とくに相手が愛莉ちゃんとこってわかってたら逃げてたんだけどねー」
「そ、そっか。それは、なんてゆーか……」
「いいのいいの、謝んないで。勝負ってそういうものだから。それより最終戦、応援してるから、うちらのぶんも勝ってね!」
負けても爽やかな海谷さんは、みるからに落ちこんでいるチームメイトの肩を抱くと、その場から去ろうとした。
その前に、俺のほうに振り向く。
「と、そうだ。亜熊くん――あの最後のタイマンだけど、完敗だったよ。知らなかったよ、あんなにうまかったんだね! 観戦楽しみにしてるから、がんばって!」
「……ああ。海谷さんこそ、ほんとうに強かったよ」
その笑顔とサムズアップに、俺もまた賞賛の言葉を送った。
かくして、ほかのチームもまた、いったんその場から掃けていく。
今、時刻は十六時を少し回ったくらいだ。
ここからは、本戦の開始まで一時間ほどのインターバルを取ることになる。
PCチェックのためにステージは閉められるから、再集合の呼び出しがかかるまでは、また控室などで待機することになる。
だが、裏に退く前に、俺たちを出待ちしている集団があった。
関係者専用のドアの前に集まっていたのは、見知った顔のひとたち。
LC学園のクラスメイトたちだ。
「愛莉、おつかれー!」
「さすがに強かったな!」
「プレファイト突破おめでとー!」
そう口々に言う彼らの目的は、当然赤城さんだろう。陰の者である俺は、適当に横でニコニコしていればいいはずだ。
と、そのはずだったのだが――。
「みてたぜ、委員長。第3試合のスナイパー、あれクッソうまかったな!」
「うん、超えぐかったー!」
「いやー、なんつーか愛莉が選んだのも納得って感じだったな」
予想外に、俺にも声をかけてきた。
以前は教室で俺を詰めていたゾンビ軍団だが、当時の恨み節はどこへやら、今はかねより認めていた仲間とでもいうかのような、なごやかな雰囲気で話しかけてくる。
わかってはいたことだが、彼らはみな現地観戦していたわけだ。
それで、俺のプレイをみて、ひとによっては感心したり、委員長なのにゲームがうまいと驚いたり、それぞれに感想を抱いている。
「いやあ、恐縮だ。赤城さんの立ててくれた作戦が、ああもハマってくれるとは、俺自身も驚いたよ」
「そりゃ愛莉もだけど、あの展開についていけてる委員長もすごいって」
「まったく、恐縮だ」
「やっぱあれか? 去年の電甲杯の盛り上がりをみてコソ練してたクチか?」
「ははは、恐縮だ」
委員長は、同じ言葉を繰り返した。なんの回答にもなってはいない。
まともな人間か壊れたロボットかで言えば後者のほうが近そうだったが、さいわいというべきか、みな気づいていない様子だった。
クラスメイトたちの激励がひととおり終わると、俺たちはようやく関係者用エリアのほうに戻ることができた。
さっそく本戦についての話をする赤城さんについていく最中、俺は道中でトイレをみつけた。
「ちょっと、寄っていっていいだろうか」
「あ、うん。じゃ、あとで控室でね!」
「……クマ。話したいことがあるから、かならず会いに来て」
廊下の向こうに、赤城さんと翠が消えていく。
ようやく、ひとりになれた。
俺は、トイレの鏡と向き合った。
そのなかに立っている男の様子を窺って、俺は意外に思った。
……一応、なんとかなっている。
俺のセルフ委員長チェック能力は、かなりの精度を誇っている。
こうして鏡に向かって自問して、自分が委員長としてやれているかどうかを自己検査することにかんしては、年季が入っているわけだ。
その鏡のなかの俺が、今は一応、問題なく委員長をやれていると教えていた。
これは、かなり奇妙なことだ。
とっくに限界が来ていてもおかしくないというのに、こうして活動できているというのは。
やはり、翠が言うように、俺にも徐々に体力がついてきているということなのだろうか。はじめのチームメイト探しのときは、あまり面識のない同級生と組むというだけで難儀していたというのに。
なにせ、さっきなど――――俺は、海谷さんを撃ったのだ。
もちろんゲーム上の話だが、それでも、学校のみんながみている前で、俺は同級生の女の子を撃った。
委員長らしいかどうかでいえば、まったく委員長らしくない行為を……。
いや、深く思い返すのはやめておこう。
せっかくどうにかなっているのだから、あまり余計なことを考えるべきではない。
唯一の懸念は、ひどく頭痛がしていたことだ。いくらバッテリー不足が顕著だろうとも、あれほどわかりやすくダメージが生じることはこれまでになかった。
今はちょっと重たいくらいで済んでいるが、さっきはかなり、きつかった。
あと一時間もしたら真の本番が待っているのだから、きちんと休息を取っておくべきだろう。
俺は、洗面台でバシャバシャと顔を洗った。ハンカチでよく水気を取り、身なりを整えている最中に、スマホが鳴った。
翠か赤城さんだろうかと思って確認すると、そもそもDiscordじゃなかった。
ラインだ。おれをともだち追加してきた相手の名は――se1enセレン。
セレン:やあ 委員長くん
:突然わるいね
俺は、怪訝に思ってしまった。
想像してもいなかった相手だ。
俺:東堂くんか
:どうしたんだ?
セレン:そうだ 前哨戦みていたよ
:最終戦進出 おめでとう
この発言も、いまいち真意が読めなかった。前のときは負けてほしいと言っていたが……いや、あのときは予選の段階だったからで、今はもう関係ないのか。
俺:東堂くんこそ、余裕の1位通過だったと聞いている。さすがじゃないか
セレン:ありがとう
:そんなことより 今ちょっと時間が取れないかな
:じつは少し会って話したいことがあるんだ
俺の社交辞令を「そんなことより」で切り捨てるse1en。
いや、そんなことより――会って話したいことだと?
かなり断りたい――と思ってしまうが、にべもなく断るのは、委員長的ではない。
不運を呪いながら、俺は用件をたずねた。
セレン:ほら 前のことだよ
:あれから考えたんだけど あやまりたくてね
:あのときはオレも少し苛立っていて
:悪いことを言ってしまったと思っているんだ
:それにちょっと、個人的に気になることもあって
――あやまりたい。
そういうことなら、ますます委員長としては断りづらい。同じ会場にいる以上、通話ではどうだろうと提案するのも変だ。
しかたないといえるだろう。
俺:わかった。どこに行けばいいかな
セレン:そうだな 控室……はひとが多いから その奥にある休憩所はどうだろう
:喫煙所の前にベンチと自販機があったから ちょうどいいんじゃないかな
:待っているよ
俺は、了承した。
困ったことになってしまった。
まあ、手早く済ませればだいじょうぶだろう。翠にも会いに来るように言われていたし、パパっとあやまられておしまいにすればいいか。
移動しながら、俺は予選のときのことを思い出した。
結局、se1enの裏にいて指示していたという人間は、だれだったのだろう。こうして電甲杯の本戦がぶじに進行している以上、もはや些事ではあるのだが、それでも好奇心として気になるところではある。
まさか学園長は関与していないと思うが……。
関係者スペースは、思ったよりも奥に広かった。控室を通り過ぎてずんずんと廊下を進むと、ようやく行き止まりに当たった。
時間的には少し早いが、もう彼はいるのだろうか。
L字の廊下を曲がると、たしかに向こうのほうに自販機があった。その奥には、喫煙スペースとベンチがあるらしい。
しかし、いざ近づこうとしたとき――。
「来ていたんですね、オーナー。てっきり、こういうイベントには興味がないものかと思っていましたよ」
「ついさっき着いたところだ。俺も運営側だ、挨拶しなければならない相手もいる。観戦も、まあ悪いものじゃない。新しい選手については、今は探してはいないがな」
だれかの話し声がした。
se1enの相手の男の声は、やけに聞き覚えがあった。
おそるおそる、俺は自販機の陰からわずかに顔を出して、様子をうかがってみた。
そして――刮目してしまった。
「現状、おまえより優れた選手がいないのはわかりきっているからな。勝てよ、セレン。電甲杯のトロフィーくらいは、さくっと獲ってもらわないと困る」
そこにいたのは、プロチームlabyrinthのオーナー。
――――なつかしい、六道景虎さんの姿だった。