逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
――――中三の、夏のことだった。
その日、俺はとある会場の片隅で、縮こまっていた。
場所は、パシフィック横浜という、国内でも最大規模のイベントホールだ。
本日ここで開かれるのは、ルシファー・オンラインのアジア大会プレイオフ。
ここで上位入賞すれば、次に開催される世界大会への参加チケットが与えられるという、重要度の高い大会だ。
そして――俺はこの大会に、選手として参加する予定でいた。
俺の首から下がる選手証には、labyrinthDND_enigmaと書かれている。
エニグマ――昔から使っている、俺のプレイヤーネームだ。
だが、俺はそれを隠している。
今も、控室の隅で、うずくまるようにして座っている。
「なあ、聞いたか。今回の大会、エニグマがエントリーしてるんだってよ」
そんな声が聞こえてきて、俺は思わずびくりとしてしまった。
「エニグマ……って、あのエニグマ?」
「おう。前期のバロン帯、世界1位」
「まじ? おれ、轢き殺されたよ。ポイント、くっそ取られてる。え、どこのチーム?」
「ラビリンスだってよ。前からSCには参加しているんだって。あとでみにいこうぜ」
みにいくだって?
冗談じゃない、やめてくれ――俺は思わず、深々とかぶったフードの下から、ふたりの顔を凝視してしまった。
彼らのうちの片方が、俺の視線に気づいた。
「えっと……なんすか?」
なにも答えられずに、俺は顔をそむけた。選手証をパーカーのなかに深々と隠して、まるで殻にこもるかのように、さらに縮こまった。
ふたりがふしぎそうに顔を合わせて控室を出ていくと、安心する。
普段の俺――学校で委員長を務めている俺を守ってくれているのがメガネなら、エニグマとしての俺を守ってくれているのは、このフードとマスクだといえた。
あれから、しばらくの時間が経っていた。
六道オーナーにスカウトされて、labyrinthの所属になってから、もうはやくも数か月が経過している。
ここまで、俺はこうして顔を隠して、ほとんど声を発さずに過ごしてきた。
それでも、どうにかなっていた。
ルシオンの公式世界大会は、参加するためにいくつかの関門がある。アジア枠の参戦では、本日のアジア大会で結果を残す必要があるが、そのアジア大会に出場するためにも、SCと呼ばれる定期開催の大会で一定の戦果を残さなければならない。
これまでの大会は、すべてオンライン開催だった。俺は事務所でチームメイトとゲームをすればいいだけで、オーナーがすべての手続きを済ませてくれていた。
決められた時間に行き、カスタムマッチに入り、勝利する。
それだけだった。そのあとは、とっとと帰るだけでよかった。
だが、本日の大会は違った。
初のオフライン開催で、会場まで行く必要があった。
オーナーは迎えをよこさせると言っていたが、俺は断っていた。
ひとり電車で会場に向かうほうがずっとよかった。なぜなら、そのほうがチームメイトと過ごす必要がないからだ。
俺は、だれにも自分の存在をみられたくなかった。
委員長ではない状態では、まともな会話のできない社会不適合者なのだから。
だから――俺がおそれているのは、つねにチームメイトの存在だった。
じつは、俺はチームメイトとのあいだにひとつの問題を抱えていた。ルシオンは三人ひと組のゲームだから、俺の仲間はふたりいるが、特にそのうちの片方だ。
その原因は、明確だった。
それでいて、解決しようのないものでもあった。
俺はこのごろ、時間があるとその件について考えてしまう。
このときもそうだった。控室の片隅で、俺はひたすらに縮こまり、俺自身の問題に向き合っていた。
「――――エニグマ」
ふいに名前を呼ばれた。
みると、labyrinthのユニフォームを着ている男がいた。ツンツンと立った短い黒髪に、サメを思わせるような吊り目が印象的な男だった。
どくんと、俺の心臓が大きく鳴った。
名前は、天童凛児(てんどうりんじ)。プレイヤーネームは、本名からそのまま持ってきて、リンジ。年齢、十八歳。
labyrinthの立ち上げの際に、名門チームであるFBTバラティックから引き抜かれた、ルシファー・オンラインのプロゲーマー。
俺のチームメイトであり、また俺の問題の渦中にある人物でもあった。
「まだこんなところにいたのか。おまえ、準備が終わったらとっととブースに来いって言われていたのを忘れたか」
俺はうろたえた。
知らなかったし、知らされてもいなかった。まだ開始時間までは余裕があるはずだったが、もう行ってなければならなかったのか。
あわててスマホを確認する俺に、リンジはわざとらしいくらいのため息をついた。
「そうだった、前んときの終わり際に言われていただけだった。おまえ、ミーティングとか参加しねえもんな。オンラインのときも、ずっとミュートだしよ」
リンジは、機嫌が悪いようだ。思えばはじめから棘があるように感じる人間だったが、このところは顕著だ。
俺は、控室から出ようとした。
待てよ、と引き留められる。
「礼ぐらい言えよ。わざわざ呼びに来てやったんだから」
そう言われても、俺はまともにしゃべることができない。
ぺこぺこと頭を下げるのが、俺の限界だった。
ちっ、とリンジは露骨に舌打ちをした。
「おい。いいかげんに、ちょっとは喋ってみろよ。それとも、おれのことをばかにしてんのか? 慣れりゃ少しは話すようになるかと思えば、ずっとだんまり決めこみやがって」
「……っ」
おかしい、と俺は自分自身で思う。さすがの俺といえども、ほんの少しくらいならまともなリアクションが取れるはずだ。
なのに、リンジと接しているときの俺は、どうしても喉にちからが入らなかった。
ずっと俺の態度に業を煮やしていたのだろうか、リンジは俺を見逃すつもりはないようだった。
状況が膠着して、どうにもならなくなる。
「やめろ、リンジ」
そこに、救いの声がした。
その声の主は、俺の肩を掴むと、無理やりリンジから離させた。
振り向くと、俺以上に上背のある男が、叱責するような目線をリンジに向けていた。
「前も言ったよな。もう、エニグマにつっかかるんじゃない」
「ミカさん。……ちっ、おれは悪くねーぞ」
「俺は、反省しろと言っているんじゃない。問題を起こすなと言っているんだ。試合直前だぞ」
もうひとりのチームメイト。
プレイヤー名、ミカエル。年齢は、リンジのひとつ上の十九歳だ。どうやら欧米系のハーフらしく、彫りの深い顔立ちをしている。
大学に通いながらプロをしているらしいが、詳しいことは、俺は知らなかった。
ミカエルも、リンジと同じでlabyrinthの初期メンバーのひとりだ。そして、前年度の日本の公式大会におけるスタッツ一位でもある。
つまり――現時点での、国内最強プレイヤーということだ。
最年長ということもあり、俺たちのチームでは彼がリーダーを務めている。
「なんでだよ、ミカさん。あんたは、おれの味方じゃねーのかよ。こんなポッと出のコミュ障に、なんで肩入れなんか……!」
「それは、今話すべきことか? オーナーが呼んでいるぞ。さっさとブースに向かっておけ」
「……わぁったよ」
わざと俺の肩にぶつかると、リンジは荒々しい足取りで控室を出て行った。
俺は、九死に一生を得たような気持ちだった。
「……ったく、頭を悩ませる。どうしてこうなったんだか」
リンジの後ろ姿を見送ると、ミカエルはひとりごとのようにつぶやいた。
いや、あるいはほんとうにひとりごとだったのかもしれない。俺に話しかけてもろくに返事がないことは、ミカエルも知っている。
俺がミカエルの横顔を覗いていると、目が合った。
ミカエルは、どうやら胸倉を掴まれてよれていたらしい俺のパーカーを握ると、ぐっと元に戻してくれた。
「……ぁ、ぁ」
俺は、ありがとうと言おうとした。それさえ無理だと察すると、急いでスマホをつけて、せめて文字に打とうとした。
そんな俺をみて、ミカエルは困ったように一笑すると、俺の背中を叩いた。
「行くぞ」
先に向かってしまった彼に、俺は数歩遅れてついていった。
――ミカエル、リンジ、エニグマ。
それが、labyrinthのルシファー・オンライン部門の現メンバーだ。
俺を厭うリンジとは違い、ミカエルは、俺のことを理解してくれているようだった。
その証拠に、彼はいつも、俺のことを庇ってくれていた。
正直、彼の存在にはかなり助けられている。
ミカエルのおかげで、俺はぎりぎり、このlabyrinthというチームで活動することができていた。
俺のどうしようもないところは、そのことについて、ろくに感謝も述べられずにいることだった。
選手ブースでは、もうすでに多くのチームが席について練習をしていた。
今回は、ネット配信が入る。世界大会の出場がかかった対戦となるから、そのぶんだけ注目されている大会だった。
俺にもインタビューなどの依頼は来ていたようだったが、すべて六道オーナーが弾いたそうだった。彼は、俺との約束を守ってくれていた。メディア露出は一切する必要がなくて、だれとも話さずにいていい環境作りに徹してくれていた。
そのオーナーは、席に座る俺たちに対して、試合前の激励をしていた。
「――最高のメンバーを揃えることができたと思っている。今年は、去年の二の舞にはならない。新生ラビリンスの強さを、世界に知らしめる必要がある」
彼は、正面の席で縮こまる俺の肩に手を置いた。
「頼んだぞ、エニグマ。もっとも、今回は韓国のリスキーリッツにシード権があって来ていないから、正直イージーゲームだとさえ思っているがな。本番はあくまで世界だ、そこまではただの通過点に過ぎない。おまえたちの実力をみせてくれ」
はじめて会ったときと違って、今のこの場では、俺はオーナーにさえまともに返事をすることはできなかった。
それでも、彼はその点を気にすることはなかった。となりに座るリンジが、いかにも気に入らなさそうに鼻を鳴らしただけだった。
繋いであるヘッドセットでは、左右のリンジとミカエルが、最後の作戦会議をしていた。これまでの国内大会を踏まえたメタ構成の予想と、それに対するカウンターをいかに用意しておくか。
いずれも理解できる話であり、同時に、あまり理解する必要のない話でもあった。
俺が使用するキャラクターとスキルは決まっていて、先導するのも俺だということが事前に決まっていた。そして俺はふたりのメタ考察を頭に入れているし、そのうえで、この大会のレベルなら、べつに対策する必要がないこともわかっていた。
普通にやれば、普通に勝てる。そう確信していた。
問題は、とにかく環境だった。
いつもよりも気が立っているリンジ。いつもとは違うモニター。
オフライン大会の異質な空気感。
それになにより――まわりのチームの選手たちが、俺のほうを向いては、なにかをぼそぼそと話し合っているようにみえる。
目をつむって、なにも視界に入らないようにする。
それでも、からだが震えるほどの緊張感を覚えた。
リンジの発する剝き出しの苛立ちも、選手たちの好奇の目も、大会という大きなプレッシャーも、そのすべてが俺という矮小な人間に向けて圧をかけてくる。
――――だが、そうだとしても。
勝たねば。
プロゲーマーとして、かならず、この場で勝利しなければ。
マスクの下で荒い息を吐きながら、俺はマッチ開始の画面を凝視していた。