逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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92話 ジュニア・ハイⅤ

 俺の数少ない優れたところ。

 

 それは、いざゲームが開始さえすれば、それに集中できることだ。

 

 対戦がはじまると、ゲームモニター以外の情報が、ずっと消えていく。

 

 それは、オフライン大会であろうともそうであるはずだった。

 

 

 

 だが、このときばかりは様子が違った。

 

 

 

「調子のってられんのも今のうちだぜ、エニグマ」

 

 

 

 リンジが、一瞬だけ俺のフードに顔を近づけて、小声でそう言った。

 

 その意味が、俺にはわからなかった。

 

 もちろん、リンジが俺を気に入っていないのは承知しているつもりだったが、その言葉の意味するところが、いまいちわからない。

 

 リンジは、いったいなにをするつもりなのだろう。

 

 

 

 試合がはじまってしまった。俺はいつもどおり、アタッカーのメレンを選択した。採用スキルも、普段使っているものと同じにする。

 

 ラキュトス・ワンの地上にたどり着き、物資を集めて、さっそく移動を開始する。

 

 今回は、だいぶラクな安置だった。

 

 開幕に揃えられた物資はかなり上等だし、最終ラウンドはおそらくすぐ近所となる。籠城のための準備もできていて、探索キャラのベリリウムを使用するミカエルには、離れた位置にある石像からでも物資を奪えるスキルを選んでもらっている。

 

 

 

 向かうべき場所はあきらかで、俺はいつものように黙って先導した。

 

 その道中、敵部隊と遭遇した。

 

 驚きこそしたが、ラッキーだと思った。この開幕の状況なら、こちらのほうがずっと装備が強いはずだ。

 

 俺がペインバッカーを構えて、撃とうとした――そのときだった。

 

 

 

「……!?」

 

 

 

 俺の弾が、あらぬ方向に飛んでいってしまった。

 

 なぜだか突然、マウスの感度がおかしくなったのだ。

 

 そのせいで、照準線(レティクル)がまったく敵に合わない。

 

 

 

 こんな外し方は、生まれてはじめてだ。

 

 状況は切迫している。弾が当たらないのはともかく、それならば逃げようと考える。つい先行してしまっていたから、俺はチームメイトのいるほうに退避しようと試みた。

 

 だが、その操作すらおぼつかなかった。

 

 俺は、敵の一斉射撃にあってダウンしてしまった。

 

 

 

「なにをやっている、エニグマ!」

 

 

 

 到着したミカエルが、敵に応戦した。さすが国内スタッツ№1というべきか、探索キャラとは思えない火力で、すぐに敵を一枚落としてくれる。

 

 射線を広げていたリンジが、十字射撃で敵を制圧した。

 

 

 

「どうしたというんだ、めずらしい。おい、リンジ」

 

「あいよ」

 

 

 

 どうにか確殺されずに済んだ俺を、蘇生に特化したキャラであるシードロウが蘇生してくれる。

 

 だが、申し訳ないという気持ち以上に俺が感じていたのは――疑惑、だった。

 

 

 

 故障を疑って、俺はマウスを持ち上げて眺めてしまった。

 

 どこも、おかしなところはない。今、その場で視点操作とADSを試しても、普段の感度と違いがないようだった。

 

 では、さきほどのは俺のかんちがいか……。

 

 と、そう納得しかけた瞬間、

 

 

 

「どうかしたか、エニグマ。なにかふしぎなことでもあったかよ?」

 

 

 

 こちらに流し目をくれるリンジが、ポケットにつっこんでいた手を抜いて言った。

 

 俺は、違和感を覚える。FPSの対戦ゲームの最中に、マウスから手を放してポケットに手を入れるなどということは、断じてありえない。

 

 それに、今の言葉……。

 

 

 

 ひっかかりは覚えたが、ゲームはまだ進行中だ。ゲームオーバーにならなかった俺たちは、進行を開始した。

 

 ふたたび問題が起きたのは、数分後のラウンド3のことだった。

 

 高台を取っていた俺たちは、足元で戦っている2部隊に漁夫を仕掛けようと目論んでいた。互いのチームが一枚ずつ落ちて、残りのメンバーもいい具合に削れたくらいのタイミングで、俺は飛び降りて片をつけようとした。

 

 だが、

 

 

 

「…………!!」

 

 

 

 まただ。また、銃の照準がおかしくなった。

 

 急にマウスが故障してしまったかのように、エイムがまったく合わなくなる。

 

 敵を撃てないプレイヤーは、ただの的もいいところだ。あっけなくダウンしながら、俺が気にしたのは隣にいるリンジの挙動だった。

 

 リンジは、またも笑っていた。そして、ふたたびポケットに手を入れていた。マウスを握ると、ようやく高台から降りて、ミカエルの応援に向かった。

 

 そのポケットには、微妙なふくらみがあるようだった。

 

 

 

 ――――俺は、確信した。

 

 リンジだ。リンジが、なにかをやっているのだ。

 

 

 

 だが、それがなにかは判然としなかった。

 

 もしかして、なにかの遠隔操作で俺のマウスをおかしくさせているのだろうか。だが、そうだとしたら、一種のデバイスチートであり、反則行為だ。勝つためではなく負けるためではあるが、大会側が用意したデバイスに手を加えているという意味では同じだ。

 

 

 

 どうにかしなければ。

 

 今の状況では、ミカエルには俺のマウスがおかしくなっているということすら伝わっていない。

 

 戦場が落ち着くと、俺はゲーム内チャットを打った。

 

 

 

:マウスがおかしいです

 

:普通にプレイすることができません

 

 

 

 迷ったが、リンジのことはまだ書かないでおいた。

 

 

 

「なんだ、デバイストラブルだったのか? だが、交換はあとになるぞ」

 

 

 

 ミカエルが言った。

 

 こうした大会の場では、マッチ中のデバイス交換は認められていない。だからこそ、ゲームがはじまる前にきちんと動作を確認する必要があるわけだ。

 

 もちろん、俺だってそうした。だが、そのときは問題がなかったのだ。

 

 

 

 そこからは、試合にうまく集中することができなかった。

 

 とにかく、解決策のことを考え続けていた。

 

 どうしたらいいのだろう。どうしたら、リンジのことを告発できるのだろう。

 

 現状では、俺の憶測にすぎないことがわかっている。

 

 どうにかして、証拠を掴まなければ……。

 

 

 

 第1試合は、3位で終了となった。俺がまともに動けずとも最終ラウンドにまで絡んだのは、ひとえにミカエルのおかげだといえた。

 

 デバイス交換のために、オーナーがスタッフを呼んでくれた。ミカエルが予備のマウスを受け取って、USBを挿そうとしてくれた。

 

 そのタイミングで、リンジがもともとのマウスを手に取った。

 

 

 

「ほんとうに故障していたのか? あやしいところだな」

 

「……!」

 

 

 

 まずい、リンジに触られると、証拠を隠滅される可能性がある。げんに、リンジはマウスの裏側に触れると、その手をポケットのなかに戻してしまった。

 

 俺がみたときにはきづけなかったが、なにか仕掛けでもついていたのか。

 

 

 

「トイレ行ってきまーす」

 

 

 

 そう言って、リンジが消えそうになる。

 

 焦った俺は、その肩を引き留めてしまった。

 

 

 

「あ? んだよ、エニグマ?」

 

 

 

 イラついたリンジの表情に、なにかを言うことはできなかった。それでも、このまま行かせるわけにはいかない。

 

 俺は、リンジのポケットに手を入れようとした。

 

 

 

「! おいなんだよ、やめろ!」

 

 

 

 リンジが、俺を突き飛ばそうとする。それでもあきらめずに抵抗していると、揉みあいのかたちになってしまった。

 

 

 

「どうしたというんだ。ふたりとも、離れろ!」

 

「エニグマ。なにかトラブルでもあったのか」

 

 

 

 怒った様子で、ミカエルがあいだに入った。コーチの役割を務めているオーナーも、困惑した様子でたずねてくる。

 

 俺は、リンジのほうを指さした。身体検査する必要があることをアピールする。しかし、もちろんそんなことが伝わるはずもなかった。

 

 急いでスマホを取り出して、言いたいことを文字に起こそうとした。

 

 

 

「ちっ。とにかく、おれはとっとと行ってきますよ」

 

 

 

 そのあいだにリンジが去ってしまった。止めようとすると、またもやミカエルに防がれてしまう。事情がわからない以上は、当然の行為だといえた。

 

 結局、どうにもならないままに終わってしまった――。

 

 俺はストレスを抱えたまま、次の試合に臨むことになってしまった。

 

 

 

 

 一時間後。

 

 俺は、愕然としていた。

 

 どういうわけか、その後もデバイスの問題が起きてしまっていた。続く第2試合でも、俺のマウスの感度はおかしくなっていたのだ。

 

 そしてその現象が起きるときは、決まってリンジが右手をポケットに入れている。

 

 いったい、リンジはなにをやっているのだろう。ひょっとしたらデバイスではなく、使用しているPC自体になにかを仕込んでいるのだろうか。そんなことが果たして可能なのだろうか……。

 

 

 

 かんちがいはありえなかった。俺は、マウスの感度にかんしてだけは、なによりも自信がある。俺がずれていると思ったなら、まずまちがいなくずれているはずだ。

 

 だが、肝心の証拠が掴めなかった。

 

 

 

 第3試合が終わると、いったんインターバルに入ることになっていた。

 

 

 

「いったい、どういうことだ。エニグマ、なにがどうなっている? おまえらしくもない。普段のプレイが、まったくできていないじゃないか」

 

 

 

 六道オーナーに肩を揺すられている最中も、リンジは笑っていた。

 

 俺は、どうにかしてやりたいと思った。

 

 暴力は苦手だ。もう、一生振るわないと心に決めたことだ。

 

 だからこのときも、掴みかかることはなかった。それでも、怒りが湧くのをおさえられなかった。

 

 

 

 俺たちがしているのは、ただのゲームだ。

 

 だが、それでも、スポーツの一環じゃないのか。

 

 敵だろうが味方だろうが、正々堂々とプレイするというのが、プロというものじゃないのか……。

 

 

 

「休憩時間だ。ちょっと来い」

 

 

 

 行き場のない怒りに拳を握っていると、肩に手を置かれた。

 

 ミカエルだった。

 

 

 

 

 

 選手の控室に戻ると、俺はベンチに座って頭を抱えた。

 

 まともにプレイできないというのが、なによりもストレスだった。普通にやりさえすれば勝てるというのに、その普通が、まったくできていない。

 

 その原因がチームメイトにあるというのが、さらにつらいところだった。

 

 

 

「どうした、なにがあったというんだ」

 

 

 

 ミカエルも、困っているようだった。

 

 俺は、彼に状況を伝えることにした。リンジがなにかをやっていて、それのせいでゲームができていない状況だということを。

 

 スマホに一生懸命書いた文面を、ミカエルにみせる。彼は、その外国の血を感じさせる青い目を、心痛を感じるかのように何秒か閉じた。

 

 

 

「まったく、どうしてこんなことに……」

 

 

 

 その言葉を、ミカエルは俺とリンジのあいだで問題が生じるたびに口にしている。

 

 だが、俺は被害者だという自覚があった。

 

 俺は、がんばってチームに貢献している。

 

 この春にチーム所属が決まってからというもの、だれよりも練習に励んできた自信がある。これまで以上に敵を一網打尽にできるプレイヤーになろうと思い、ソロのランクでは、かねてより目標にしていた世界1位を達成することもできた。

 

 

 

 その甲斐もあって、SC――Seasonal Checkと呼ばれている、今回の大会に出場するのに必要なチームポイントを稼ぐ定期大会でも、文句のない戦績をおさめてきた。

 

 今、labyrinthDNDは、名実ともに日本一のチームだ。

 

 オーナーも、今年こそは世界を獲れるという期待に溢れている。

 

 

 

 それなのに、仲間のはずの人物に邪魔されてしまっている。

 

 俺は感情のおもむくままに、文面をしたためた。

 

 

 

:ミカエルさんには感謝しています

 

:いつも、俺のために彼を止めてくれて

 

:でも、このままだとゲームにならない

 

:なにか対処をしないといけません

 

 

 

:俺はチームのためにがんばっています

 

:この先もチームに貢献します

 

:リンジにも事情はあるかもしれませんが

 

:彼を止める協力をしてはもらえませんか

 

 

 

 そう書いて、スマホをみせる。

 

 だいじょうぶだ、と俺は思う。ミカエルは、俺が加入して以来ずっと、俺のためにリンジを止めてくれている。諍いを起こす彼に頭を悩まされているというのも、これまでの言動からわかっている。

 

 だから、うなずいてくれると思った。

 

 

 

 だが、文面を読んだミカエルの行動は――。

 

 

 

「フッ」

 

 

 

 と、笑うことだった。

 

 はじめは一笑に付すだけだったが、そのあと、彼は大きく笑った。

 

 

 

「なんだこれは。フッフッ……俺が、おまえのためにリンジを止めている?」

 

 

 

 なにがおかしいのかと、俺はフードの下で困惑の目を向けてしまった。

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