逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
【1時間前】
……頭痛が、悪化していた。
個室から出た俺は、委員長らしくまっすぐ歩こうとしていたが、それがうまくいっているのかどうかさえも、自分ではわからなかった。
めがねをはずし、軽く顔を洗って、あらためてトイレの鏡と向き合ってみる。
最後の委員長チェックだ。
いけるか?
そうたしかめてみて、俺は……驚いた。
自分がやれるのかどうか、わからなかった。
できるかできないか、これまでそのふたつしか返答してこなかった鏡のなかの俺が、今ばかりは沈黙している。
俺の胸中に、不安が立ち込めた。こんなことははじめてだ。
しかし……少なくとも、できないという回答ではない。
あと、たったの三時間だ。試合がはじまるまで二十分、そこから五連戦で決着がつくから、最後まで入れても三時間。
たったのそれだけで、これまでのすべての決着がつく。
それなら――やるしかない。
数十分ぶりにスマホを開くと、何件もの通知が届いていた。翠と赤城さん、両方から通話まで来ている。
今どこにいるのか、という旨のメッセージが何件も残されていた。
溜まったメッセージを読み解くに、ふたりとも選手の控室にはいないらしい。
どうやら、空気的に居づらかったようだ。今は、Quiet Girlsにあてがわれた控室に避難しているそうだ。
赤城さんからの連絡のほうには、QGのメンバーに興味を持たれて逃げている翠の盗撮写真が貼られていた。
その次には、「いいんちょくんも来てよ」という一文が続いている。
返信をすると、すぐに既読がついた。
俺は、席で直接落ち合おうと提案した。もう、ステージは開けてあるはずだ。
各チームの入場演出はすでに済ませてあるから、最終戦では各自が集合して構わないのだ。
俺は、先に会場に向かうことにした。
いかにもというゲーミング彩色をした、赤い装飾のされたステージを横切り、自分の席につく。
否が応でも、二年前に自分が出た大会のことを思い出す。
予選のときも思い出さないようにしていた記憶が、箱のなかから勝手にあふれ出てきて、俺の心中を満たしていく。
懸命に無視していると、そのうちに声がした。
「いーんちょくん!」
「クマ」
「もう、すごく心配したんだよ! ぜんっぜん返事ないから!」
出会いがしらに、赤城さんに怒られた。
「会場アナウンスを出そうかと検討していた。迷子を探すための」
「ほんとだよ! チームメイトから急に連絡こなくなるって、すっごい不安になるんだからね。次からは……って、あたしも同じことしたじゃん……」
急にズーンと落ちこむ赤城さん。
ははは、と俺は笑った。
その件はもう済んでいるのだから蒸し返さないでくれ、と俺は言う。
「……クマ、だいじょうぶ?」
ふしぎそうな目つきで、翠が俺の顔を覗きこむ。
ああ、問題ないさ、と俺は答える。
ちょっと腹を壊していただけで、もう薬も飲んだから平気だ、と。
そんなことより、最後の作戦会議をしよう、と俺は提案する。もう散々話し合ってはきたが、本番前の最終確認というものはたいせつだと。
一応、ほかのチームに聞かれないように椅子を寄せ合う。
基本のキャラ構成と、途中からポイントを追いかけなければならなくなったときのための編成について、俺たちは話し合う。ゲーム中の立ち回りと、味方を捨てるとき、助けるときの基準まで決めていたから、それを覚えているのかも確認する。
さいわい、全員がきちんと共通認識を持てているようだった。
「ね、ね。最後だしさ、あれやってみない? 漫画とかでみるあれ」
と、赤城さんが拳を突き出した。
翠が、不審げな目つきで彼女をみた。
「なにをやるつもり」
「なんかグーってやって、がんばるぞー、おー! みたいなやつ!」
「拒否する。理由は、あなたとは違ってわたしには恥を感じることがあるのと、単純に意味がないため」
「意味ないかどうかはやってみないとわかんないじゃん! やる気あがって、なんかすっごいバフかかるかもしんないじゃん。てか、あたしもはずいしね!?」
ぷんすこと怒る赤城さん。取り合うよりも付き合ったほうがはやいとみたか、翠も拳をちからなく合わせた。
もちろん、俺もそれにのっかった。
そのとき、赤城さんはふと、なにかに気づいたかのように、俺をみた。
「……? いいんちょくん、だいじょうぶ?」
翠と同じことを、俺に聞いてくる。
彼女たちは、いったいなにに気づいているのだろうか。
だいじょうぶだよ、と俺は答えておく。
だが、わからなかった。
今の俺には、自分のことさえもわかっていない。
あるのは、ここでやりきらなければならないという、使命感にも似た感情だけだ。
「よし。じゃあ――――Quiet BearS、電甲杯最終戦、ファイトー?」
赤城さんがそうコールする。周囲の選手たちの微妙な目線を感じながら、俺は委員長らしく、姿勢を正して拳を上げた。
***
『――――俺が最強だ』
『――――――いや、私が最強だ』
『男女の差も、肉体の差も関係なく、すべての人間が対等に競える戦場』
『それが、電子のスポーツ』
『そしてここが、現時点で最強の十代を決めるための戦いの場』
『『――――さあ、俺の、私の前に、ひれ伏すがいい』』
『さて。さてさてさて…………!』
『みなさま長らくお待たせしました…………!!』
『第4回電甲杯Phase4、ルシファー・オンライン部門。ただ今よりお待ちかね、最終戦ファイナルバウトを開催いたします………!! いえ~~~~~い、ぱふぱふ~~~~!!!!』
『えー、白熱の前哨戦からインターバルを空けて、実況のニャムさんも先ほど以上の元気を取り戻しております。引き続き、真白井ニャムさんとわたくし照井和人の二名で、解説・実況のほうをお届けしようと思います、よろしくお願いいたします』
『よろしくお願いしまああああああああすっっっ!!』
『いや、声w』
『えー、ではまず、大会のルールから、最後におさらいしていきましょう。最終戦は全部で5マッチ、順位とキル数に基づいたポイントの加点方式によって――』
『前哨戦Aマッチ、Bマッチの結果は、こちら。各マッチの上位10チームが最終戦に進出、前哨戦における順位はこのようになっております。注目チームは――』
演出のために暗くなっていた会場に、光が戻る。
インカムに合図があって、選手たちは各々、カスタムマッチに入るための手続きを進める。
第1試合は、ラキュトス・ワンからスタートした。
キャラクター構成は、これまでの練習と変わらない。アタッカーは赤城さんのマレイユ、サポートは俺のフィラリア、サーチャーは翠のチェリーパイ。
与えられているランドマークは、南東のエレクトロハイプ。
「ザ・ランチャーに降りたパーティ、こちらに向かっていると思う。魔力塔を動かしたのはベリリウムだから、こちらの構成と装備はおそらく割れている」
「おっけー、ナイス偵察。てことは、ちょっと逃げたいね、向こうはやれる見込みで来ているわけだし」
高所を取ったうえに、チェリーパイの浮遊を活かして索敵していた翠の報告に、赤城さんが定石どおりの動きを提案する。
探索キャラのベリリウムに、物資のレベルを見抜かれている、そのうえで敵が攻めてきているということは、こちらのほうが装備が弱いということだ。それもおそらく、かなりの差があるはずだ。
赤城さんの提案は、いったん退くというもの。
だが、俺はその意見に異を唱えた。
迎撃したい、と答える。俺は、ペインバッカーを拾えている。そして必要なスコープとアタッチメントを取り付けてある。
先に一枚、俺が責任を持って落とす。だから、それを機に攻めてほしいと。
赤城さんが即答しなかったのも当然だ。
俺の提案は、ありえない手段というわけではないが、それでも初戦のマッチの初動で取るには、かなりリスキーな選択だといえる。
「……っ、わかった」
だが、赤城さんは最終的には提案を呑んでくれた。
俺はエレクトロハイプに生えた大樹の幹から、ザ・ランチャーの方角に銃口を合わせる。先導しているのは、アタッカーのビジー――初動ファイトに強いキャラクターだ――そいつに向けて、バースト弾を放つ。
ヘッドショットが取れて、ビジーがダウンする。着ているアーマーはレベル4――なるほど、無理をしたくもなる潤沢さだ。
「ナイスっっっ」
俺がなにか告げるより先、赤城さんが残った敵を詰めた。
翠が広げた射線が、いい仕事をしている。翠の弾自体はあまり当たらなかったが、その牽制によって敵の動きが不自由になる。
高所の俺、封じる翠、圧巻のエイム力を披露する赤城さん。
危なげなく、俺たちは初戦のファイトに勝利した。
「ありがと! てかもう、最高。いいんちょくんっ、ほんっとナイス。翠ぴも!」
大きな3ptを噛み締めながら、赤城さんが敵のアーマーを奪った。
「てか、そだよね。今回めざすのは上位入賞じゃなくて、1位だもんね。いいんちょくんの言うとおり、こういうチャンスをものにして、がっつり点を取ってかないとだよね」
「はぁ……はあ、はあ、はあっ」
「……いいんちょくん?」
俺は息を止めて、赤城さんの意見に同意する。
そうだ――無理は禁物だが、勝てる見込みがあるときは、挑戦するべきだ。
今のは、俺の持っている武器が理想的だったし、位置的にも迎撃に向いた場所だった。敵は、定石どおりファイトを避けようとする俺たちを追うようなつもりで前のめりに詰めていただろうから、油断していたはずだ。
さあ、このさきもがんばっていこう――と、そう告げる。
「う、うん!」
俺は、モニターを凝視していた。
――集中できている。余計なことが、頭から消えている。
今の俺なら、まあまあきちんとプレイできるはずだ。これが電甲杯であろうとも、相手に劣らないだけのエイムができるはずだ。
そのかわりに――――。
「はあ……はあっ」
頭が、痛む。
息が、ひたすらに荒れる。
第1試合は、4位で幕を閉じた。キル数は、7。惜しくもチャンピオンは逃してしまったが、悪くない結果だ。
第2試合は……よくなかった。どうしようもない展開になってしまった。安置が読み切れずに、断腸の思いで選択したルートが誤っていた。俺たちはラウンド縮小の際の大戦争に巻きこまれてしまい、10位2キルでゲームオーバーになった。
「はあ、はあぁ、はっ、はっ」
果たしてその反動か――第3試合は、すばらしい結果だった。
活躍したのは、赤城さんだ。
第3ラウンド、エンパシーゾーンの攻防で、俺のフィラリアがダウンしてしまった。敵のアタッカーキャラのピリオドは、パッシブ効果で周囲の敵の速度を0.9倍に落とす。それだけでも強力なのだが、ピリオドがスキルの〈アドレナリン〉を吐いたとき、両者の機動力の差はえげつないものになる。
それでもどうにか、鼬の最後っ屁のかたちで放ったグレネードのおかげで、ピリオドだけは道ずれにすることができた。
だが、翠もダウンしてしまっている。
つまり、こちらは赤城さんひとり。
それに対して、向こうはまだ二枚が存命だった。
さきほど決めたルール。味方を捨てて逃げるべきときと、そうではないときの基準。それに照らし合わせるなら、このとき赤城さんは、逃げるべきだった。
だが、彼女はそうしなかった。
「――ごめん!」
赤城さんがそう叫んだのは、立ち向かって負けてしまったときのための、先取りの謝罪だったか。
赤城さんのマレイユが、建物の外壁を蹴った。
それだけならまだしも、実戦でほとんどお目にかかることがないテクニック――キャラクターが壁に張りつく瞬間に動作をキャンセルして、壁蹴りの推力を保ったままべつのベクトルに向く――通称、二段跳びと称される技を披露した。
無理やり敵の片方に奇襲した赤城さんは、腰撃ちのウィジットとは思えない精度でダウン、続けて確殺を取った。
その直後、最後の敵が放つマシンガンを食らったのは、敵もまたかなりの巧者であるがゆえだ。すぐさま駆けつけたドリファスが、そのフックアクションを用いて、ここの戦いでもっとも優位となる場所に着地していた。
だが、冷静なのは赤城さんだった。
わざとアーマーが削られきるのを待ってから、倒した敵の新品のアーマーを奪う。敵のワンマガジンをまるごと無駄にさせたあと、相手が銃を持ち替えるよりも先に、図々しいほどまっすぐなスライディングで攻めて、そのまま真正面から撃ち倒した。
1on2を、赤城さんはほとんど文句なしの技術力で制した。
それも、キルログをみるに、今の敵はエイジス・ゲーミングの選手だ。つまり、名実ともにプロゲーマーだ。
赤城さんは、ふたりのプロゲーマーを、たったひとりで倒してしまったのだ。
さすがだ、と俺は口にして賞賛した。
やはり、これまでなんども思ったように、彼女はプロとほとんど変わらないのだ。今のファイトを、どこぞのチームオーナーもきちんとみていただろうか。
今のプレイをみて彼女をスカウトしないだなんて、バカげている。
助かったよ、と俺は礼を言った。今の局面を生き残れるかどうかは、総合的な順位にあまりにも直接的にかかわることだ。
「ありがと。でも、それはいいんだけど……いいんちょくん」
「はあ、はあぁ、はっ、はぁっ、はあっ」
「いいんちょくん……ほんとに、だいじょうぶなの?」
第3試合が、幕を閉じる。
3位の6キル。悪くない――いや、いい順位だ。
だが、またもやチャンピオンは逃してしまった。
それも、敗因は俺だった。
俺が情けない理由でダウンしてしまったから、最後の最後に戦力が足りなくなってしまったのだ。
俺は、いったいなにをやっているんだ。
現在の総合順位は、4位。
残りは、たった2試合。
次が正念場だ。1位との点差は、9ptもある。
それも――結局、下馬評と同じだ――se1enのところが、現在の首位だ。
次こそ、チャンピオンを取らなければ。
キルをたくさん稼がなければ。
勝たなければ。
かならず。
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア」
くそ。呼吸が荒くなる。
「いいんちょくん、落ち着いて。ね、こっちみて。あたし、すごい心配になってきた。なんか……なんかさ、変だよ」
いや、だいじょうぶだよ、と俺は答える。
なんども深く、息を吸っては、吐く。
どうにか呼吸を、調えようとする。
クラスメイトに心配させるなど、委員長のやるべきことではないからだ。
緊張のせいだよ、と俺は言う。
それで、息がちょっとな。
でもほら、赤城さんのおかげで、克服させてもらったから。
委員長ってさ、クラスメイトの子が気を利かせて特訓してくれた以上は、それに応えて、ちゃんと成長しなければならない生き物だからさ。
だから、だいじょうぶだと――――。
委員長ら し い表 情で 答え
――――――ああ、クソ。
頭が、割れそうだ。
…………第4試合が、はじまった。
試合は、悪くない運びで進んでいた。キルは取れているし、安置の位置も悪くない。うまくやれば、きっとチャンピオンだって――と、俺が考えたときだった。
終わりは、前触れがなかった。
いくら呼吸が荒かろうと、頭の痛みがひどかろうと。
それまで俺が姿勢正しく椅子に座って、正々堂々と試合に臨めていたことは、疑いようもない事実のはずだった。
どれだけつらかろうと、あとほんの少しのあいだゲームを続けるくらいのことは、可能なはずだった。
だから、俺には理解できなかった。
いつのまにか、マウスとキーボードから手が離れていたわけが。
モニターが、みえない位置にいってしまっている理由が。
「いいんちょくんっ――ねえ、いいんちょくんっ!」
どこかから、赤城さんの声がする。それは水面のなかで響くように、くぐもって聞こえる。俺の耳が、遠くなっていく。
「うそ。やだ、やだやだ! だれか、だれか来て! はやくっっ!」
そのときになってようやく、自分のからだが、床に落ちていたことにきづいた。
まさか、あの頭痛は――俺の肉体の限界を報せる警告アラームだったのか。
……ばかな。
おまえは、なにをやっているんだ?
いつかミカエルがエニグマにそうしていたように、俺は、俺自身を詰めた。
おまえ、なにを悠長に倒れているんだよ。
ゲームをやれよ。このまま続けろよ。
これしか、能がないんだろ。
ゲームしか取り柄のない、存在そのものが嘘まみれの、社会不適合の男だろ。
なら、せめてこれくらいやり通せよ。
ゲームくらい、ちゃんとやってくれよ。
唯一得意なことでくらい。
だれかの役に、立ってくれよ…………。
役を演じていない真実の俺は、でくの坊のように、なにも答えてはくれなかった。
そして、俺の意識は――――暗転した。