逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
「――ふむ」
「なにか、トラブルですかな」
VIPルームの観戦席にて、おとなたちがわずかにざわめいた。ゲームの内容にはたいして知識も関心もない者は、実況画面をみるのはそこそこに談笑に耽っていたが、さすがにアクシデントが起きたとなれば、話を中断せざるをえなかった。
それも倒れた選手がLC学園の生徒のようだったから、なおのことである。
この場の中心的な人物――黙って観戦していたLinkedCielのオーナー――はマジックミラーの窓に寄ると、遠くの選手席に向けて、深刻そうに目を細めた。
片手を上げて、控えていたお付きの者を呼ぶ。
「一切のまちがいが起こらないようにしろ。必要であれば、どこであれ適切な機関へ連れていくように。容態にかんしては、逐次わたしに報告したまえ」
そうとだけ伝えたあとも、彼女は席に戻らなかった。
「心配ですねえ、西園寺オーナー」
そう声をかけてきたのは、六道景虎だった。さきほど最終戦の開始直後にようやく到着した、運営チームの中核メンバーのひとりである。
傍からみるかぎり、彼はあまり電甲杯の戦況には興味がないようだった。
自分のチームで擁する選手――se1enが首位を維持していることをたまに確認するだけで、基本的にはずっと、同業者たちとビジネスの話に専念していた。
それこそゲーム感覚で会社の売買を繰り返し、その財産を増やしたというかつての青年実業家は、この世でもっとも大事なのは情報だということを知っているから、こういう場でコネクションを作ることには、ひと一倍熱心というわけだ。
もっとも――と遊夏は思う。もう少し前は、選手以上にゲーム内容に興味を抱いている、かわいげのある人間だったように記憶しているのだが。
「倒れたのは、どうやらLC学園の生徒のようですね。少々、試合に熱中しすぎてしまったのでしょうか」
「わが校の生徒でなくとも、わたしがこの場に呼んだ若い光であるならば、だれだって大事おおごとだ。万全の対処を施すのはあたりまえだ」
「ご立派なお考えです。が、そうは言っても、ひいきにはしていらっしゃるでしょう」
彼自身は、他人事のように思っている態度を隠そうとはしなかった。口元に笑みをたたえながら、キールのような飲み物をくいっとひと口煽る。
「それよりも、こうなってくるとあすのオートナイツ部門が楽しみですね。なにせ、LC学園の栄えある全部門制覇がかかっているわけですから」
「……本日の勝者は、もう決まっていると?」
「それはそうでしょう。ショービズ的にはどうかと思いますが、総合順位はずっと安定している――このまま、うちのセレンが取り切りますよ。labyrinthにとってもLCにとっても、いちばんいい結果になる」
その発言を、学園長は否定も肯定もしなかった。
答えたのは、あえての曖昧。
「――わからんよ。勝負というものは、ゲームオーバーの画面が出るまでは、いつだってわからないものだ」
***
まるで、そこだけが空間ごと乖離されているかのようだった。
周囲ががやがやと話しあうなかで、その選手ブースだけが、ひたすらに静かだった。まるで、通夜のように。
ひとり座り、思わず爪を噛みそうになっては自制しているのは、赤城愛莉だった。
さきほどから、頻繁に視線をやっているのは同じ場所。
そこに、ようやくともだちが姿をあらわして、愛莉は席を立った。
「翠ぴ! どうだった、いいんちょくんは」
両肩を掴んでくる手を、翠は静かに取り払った。
「心配はいらない。今は、医療室で眠っている」
「え、ほんとに? でも、倒れる前、顔色めっちゃ悪かったよね?」
「それは否定しない。それでも、深刻な状況ではない。心拍も安定しているし、熱もない。倒れた原因もわかっているから、病気などの心配はいらない」
「原因って?」
愛莉がたずねても、翠ははっきりとは答えなかった。
そのせいか、愛莉は勘繰ってしまう。
というよりも、薄暗い考えが自然と浮かんでしまった。
これまでずっと気にしていたことが、結局、ここにきてぶり返していた。
「きっと、あたしが無茶させたせいだ……」
ごめんね、と愛莉はつぶやく。
こういう場所が苦手だという彼を、自分が引っ張ってきてしまったから――。
しかし、
「――うぬぼれないで」
その言葉を、翠が切り捨てた。
「たしかにクマはあなたのために行動していたけど、自分の意思で選んだ道だった。すべてを自分ひとりのせいにして納得しようとするのは、とても不健全な物の考え方」
それは、これまでの翠のどの発言よりも冷たい言い方だった。
それでも、いやな感じはしなかった。
相手の言い分をもっともだと感じて、愛莉は素直に謝った。
「あたしも、医療室行く。いいんちょくんの様子、みたい。翠ぴも行くでしょ」
さきほど第4試合の途中で彼が倒れたとき、スタッフのひとたちが運んでいくのに、翠だけがついていった。
あなたはそこに残っていて――いつにない強い声で翠に言われて、パニックの愛莉は従ってしまっていたが、もちろんゲームを続けるような意欲はなく、あっさり敵チームに撃破されてしまっていた。
今はもう、状況は落ち着いている。当然受け入れてもらえるはずの提案だと愛莉は思ったが、それも翠には否定された。
「行かない。あなたもこのままここにいて」
それから翠は、近くにいたスタッフに声をかけた。
「すみません。大会のルールについて確認したいのですが、もしもメンバーが体調不良で退席してしまった場合、戻ってきたときのためにキャラクターを選択してパーティに加えておいても、問題ありませんか」
それは、どうやら複雑な裁定のルールのようだった。
決まりがないのだろうか、スタッフはインカムでだれかと連絡した。わかったら教えるとだけ言って、いったん立ち去っていく。
その様子をみていた愛莉は、疑問に思って聞いた。
「どういうつもり? 翠ぴ。もう、ゲームは終わったじゃん。いいんちょくん、倒れちゃったんだから」
こうなった以上試合を続ける意思はないが、あったとしても、状況は絶望的だといえた。
第4試合は、あまりポイントを獲得できなかった。暫定1位のセレンのチームとは、かなりの点差がある。
たったふたりで最終試合に参戦しても、奇跡が起きたとて勝ち目はない。
大会の敗退に思うものがないわけではなかったが、それ以上のショックが、愛莉を包んでいた。
スタッフが戻ってきて、翠になにかを告げた。翠は礼を告げると、離れていた椅子をもとの位置に戻し、はずれかけていたマウスの配線を付け直した。
「――あなたは、クマに感謝している?」
突然、翠はそうたずねた。
「う、うん。そりゃそうだよ、こんなに協力してもらって……」
「それなら、クマのためになにかしてあげたい?」
その質問にも、愛莉はうなずいた。
「あたりまえじゃん! でも翠ぴ、なにを――」
「だったら、ゲームをして。あきらめないで、最後まで戦って。クマがそうしたように、あなたもそうして」
それは、ほとんど命令といっていい、有無を言わさぬ発言だった。
最終戦の、最終マッチ。
第5試合が、はじまろうとしていた。
***
ぽて、ぽて、ぽて。
それくらいの、寝ぼけたリズムの足取りで、俺は歩いていた。
俺は中学の制服の学ラン姿で、学校指定のカバンのほかに、手提げのバッグを持っている。そのなかには、塾で使っている教科書が入っていた。
ぽて、ぽて、ぽて。
きょうの授業の内容は、むずかしかった。一学期、ぜんぜん自習の時間を設けなかったことが響いているようだ。本来得意なはずの国語さえ、なんだかよくわからなくなってしまっていた……。
ぽて、ぽて、ぽて。
将来のことを考えると、俺は不安になる。ほかのみんなができることが、俺にはできないから。それでも、まともに生きるしか道はないのだから、がんばらなければ。
俺の夢はもう、潰えている。
追いかけるどころか、ふとしたときに思い出す気力さえも、とうになくなってしまっていた。
――あれから、二か月が経過していた。
敗走することになった、横浜のアジア大会プレイオフ会場。
あのあと、六道オーナーからは鬼のような連絡が届いていた。
その彼に向けて、俺ははっきりと告げた。
もう、競技シーンに戻るつもりはないと。やれると思って引き受けてしまって、もうしわけなかったと。関係者全員に、俺が謝っていたと伝えてほしいと。
ほんとうに、すまなかったと。
六道オーナーは、食い下がった。なにかの環境が気に食わなかったのなら改善する、メンバーに問題があったなら変えると、そこまで言ってくれた。俺はあのとき、試合をまともにやりきることさえできなかったというのに。
だが、いかなる条件も、俺には関係なかった。
生身のまま宇宙に行っても生きられないのと同じように、あの場所は、俺という人間には不相応なステージだったというだけだ。
俺の本気が伝わると、いずれ彼も、あきらめたようだった。
かくして、俺の短いプロゲーマー生活は幕を閉じた。
そして今、俺はうしなった時間を取り戻すかのように、近所の塾に通っている。
俺の志望高校は、翠の志望校よりも2ランク下の水準だ。それでも、現在の俺の学力だとかなりの努力が必要らしい。
そう聞いても、俺は驚かなかった。これまでゲーム三昧だった生活の借りを返さなければならないのだから、むしろあたりまえだろう。
勉強する意思はあった。そこまで前のめりにはなれていなかったが、それでも毎日机に向かえてはいた。
それになにより――あの日から、俺はゲームを起動していない。
だから、時間だって存分にある。
ぽて、ぽて、ぽて。
初冬の道。坂道を降りるゆっくりとした歩幅が、止まった。
わが家の前に、高そうな車が停まっていたからだ。
ひとの家の前に、いやな感じである。だが、こういう場合、乗っているのは高確率で怖い人間である可能性が高い。
へたに文句を言うのは、悪手だろう。そう思い、俺は少々にらむに留めて、その車を迂回しようとした。
そのとき、車のウインドウが開いた。
後部座席に乗っていたのは――。
「…………(ぺろぺろ)」
棒付きのキャンディーを舐めている、ひとりの少女だった。
あまり少女らしくない、高級そうなファーコートを着ている。
これは……やくざの娘だろうか。やはり、かかわらないほうがよさそうだ。
しかし、スルーしようとした俺に、その子は口を開いた。
「待ちたまえ。亜熊杏介くんだな――きみに用がある」
どう考えても、それは少女の口調ではなかった。
そのうえ、俺の名前を呼んでいる。
俺は、露骨に訝んでしまった。
「……俺に、なんの用でしょうか」
「そうあやしまなくていい。私は、ちょっとした話を持ってきただけだからな。それも、純然たるいい話を、だ。ぜひ聞くといい、亜熊くん――いや、エニグマといったほうがいいかな」
俺の目に、自分でもわかる険しさが宿った。
もう二度と聞くことがないと思っていた名だ。
敵愾心があると疑われてもしかたないような表情が、勝手に浮かんでしまう。
その反面、少女はにやりと不敵に笑っていた。
それこそ、まるでいたずら好きの少女のように。