逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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95話 冬来たる

「――ふむ」

 

「なにか、トラブルですかな」

 

 

 

 VIPルームの観戦席にて、おとなたちがわずかにざわめいた。ゲームの内容にはたいして知識も関心もない者は、実況画面をみるのはそこそこに談笑に耽っていたが、さすがにアクシデントが起きたとなれば、話を中断せざるをえなかった。

 

 それも倒れた選手がLC学園の生徒のようだったから、なおのことである。

 

 

 

 この場の中心的な人物――黙って観戦していたLinkedCielのオーナー――はマジックミラーの窓に寄ると、遠くの選手席に向けて、深刻そうに目を細めた。

 

 片手を上げて、控えていたお付きの者を呼ぶ。

 

 

 

「一切のまちがいが起こらないようにしろ。必要であれば、どこであれ適切な機関へ連れていくように。容態にかんしては、逐次わたしに報告したまえ」

 

 

 

 そうとだけ伝えたあとも、彼女は席に戻らなかった。

 

 

 

「心配ですねえ、西園寺オーナー」

 

 

 

 そう声をかけてきたのは、六道景虎だった。さきほど最終戦の開始直後にようやく到着した、運営チームの中核メンバーのひとりである。

 

 傍からみるかぎり、彼はあまり電甲杯の戦況には興味がないようだった。

 

 自分のチームで擁する選手――se1enが首位を維持していることをたまに確認するだけで、基本的にはずっと、同業者たちとビジネスの話に専念していた。

 

 それこそゲーム感覚で会社の売買を繰り返し、その財産を増やしたというかつての青年実業家は、この世でもっとも大事なのは情報だということを知っているから、こういう場でコネクションを作ることには、ひと一倍熱心というわけだ。

 

 

 

 もっとも――と遊夏は思う。もう少し前は、選手以上にゲーム内容に興味を抱いている、かわいげのある人間だったように記憶しているのだが。

 

 

 

「倒れたのは、どうやらLC学園の生徒のようですね。少々、試合に熱中しすぎてしまったのでしょうか」

 

「わが校の生徒でなくとも、わたしがこの場に呼んだ若い光であるならば、だれだって大事おおごとだ。万全の対処を施すのはあたりまえだ」

 

「ご立派なお考えです。が、そうは言っても、ひいきにはしていらっしゃるでしょう」

 

 

 

 彼自身は、他人事のように思っている態度を隠そうとはしなかった。口元に笑みをたたえながら、キールのような飲み物をくいっとひと口煽る。

 

 

 

「それよりも、こうなってくるとあすのオートナイツ部門が楽しみですね。なにせ、LC学園の栄えある全部門制覇がかかっているわけですから」

 

「……本日の勝者は、もう決まっていると?」

 

「それはそうでしょう。ショービズ的にはどうかと思いますが、総合順位はずっと安定している――このまま、うちのセレンが取り切りますよ。labyrinthにとってもLCにとっても、いちばんいい結果になる」

 

 

 

 その発言を、学園長は否定も肯定もしなかった。

 

 答えたのは、あえての曖昧。

 

 

 

「――わからんよ。勝負というものは、ゲームオーバーの画面が出るまでは、いつだってわからないものだ」

 

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 

 

 まるで、そこだけが空間ごと乖離されているかのようだった。

 

 周囲ががやがやと話しあうなかで、その選手ブースだけが、ひたすらに静かだった。まるで、通夜のように。

 

 

 

 ひとり座り、思わず爪を噛みそうになっては自制しているのは、赤城愛莉だった。

 

 さきほどから、頻繁に視線をやっているのは同じ場所。

 

 そこに、ようやくともだちが姿をあらわして、愛莉は席を立った。

 

 

 

「翠ぴ! どうだった、いいんちょくんは」

 

 

 

 両肩を掴んでくる手を、翠は静かに取り払った。

 

 

 

「心配はいらない。今は、医療室で眠っている」

 

「え、ほんとに? でも、倒れる前、顔色めっちゃ悪かったよね?」

 

「それは否定しない。それでも、深刻な状況ではない。心拍も安定しているし、熱もない。倒れた原因もわかっているから、病気などの心配はいらない」

 

「原因って?」

 

 

 

 愛莉がたずねても、翠ははっきりとは答えなかった。

 

 そのせいか、愛莉は勘繰ってしまう。

 

 というよりも、薄暗い考えが自然と浮かんでしまった。

 

 これまでずっと気にしていたことが、結局、ここにきてぶり返していた。

 

 

 

「きっと、あたしが無茶させたせいだ……」

 

 

 

 ごめんね、と愛莉はつぶやく。

 

 こういう場所が苦手だという彼を、自分が引っ張ってきてしまったから――。

 

 しかし、

 

 

 

「――うぬぼれないで」

 

 

 

 その言葉を、翠が切り捨てた。

 

 

 

「たしかにクマはあなたのために行動していたけど、自分の意思で選んだ道だった。すべてを自分ひとりのせいにして納得しようとするのは、とても不健全な物の考え方」

 

 

 

 それは、これまでの翠のどの発言よりも冷たい言い方だった。

 

 それでも、いやな感じはしなかった。

 

 相手の言い分をもっともだと感じて、愛莉は素直に謝った。

 

 

 

「あたしも、医療室行く。いいんちょくんの様子、みたい。翠ぴも行くでしょ」

 

 

 

 さきほど第4試合の途中で彼が倒れたとき、スタッフのひとたちが運んでいくのに、翠だけがついていった。

 

 あなたはそこに残っていて――いつにない強い声で翠に言われて、パニックの愛莉は従ってしまっていたが、もちろんゲームを続けるような意欲はなく、あっさり敵チームに撃破されてしまっていた。

 

 

 

 今はもう、状況は落ち着いている。当然受け入れてもらえるはずの提案だと愛莉は思ったが、それも翠には否定された。

 

 

 

「行かない。あなたもこのままここにいて」

 

 

 

 それから翠は、近くにいたスタッフに声をかけた。

 

 

 

「すみません。大会のルールについて確認したいのですが、もしもメンバーが体調不良で退席してしまった場合、戻ってきたときのためにキャラクターを選択してパーティに加えておいても、問題ありませんか」

 

 

 

 それは、どうやら複雑な裁定のルールのようだった。

 

 決まりがないのだろうか、スタッフはインカムでだれかと連絡した。わかったら教えるとだけ言って、いったん立ち去っていく。

 

 その様子をみていた愛莉は、疑問に思って聞いた。

 

 

 

「どういうつもり? 翠ぴ。もう、ゲームは終わったじゃん。いいんちょくん、倒れちゃったんだから」

 

 

 

 こうなった以上試合を続ける意思はないが、あったとしても、状況は絶望的だといえた。

 

 第4試合は、あまりポイントを獲得できなかった。暫定1位のセレンのチームとは、かなりの点差がある。

 

 たったふたりで最終試合に参戦しても、奇跡が起きたとて勝ち目はない。

 

 大会の敗退に思うものがないわけではなかったが、それ以上のショックが、愛莉を包んでいた。

 

 

 

 スタッフが戻ってきて、翠になにかを告げた。翠は礼を告げると、離れていた椅子をもとの位置に戻し、はずれかけていたマウスの配線を付け直した。

 

 

 

「――あなたは、クマに感謝している?」

 

 

 

 突然、翠はそうたずねた。

 

 

 

「う、うん。そりゃそうだよ、こんなに協力してもらって……」

 

「それなら、クマのためになにかしてあげたい?」

 

 

 

 その質問にも、愛莉はうなずいた。

 

 

 

「あたりまえじゃん! でも翠ぴ、なにを――」

 

「だったら、ゲームをして。あきらめないで、最後まで戦って。クマがそうしたように、あなたもそうして」

 

 

 

 それは、ほとんど命令といっていい、有無を言わさぬ発言だった。

 

 最終戦の、最終マッチ。

 

 第5試合が、はじまろうとしていた。

 

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 

 

 ぽて、ぽて、ぽて。

 

 

 

 それくらいの、寝ぼけたリズムの足取りで、俺は歩いていた。

 

 俺は中学の制服の学ラン姿で、学校指定のカバンのほかに、手提げのバッグを持っている。そのなかには、塾で使っている教科書が入っていた。

 

 

 

 ぽて、ぽて、ぽて。

 

 きょうの授業の内容は、むずかしかった。一学期、ぜんぜん自習の時間を設けなかったことが響いているようだ。本来得意なはずの国語さえ、なんだかよくわからなくなってしまっていた……。

 

 

 

 ぽて、ぽて、ぽて。

 

 将来のことを考えると、俺は不安になる。ほかのみんなができることが、俺にはできないから。それでも、まともに生きるしか道はないのだから、がんばらなければ。

 

 俺の夢はもう、潰えている。

 

 追いかけるどころか、ふとしたときに思い出す気力さえも、とうになくなってしまっていた。

 

 

 

 ――あれから、二か月が経過していた。

 

 敗走することになった、横浜のアジア大会プレイオフ会場。

 

 あのあと、六道オーナーからは鬼のような連絡が届いていた。

 

 

 

 その彼に向けて、俺ははっきりと告げた。

 

 もう、競技シーンに戻るつもりはないと。やれると思って引き受けてしまって、もうしわけなかったと。関係者全員に、俺が謝っていたと伝えてほしいと。

 

 ほんとうに、すまなかったと。

 

 

 

 六道オーナーは、食い下がった。なにかの環境が気に食わなかったのなら改善する、メンバーに問題があったなら変えると、そこまで言ってくれた。俺はあのとき、試合をまともにやりきることさえできなかったというのに。

 

 だが、いかなる条件も、俺には関係なかった。

 

 生身のまま宇宙に行っても生きられないのと同じように、あの場所は、俺という人間には不相応なステージだったというだけだ。

 

 俺の本気が伝わると、いずれ彼も、あきらめたようだった。

 

 

 

 かくして、俺の短いプロゲーマー生活は幕を閉じた。

 

 そして今、俺はうしなった時間を取り戻すかのように、近所の塾に通っている。

 

 俺の志望高校は、翠の志望校よりも2ランク下の水準だ。それでも、現在の俺の学力だとかなりの努力が必要らしい。

 

 そう聞いても、俺は驚かなかった。これまでゲーム三昧だった生活の借りを返さなければならないのだから、むしろあたりまえだろう。

 

 

 

 勉強する意思はあった。そこまで前のめりにはなれていなかったが、それでも毎日机に向かえてはいた。

 

 それになにより――あの日から、俺はゲームを起動していない。

 

 だから、時間だって存分にある。

 

 

 

 ぽて、ぽて、ぽて。

 

 初冬の道。坂道を降りるゆっくりとした歩幅が、止まった。

 

 わが家の前に、高そうな車が停まっていたからだ。

 

 ひとの家の前に、いやな感じである。だが、こういう場合、乗っているのは高確率で怖い人間である可能性が高い。

 

 へたに文句を言うのは、悪手だろう。そう思い、俺は少々にらむに留めて、その車を迂回しようとした。

 

 

 

 そのとき、車のウインドウが開いた。

 

 後部座席に乗っていたのは――。

 

 

 

「…………(ぺろぺろ)」

 

 

 

 棒付きのキャンディーを舐めている、ひとりの少女だった。

 

 あまり少女らしくない、高級そうなファーコートを着ている。

 

 これは……やくざの娘だろうか。やはり、かかわらないほうがよさそうだ。

 

 しかし、スルーしようとした俺に、その子は口を開いた。

 

 

 

「待ちたまえ。亜熊杏介くんだな――きみに用がある」

 

 

 

 どう考えても、それは少女の口調ではなかった。

 

 そのうえ、俺の名前を呼んでいる。

 

 俺は、露骨に訝んでしまった。

 

 

 

「……俺に、なんの用でしょうか」

 

「そうあやしまなくていい。私は、ちょっとした話を持ってきただけだからな。それも、純然たるいい話を、だ。ぜひ聞くといい、亜熊くん――いや、エニグマといったほうがいいかな」

 

 

 

 俺の目に、自分でもわかる険しさが宿った。

 

 もう二度と聞くことがないと思っていた名だ。

 

 敵愾心があると疑われてもしかたないような表情が、勝手に浮かんでしまう。

 

 

 

 その反面、少女はにやりと不敵に笑っていた。

 

 それこそ、まるでいたずら好きの少女のように。

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