逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
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『第四回電子機甲戦杯、ルシファー・オンライン部門』
『現在、最終戦ファイナルバウトの、最終マッチが進行しております』
『現在、首位チームは"V-labyring"、獲得ポイントは、唯一40ptの大台を超えている42pt! LC学園の所属であり、プロチームlabyrinthに加入している若き天才、〈ルシ王子〉ことse1en選手の率いるチームです――!』
『組んでいるのは、昨年末に開かれた国内最大のオートナイツの大会RRROにおいて個人MVPに輝いたkudo選手、およびプロチームPrintz Nodeで参謀役を務めるNiCo選手という、まったく隙のない布陣であります。別ゲーながら、やはりプロはプロといったところでしょうか!』
『kudo選手は、去年の電甲杯のオートナイツ部門でみせたスーパープレイがいまだに印象深いですね。これだけの選手が同じ高校で揃い踏みとなっているLC学園は、やはりというべきか、相当に層が厚いです……!』
『続く2位以下のチームを確認してみましょう! 2位はチーム"秋田ランドルゼ"が39pt、続いて3位に大会注目のshin選手率いる"エイジス・ゲーミング"が36pt、そこから離れて4位に"東京ルーティング学院FPS部"34pt―――』
『わずか離れて7位にLC学園枠、赤城愛莉選手の率いる"Quiet BearS"が29ptとなっております。第3試合までは上位陣に食らいついておりましたが、やはり第4試合の途中リタイヤが響いたかたちでしょうか』
『とはいえ、総じて接戦であるといえるでしょう! 上位チームは、この最終マッチの展開次第では順位が容易に入れ替わります。唯一残念なのは、Quiet BearSでしょうか。第5試合でも欠員が出た状態での参戦となっており、これでは逆転のめどが立たないでしょうね』
『さてラウンド1現在、Quiet BearSはふたりで移動している最中のようです。しかも安置運にも、あまり恵まれた状況であるとは言えないでしょうか。っと、マップ東、ファイブセントにおいて早速交戦が発生しているようです――これはおもしろい! 全体3位のエイジス・ゲーミング、ここはアグレッシブに攻めることを選択したか、どうやら敵チームに初動の――』
――――赤城愛莉は、必死にモニターと向き合っていた。
愛莉の長い対戦ゲーム経験でも、いったいどう動けばいいのかわからないマッチというのは、およそはじめてのことだった。
第5試合、ラストマッチ。
Quiet BearSは、ひとり欠けての試合開始となっている。
それも、チームのかなめとして動いてもらっていた大事な要員が、いない。
常識的に考えるなら、勝てるはずがなかった。
なんといっても、首位とのポイント差は、現時点で10pt以上あるのだ。
フルパーティで完璧に立ち回り、キルを大量に取ったうえでチャンピオンになる。それくらいの理想的なムーブをしなければ、確実にどうにもならない。
そう。彼が倒れた時点で、勝負は決していたのだ。
なのに――ゲームをやめるなと、そう釘を刺されていた。
――そして、今。
愛莉たちは敵から逃げていた。
マップはヘルズウェイク、ランドマークは北西にある「狭間」だった。
本来なら、この場所はあまり敵チームから絡まれるような立地にはない。
とくにラウンド2を示す円がマップの対岸になっているこのマッチでは、ほとんど攻め入られることはなかったはずだ。
おそらく、今愛莉たちを追っているチームは、はじめの降下の軌道の際に、こちら側がトラブルのあったチームで、現状プレイヤーが二枚しかいないことに気づいたのだろう。交戦すればまちがいなく取れる2ptということで、こうして執拗に追いかけているのだ。
この最終マッチ、どのチームもなりふり構わずにキルポイントを取ろうとしているのだから、愛莉に驚きはなかった。自分が相手でも、そうしている。
「……これ、だめだ。逃げきれない……っ。翠ぴ、やっぱ応戦しよう」
狭間の南にあるバラック地帯を抜けようというときに、愛莉はいよいよ観念した。このさきは荒野が広がるばかりで、うしろから撃たれたらひとたまりもない。
さいわい、マレイユのスキルはリキャストが済んでいる。なにかの奇跡が起きれば、ここの不利なファイトも勝てるかもしれない。
だが――。
「だめ。ここの交戦には勝ち目がない。逃走して」
となりに座る翠が、却下した。
「だから、逃げられないんだってば――いやわかった、じゃあこうしよう。あたしが残って足止めするから、翠ぴだけでも離れて、生き延びて」
その愛莉の折衷案は、しかし意外な返答を招いた。
「逆のほうがいい。むしろ、わたしがこの場に残る。"魔人像"と回復液をドロップするから持っていって」
翠のチェリーパイが、アイテムをその場に落とした。
その直後、箒に乗って飛んでいってしまう。
「いや、待ってよ! 翠ぴが残っても、どうにも――!」
「話し合っている暇はない。いいから行って。〈アドレナリン〉も吐いていい。はやく」
翠は、有無を言わさぬ態度だった。
愛莉は、下唇を噛みながら荒野へと飛び出した。アタッカーの王道スキルであるアドレナリンを吐いて、みずからの移動速度を上げる。
敵が完全に追いついたのは、ちょうどそのタイミングだった。
さすがの電甲杯というべきか、遠くから放たれたサブマシンガンが愛莉のアーマーをごっそりと削る。
やはり逃がしてはもらえないか――!
敗北を覚悟した愛莉がダウンする前に、その弾は止まった。
マレイユの背後に、黒色のもやのようなものがかかった。探索キャラの専用スキル〈ブラックフォグ〉が、まるでカーテンのように敵の射線を妨害していた。
そのブラックフォグの起点となっているのは、断崖のちいさな足場に立つ、翠のチェリーパイだった。
その場所で、チェリーパイはスコープを覗きこんで、ポポポポとふしぎな音の出るアサルトライフルを撃ちおろした。この一か月、翠がこのんで使用し続けてきたレーザー銃、パパテラである。
敵のフィラリアを狙った弾は四割ほど命中したが、ダウンを取るには至らなかった。探索キャラは、ロールの特徴として火力が低いからだ。
チェリーパイのいる場所に、敵のグレネードが投げこまれた。翠はそこから逃れずに、甘んじて爆撃を受けた。
直後、断崖にフックがかかる。敵側のキャラクターであるドリファスが、その専用スキルであるフックアクションを使って、やっかいな場所に陣取ったチェリーパイを倒そうと、いっきに上にのぼってくる。
体力差のついた状態で、有利なタイマンを仕掛けてきたということだ。
しかし、いざドリファスが足場を覗きこんだとき。
そこには、チェリーパイの姿はなかった。かわりにあったのは、起爆する寸前のスタングレネード〈ボーグル〉。
ボーグルが爆発して、ドリファスが痺れる。
そこに、足場の下の陰となる位置に滞空していたチェリーパイが、ふわふわと箒に乗って戻ってきた。ショットガンのバルカローレを近距離で放って、ドリファスからみごとにダウンを奪った。
(――――翠ぴ、すごいよ……!)
横目でモニターをみていた愛莉は、賞賛した。
翠のエイムは、けっして優れているとは言えない。それでいて、翠の戦略は初心者の域をあきらかに抜けていた。
この状況なら敵はこうするだろうという読みが、ただひたすらに冴えている。
たったひと月で至れるプレイヤーとしては、最高峰といっていいレベルだと愛莉は思った。
それでも、もちろん敵部隊を倒すには至らなかった。
翠はドリファスのダウンを取れこそしたが、確殺まではできなかった。
その前に、特殊アイテムであるリフトアップを使って同じ高さまで昇ってきた敵のアタッカーに、チェリーパイは撃たれてしまった。
しかし、無意味な死ではない。
時間は、じゅうぶんに稼いでくれた。
――QB_Suiが死亡しました。
キルログに翠の名前が流れたときには、愛莉のマレイユは、すでに追いつかれないところまで離れることに成功していた。
そして愛莉が離れてしまった時点で、チェリーパイの石像からコアを抜き取ることはできない。
それはつまり今の撃ち合いによって、翠の電甲杯が終わったことを意味している。
翠は一瞬だけ上を向くと、握っていたコントローラーを机のうえに置いた。
「これで、わたしにやれるだけのことはやった。あとはおねがい」
「でも、そんなこと言われても。このままハイドしたって1位にはなれないし、どうしようもないよ……!」
「やるべきことはある。聞いて――ラウンド3がはじまるときに、どこかでクマを蘇らせて。魔人像を渡したから、タイミングは融通がきくはず」
愛莉は、耳を疑った。
「どゆこと? いいんちょくんを蘇らせるっていっても……たしかに、コアは回収できてるけど」
「もういちど言うけれど、ラウンド3がはじまるタイミング。それをかならず守って。どうにもならずに終わる可能性もあるけれど、どうにかなる可能性もある。だから、それまで意地でも生き抜いて」
さらに信じられないことに、翠は席を立ってしまった。足元に置いていた自分のスクールバッグを手に取ると、ひとことだけ残す。
「時間がないから、わたしはもう行く」
「待ってよ、翠ぴ! 行くって、どこに」
「話している暇はない。わたしたちはチーム。チームメイトなら信じて――愛莉」
はじめて名前を呼ばれて、愛莉は思わず、画面から目を離してしまった。
普段と変わらない翠の表情に向けて、愛莉はうなずくほかなかった。
そうだ――自分たちはチームだ。
その本髄は、チームメイトを信じるほかにはなにもない。
***
相戸翠はスクールバッグを持つと、選手席から離れた。まるで自分が負けてしまったから試合にいっさいの興味をなくしたかのように、それは平然とした態度だった。
ガラス張りの選手席の裏手にまわり、門番にひとことだけ告げて外に出る。
関係者用の扉を通った翠は、自分が急ぎ足で向かう必要もないことに気がついた。
廊下の向こう。そう離れていない場所に、そのひとは座っていた。まるでノックアウトされたボクサーのように、うなだれている。
翠は近づくと、その頭に触れた。皮膚には汗がにじんでいて、それはこれまでの辛苦と苦難が染みているかのように思えた。
翠は、かなしく微笑んだ。そうしてから、その口を開いた。
***
――……マ。
――…………クマ。
――クマ……起きられる?
聞き慣れた声が、俺の鼓膜を揺らした。
俺は、つむっていたのかさえもわからない目を開く。
すると、そこには翠がいた。
俺がいたのは、廊下のベンチだ。
途中で力尽きて、気づかぬうちに座りこみでもしてしまっていたか。
「翠……!」
「クマ」
翠は、俺のからだを支えるようにして、隣に座っていた。
なぜ、翠がいるのだろう。俺の様子でもみにきてくれたのだろうか。
なにもわからなかった。まずは状況を聞くべきだ――そう思ったが、俺の口から出るのは、懺悔にも似た言葉だった。
「だめだった。俺は、またなにもできなかった……! 戻れないんだよ、翠。委員長に、戻れないんだ。俺は、なんの役にも立てない。ゲームをやり切ることさえ……」
自然と、目から涙があふれていた。
それは罪悪感以上に、無力感のせいだった。
この真綿のように俺を締めつける無力感に抗って、硬い殻を破ることにいくら拘泥しようとも、結局はどうにもならないと、心のどこかで気づいていたはずなのに。
「翠……あのとき、赤城さんは泣いていたんだよ。俺が、泣かせてしまった……。俺はまた、この性格のせいで、ひとに迷惑を……」
「それは、クマがわるいわけではない」
「わかっている。ほんとうに、頭ではわかっているつもりなんだ。俺がなにかしたわけじゃないって。でも俺は……」
「クマはひとにやさしくて、自分にきびしすぎる。それがクマを苦しめていることに、クマは気づいていない」
翠が、俺の手を取った。
「クマは、ここまでよくがんばった。わたしは、クマが誇らしい。こんなにぼろぼろになるまで無理をして……」
ひんやりとした手が――翠の低温が、今にも燃えそうな俺の肌を冷やす。
なによりも心地よくて、落ち着く体温。そのおかげで、朦朧としていた意識が、少しずつ輪郭を強めていく。
「わたしは、もうやめていいと思っている。精一杯やったのだから、あきらめたっていいと思っている。もう、クマにつらい思いをしてほしくないから、このまま帰って、いっしょに休もうと言いたい。でも、それでいて……クマが、それを望んでいないことも、わかっている。だからさっきも、クマの不調がわかっていても、止められなかった」
わずかに落としていた目線を、翠は俺に戻した。
「聞いて、クマ。ゲームはまだ、続いている。今は、あのひとがひとりで、きっと持ちこたえてくれている」
「それは……ほんとうか、翠」
「うん。でも、それがいいことなのかはわからない。今回の件は、わたし自身にも、なにが正解なのかわからないことばかりだった。でも、クマが……もしもクマが、このままでは終われないと思っているのなら――」
翠が傍にあったスクールバッグから、あるものを取り出した。
俺は、自分の目を疑った。
そこにあるのは、まったく予想していなかったもの。
「たったひとつだけ、冴えているかもわからない方法が、ある」
いつか翠に渡した、エニグマの死体。
こんなものは捨ててやろうと、燃やして灰にしてやろうと思ったのに、どうしても捨てられずにいたもの。俺が翠に預かってもらった、俺の抜け殻。
――――エニグマの黒のパーカーと、マスクだった。
「……捨てないでいてくれたんだな」
「あたりまえ。それは、クマの夢だった物。ずっと、だいじにしまっていた」
俺は、震える手でそれに触れる。
安物の布、その粗い繊維が、俺に在りし日の記憶を想起させた。
……かつて、これを着ていたとき。
俺は、自分のためだけに、ただ独善的に、ひとりよがりなプレイをしていた。チームメイトがどう思っているのか、想像しようとしてみることすらせず、勝てばそれでいいのだろうと、機械的に、無機質なゲームをしていた。
なんと愚かだったのだろう――どれだけ後悔しても、過去はもう、ここにはない。
「教えて。今のクマが、どうしたのかを」
「俺は……俺は」
それでも、今ここには、べつのゲームが。
俺がどうにか辿り着いた、やり直しのチャンスが、ある。
だとしたら、俺の望みは、たったひとつ。
「翠。こんどこそ俺は、チームのために……勝ちたいよ」
「――そう言うと思った」
翠は、なぜだか悲しそうに微笑んだ。
その心境が、俺にはわからない。
ただひとつわかるのは――まだ、ゲームは終わっていないということだけだ。
俺は、制服のシャツを脱ぎ、めがねをはずす。
パーカーに袖を通し、マスクを着け、深くフードを被った。それだけで、委員長になれずに震えていた俺が、ぱたりと消えた。
あいかわらず、俺は翠以外の人間に対して、なにもしゃべることができないのだろう。
それでいて、動くことはできる。
行ってくる、と翠に残して、俺は歩き出した。
扉を開くと、まっすぐに選手席に向かう。俺を止めてきたスタッフに、選手を証明するリストバンドをみせて、席を指さすと、通してもらえた。
赤城さんは、ひとりで試合を続行していた。
よほど集中しているのか、モニターの外には目もくれない。
ラウンド2が終わろうとしていた。赤城さんのマレイユが、インベントリから魔人像を取り出した。好きな場所で味方を蘇らすことが可能な、特殊アイテムだ。
そこに、持っていたコアを埋めこんだ。
そのときになってようやく、赤城さんは周囲をみやり……。
そして、俺の存在に気がついた。
フードとマスクで顔のほとんどが隠れている俺に、おびえたような視線を向ける。
「えっ。だ、だれ……って、まさか」
マスク越し、俺はひと差し指を口元に立てた。
心配かけたことをあやまりたかったが、あいにく、今の俺は彼女になにも話すことができない。
俺はモニターの横のインカメをずらして、椅子の高さを調節し、キーボードは大きく左へ移動させて、プレイしやすい偏りを作る。
最後に、俺はひどく悪い姿勢――まるで委員長らしくない曲がった背中で、モニターにぐっと顔を寄せた。
そうだ――この体勢でないと、俺はまともにゲームができないのだ。
キャラクターの蘇生が完了したタイミングで、選択画面が表示された。
通常の蘇生時なら、表示されることのないメッセージ。
"チェリーパイの選択スキル〈転生(リインカーネーション)〉の効果を発動しますか"
翠が選んでいたのは、かなり特殊なスキル――転生。
蘇生された自身か仲間が、いちどだけ使用キャラクターとスキルを変更できるという、普通は選択されることのない死にスキルだ。
そう――普通は。
マスクのなかで、俺はフッと笑ってしまった。
ああ、やっぱり翠は賢いな。
俺が最後に頼れるのは、いつだって翠だけだ。
使用キャラクターは、アタッカーのメレン。
それから望むスキルを選択して、確定ボタンをクリックする。
これが電甲杯、ラストゲームだ。
俺は、今いちど地獄の地〈ヘルズウェイク〉へと降り立った。