逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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エピローグ 配信はたのしい?

 

 

 ソーシャル・バッテリーの話をしよう。

 

 

 

 

 ソーシャル・バッテリーとは、人間が持つ社交性の充電ゲージのことだ。

 

 アメリカだかなんだかで流行っているという、コミュニケーションに難がある人々のための単語らしく、ネットの記事で偶然読んだときに、俺はいたく感動した。

 

 こんな便利な言葉があったとは。

 

 

 

 学校、会社、その他もろもろ……。さまざまな社会の場で、ある種の人々は自分の社交ゲージがごりごり削れていくのを自覚している。

 

 俺の場合は高校生だから、おもに学校だ。

 

 

 

 ――――だが、学校だけというわけでもない。

 

 たとえば今年の夏は、さまざまなことがあった。詳しくは割愛するが、ものすごくいろいろなことが起きてしまった。

 

 そのせいで、俺のバッテリーは現在、すっからかんの空っぽになってしまっている。

 

 

 

 そういうときはどうする?

 

 

 

 決まっている。俺はパソコンのスイッチを押す。

 

 OBS Studioを立ち上げて、twitchと連携させる。

 

 それから、人気FPSゲーム〈ルシファー・オンライン〉を起動する。

 

 配信画面に自分のゲーム画面が映っていることを確認したら、終わり。

 

 あとはもう、死んだ目でゲームをするだけだ。

 

 至福のときだ。

 

 

 

 

「あーーーーーーー癒やされるーーーーーーー」

 

 

 

 

 思わずそんなひとりごとが漏れてしまう。

 

 俺は死んだ目で敵を撃ち続けている。今いるのは激戦区だから手元は死ぬほど忙しいが、そのかわりに心はどこまでも穏やかだ。

 

 でっかいビーム弾が相手にぶち当たってゴア表現が起きるたびに、平和を感じる。

 

 そしてなにより、バッテリーの充電を…………。

 

 

 

 …………あまり、感じなかった。

 

 なぜなのかは、よくわからなかった。

 

 

 

 ふとサブモニターに目をやると、コメントは全然流れていなかった。

 

 それもあたりまえかもしれない。

 

 ここしばらく、俺はずっと配信ができていなかったからだ。

 

 かねてよりの常連さんたちがほんの数人ばかり残っているだけで、ほかのリスナーたちはみな去ってしまったようだ。

 

 

 

 もの悲しくはあるが、ショックというほどでもない。なぜなら俺は細々とした配信でいいと思っていたし、それに、少ないながらも熱心なファンがいてくれるからだ。

 

 そのひとの名前は、lili-love――――

 

 

 

 ――――いけない、いけない。

 

 思い出すな、俺。

 

 なにも思い出すなよ。さもないと……。

 

 

 

 とか言っているあいだに思い出してしまっているのが、人間というものである。

 

 ものを忘れるというのは、自力ではなかなかできないことなのだ。

 

 

 

『ちょっと休憩します』

 

 

 

 と配信者コメントに打って、俺は背もたれに身を預けた。

 

 今は、夏休みの後半。そしてここは、ちょっと荒れている俺の自室だ。

 

 

 

 最近の俺は、部屋にひきこもっていた。

 

 無気力ぎみの生活で、配信だって、ほんとうは再開するつもりはなかった。

 

 少なくとも、しばらくのあいだは。

 

 まるで冬眠する熊のようにおとなしくしようとしていた俺に配信するようにと言ったのは、なんと翠だった。

 

 

 

 

 

 つい先日、翠はうちをたずねてきた。

 

 あの大会以来、はじめての再会だった。

 

 翠は、よれたジャージを着てぼさぼさの髪をしている、なんだか自堕落そうな俺の姿をみると、

 

 

 

「思ったよりも健康に過ごせているようでなにより」

 

 

 

 と言った。

 

 俺は、拍子抜けしてしまった。

 

 

 

「そう思うか? 怒られると思ったよ」

 

「高校生が長期休暇に過ごす一般的なだらだらの範ちゅうにおさまっていると判断した。外出せずともお庭で日光には当たれるし、きちんと食事もできている。トレーニングも続けている模様。正すべきは、せいぜい睡眠リズムとみた」

 

 

 

 果たしてどんな観察眼をしているのか、俺の生活ぶりを正確に見抜く翠。

 

 そのとおりで、べつに病気で寝込んでいるわけでもなし、俺は普通に飯を食って筋トレしているし、ばあちゃんのかわりに庭仕事もやっている。

 

 外出していないだけで、まあまあ健康的ではあった。

 

 

 

「その、翠。聞きたいことがあるんだが」

 

「なに?」

 

 

 

 小首をかしげる翠に、俺は気まずくなってしまった。

 

 ……例の話を、しなければ。

 

 だが、すべてを聞くのはおそろしい。

 

 

 

 だから俺がたずねることができたのは、最低限の確認事項だけだった。

 

 つまり――あんな帰り方をして問題なかっただろうか、という懸念だ。

 

 まさか優勝が取り消されたなんてことはないと思っているが、念のため、それだけは翠に連絡してたしかめていた。

 

 

 

「問題は、あったといえばあったし、なかったといえばなかった」

 

 

 

 翠の答えは、そんな曖昧なものだった。

 

 

 

「とりあえず、QB_Agumaという選手は、試合の直後すさまじい体調不良に陥ってしまい、急きょ帰宅を余儀なくされたということにした。もともと倒れていたのもあって、その話自体は不自然ではなかったように思う。そして、代わりにわたしが受け取ったコメントを読み上げることになった」

 

「どういうコメントにしたんだ?」

 

「『精一杯がんばりました。優勝できて嬉しいです。応援ありがとうございました』」

 

 

 

 なるほど。テンプレにもほどがある。

 

 

 

「問題は、それではインタビュアーがまったく納得しないことだった。質問攻めにあったけど、わたしにたしかな回答ができたのは、ひとつしかなかった」

 

「それは?」

 

「あの場でプレイしていたのは、まちがいなく本人だったということ。そう答えなければ、優勝が取り消されてしまう可能性もあったから」

 

 

 

 たしかに、そこだけは表明しておく必要があるだろう。なにせ急に服装が変わって、顔を隠してしまっていたわけだし。

 

 俺は、さらに情報を聞き出したい欲求に駆られた。

 

 だが結局、俺はそれ以上のことは聞かなかった。

 

 

 

 俺が気になっていることは、おもにひとつだ。

 

 それは、俺という存在の認知について。

 

 亜熊杏介というプレイヤーが今、どのように思われているのかということだ。

 

 それは近い場所にいるひとたちからの認識という意味でもそうだったし、もっと広い世間という意味でもそうだった。

 

 

 

 正直、俺はかなり懸念している。

 

 なぜなら、俺のラインにはなんだかいやにメッセージが溢れているからだ。あまり知らないひとからもフレンド申請が来ている始末だった。

 

 それらすべてを、俺は未読スルーしていた。

 

 まったくもって委員長的な行動ではないが、いざ登校した暁には、スマホを紛失していたという言い訳を通すつもりでいた。

 

 

 

 さらに悪いことに、この家をたずねてくる人間さえも少なくなかった。

 

 俺の知るかぎり、もう四回はインターホンが鳴っている。まだばあちゃんがいないときにたずねてくれているだけマシだった。心置きなく居留守できるからだ。

 

 ポストには謎の書置きまで入っていたが、それも開けないで抽斗に封印してある。

 

 

 

 つまり――俺は家にひきこもると同時に、おおよそすべての情報をシャットアウトしている状態にあった。

 

 なんなら、インターネットもろくに開けない有様であった。

 

 日課として確認しているニュースアプリでも、エンタメ欄はいちども確認できていない。

 

 

 

 そう。俺は、世間のことが気になっている。

 

 だがそれ以上に俺が気にしているのは――赤城さんだった。

 

 不可解なことに、俺は赤城さんからのメッセージだけは受け取っていなかった。どういうわけか、あれからというもの、赤城さんは沈黙を貫いていた。

 

 

 

 あれほど嘘を嫌う彼女が、果たして今の俺をどう思っているのか……というより、どう認識しているのか。

 

 ――俺がエニグマだと確信しているのか、否か。

 

 あるいは、ただ同じ構成を真似て、それがたまたまうまくいっただけのやつだと思ってくれているのか。

 

 

 

 俺は、思わず後悔の念を抱いてしまう。

 

 せめてヴェロシティさえ使わなければ。あとオーバーフロートと……というか、そもそもメレンを選択しなければ。

 

 いや、だがあの構成でなければ、きっと優勝はできなかったわけだし、しかたないのだが……。

 

 

 

 ああ、なんて委員長らしくない事態になってしまったのだろう。

 

 頭を抱えて唸っていると、翠がつんつんと俺の横腹を突いた。

 

 

 

「どうした、翠」

 

「みて、クマ。このあいだの模試の結果が返ってきた」

 

 

 

 タブレットの画面に、俺は目線を落とした。

 

 そして、たいそう驚いた。

 

 全国共通模試――――総合2位。

 

 

 

 しかも、試験日は俺たちがチームを結成したあとのことだ。

 

 なんということだ。

 

 翠は、あれだけの量の練習をこなしながら、この成績を叩き出したというのか。

 

 

 

「すごいじゃないか、翠! 数学なんて、満点と書いてあるぞ。平均41点なのに! まったく、翠の天才ぶりには呆れ返るな!」

 

 

 

 俺は、素直な気持ちで賞賛した。おそらく俺が1万人に分身して計算するよりも、翠ひとりのほうが演算速度が速いくらいだろう。

 

 

 

「今回にかんしては、もっと褒めてほしい」

 

「すごいぞ、翠! 翠はきっと、戦国時代に生まれていたら天才戦術家、大航海時代に生まれていたら天才航海士になっていたに違いない。そして現代なら、翠はなんにだってなれるぞ! 医者以外でも、たとえば法律家だって、大学教授だって――」

 

「そういうのじゃなくて……あ、頭を、撫でてほしい」

 

 

 

 翠は、わずかにうつむきながら言った。

 

 

 

「? こうか?」

 

「ふ、ふにゃ」

 

 

 

 翠の頭なら、言ってくれればいつでも撫でることが可能だ。

 

 おお、と俺は感動する。髪がつやっつやだ。たまに触れることはあったが、以前からこんなだっただろうか。

 

 たぶんだが、コンディショナーだかなんだかが変わったのではないかという気がする。

 

 

 

「翠、がんばったんだな……ほんとうにえらいぞ」

 

「この一か月は、クマほどじゃないにせよ、わたしもなかなかの努力量だった」

 

 

 

 いや、どう考えても週5で1日8時間ルシオンをしながら全国2位の成績を取るほうがはるかに大変だと思うが。

 

 ほんとうにどうなっているんだろうな、翠のこの頭のなかは。

 

 

 

「……とりあえず、満足」

 

 

 

 ひとしきり撫でると、翠はむふーと息をついた。

 

 それから、俺の服の裾を引っ張った。

 

 

 

「次は本業をする。クマ、いっしょにゲームしよう。RTAで興味のあるタイトルがある」

 

「おっ。レトロゲーか! いいな、やろう!」

 

 

 

 俺は、古いゲーム機をクローゼットから引っ張り出してきた。ばあちゃんがお客さんにもらったという菓子を出して、ひさしぶりに、翠とふたりだけで存分に遊んだ。

 

 暗くなる前に帰ることにした翠は、玄関で靴を履きながら、こう言った。

 

 

 

「クマ。このところ無理していたし、このまま家でしばらく療養しているのは、わたしはいいことだと思う。わたしの家に来て料理をして映画をみるという約束が反故になっているのだけは、いただけないけど」

 

 

 

 あ、と俺は思い出した。

 

 その約束をしたのは、赤城さん失踪事件の直前だ。いろいろあって、立ち消えてしまっていたのだった。

 

 

 

「すまん、翠。そういうつもりじゃなかったんだ。すぐに……」

 

「ううん、すぐじゃなくていい。楽しみに待つのも一興。だから、クマは休んで……それで、また配信でもしたらいいと思う。きっと気晴らしになるから」

 

「配信って……あの配信か?」

 

 

 

 でも、と俺は思う。

 

 俺の配信には、赤城さんが……。

 

 

 

「わたしは、やったほうがいいと思う。それとも、クマはわたしを信用できない?」

 

「いや、翠のことは世界でいちばん信用しているが……」

 

「それなら、配信をつけて。近いうちに」

 

 

 

 また来る、と言い残して、翠は出て行った。

 

 ……翠にそう言われてしまうと、やらない手はなかった。

 

 

 

 

 

 ――――そして、今。

 

 俺はルシオンをプレイしながら、配信ソフトを起動している。

 

 ルシオン自体はいい。いつやろうとも、このゲームは神ゲーで、俺の心を癒やしてくれる。

 

 問題は、やはり配信のほうだ。

 

 いや、楽しくはあるのだが……どうしても、気になってしまう。

 

 

 

 俺はコーラを飲んで休みながら、動かないコメント欄を凝視してしまっていた。

 

 そうしていると――。

 

 

 

lili-love-77:匿名熊さん、配信やってるじゃん!

 

 

 

 いちばん気になるひとからコメントが来て、俺の心臓がバクンと高鳴った。

 

 ひさびさにみる、その名前。

 

 俺がその正体を知らずに、勝手に想いを馳せていたファンの女性。

 

 

 

 そのひとは、予想外なことを言い出した。

 

 

 

:あのー

 

:急にこんなこと言うのもアレなんですけど

 

:オフ会 しませんか?

 

:匿名熊ファンのオフ会 てか ファンミみたいな

 

 

 

 ……なんだ?

 

 いったい、なにを言っているんだ?

 

 

 

:あ ちなみになんですけど

 

:あたし

 

:匿名熊さんに会いたいんで

 

:それ以外のひとじゃなくて

 

:『匿名熊』さんに

 

 

 

:だから 例の場所で

 

:はじまりの場所で

 

 

 

:待ってます

 

:あたし 待ってるから

 

 

 

 それだけ残して、彼女は姿を失せてしまった。

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