逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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ギャルVS配信者

 蔦屋書店のなかは、なにも変わっていなかった。

 

 あたりまえだ。たった一、二か月で内装が大きく変わることはないだろう。かりに、俺の主観時間がとてつもなく長く感じられていたとしても。

 

 

 

 俺は、店内を不審者のようにびくびくと歩いていた。

 

 だれかと肩がぶつかってしまうも、ぺこぺこするのが限度で、口に出してあやまることができなかった。

 

 理由は単純だ。

 

 俺は今ここに、委員長として来ていないからだ。

 

 

 

 今の俺は、制服姿ではない。

 

 ジャージの下を履いて、上はタンクトップにパーカーを羽織っている。

 

 あまり夏らしい恰好とはいいがたいが、蔦屋書店の店内が冷えているから、むしろちょうどよかった。

 

 二年前に買ったエニグマのパーカーは、当時ダボダボのやつを選んでいたから、今ではちょうどいいくらいのサイズになっている。

 

 

 

 俺は、緊張もあらわ、震える足で店内を進んだ。

 

 ……来てしまった。

 

 悩みに悩みに悩み抜いて、それでも俺は、ここに来てしまった。

 

 

 

 ――lili-love-77さんからのオフ会の誘い。

 

 ひらたくいえば、赤城さんに会おうと言われたわけだが。

 

 ふしぎなことに、彼女のご所望は、亜熊杏介ではなかった。

 

 どうやら、ほかでもない『匿名熊』に会いたいとのことらしい。

 

 

 

 その意味が……俺には、わからないようで、わかるようだった。

 

 それでいて、その目的はわからなかった。

 

 

 

 はっきり言おう。

 

 俺は、かなり気が引けていた。

 

 こんな状態でだれかに会うなんて……それも、もう一年半も委員長として接触していた相手と会うだなんて、自殺行為もいいところだ。

 

 

 

 俺は、この夏のことは風化させるつもりでいたのだ。

 

 学校が再開したときに、もしかしたら周囲にいろいろ言われるかもしれないが、誠心誠意、委員長として務めていれば、そのうちみんな忘れて、これまでどおりの堅物委員長として扱ってくれるようになるだろうと。

 

 二学期が終わるころには、俺が電甲杯に出ていた事実など忘れてくれるだろうと、そう期待していたのだ。

 

 

 

 だからこそ、この先の委員長ロールに障るような真似はするべきではない――。

 

 そういう結論に達すると同時に、俺は、自分がこのイベントを断る術を持たないことに気づいた。

 

 相手は、オフ会の日時だけ指定してコメント欄から消えてしまったのだ。

 

 となると、俺のほうから赤城さんに連絡して、悪いけど行けないという意思を表明しなければ、彼女が待ちぼうけを食らってしまうことになる。

 

 

 

 だが俺は、どうしても赤城さんにメッセージを送ることができなかった。

 

 だいいち、俺はこのオフ会を嫌がっているというわけではなかった。

 

 不都合なことではあるし、デメリットがたくさんあると思ってもいたが、それでも、嫌だとは思わなかった。

 

 それがなぜなのかも、俺にはわからなかった。

 

 しいていうなら――相手がlili-love-77さんだったからなのかもしれない。

 

 

 

 lili-love-77さん。

 

 これは非常にふしぎな感慨だが、俺は彼女の中身が赤城さんだったと知った今でも、どこかで別人のように思えてしまっている。

 

 理屈では理解していても、どうしても両者のイメージがうまく結びつかないのだ。

 

 

 

 そしてそれは、ひょっとしたら、向こうからしてもそうなのかもしれない。

 

 赤城さんのなかでは、亜熊杏介という人間と、黙々と配信を続けていた匿名熊という存在が、うまくリンクしないのかもしれない。

 

 それをはっきりさせたくて、匿名熊とのオフ会を望んだのかもしれない――。

 

 

 

 だが、すべては俺の一方的な想像だ。

 

 ひとの心意はわからない。だからこそ、会って話すべきなのだ。もしかりに、言葉を発せなかったとしても……。

 

 俺は、意を決してエスカレーターに足をのせた。

 

 

 

 やはりというべきか、下は混んでいても、このフロアはそこまでひとが多くない。スタバの席は空いている。

 

 それも、俺たちが座った場所が、ピンポイントで空いている。

 

 どうすればいいのだろう。座って待っていればいいのか。いや、それともなにかを買っておいたほうがいいのか――。

 

 俺が立ち往生していると、

 

 

 

「えいっ」

 

 

 

 と、手の甲に冷たいものが当たった。

 

 驚いて振り向くと――そこには、赤城さんがいた。

 

 ぴったりしたノースリーブの服に、淡いシャンパンピンクのサングラス。日焼けがこわくないのか、脚も腕も大胆に露出している――おしゃれな夏のギャルだ。

 

 

 

 持っているメロンフラペを、彼女はこちらに差し出した。

 

 さっき下でみたところだと、その販売期間は本日までのようだった。

 

 

 

「えへへ。やっと会えたね――『匿名熊』さん。そこ、すわろっか?」

 

 

 

 そう言って、彼女はニカっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 俺は、メロンフラペを飲んでいる。味は……あいかわらずうまい。

 

 静かにストローを吸いながら、俺はちらりと目線を上げた。

 

 そこには、ニコニコと笑みを浮かべる赤城さんの姿がある。

 

 両肘を机について、手の甲に顎をのせて、俺を観察している。

 

 

 

 俺は、視線を逸らした。

 

 はやく飲まないと上のクリームが溶けてしまうぞ――普段の俺ならそう言うだろうが、このときはなにも言葉にできなかった。

 

 

 

「ねーねー。匿名熊さんは、最近はどういうかんじで過ごしてるのー?」

 

 

 

 突然、そう話しかけられる。が、やはり俺は答えられなかった。

 

 ……なにか言わないと。

 

 というか、どうしたらいいのだろう。

 

 来たら赤城さんの意図がわかると思ったら、その逆だった。さっきから同じテーブルについて向き合っているだけで、むしろ謎は深まるばかりだ。

 

 

 

「とくになにもないかんじ? だったら、あたしの話していい?」

 

 

 

 俺は、勢いよくうなずいた。

 

 赤城さんは、ぐぐーっと背伸びをすると、

 

 

 

「あたしはねー…………すっっっっごい、たのしかった! もう、超がつくくらい、毎日がすっごい充実してた。この先どういう人生になるかわからないけど、たぶんずっと、死ぬまで忘れないんだろうなってくらい。それくらい……この夏のことは、たのしかったんだ」

 

 

 

 うそではないのだろう。

 

 そう確信できるくらいには、その八重歯の覗く笑顔は、輝いていた。

 

 

 

「まあ、つらいこともあったんだけどさ。それでもやっぱり、なんだっけ、シックスセンス? はじめに持った直観って、だいじなんだなぁって思った。匿名熊さんみつけて、これは運命だから……だから、電甲杯もぜったいなんとかなるって信じたときの直観が、結局は正しかったんだなーって、そう思った!」

 

 

 

 だとしたら……それ以上のことはない。

 

 Quiet Girlsの顛末や、桜花さんとの確執など、俺が気になることはたくさんあるが……その赤城さんの言いぶりを聞くに、すべては丸くおさまったのだろうか。

 

 

 

「でもやっぱ、いちばんは――新しいともだちができたことかな。うん……なんだかんだで、はじめの目的がどうとかよりも、そのほうがうれしーかも。だってあたし、翠ぴのことだいすきだし……それに、もうひとりのことだって」

 

 

 

 ……もうひとりのこと。

 

 彼女はにやっと笑い、俺はすぐに顔をそむけた。

 

 

 

「……そのひとは、ものすごくまじめなひとで。ほんと、ちょっとみただけだと、ドがつくくらいのまじめ君ってかんじなんだけど、でもよく観察していると、たくさん抜けているところもあんのw しかも、なんか当人はきづいていなさそうで、そこが笑えるっていうか、おもしろくて」

 

 

 

 ……まさか、これは俺のことか?

 

 そんなばかな。

 

 俺の委員長システムに問題など…………あったな。とくに、最近はたくさん。

 

 俺にもまだまだ研鑽が足りないということか。

 

 

 

「でも、そういう天然はすごくよくないところもあって、女の子相手にそういうのって……それはもう、なにかあってもそっちのせいじゃない? みたいなことも、平然としてくんの! もう、こっちの情緒、ついていけないっていうか……」

 

 

 

 途中から、なにを言っているのかわからなくなってしまった。

 

 赤城さんは、ちょっと怒ったような口調と目つきになっている。

 

 俺はなにかをしたのだろうか……あまり身に覚えがないが……。

 

 

 

「……まあ、でもね。それでも、普通のひとなんだよ」

 

 

 

 と、赤城さんはひっかかることを言った。

 

 

 

「ひょっとしたら、そのひとは自分が変わっているって思われるのをこわがっているかもしれないんだけど。でも、そんなことないの。個性的な部分は多いけど、ひととしてダメなんてことは、ひとつもない。すごい能力がたくさんあって、困ってるひとがいたら手を差し伸べてくれる――ただの、とても優しいひと」

 

 

 

 赤城さんは、そう言って微笑んだ。

 

 

 

 ……俺は、耳を疑った。

 

 普通だって? この俺が?

 

 委員長としての俺だけを指しているなら、まだわかる。

 

 だが、今の赤城さんは――lili-love-77さんは、それ以外の俺のことも知っている。

 

 

 

 委員長ではない俺は、社会不適合者もいいところだ。

 

 げんに今だって、会ってからいちどもしゃべれてはいない。

 

 目線だって、ろくに合わせられていないくらいだ。

 

 そして年がら年中、俺はいろいろなことから逃げている。

 

 

 

 俺は、自分がどれだけダメな人間であるかを、相手にとくとくと説明したくなった。

 

 そんな俺の考えが顔に透けてしまっていたのか、

 

 

 

「なに、否定したいの? どうして?」

 

 

 

 俺は、がんばってジェスチャーして伝えようとした。

 

 

 

「ひょっとして、しゃべれないからって言いたいの? そんなことない、しゃべれるよ。だって、べつにこれまでもたくさん話してきたし。てかまあ、べつにしゃべれなくてもいいんだけどさ、できることを否定されると、なんかもやもやするっていうか……そうだ。なんなら、証明してあげよっか?」

 

 

 

 証明? と俺が首をかしげた直後。

 

 彼女は椅子の足を浮かせて、後ろ側に大きく体重をかけた。

 

 もちろん物理法則に従って、そのまま倒れそうに――。

 

 

 

「――あぶないっ!」

 

 

 

 俺は、とっさに席を離れた。

 

 赤城さんのからだを椅子ごと抱えて、地面すれすれでセーブする。

 

 ……あ、あぶなかった。けっこう、ぎりぎりだった。

 

 

 

「なんてことをするんだ。まったく……!」

 

 

 

 ああ、驚いた。けがしたら、どうするつもりなのか。もっとちゃんと叱らなければ……。

 

 そう思った俺のことを、にんまりとした顔で見上げている。

 

 

 

「ほら――しゃべれる」

 

 

 

 ……あ。

 

 と思うのも、変な話だった。

 

 たしかに……話せた。

 

 

 

 奇妙な感覚だった。

 

 普通にしていて話せる相手なんて、翠だけだと思っていた。

 

 それなのに、今は……。

 

 

 

「あはは。思ったよりこわかった!」

 

「……もう、こんなことはしないでくれよ」

 

「ごめんごめん。でも、信用してたんだよ――ありがと」

 

 

 

 周囲の視線を気にしながら、俺は赤城さんをもとの位置に戻した。

 

 

 

「じつはね、翠ぴとちょっと、話したんだ。その、いいんちょくんについてね? それで、翠ぴが言ったの。『クマは、委員長としてがんばっているときの自分じゃないと、だれとも話せないと思いこんでいる』って――」

 

「……翠が?」

 

 

 

 俺は、意外に思った。翠は、他人のことをぺらぺらと話すようなことはしない。とくに俺のパーソナルなことには気を遣ってくれているはずだったのだが……。

 

 

 

「あ、かんちがいしないでね。どっちかっていうと、あたしがそうなんじゃないかって思ったことを確認して、翠ぴが答えてくれただけだから。でも、とにかくね、あたしそれ聞いてヘンだなって思ったんだ。だって委員長とか、委員長じゃないとか、そんなことかんけーなく、いいんちょくんはべつに話せるって知ってたから」

 

「……それは、どうして」

 

「ほら――匿名熊の配信だよ。あのとき、壺じじやりながらの雑談配信、できてたじゃん。あれって、素のいいんちょくんでしょ? その話したら、翠ぴも驚いてたよ」

 

 

 

 そう言われて、俺は固まった。

 

 ……たしかに。

 

 匿名熊として話していたときの俺……あれは、なんだ?

 

 あらためて考えてみると、あれってどういう状況だったんだろう。

 

 

 

「…………うーん」

 

「なに? なんか納得いかないの?」

 

「ああ。だって、あれは結局、匿名だからできたことであって……現実でも同じようにしろと言われても、それはちょっと」

 

「じゃあ、たった今あたしと話しているのはなんなの!」

 

 

 

 ……それもまた、たしかに。

 

 

 

「……わからない。赤城さんだからか? あるいは――赤城さんがリスナーだからか? いや、そんなはずもないか。いずれにせよ、赤城さんにだからできていることで、ほかのひとに同じようにしろと言われたら、たぶん無理な気が……」

 

 

 

 俺のつぶやきに、赤城さんの耳がピコンと立った。

 

 

 

「……それって、あたしだけトクベツってこと?」

 

「いや、それと翠だな」

 

「ああ、そっか、そりゃそだよね……。むう」

 

 

 

 なにが「むう」なのか。

 

 

 

「いや……でもなんか、考えていると変な気持ちになってきた。どうにも落ち着かない。ちょっと待っていてくれ、家に帰って、めがねと制服に着替えてくる」

 

「待って。だめ、委員長モードにならないで! きょうは、匿名熊さんに会いに来たって言ったでしょ」

 

「しかし――」

 

「しかしもおかしもないのー! とにかく、きょうはあたしと――」

 

 

 

 そのとき、机のうえのスマホがブーブーと鳴った。

 

 赤城さんのだ。画面をみるに、どうやら着信が来ているらしい。

 

 赤城さんは、拒否ボタンを押した。

 

 

 

「いーい? きょうは、あたしと」

 

 

 

 もういちど、スマホが鳴る。

 

 赤城さんはふたたび拒否する。

 

 

 

「あたしと――」

 

 

 

 もういちど鳴った。

 

「もう、なんなの!」と、赤城さんが画面に吼えた。

 

 そこに映っている名前は――マネージャーの宇野さんだった。

 

 

 

「……ひょっとして赤城さん、なにか仕事があるんじゃないのか?」

 

「あ」

 

 

 

 焦った様子で、リマインダーを起動する赤城さん。詳しくは読めないが、なにかしらの文字列が並んでいるようだった。

 

 

 

「うっわ。あたし、日付けまちがえて覚えていたみたい……きょう、ぜんぜんフリーじゃなかった……」

 

「間に合わないのか?」

 

「ううん。夜からだから、今から帰って準備すれば間に合っちゃう」

 

 

 

 なら、おとなしく帰るべきだろう。

 

 ちょうどいい。俺もはじめての経験で困惑しているところだったから、退散できるのはありがたい。

 

 委員長ロールというよりも、いつもの練習帰りの癖で、俺は言ってしまった。

 

 

 

「代官山駅まで送っていくよ」

 

「や、いーよ。まだ明るいし、それに……あ、待って! じゃあ、逆にさせて。あたしが、おうちまで送りたい!」

 

「だめだ。女子に送らせるなんて、委員長として……」

 

「だから、委員長じゃなくて、きょうは匿名熊さんなんだってば」

 

 

 

 赤城さんは、溶けかけのメロンフラぺを持って、俺の背中をぐいぐいと押した。

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