逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
ぽて、ぽて、ぽて。
俺と赤城さんは、並んで旧山手通りを歩いている。
あのままの恰好は外だと暑いから、俺はタンクトップ姿になっていた。パーカーは腕に持っている。
これっぽっちも委員長らしくない恰好で、落ち着かない。
「……おにーさん、いいカラダしてんね~」
「頼むから、あまりじろじろみないでくれ」
「あはは、ごめん。いつもされて嫌なのに、ついセクハラしちゃったw」
赤城さんはからから笑うと、声のトーンを低くして、
「……でもこういうシンプルなストリート系、正直あたしブッ刺さるから、次からはいつもどおりの服装のが助かるかな」
と、つぶやいた。
よくわからないが、両者の利益が合致したようだ。次からは、やはりいつもどおりの格好をしてくることにしよう。
ぽて、ぽて、ぽて。
マレーシア大使館の前を、俺たちは通過する。
「赤城さん。Quiet Girlsのことなんだが、問題はなかったのか」
「うん。まあ、ちょっと……っていうか、だいぶゴタゴタはあったんだけど、さすがのお母さんも、大勢の前で啖呵切っちゃってたから、いったん認めざるを得ないみたい。そうそう、あの社長サン――ていうか秘書さんかな?――が、文面で約束を取り付けてくれていたんだって。それが大きかったのかな?」
なるほど。
最後まで優秀すぎてこわい人間である、黒峰さん。
「だからとにかく、Quiet Girlsは、またあたしひとりに戻って続投だね。これからは、雇ってくれるチーム探し! オファー待ってみてもいいんだけど、自分から売り込むのもいいかもなって思っていて」
「そうか。赤城さんは、プロをやる気なんだな」
「うん! 今回の電甲杯で、自分のちから、もっと試してみたくなったしね。昔からやってみたかったし、たのしみかも!」
俺は、それはいいことだと感じる。
赤城さんには優れた能力と、なによりゲームに対する情熱がある。彼女なら、立派な競技シーンのプレイヤーになれるだろう。
「それよりさ、いいんちょくんと約束したから、お母さんと話さなきゃと思ったんだけど。なんか、その前に向こうから、話があるって言われて」
「ほう」
「『あの亜熊杏介って子を連れてきなさい』って言われたんだ。わかんないけど、責任を取らせるって。いいんちょくん、どういう意味だかわかる?」
……わからないが、なにかおそろしい意味だということはなんとなく伝わる。
どうしたものだろう。あんな失礼を働いた関係上、遠くないうちに謝罪に伺わなければと思ってはいたが、向こうから呼び出されるとなると足が竦む。
「……ちょっと、先延ばしにしちゃおっか?」
「ああ、それがいい」
現在のところ委員長でない俺は、その不義理にひそかに合意した。
「……あのさ」と、赤城さんがあらためて口を開く。
「あたしがいちばんこわかったこと、言っていい?」
「ああ」
「電甲杯のあと、あたしいっかいも連絡しなかったでしょ。ラインも、ディスコードも。言わなきゃいけないこと、たくさんあったのに。なんでかっていうと――もし返信がなかったら、すごくこわいなって、そう思っちゃって」
ぽて、ぽて、ぽて。
俺たちは、信号を渡る。青葉台に向けて、坂を下りていく。
「あたし、今回のことでいいんちょくんの……なんていうんだろ。すごく深いところを、無理やり外に出させちゃったんじゃないかって。それでも、いいんちょくんは優しいから、怒ったりとかはしないと思ったんだけど、それはそうとして、人間、キャパってあるでしょ。もし限界だったら、シャットアウトしちゃうかもって、そう思って」
それは、一種の慧眼であるといえた。
実際に、俺は赤城さんから連絡が来なくて助かっていたのだ。
なぜなら、赤城さんの言うとおり、ろくに返信ができないだろうと自分で思っていたからだ。
lili-love-77さんからのコメントというかたちでなければ、少なくとも二学期までは、こうして会うことも話すこともなかったかもしれない。
「まわりくどい方法で連絡したのも、それが理由っていうか。待ち合わせ場所を言うだけ言って逃げちゃえば、いいんちょくん、性格的に会ってくれそうって思って……それで、卑怯なことしちゃった」
べつに卑怯とは思わないが。
どちらかといえば、俺の性格に対する理解度に敬服するまである。
「とにかくね。もうあんまり個人的には会ってくれなくなるかもって思うと、それがいちばん、こわかったんだ。だからきょう、会えてうれしかった」
「……それはなんというか、いらない心配をかけたな。だいいち、俺のほうこそ連絡をしなかったわけだし、きみが気に病むことはない」
「ほんとに? それなら、これからも遊んでくれる? いっしょにルシやってくれる?」
「ああ。だって、ともだちじゃないか」
自分で言ってから、そうだ、と俺は思う。
俺のともだち。そう呼べる存在は、翠を除けば、赤城さんくらいのものだろう。
ひょっとしたら、それこそが委員長ロールに入らずとも赤城さんと話せている最大の理由なのかもしれなかった。
なにせ、ほんとうに一生懸命、ともに戦ってきた仲間チームメイトなのだ。
「ともだち……。そっか、ともだち、かぁ……まあ、ただのクラスメイトよりは、ぜんぜんいっかな、うん」
「……え?」
赤城さんが思案顔で復唱しているので、俺は不安になってしまった。
蔦屋書店では、赤城さんがその口でともだちだと言ってくれていたはずなのだが。
「なーんでもない! それより、だったら安心した。じゃあさっそく予定いれよっか。新しい水着買わないとだから、いっしょに渋谷か原宿行こ!」
「え、渋谷? それはちょっと、どうだろう……」
「なんで! 前だっていっしょに行ったじゃん。もちろん翠ぴも誘うから。それに、水着買わなきゃいけないの、いいんちょくんのせいなんだからね!」
どうして俺のせいになるんだ?
「だって――再来週の勉強合宿、場所、沖縄なんでしょ? あたしも行く羽目になっちゃってるんだから。いいんちょくんがうちのお母さんに言ったんでしょ?」
俺は、思わず口をあんぐりさせてしまった。
そうだ……赤城さんを連れ出すために、そういう嘘をついたのだった。
あの申し込み手続き、桜花さんは済ませていたのか。
ていうか、俺自身が失念してしまっていた。
二学期の前に、大きい試練がひとつ残っているじゃないか。
合宿は大変なんだ。なにせ三日間も委員長ロールを解けないから、俺の心労はすさまじいことになる。果たして今年もぶじに生きのびることができるのか……。
「……待ってくれ。そうだとして、水着を買わなければいけない理由にはならなくないか?」
「なにいってんの。沖縄行って海で泳がないなんて、現代日本に生まれてルシオンやらないくらいの大損だよ? ほかのひとがカリカリ勉強してても、あたしは泳ぐから。で、ひとりは嫌だから、いいんちょくんも巻きこむから!」
なんという強い意志だろう。しかし沖縄でギャルと泳ぐというのはかなり委員長らしくない行為な気がするから、俺には荷が重い。
例年よりもキツくなるだろう合宿のことを考えて、俺はナーバスになってきた。
そろそろ家に着く。
その前に、俺は……ずっと聞けずにいたことを、ようやく聞く決心がついた。
「赤城さん。ひとつ、聞きたいことがあるのだが」
「ん?」
「……その、俺のことについて、というか。電甲杯での俺のプレイをみて、どう思っているのか、というか」
しどろもどろに、俺はたずねる。
赤城さんは要領を得ない表情だったが、いずれ理解したようで、
「あ、ネットでめちゃくちゃ言われているやつ? あれねー。あたしも、すっごい聞かれるよ。おまえが組んでたあいつは何者だーって」
やっぱり、ネットでめちゃくちゃ言われているのか……。
「何者もなにも、うちのクラスのいいんちょくんだっつーの。試合前、あんなにりっぱにインタビューで答えていたのに、みんななにをそんな気にしてんだろーね」
若干辟易していそうな赤城さんに、俺は申し訳なさを覚えた。
それでいて、違和感もまた覚える。
なんとなく、想定していた反応と違うような気がしたからだ。
「……その、赤城さんは気にならないのか?」
「あたし? あたしが、なにを気にならなきゃいけないの」
きょとんと、彼女は目を丸くした。
「あのね、いいんちょくん。もしいいんちょくんが昔なにかやっていて、なんかバックグラウンドがあったとして、それこそ伝説のエニグマだったとして。そんなふわふわしたタグなんかよりも、あたしのことを助けてくれたいいんちょくんのほうが……亜熊杏介っていう男の子のほうが、あたしのとっては、もうずっと、ずーっとおっきい概念なの。だから、なんだっていーんだよね」
ぴょんぴょん、と白線の上でスキップすると、赤城さんは振り向く。
「まー、でも? それはそうとして、いいんちょくんのことは知りたいから、いつか話してくれたら、すごいうれしーけどね。でも、そういうのって強要することじゃないし。いいんちょくんが、あたしのこと聞かないでいてくれたみたいにね」
俺は、唖然としてしまった。
”なんだっていい”。
まさかそんな答えが返ってくるとはつゆにも思っておらず、俺は驚きを隠せなかった。
思い切って聞いてみたが、意外にも、どうということはなかったということか。
やはり、赤城さんという人物は、俺の予想を超えていく御仁であるようだった。
坂の途中にある、とある古民家の前で俺たちは止まった。
わが家である。赤城さんには、ほんとうにここまで送ってもらってしまった。
「じゃね、いいんちょくん! ほんとはもっと話していたいけど、これ以上は宇野ちゃんにぶっ飛ばされちゃうから」
それはそれは、ぶっ飛ばされないことを祈っていよう。
「水着の件は、本気だからね。翠ぴも誘うから、いつものDiscordに――」
そこまで言って、赤城さんは言葉を止めた。
それからちょっと、悪そうな表情になる。するりと、赤城さんが顔を寄せてきた。
そして俺の耳元で、ささやく。
「――ね。それとも内緒で、ふたりで行っちゃう? そしたらー……水着、いいんちょくんだけにみせるけど」
「……っ」
「あはは。よーやく、逆襲できた。やーい、耳、赤いよー!」
急にガキのような言動になって、赤城さんは去っていった。
……なにやら、最後にしてやられてしまったようだ。
白いお姫さまが、わんぱくに坂を駆けあがっていく。
その姿がなくなるまでしっかり見送ってから、俺はようやく、玄関に向かった。
部屋に戻ると、俺は椅子に深く腰かけ、PCをつけた。
なんだか、無性にルシオンがやりたい気分だ。だれでもいいから銃で撃ちたいという、委員長らしくない欲求に満たされる。
いつも使っている配信サイトを開く。
プロフィール画面にいくと、『匿名熊の配信』と書かれている。
俺は、一瞬だけ迷ってから、編集画面に移行した。
それから、キーボードを叩く。
俺は、いつか赤城さんに浴びせられた言葉を思い出している。
自分の才能を無視したら、自分がかわいそうじゃん――。
このときの俺は、それほど深く物を考えていたわけではなかった。
それでも、その言葉がふしぎと俺の背中を後押ししていた。
配信ソフトを開いて、声を入れる設定にする。
なんどか深呼吸してから、配信開始のボタンをクリックした。
しばらく待っていると、何人かのリスナーがやってくる。
ああ、くそ。やっぱり、どうしたって緊張するものだな。
俺はマイクに向けて、思いきって口を開く。
「……あ、あ。えっと、き、聞こえますか。どうも。元、匿名熊です。わけあって、名前を新しくすることにしました。でも、べつにやることは変わりません。きょうも、ルシオンをプレイしていこうと思います――」
配信に、いくつかコメントがついていく。
エニグマは、かつて死んだ。
ほかでもない、俺がこの手でやつを殺したからだ。
だからもう、すべては終わったものだと思っていた。
なぜなら、普通、死んでしまった者は蘇らないからだ。
だが、もしもそれが人間じゃなかったら?
悪魔だったとしたら?
もしそうなら、蘇ってもかまわないじゃないか。
そんな逆転現象だって、起きてしまったっていいじゃないか。
―――—今、エニグマは生きている。
そしてまた、やつはゲームをプレイする。
過ぎていった夏の日。
いつか願った遠い夢が、ふらりと、俺のもとに帰ってきてくれたような気がした。
(完)
これにて本作は一旦のところ完結です。
いつか翠編を書きたいと思っていますが時期は未定です。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。