逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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1話 クラス委員長の朝は早い

 俺はトイレの鏡の前に立っている。

 

 

 

 目の前には、ひとりの生真面目そうな男が映っている。高校生というよりは、社会人三年目くらいの印象を与える男だ。

 

 短髪。黒縁めがね。一切の遊びがない制服の着こなし。

 

 これらはすべて大事な要素だ。まず外見でもって社会性を獲得する。それがソーシャル・バッテリーを長持ちさせるコツだ。

 

 だが、それでいて俺は気づいている。この仏頂面のめがね男の無表情には、微妙な翳りがある。肉体的な疲労ではない。どちらかといえば精神的なものだ。

 

 

 

 ――バッテリーが足りない。

 

 切れている。補充できていない。回復しきっていない。

 

 

 

「……いけるか?」

 

 

 

 俺は自分にそうたしかめた。鏡のなかの相手は、なにも返さなかった。

 

 それでも、俺は自分がいけることがわかる。

 

 ぎりぎりだが、やれるだろう。

 

 さいわい、本日は金曜日だ。きょうを乗り切れば土日が来る。そして、夏休みはもうすぐそこ。そうすればパラダイスだ。

 

 俺は頬をバシバシと叩くと、スクールバッグを持ち直してトイレを出た。

 

 

 

 メディア棟の一階から外に出ると、大きなグラウンドを挟んで、この学校のメインの学び舎がそびえ立っているのがみえた。

 

 屋上からは垂れ幕が下がっていた。普通の学校なら、運動部の大会成績などがでかでかと飾られているだろう、例のアレだ。

 

 だが、この学校は少し変わっている。垂れ幕にはこうあった。

 

 

 

〈2年B組 kairaさん Revenantアジア公式大会にてチーム三位入賞〉

 

〈1年C組 TM_Formula_0さん 第九回スマテラにて個人優勝〉

 

〈1年B組 けんさん オートナイツ グローバルシチャンピオンシップ総合二位〉

 

 

 

 部外者がみたら、なんのことかと思うだろう。だが、この学校で意味がわかっていない人間は、ほとんどいない。

 

 これらはどれも、有名なゲームタイトルや、その大会名だ。

 

〈Revenant〉は硬派なFPSで、〈スマテラ〉は家庭用の大人気格闘ゲームの国内大会のひとつだ。〈オートナイツ〉は、またべつの人気FPSのタイトル。最近は以前に比べて下火になっているが、それでもまだまだ根強い人気がある。

 

 

 

 そう――。

 

 俺の通う高校、LC学園には、ひとつの特徴がある。

 

 それは、ゲームに特化した特別クラスが存在することだ。

 

 スポーツではない、いわゆるビデオゲームだ。一芸入試にゲーム特化の試験があり、十五歳までに相応の成績を残した、あるいは特筆すべき才覚があると認められた者が、その枠で入学するわけだ。

 

 

 

 開校は、たったの二年前。とある有名な資産家が、この目黒区の敷地を買い取って作り上げた、かなり変わった校風の学園。

 

 その資産家……今となっては学園の理事長は、有名なプロゲーマーチームのオーナーも兼ねている。

 

 理事長の目標は、プロゲーマーという職業の価値を高めることだという。この高校の設立も、その一環というわけだ。

 

 

 

 ともあれ。

 

 そうした事情で、この学園には、ゲーマーが多く在籍している。

 

 だから、ああいう垂れ幕もそこまでめずらしいわけではないのだった。

 

 人気ゲームの大きな大会で実績を上げると、ああしてお祝いされることになるが、あれも来週にはまた、べつのタイトルで成績を残した生徒のものに取って変わられることだろう。

 

 

 

 俺はしばらく、風に揺れる垂れ幕を眺めた。

 

 こう思う。

 

 おめでとう。

 

 そしてもうひとつ。

 

 

 

 まあ、俺には関係ないんだけどな。

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 俺は校舎に入り、上履きにかえてから二階にあがった。

 

 早朝のだれもいない校舎だ。この時間はいい。バッテリーを消費する必要がない。

 

 

 

 突然だが、俺、亜熊あぐま杏介きょうすけはクラス委員長だ。

 

 

 

 一年のときもそうだったし、二年になった今もそうだ。中学生のときもそうだったし、なんなら小学校で委員長という役職に出会ったときからずっとだ。

 

 つまり、俺は万年委員長だ。

 

 来年、三年生になってもクラス委員長であるかどうかなら、百万円賭けたってかまわない。俺には絶対にそうなっている自信がある。

 

 

 

 高校で委員長に決まったときのことはよく覚えている。

 

 はじめてのホームルームで役職を決める会のときのこと。

 

 イヨちゃん先生と呼ばれている、若い女性教諭の都築つづき伊代子いよこ先生が、うーんそうねぇ、どう決めようかしらねぇと困ったように言ってから、教室をぐるりと見渡して、俺の顔で視線が留まった。

 

 先生が、ぜひとも俺に委員長をやってもらいたがっていることがよく伝わってきた。だから俺は推薦や使命を待つではなく、みずから立候補して手を挙げた。

 

 

 

 さもありなんと俺は思った。

 

 この学園は、個性に溢れた生徒が集まる場所だ。

 

 そのなかで俺は、むしろ無個性によって目立つくらいの地味っぷりだ。こいつに雑用を頼んだら断られないだろうとイヨちゃん先生が考えたのも納得だ。

 

 

 

 そうして、当然のように俺は委員長になった。

 

 とはいえ、俺はまったくいやではなかった。

 

 いや、むしろ望みどおりだ。かなり助かっているといっていい。

 

 

 

 クラス委員長——それはなによりもすばらしいタグだ。

 

 

 

 人間はだれかをみるときに、つねにレッテルを貼るものだ。それは人間の免れようのない性のようなもので、俺だってきっと、無意識のうちにそうしている。

 

 そういうとき、すでにわかりやすいラベルが貼ってあるというのはとても大事なことだ。だれかがクラスの人間を見渡して、こいつは〇〇だ、こいつは××だ、とレッテルを貼る作業をしていって、最後にふと俺に目をやったとき、

 

 

 

「ああ――このまじめそうなカタブツはクラス委員長だな」

 

「きっと毒にも薬にもならない、話していて退屈だが、悪くないやつなんだろうな」

 

 

 

 そう思ってもらえるなら、それ以上のことはない。

 

 そして実際、それは功を奏していた。

 

 俺はクラスになじめてはいないが、それでいて異物にもなっていない。

 

 

 

 ありがとう、委員長レッテル。ぜひともこの先も俺を守ってくれよ。

 

 

 

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