逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
「……やられた、さいあく」
ルシオンでは、序盤にやられると次のマッチに参加するまで時間がかかる。
赤城さんは、だれを責めることもせず、ふたたび落ち込んでしまっていた。「あのタイミングの漁夫は、もうどうしようもないよ」と、膝を抱えていた。
「セレンたち、たぶんブロンドレイクがランドマークだったのかな。とっとと安置向かっておけばいいのに、あの順位でキルムーブって……」
相手チームの舐めプとも取れる動きに対して、ほんの少しだけ文句を漏らすと、赤城さんは部屋を出て行った。
ちょっと頭を冷やしてくるとのことだが、ひとりになって、また自分を責めるつもりなのかもしれない。
「まずい状況?」
すぐに射撃訓練場に向かった翠が、エイム練をしながら聞いてきた。
「……ああ、かなりな」
いちおう3キル分のポイントは獲得できているとはいえ、これはつらい。
残りの4マッチは、おそらく平均で3,4位にいなければ、総合5位に滑り込むことはできなさそうだ。
それどころか、最低でもいちどはチャンピオンを取る必要があるだろう。
正直、瀬戸際だ。
今のマッチで良い結果が残せたのならともかく、こうなってしまうと、なりふり構ってはいられない。
……ゲームに負けるには理由がある。
運の要素が絡むルシオンであっても、敗因というものは存在する。
その一試合だけみれば反省点がなくとも、それがなんども積み重なったときは、大局的な問題があるということだ。
俺は、今しがたの試合の内容を思い返した。
これまでの猛練習は、すべてああいった局面を切り抜けるためにあったはずだ。俺は自分の弱点がわかっていて、それを克服すべく努力していたつもりだった。
が――足りなかったのだ。
そしてもう、あとがない。
それが、今現在の、どうしようもない現実だ。
「どうするの?」
手元を止めて、翠が俺に聞いた。
さすがは翠だ。
なにかをしなければならないことが、わかっているようだった。
「ひとつ、手を打ちたい。翠は、俺の頼みを聞いてくれるか」
「あたりまえ。そのためだけにここにいる」
「助かるよ」
覚悟を決めて、俺は席を立った。
置いていたスクールバッグを担ぎ、自分のPC周りを整理する。
「——なんで帰り支度してんの」
ちょうどそのとき、赤城さんが戻ってきた。
「赤城さん。安心してくれ、帰るわけじゃない」
「そ、そだよね。よかったー……あ、てか、いいんちょくん、会議いい? こうなったらもう、ちょっと抜本的に構成から変えようと思ったんだけど」
「赤城さん、俺のほうこそ頼みがあるんだ。聞いてほしい」
赤城さんに席についてもらうと、俺は頭を下げた。
「なによりもまず、すまなかった。俺の実力不足で、あとがなくなってしまった」
「いや! いや、ほんとこれ、ぜんっぜんいいんちょくんの責任とかじゃないから! あたしの指示が悪かっただけだから」
そんなことはない。
赤城さんは、匿名熊の実力を買ってくれたのだ。ほかにも強いチームメイトの候補はたくさんいたのに、わざわざ俺を選んでくれたのだ。
それなのに、俺はそれに見合うだけの仕事がほとんどできていない。
「だが、俺はかならずクラスメイトとの約束を守るつもりだ。だから、俺の頼みを聞いてほしい」
「な、なに? どしたの?」
「俺は今から、別室でひとりで参加したい。通話も繋がない。連絡は、マッチ間のチャットだけにしてほしい。そしてキャラは、アタッカーを使う」
俺は、必要だと思うことだけを伝えた。
「え、どゆこと? ひとりで、べつの部屋で?」
「事情は聞かないでほしい。ただ、そうしてもらえれば、かならず仕事をすると約束しよう」
「や、いいんちょくんがアタッカーになるのはいいっていうか、むしろ賛成なんだけど。でも、どしてわざわざべつの部屋に? 通話もしないって、ちょっとヘンっていうか、チームワークが……」
赤城さんの頭のうえには疑問符だらけだった。
見て取れるほどの困惑をしている赤城さんは、しかし俺の真剣な顔を覗くと、冗談ではないとわかってくれたようだった。
「頼む、赤城さん。今この状況だと、そうするしかないんだ――信じてほしい」
赤城さんの薄い肩を掴んでしまってから、俺は手を離した。
いかにも迷っている様子だったが、結局、彼女はうなずいてくれた。
「……わかった。いいんちょくんがどうしてもそうしたいっていうなら、いいよ。ほかの部屋、だれもいないし、たぶん使っていいと思う」
「ありがとう。なら、さっそく行ってくる。——ああ、それと、部屋には来ないでもらいたい。覗くのも禁止だ。どうしても用があるときは、Discordに頼む」
「みるのも禁止って……あはは、なにそれ鶴の恩返しじゃーん、って……」
元気のない赤城さんのツッコミに、ハハハと俺は笑った。
それは社交的な行為だったが、本心でもわりとおもしろいと思った。
布織りを覗かれたあと、鶴は帰ってしまったのだったか。
もしそうなったとき、俺はどうするのだろう。
それは、俺自身にもわからないことだった。
*
俺はいちばん離れたPCルームの個室に入った。
なによりもまず先に、制服のシャツを脱いだ。Tシャツのインナーだけにして、肩を大きく回して凝りを取る。
PCを起動すると、椅子の高さを調整して、集中できるいつもの姿勢ができるようにする。
ぶじにログインしてチームに合流できた俺は、めがねをはずした。
俺を委員長たらしめる、なによりもたいせつなアイテム。
この黒縁の伊達めがねを初めてかけたとき、俺は自分の世界が変わったことを認識した。このめがねが俺を助けてくれたのだと思い、感謝さえした。
あれから俺はいつだってめがねを大事に扱い、頻繁に手入れしている。
だが、それでいて。
――ゲームをするのに、これ以上邪魔なものもない。
時間が訪れて、第7試合がはじまった。俺のピックキャラ、アタッカーのメレンにあわせて、赤城さんがサポートのクラインに変えてくれている。
今回のランドマークは、マップ東のザ・ランチャー。さきほどとは打って変わって、広大で漁る場所の多い地点だ。そのかわりに、敵からの侵入を許しやすいという難点がある。
降下、着地してしばらくして、第2ラウンドの円が表示された。
おおよそマップ中央、ビッグバンという施設を中心にした場所だ。この場合、最終ラウンドはいくつかのパターンが想定される。現状だとまだ絞り込めないが、いずれにせよ、自分たちの位置からだとはやめにムーブして陣取ったほうがよさそうだ。
ルシオンの隠れた神機能、ピン刺しと呼ばれるシステム――直接チャットで打ちこまずとも、どこへ行きたい、なにが欲しいという簡単な要望を画面上で示せる――を使い、俺が移動したい旨を伝える。
それに了承の合図があったとき、同時に敵発見を報せる赤いピンが鳴った。
翠がスキルで発見してくれたのだろう。方角をみるに、おそらくすぐとなりのビットハブからか。俺たちと同じくポイントが足りず、気が急いたチームの強襲かもしれない。
そのまま交戦がはじまり、翠がダウンした。
赤城さんが応戦しているエフェクトが表示される。
第6試合と同じく――いやそれ以上に――ピンチの状態だ。
だが、俺の精神は凪いでいた。
このゲームは、いつだってやるべきことはシンプルだ。
邪魔な敵はすべて消せばいい。
――そうだったよな? 望都子さん。
最低限の装備だけを抱えて、俺は大切な味方を助けに向かった。