逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
俺は、ぴたりと動きを止めてしまった。
……今のは、俺の聞きまちがいか?
se1enは涼しげな笑みを保ったままだ。言っている内容と表情が合っていない気がして、俺はほんとうに自分の耳を疑ってしまった。
「すまない、もういちど聞いても?」
「ああ、ちょっとストレートすぎたね。きちんと事情を説明しよう。ただし、要望じたいはシンプルだよ。きみたちのチームにはこの電甲杯の予選で負けてもらいたんだ」
どうやら、まちがいではなかったようだ。
それどころか、より具体的な内容が提示されてしまった。
負けてほしい? 俺に……というより、俺たちのチームに?
se1enは、男子にしては長めの髪をかき上げると、パビリオンの出入り口のほうに視線をやった。気持ちよさそうに夏の風にあたりながら、続ける。
「亜熊くん。ひとつ聞きたいんだけど、きみは電甲杯という大会にはどのような意義があると思っている?」
浴びせかけられたのは、あまり要領を得ない質問だった。
が、回答は容易だ。
「全国各地から才能ある若手ゲーマーを発掘することだ。実際、歴代の優勝者たちは、多くがプロチームへの招致や海外大会参加に際する資金援助を受けている。一般参加者はもちろんとして、eスポーツシーンのプロ活動をめざす者が多いLC学園の生徒たちにとっても登竜門となる大会だ」
委員長的な理解を述べると、相手は鷹揚にうなずいた。
「そうだね。たしかにこの大会にはそうした側面もある。が、それで完全な正解というわけでもない。より正しいのは――この大会は参加者が名を売るためのもの、という回答だ。プロプレイヤーにかぎらず、一個人として、あるいは配信者として、その名を認知されるための機会だ」
いまいち判然としない話だった。se1enは、まるで俺が困惑しているのを楽しむかのような態度で続けた。
「たとえば、委員長くん、きみは愛莉と同じチームで出場すると知られたとき、周囲になにか言われたんじゃないかな。うらやましいだとか、そこを代われだとか」
……近いことを言われたのは、たしかだ。
「そのはずだよ。だって彼らはみな売れたいのだからね。赤城愛莉という、オレたちの学年でもっとも人気の高いプレイヤーと組めばそれだけ自分も注目される機会が得られる。愛莉のチャンネル登録者数は知っているかい?」
俺が答えるよりも先に、se1enは答えを言った。
「32.7万人だ。このあいだ30万人を超えたんだよ。さすがの数字だ、配信の頻度もそれほど多くないというのにあれだけ伸びているのは、愛莉の人間的な魅力の成す力なのだろう。愛莉の人気は本物だよ」
「赤城さんの人気は、業界に疎い俺でもわかっているつもりだよ」
そう、わざわざ律儀に教えられずとも。
「問題は愛莉が自分の人気を正しく認識していないことでね。困ったものだよ、あれで天然なところがあるというのは」
「どういうことだ?」
「数字が欲しいのは参加選手だけじゃない。さっきの話だけど、電甲杯の意義は数字を取ることだ。それは運営側のミッションとしてそうなんだよ。大会の目的としてeスポーツシーンの地位向上を掲げているのもそういうことだ。運営は――つまり主催者の学園長はゲーム観戦というものが興行的に成り立つし、それだけの内容的な価値もあるということを世間に示そうとしているんだ」
わかるだろ、とse1enは指を振った。
「そのためにはひとりでも多くの人間にみてもらい、ゲーム観戦のおもしろさを知ってもらわなければならない。だからこそ愛莉のような数字を持っている生徒のことは有効活用したい。そこではじめの話だ。オレも愛莉ほどじゃないにせよ、数字はけっこう持っている。オレたちで同じチームを組んでほしいというのは、ここだけの話、運営側に遠回しに頼まれていたんだ」
遠回しというなら、この説明こそがずいぶんと遠回りだと俺は思った。
なんというか、翠の逆だな。
「口数が少ないね、委員長くん。話は理解してもらえているかな」
「ああ。だが、だからこそわからないことがある」
「言ってみてくれ」
「東堂くんは、さっき俺たちのチームに予選で負けてほしいと言った。それだと逆の結果になってしまうじゃないか。赤城さんが敗退したら、電甲杯の本戦に出場することができないのだから、それこそ痛手になってしまうのではないか」
そもそも、赤城さんとse1enがチームを組む云々という話は不必要であるように思えた。なぜなら単純にもう、ふたりはべつのチームで確定してしまっているからだ。その話をするなら、最低でも一、二週間は前でなければ。
「ああ、そのことか。そういうことなら心配しなくていい。校内予選はしょせんはクローズドな選考だ。きみたちのチームが敗退したら愛莉には予選通過のチームのどれか……ぶっちゃけると、オレのいるチームから誘いがいくことになっている。もちろん、オレのチームメイトもこれは了承済みだ」
「それでは……ほかのチームが納得しないんじゃないか。みんな本戦に出場するためにこうしてがんばっているのだから」
「そんなことはないさ。オレのチームになにかの理由で欠員が出てしまって、だれかを補充しなければならなくなったとしたら? そういうのはしかたのない事情じゃないか。さらにそこに愛莉が加わったとしたら? みんな、それを当然の成り行きだと思うよ」
なんだかいやな話を聞いた。東堂くんにその遠回しな指示とやらをしているのがだれだかは知らないが、陰謀めいたものを感じる。
「肝心の赤城さんが首を縦に振るとはかぎらないだろう」
「それこそ問題ない。愛莉が今年の電甲杯で結果を残したがっているのはたしかだ。それしか選択肢がないとわかれば、渋々だとしても最終的にはオレのチームに来るさ」
俺は一考した。
どうやらse1enは、赤城さん側の事情のことは知らないようだ。se1enのような有名プレイヤーを抜きにして優勝しなければ、彼女の目的は叶わないということを。
……ん?
そう考えてから、俺はひっかかりを覚えた。
というより、赤城さんと組んだ日にスタバで彼女の事情を聞いて、自分がひっかかりを覚えていたことを思い出した。
赤城さんは、プロになりたいから電甲杯で優勝したいと言っていた。
だが、赤城さんの事務所の方針はともかく、電甲杯で勝てば、勝手にその手の話は舞い込んでくるのではないか? かりに、se1enと同じチームだったとしても。
いや、もしくはその条件で勝ってもたいしたキャリアには繋がらないと考えているのか……俺には、あまりそんなことはないような気がするのだが……。
むしろ、プロレベルで強いプレイヤーにしっかりついていき、勝利に貢献するというのは、それこそ競技者に求められている能力であるようにさえ思える。
このとき、俺ははっきりと疑問に思った。
赤城さんの目的は、ほんとうにプロになることなのだろうか――?
もっとも、今はそれについて深く考えられるような状況ではなかったのだが。
「今、きみたちのチームは3位で合っていたかな。正直なにもせずとも勝手に落ちると思っていたから、この成績はかなり意外だよ。ただそれでもまだ負けの目はある。これからの2試合で両方とも0ポイントで終われば、ボーダーぎりぎりの6位、7位のチームと入れ替わられる可能性はおおいにある」
「待ってくれ。もうひとつ質問してもいいだろうか。なぜ俺に頼むんだ。どうしても赤城さんと組む必要があるなら、今からでも彼女に事情を話して棄権でもなんでもしてもらえばいいじゃないか」
俺の質問に、se1enは楽しげに口元をゆるめた。
「おいおい、嘘だろ。頭が硬いなァ。正直に話して、愛莉がはいそうですかって素直にうなずくタイプにみえるか? なぁ委員長くん。今回どうして愛莉が、きみと、あのおとなしい女子、なんていったかな……」
「相戸さんか?」
「そう。どうして、きみと相戸さんのふたりを選んだのか。理由はあきらかだ――愛莉は、自分の実力だけで電甲杯を戦い抜いたってアピールしたいんだよ。愛莉はそういうところにこだわるからね。実際アマにしてはかなりやるけど、それはさすがに電甲杯をなめすぎだ。優勝は論外として、本戦じゃ好成績を残すことだって不可能だ」
俺はなにも言えなかった。
彼の推理は端的にまちがっているが、そう推察してしまったことは納得してやれる。
「……赤城さんは強いプレイヤーだ。俺が足をひっぱろうとなんだろうと、勝手にキルを取ってポイントを稼ぐかもしれない」
「ま、それはそうだけどね。ただそっちのランドマークは調べればすぐにわかる。直接オレが止めにいってもいいさ――とにかく、そのあたりはなんとでもなる。ゲーム内のことなら、オレがコントロールできるさ。できれば、ちょっとした協力が欲しいというだけで」
ルシ王子。
そうあだ名されるほどの実力者は、不敵な笑みを浮かべて、そう断言した。
「……そろそろ、いい時間になってきたな」
se1enは、高校生には似つかわしくない、やけに高級そうな腕時計を一瞥した。
「とにかくこちらの事情はこれで全部だよ。どうにか呑んでくれないかな、頼みはなんでも聞いてくれるっていう委員長くんは」
「……。」
「ああ、そうだ。肝心なことを忘れていた。肝心の委員長くんのメリットだけど、それについては逆に、オレのほうが聞くよ。委員長くんも愛莉に誘われたくらいだから、少しはルシオンをやるんだろ? 好きな選手とかはいないかな。オレが交流のあるプロだったら宛名入りでサインをもらってもいい。ほかの頼みでも、もしもなにかあったら――」
「——すまないが」と、俺は口を挟んだ。
「東堂くんの頼みは、聞いてあげられないかもしれない」
「……へえ?」
se1enの切れ長の目が、スッと細くなった。