逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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55話 ジュニア・ハイⅢ

 後日のことだ。

 

 俺はひとりで、とある場所に向かっていた。

 

 

 

 目的地は、渋谷から地下鉄でふた駅、港区にあるビル街の一角だった。

 

 翠にアドバイスをもらいながら先方に連絡を取り、なんどかやりとりをしたうえでの、平日の昼。昼休憩の食事に出ているスーツ姿のおとなたちと何人もすれ違うのが、俺の緊張感を強めていた。

 

 ガタイこそいいが、俺はただの中学生だ。こんなオフィス街にわざわざ呼ばれるに値する人間であるとは、どうしても思えなかった。

 

 

 

 グーグルマップが示す、とあるビルに入っていく。

 

 やけに立派な建物だ。俺でも聞いたことがあるような企業名が書いてあるフロア案内の列に、プロゲームチームlabyrinthの運営会社はみつかった。

 

 この期に及んで、なにかのまちがいではなかったのかと、俺はなんどもスマホでDMを確認してしまった。

 

 たしかに、この時間にこの場所に来てくれと書いてある。

 

 

 

 挙動不審な俺を気にしていた受付嬢のところに行き、取り合ってくれるようにお願いする。入館証を受け取り、駅の改札のような機械にバーコードをかざして通過、その奥にあるエレベーターで四階に向かった。

 

 とうとう来てしまった……ほんとうに……。

 

 

 

 チン、と音が鳴って扉が開くと同時、俺は迎え入れられた。

 

 

 

「――ようこそ」

 

 

 

 両腕を広げて待っていたのは、六道景虎さん本人だった。SNSの写真よりもほんのり丸い顎で、俺に笑顔を向けていた。

 

 対して、俺は少しも笑えはしなかった。ちょっとした作り笑いさえもできない。顔面が麻痺しているかのように、俺の表情は異様に堅かった。

 

 平常心でいい、と翠には言われていた。いつもの委員長でいい、と。

 

 挨拶はできたから、俺の委員長ロールは動いていたはずだ。一応。

 

 俺は、奥の応接間のようなところに通された。

 

 

 

「事前にうかがってはいたけど、まさかほんとうに中学生だったとはね。体格はいいけど、顔つきは年相応だ」

 

「はい。問題だった、でしょうか」

 

 

 

 うまくロールに入り切れていないから、俺の言葉はどもり気味だった。

 

 

 

「いや、これも事前に答えたけど、なにも問題はないよ。ルシオンの公式大会の出場資格も念入りに調べたけど、国外のほうは賞金も含めて、いっさい支障がない。うちのチームとしても、ギャラの支払いに違法性はまったくない。代理人となる受取人さえ成年だったならね」

 

 

 

 ちなみに、もしも諸々の話が進んだ場合、俺の代理人はばあちゃんということになっている。

 

 とはいえ、プロとして給料をもらう可能性があるという話を正直にはできなかった。俺に言えたのは、今度ゲームの大会に出るかもしれなくて、もしも勝ったときに賞金の振込先にしていいかという質問が限度だった。

 

 ぎりぎりで嘘ではない内容だ。「金が入ってくる話を断るやつはいないだろうよ」と言われたから、了承をもらったということでいいだろう。

 

 

 

「いや、すまない。そんなナマの話は、しょっぱなからするべきじゃなかったね。とにかく――ほんとうに、会えて嬉しい。正直、興奮を覚えているよ。謎に包まれた伝説のプレイヤーと直接会えたのは、おれがはじめてということになるんだから」

 

「……お、俺は、それほどの者では」

 

「――それほどの者、だよ」

 

 

 

 有無を言わさず、六道さんは言葉を被せてきた。

 

 委縮しているとみえる俺に、にこりと笑いかける。

 

 

 

「しかしいざ対面してみると、純粋に気になることが多いな。ゲームを始めたのは、いったいいつから?」

 

「小学生のころです。はじめは、バレルストライクを……。だから、FPS歴自体はけっこう、長くて」

 

「はじめから、そんなにうまかったのかな?」

 

「ど、どうでしょうか。自分では、よくわかりません。回数を追うごとに、徐々にうまくなっている部分はあると思いますが……」

 

 

 

 答えながら、俺ははやくも具合が悪くなってくる気がした。

 

 委員長として受け応えているが、肝心の話の内容が、まったく委員長的ではない。

 

 委員長は、ゲームになんて専念しないものだ。システムがおかしくなっていく。じっとりと汗をかいていく。

 

 

 

「顔色がよくないな。だいじょうぶかい?」

 

「え、ええ、まあ……」

 

「ふむ。例の話――コミュニケーションを取っていると軽いパニック症状が出るという話は、どうやらほんとうのようだね。『だれとも会話せずにプレイするぶんには支障ないと考えておりますが、それで満足のいく結果が残せるかどうかについては、ぜひともそちらに判断していただきたく存じます』……初めて読んだときも思ったけど、最近の中学生はずいぶんと立派な文章を書くな」

 

 

 

 実際に書いたのは、ほとんど翠だ。

 

 俺がパニック症のようなものを持っている設定にしようと提案したのも、翠だった。翠は、事情を知らない相手に説明するのはこれが手っ取り早いだけで、俺がそうした病気ではないとわかっていると散々念を押してきたが、俺としては、むしろ腑に落ちるような気持ちだった。

 

 俺はきっと、パニック障害のようなものなのだろう。委員長の仮面をかぶっているときだけは例外的に会話ができる――そういう特別な条件があるだけの。

 

 

 

「わかった。それなら、ここからは無理に話さなくていいよ。そういった条件があるとわかったうえで、ここまでお呼び立てしたのはこちらだ。それに、天才とはそういうものかもしれないしな」

 

 

 

 話さなくていいと言われたから、俺は素直に口を閉じた。相槌を打つのもやめて、相手の話を聞くことに専念する。

 

 六道さんは、英語で書かれているいくつかの壁かけの賞状に目をやると、

 

 

 

「そう――天才だ。他の追随をゆるさぬ、圧倒的な才能。世界一を取るには、それくらいのレベルの人間が必要だ。今のおれのチーム……ラビリンス・DNDは、けして悪いチームじゃない。国内のランキングは、安定して一位か二位だ。が、世界では今のところ、歯が立っていないというのが現状だ。特に去年のプレイオフ予選では、韓国プロチームのリスキーリッツに、完膚なきまでにやられてしまった」

 

 

 

 それは俺に話すというより、ひとりごとを言うような語り方だった。

 

 ここに来る前に翠といっしょに調べた、彼の経歴を思い出す。

 

 大学時代、地元のゲームセンターに入り浸っていた彼は、当時人気だったカード系のタクティカルゲームで、全国三位にまでのぼりつめた。

 

 その後はPCゲーに移行し、それなりの成績を残したが、自分がプロとしてやっていけるほどの腕前ではないということには、すぐに気がついてしまったという。

 

 それでも彼の夢は、自分の好きなゲームで世界一の称号を得ることだった。

 

 経営者となり、チームを保有できるほどの資産を得てからも、その気持ちは変わらなかったらしい。それが、現在の強豪チームラビリンスの設立のゆえんだ。

 

 

 

「そのリッツのエース、Adam Killer(アダム・キラー)が、先日UPされたインタビュー動画でランクを上げるコツを聞かれたときの回答が――」

 

 

 

 六道さんは、俺に目線を戻した。

 

 

 

「きみとマッチしないこと、だった。ジョークのように言っていたが、どうやら冗談ではなかったようだ。つい最近だと、あのEU王者のダブエルがバロン帯できみと衝突して、五回連続で全滅した配信はいたく話題になった。もちろん、その前からきみの存在は広く知られていたけど、あの切り抜き動画のおかげで、今やさらに数倍は有名になったといえるだろう」

 

 

 

 俺は、この数日繰り広げていたダブエルとの激戦のことを思い出した。まったく、毎日毎日よく戦ったものだ。

 

 悪くない感触だとは思っていたが、そこまで警戒してもらえていたとは。

 

 

 

「"Like a devil(ライカデビル)"――悪魔のような強さ。あの世界一のチームをしてそう言わしめるきみが、多少コミュニケーションに難があろうとなんだろうと、おれは採用するつもりだよ。もっとも、テストは必要だろうけどね」

 

 

 

 さっそく、今からいいかな? と六道さんにたしかめられる。

 

 俺は、緊張しながらも首肯した。

 

 ついでに、ゲーム中にフードをかぶっていいかとたずねた。家ではずっとそうしていて、そのほうがやりやすいからと。

 

 その申し出も、まったく断られることはなかった。

 

 

 

 深々とパーカーのフードをかぶり、マスクまですると、なんだか不審者のようだった。その状態でラビリンスのオフィスを歩き、奥にあるブースへと案内される。

 

 そこは、ラビリンスの選手たちが練習に使うスペースのようだった。何台ものゲーミングPCが並び、その奥では何人かのプレイヤーがゲームをしていた。

 

 

 

「やあ。つれてきたよ――彼が、例の新メンバー候補だ」

 

 

 

 彼らは、俺の存在に気づくと、わざわざマッチ中の手を止めてまで視線を送ってきた。

 

 あきらかに、好奇の目線だった。

 

 俺は目をそらすと、胸をおさえて、バレないように深呼吸を繰り返した。

 

 だいじょうぶ、だいじょうぶだ。

 

 手を握ってくれた翠の、冷たい体温を思い出せ。

 

 

 

「なにはともあれ、まずはいっしょにプレイしてもらおう。慣らし運転をしたら、予定していたカスタムマッチ――各プロチームでたまにやっている交流戦のようなものだ――に入って、本番を想定してプレイしてみてくれ。その結果をみて、彼を採用するかどうかを決める」

 

 

 

 六道オーナーの言葉に、選手たちは従った。

 

 俺は、端の席に座らされた。操作しようとしてみて、事前に質問されていた俺の愛用デバイスが、そっくりそのまま用意されていることに気がついて、俺は驚いた。

 

 彼は、本気なのだ。

 

 本気で、俺という人間を、勝利のために登用しようとしている。

 

 今になってようやく、俺はそのことを強く自覚した。だから、マウス感度を設定して、椅子の高さとモニターの角度を変えながら、こう思った。

 

 向こうが本気なら、こっちも本気で応えるしかない――。

 

 

 

 そして、俺は必死にゲームをプレイした。

 

 

 

 

    *

 

 

 

 

 結論からいえば、その日、俺はチームに採用されることになった。

 

 即座に取るように言われたのはパスポートで、俺は春休みの終盤、新宿都庁に行って、大変な人ごみのなかで手続きをすることになった。

 

 目下の目標は、夏のアジア大会、世界大会の予選プレイオフの突破であるようだった。それに通過すると、国外で対戦することになる。

 

 不審な目つきのばあちゃんをごまかして、どうにか代理人の署名をしてもらい、事前に知らされていたとおりのギャラが振り込まれると、翠の好きなものをたくさん買って、池尻大橋の家に遊びに行った。

 

 はじめて自分のちからで得たお金を使うとき、思ったよりも感慨がないことに、俺はむしろ驚いていた。

 

 

 

 一応、これで俺はプロゲーマーになったのかもしれなかった。なんの実感もないと翠に話したら、そういうものはきっとあとでついてくると言われた。

 

 かしこい翠の言うことは、いつだって正しい。だから、俺はそれを信じて、学校ではいつものように委員長を貫き、家では普段に増して、ルシオンの練習に励んだ。

 

 

 

 

 

 

 だが、蓋をあけてみれば、俺はまったくプロゲーマーになんてなれていなかった。

 

 俺という人間には、どうしようもない欠陥がある。

 

 無視のできない、ないものとして扱うことのできない、とても大きな欠陥が。

 

 

 

 ……あのころ。

 

 あの、おだやかでありながら、心がどうしようもなく浮足立っていた、暖かな春の日差しのなかで。

 

 俺のような人間が抱くには過ぎた夢が、ぬるい水のなかで溶けゆく氷のように、ゆるやかに消えて……なくなっていった。

 

 

 

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