逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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幕間 赤城愛莉の場合

「あー、テステス。はろはろー、聞こえてるー? オタクくんたち」

 

 

 

 カメラに映っているのは、全体的に薄暗い部屋。

 

 間接照明の活躍もあいまって、その基調はシックであるといってよいが、背景に映りこむ家具、小物のたぐいはいかにも女性らしく、向かって中央右側に座している彼女の部屋であることは容易に推察できる。

 

 

 

 一応、軽くだけ化粧を施してはあるものの、服装や髪形も含めて、そこまで気合いが入っているわけではない。

 

 あくまで自然体がウリ――悪意をもって言えば少々”雑”――な、赤城愛莉のいつもの配信画面であった。

 

 配信をつけて即、視聴者数の数字が更新されていき、その数は五千人を超えたあたりで停滞した。予告もしていないゲリラ配信でこの集客である。

 

 

 

:はろはろ!

 

:あいりんおつー

 

:聞こえてるよー

 

:はろはろ~

 

:わこつ

 

 

 

 配信画面の右側に、滝のようにコメントが流れていく。

 

 愛莉の配信ではわざわざオーバーレイで枠を作ったり、画面のなかでコメントを流すということもしないため、デフォルトの表示であった。

 

 

 

「あいあい、そんならおっけー。てか、毎回出てくるわこつはなんなの?w さすがに古すぎw それもっと古参の配信者にやりなよ」

 

 

 

 愛莉はよく知らなかったが、昔ここのコメントに教えてもらったところでは、黎明期の配信サービスにおいてよく使われていた挨拶であるという。

 

 

 

:古参いわれてもな

 

:かれいたそに言えばええんか!?!

 

:かれいの話はやめとけw

 

:草

 

:不仲

 

 

 

「またかれいたその話してんだけど。あたし、べつにかれいたそと不仲とかじゃないからね? 前もイベントのあと二次会いっしょに遊んだし、フツーにラインするし。昔のことも、あれは両成敗だから、蒸し返すの禁止ね」

 

 

 

 かれいたそとは、とあるインターネットアイドルのハンドルネームである。

 

 歌ってみたもあげているし、ゲームのプレイ動画もあげている、マルチな活動をしている配信者だ。

 

 年齢不詳、かついつまでも幼いアニメ声なのだが、雑談の内容からして、中身はかなりの古参勢であることがほぼ確定しており、また当人もそうした年齢いじりをおいしく思っているという節がある。

 

 そのかれいたそは、去年あったスト祭というイベントで愛莉とはライバルとなるチームのリーダーを務めていた。

 

 

 

 今、愛莉が言っているのは、そのスト祭のスクリムで起きた小さな事件のことだ。

 

 かれいたそがコメントに唆されて、若くて人気の愛莉のチームに不必要なちょっかいをわざわざ出しに行き、かつ偶然にも勝ってしまったとき、カッとなった愛莉が「あンのおばっ……!!?」と口にしてしまったことが発端となっている。

 

 それが悪意のあるアカウントに広められて、プチ炎上を果たしてしまった。

 

 双方のリスナーを含めてファンはだれも怒らなかったにもかかわらず、双方のストリーマーが謝罪することになった、ふしぎな事件であった。

 

 

 

「はい、とゆーわけでね、ひさしぶりの雑談配信……なんだけど、フツーにすぐ閉じると思う。最近ぜんぜん配信してなくてオタクくんたちがおこだよってマネに言われたから一応つけただけでー、正直めっちゃ疲れてんだよねー。オタクくんたちとくっちゃべってる暇じゃないってゆーか」

 

 

 

 オタクくんというのは、愛莉のリスナーの総称である。

 

 さかのぼること一年以上前、愛莉がなにもわからないまま始めた初期の配信でリスナーの名称を定めるにあたり、紆余曲折あって決まった満場一致の愛称であった。

 

 

 

:クソ正直で草

 

:俺たちをなんだと思っているんだ

 

:おれたちよりもだいじなものがあるのか……?

 

:おい敬えオタクを

 

 

 

「オタクくんたちよりだいじなもんしかないよw 何ゆってんのw えーとね、なんでもいいんだけど……ああこれでいいや。わかる? これ、机の上拭く用のクリーナー。オタクくんたちの優先度はー、このクリーナーにちょっと負けるくらいw どっちも落ちそうな橋のうえで助けてーって言ってたらオタクくんよりクリーナー優先するw」

 

 

 

:掃除用品以下で草

 

:それダイソーで売ってるやつじゃない?

 

:クリーナーがしゃべるか!

 

:あいりんの使用済みクリーナー映していただきありがとうございます

 

 

 

「ねえきもすぎー! なに使用済みクリーナーって、なんでそーゆーきもいのすぐ思いつくの? オタクくんたちはほんと、そういうとこだよね。てかきもすぎるのはフツーにBANするから、モデさんやっといて!」

 

 

 

:いつものいただきました

 

:あ~これこれ

 

:蘇る~

 

:処刑執行ダアアア!

 

:あいりん配信っていったらこれがないとな

 

:ほんと天然記念物ギャルだよ

 

:またひとり尊い犠牲が

 

 

 

 モデさんというのは、モデレーターのこと。配信の際になにかと補助してくれたり、問題のあるコメントやユーザーを管理してくれる、ありがたい存在である。

 

 愛莉の配信では、モデさんの通称は「処刑人」であった。

 

 もっとも、処刑されたオタクはすぐにアカウントを新しくして転生してくるため、その実態はゾンビバスターであるのだが。

 

 

 

「尊くないから! あー、きもくてなんか鳥肌立ってきた、夏だけどカーディガン着よ。冷静に考えてオタクくんたちにあんま肌みせたくないし」

 

 

 

:鉄壁

 

:ガード固いんよな

 

:アーマーレベル99

 

:疲れたって何してたの?

 

:配信露骨に減ってるよな

 

 

 

「えー? あれだよ、ルシオンの練習。毎日やばいから、あたしの目つぶれるかも。あと姿勢固まりすぎて腰痛いんだよね、ちょっと」

 

 

 

:ほんとか?

 

:うそくせー

 

:配信でやれよ

 

:彼氏か?

 

:カレシバレ

 

:ファンやめます

 

 

 

「だから違うってー! もう電甲杯が近いでしょ、だから超練習してんの。あーそうそう、前もアナウンスしたけど、今年はQuiet Girlsで出ないから。あたしは学校の枠で出るんだけど、オタクくんたちちゃんと応援投票してね。そんくらいしかやれることないんだから」

 

 

 

:全オタクたちの力が今、集結する

 

:QGで出ないの冷静に謎すぎる

 

:あの学校コネ枠ずるくね?

 

:かれいと違ってこっちはガチ不仲説あるからな

 

:あいたん、みるっちと組まんのー?

 

:LC学園枠って制服で出るんだっけ?

 

:制服参戦はアツすぎるだろ

 

 

 

「? 制服暑くないよ、夏服だし」

 

 

 

:草

 

:そういう意味じゃねえ

 

:これが天然記念物ギャルです

 

:わざとだろw

 

 

 

「ああ、そういうイミ? なるほどね」

 

 

 

:おこらんの?

 

:処刑人に命令せんのか?

 

 

 

「まー、JKの制服姿がみたいっゆーのはぜんぜん理解できるかんね。きもいはきもいけど、全部にキレていたら焼け野原になってオタクくんたち残んないしw」

 

 

 

:民を残さないと税収もままならんからな

 

:クレバーギャル

 

:で、マジで制服?ハフハフ

 

:学校のひとと組むの?

 

 

 

「マジ制服かな、たぶん。わかんない、あたしだけQGユニフォームとかあんのかな? ちょっとあとでマネに聞いてみる。組むのはー……そう、学校のともだち」

 

 

 

:音ゲーのタタだろ 同じLCらしいから

 

:あれと出るんじゃない 格ゲーのとわ

 

:とわだったら神

 

:愛莉、電甲杯に出るのか?俺以外のやつと…

 

 

 

「意味わかんないんだけどw 組むのねー、タタでもとわでもないよ。フツーにほかのともだちっていうか……でも全然ストリーマーとかプロじゃない子たちだから、オタクくんたち全然わかんないと思う。……ん? あれ、いやどうなんだろ。RTAって有名なのかな」

 

 

 

:RTA?

 

:意外な名前出たな

 

:RTAやってる有名な女子高生ってひとりじゃね?

 

:去年バズってた子?

 

:なんかみたかも

 

 

 

「わっかんない。ちょっと、もしべつのひとの名前出てきたらアレだから、今はいいや。また正式に発表出ると思うから、そしたらみてみて。ていうかー……どうせあとでバレるから先に言うんだけどー……メンバー、ひとり男の子がいるんだよね」

 

 

 

:はいきました

 

:彼氏

 

:終わり

 

:オワ

 

:解散

 

:本日までありがとうございました

 

 

 

「だーかーらー、ちがうんだってば! もーほんとバカばっか。そーじゃなくて、ほんとフツーのともだちだから。オタクくんたちはそう言うと思ったけど。まあでもね、とにかくすっごい良いチームで出られることになったから、あたしも必死っていうか、練習がんばってるんで、応援よろしくね」

 

 

 

:いうて人気投票はあいりんに集中するでしょ

 

:優勝したら競技シーン行くの?

 

:プロはきびしいっしょ

 

:愛莉だけならまじでどっか入れるかもな

 

:マシュマロいつやんの?

 

 

 

「ああ、マシュマロね、やるやる。でもちょっとだけだよ、だいたいきもいのしかないから十個くらいかな。てかもう女オタクちゃんのやつだけ読む回にしよっかなー、そっちのが精神的にいいし。競技についてはー……んー、まあなんだろ、よく言ってるけど、行きたいはすごい行きたいとは思ってるよ」

 

 

 

 スパチャ禁止の女子高生の、ただのひとりしゃべり配信。

 

 ときおり混じるオタクくんいじりと、オタクくんたちによるギャルいじりによって大人気を博する赤城愛莉の雑談配信は、そのあと数十分ほど続いたあとで、ごく適当な感じで枠が閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 その後、配信外でひたすらルシオンの練習に励んだ愛莉は、時計をみてさすがに寝ようと思ったが、その前に、例の映像を再生することにした。

 

 このところなんどもみてしまっている、とある対戦風景だ。

 

 

 

 ――やっぱり、なんどみても、おかしい。

 

 

 

 現在、二十八インチのゲーミングモニターに映っているのは、以前に愛莉がやったタイマンの録画だ。

 

 相手には内緒で対戦を録画していた愛莉は、あの日自分がみたものが真実だったのかを、繰り返し確認してしまっていた。

 

 

 

(そう、ここ――ここの被弾。溶かされ方が、ありえない)

 

 

 

 愛莉が信じられなかったのは、十数戦目のこと。

 

 通話を切った途端、突然別人のような動きになった相手に数本取られて、焦った愛莉が無理やり攻めに転じた場面だ。真っ向からの撃ち合いでは勝ち目がないと見て、愛莉はインファイトに持ちこむことにした。

 

 焦ってはいたが、無謀になったつもりはなかった。

 

 だから愛莉は、きちんと相手を翻弄するための動きを採り入れていた。

 

 自慢のストレイフを織り交ぜた、簡単には被弾しないはずのキャラクターコントロール。空中で弾を避け切ってから、相手のリロードの隙に勝負を決めるつもりだった。

 

 

 

 が、目論見はうまくいかなかった。

 

 次の瞬間には、愛莉の操るメレンはダウンしていた。接近するまでのあいだに、すさまじい速度で溶かされたのだった。

 

 映像を〇.二五倍速にした愛莉は、スペースを連打しながら、自分がストレイフの最中に、いったい何発のヘッドショットをもらったのかを数えた。

 

 ほとんど九割だ。

 

 こんな溶け方、チーターに対面したとき以外では体験したことがない。

 

 それも、偶然ではない。その証拠に、相手はこれに近いプレイをなんどもみせつけてきた。

 

 

 

 それ以降のタイマンも、どれも愛莉には信じがたいものばかりだった。

 

 愛莉は、これまで自分が戦ったことのあるプロゲーマーたちを思い出した。

 

 プロが相手でも、愛莉は善戦していた。勝ち越した経験もいくつかあった。

 

 

 

 しかし、この相手は――そもそも、勝ち方がわからない。

 

 

 

 そんなレベルの対面は、ほとんど初めてのことだった。

 

 その後の、校内予選の彼の活躍。あのときのマッチは、おそらくこれに近い動きをしていたはずだ。

 

 

 

(……『匿名熊』。いいんちょくんって、よく、わかんないよ……)

 

 

 

 まるでふたりのプレイヤーが交代でゲームしていたかのようだ。

 

 ひとつ言えるのは、大会であの実力が引き出せたら、まず優勝は間違いないということだ。

 

 もっとも、要因がわからない以上は、力を引き出す方策も不明ではあるのだが……。

 

 真贋を見極めるためにも、愛莉はもっと彼とゲームがしたかった。時間さえあれば、何千戦だって、何百時間だっていっしょにやりたい。

 

 

 

「はあ。疲れたな」

 

 

 

 愛莉はめがねをはずした。プライベートでは、愛莉は乱視用の赤いめがねを装着していた。

 

 飾り気の多い室内を、なんとなく見渡す。

 

 可愛いクローゼット。

 

 マニキュアを集めた小物入れ。

 

 ピアス置き。

 

 リスナーからもらったグッズをまとめたキャビネット。

 

 チャンネル登録者数十万人越えの記念でもらった、銀の盾。

 

 

 

 しかし、自分は本当にあれらのものが好きなのだろうか。

 

 そう自分にたずねてみると、即答しづらいものがあった。

 

 どれも、たぶん嫌いではない。

 

 おしゃれも、ファンたちも、記念品も。

 

 

 

 それでも、本当に大切なものはべつだ。

 

 もしもこの部屋が火事になって、なにかひとつだけしか外に持っていけないということになったとしたら、愛莉が選ぶものは、まず間違いなくあれだった。

 

 配信カメラには映らない位置に飾ってある、一枚のペナント。

 

 そこには、Quiet Girlと描かれている。

 

 なんどみても、少しダサい――いや、はっきりかっこよくない――それでもたいせつな、くたびれた、手作りの旗。

 

 

 

「……パパ、みててね。あたし、守ってみせるから」

 

 

 

 人間が本当に好きでいられるものは、きっとわずかだ。

 

 だから愛莉は眼鏡をかけ直して、寝る前に最後、もういちどだけランク戦に潜った。

 

 それに勝ったあとも、もう一回だけ、あともう一回だけと、ゲームを続けた。

 

 

 

 電甲杯、負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

 絶対に、なにがなんでも勝たねばならなかった。

 

 

 

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