逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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56話 両手に花子さん

 校内予選オフライン開催の日から、数日あけてのこと。

 

 とある事情により、俺、翠、赤城さんの三名は、渋谷の街をおとずれていた。

 

 そして――。

 

 

 

「きゃー、クマ、たすけてー」

 

「待っていろ、翠……! 今、俺が助けてやるから……!」

 

「こわい、たすけてー」

 

 

 

 超高層ビルの屋上から伸びる長い板。

 

 その先にくくりつけられている翠を、俺は救出しようとしていた。

 

 上空はすさまじい暴風が荒れ狂い、助けを求める翠の声が霞んで聞こえる。すでにビルの倒壊は進行しており、今すぐにでも倒れそうだ。

 

 正直、こわい。死ぬほどこわい!

 

 だが、かかっているのは、ほかならぬ翠の命だ。なにがなんでも、この俺が助けなければ……!

 

 

 

「くっ……うおおおおお!」

 

 

 

 雄叫びをあげながら、俺は空中の散歩に挑んだ。

 

 ――どうしてこうなったのか。

 

 その話をするには、いったん今朝に時間を戻すのがいいだろう。

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

「……まあ、こんなものでいいか」

 

 

 

 自室の鏡の前で、俺は自分の服装をチェックしていた。去年、ばあちゃんと行ったデパートで買ったポロシャツに、おもしろみのないチノパン。

 

 熱中症対策をかねた帽子。それと、黒い無地のリュックサック。

 

 ……うむ、これならば委員長らしい格好だといえるだろう。

 

 

 

 俺を悩ませる種として、委員長の私服という概念がある。

 

 基本的にはほとんどのイベントを制服で済ませる俺だが、それでもときおり私服で人に会わなければならないこともある。

 

 漫画やアニメなどで委員長キャラが私服で登場するシーンのときは、俺は資料集めの意味で注視するようにしている。

 

 が、どういうわけか私服の委員長キャラというのは小学生であることが多く、高校生である俺には、もうあまり参考にならない例が目立つのだった。

 

 

 

 ともあれ、ようはクソまじめなやつが着ていそうな服装であれば問題ないわけだ。インターネットで「地味 清潔感 服装」などで検索して出てきた画像をもとに服を選んでいくと、なんだか休日のお父さん然とするが、それもひとつの正解だろう。

 

 

 

 なお、もしかりに俺が委員長として外出する必要がないとしたら、もっとおしゃれでかっこいい服装にしたいなという欲はある。

 

 なんかこう、腕にシルバー巻くとかさ。

 

 まあ、ありえない仮定なんだけどな。

 

 

 

「……む、もうこんな時間か」

 

 

 

 待ち合わせの時間は、そう遠くない。委員長はいつだって遅刻厳禁だから、そろそろ向かっておくべきだろう。

 

 リビングに出ると、ばあちゃんのために用意しておいた昼食はまだ手付かずだった。普段の例でいえば、あと一時間以内には起きてくるだろう。

 

 ともあれ、まだ寝ているのならば挨拶もする必要はない。

 

 玄関の外は、いかにも夏休みらしい天気の空が広がっていた。

 

 

 

愛莉:いいんちょくん!

 

  :打ち上げ

 

  :やるから!

 

  :昼、渋谷、集合ね!

 

 

 

 赤城さんからそんな連絡が届いたのは、予選の日からすぐのことだった。

 

 俺は去り際の赤城さんのぷりぷりした様子を思い出して、これは断れないだろうなと直感した。

 

 ただ、そこまで負担には感じていなかった。オフライン予選は非常にバッテリー消費の大きいイベントだったが、代わりにこの数日はよく休めたほうだ。

 

 赤城さんも事務所の仕事や配信などをしており、あまりまとまった時間を確保できない期間だったらしく、チームとしてはあまり練習時間が取れなかった。

 

 せいぜい、翠を家に呼んでルシオンをプレイしてもらい、俺がリラックスしてコーチングしていたくらいのものだった。

 

 

 

 そういえば――と、俺は信号待ちのあいだにスマホを取り出した。

 

 翠から連絡が来ていないかをチェックしたが、なにもメッセージは届いていなかった。

 

 昨日、翠に渋谷までいっしょに行くかと聞いたところ、断られてしまっていたのだった。よくわからないが、その前にどうも用事があるようだった。

 

 打ち上げには問題なく来られるらしいが……まさか翠、俺を見捨てたりはしないだろうな……。

 

 

 

 旧山手通りを左に曲がり、そのまままっすぐ行くと、数分としないうちに、頭上に首都高が走る国道に出る。

 

 一応ここは神泉と呼ばれているが、実態はほとんど渋谷だ。喧噪のする方向へ向かっていくと、あっという間に渋谷マークシティの裏手に出る。

 

 そのまま、俺は道玄坂をくだっていった。あまり俺が溶け込めているとは思えない荒々しい街並みに変わり、急激に地面が汚くなり、四方から外国語が聞こえてくるようになる。

 

 いつも思うが、代官山周辺との圧倒的な違いはなんなのだろう。すぐ目と鼻の先だというのに。

 

 

 

 待ち合わせ場所は、有名なハチ公前――ではなく、通りを隔てたところにあるマークシティの入り口だった。

 

 それは英断といえるだろう。ハチ公の前は、正直いって筆舌に尽くしがたいほどに混んでいる。この世の渋谷以外のすべての街が消失したのかと思えるほどの混みぐあいだ。

 

 こうして少しだけ離れれば快適に待ち合わせできるというのに、どうしてハチ公があんなに人気なのか、俺には理解できなかった。

 

 

 

 ともあれ、俺が委員長ロールのために、待ち合わせ場所で文庫本の続きを読んでいる最中のことだった。

 

 

 

「いーんちょくんっ」

 

 

 

 声をあげられ、顔を上げる。

 

 そこにいたのは――私服の赤城さんだった。くしくも俺と同じくキャップをかぶっており、服装の雰囲気はどことなく……不良系? なんと呼べばいいのだろう。

 

 透けてこそいるが、濃いめの黄色いサングラスまでしていて、まるで芸能人だ。

 

 いや、彼女の場合はもはや芸能人といってもいいのだろうか。

 

 

 

「あ、服装気になる? ちょっと調子のったストリート系w でもけっこー似合うっしょ」

 

「ああ、とても赤城さんらしいと思うよ。かっこいいし、似合っている」

 

「あんがと。いいんちょくんのほうは……なんか、ゴルフとかやりそーだね……?」

 

 

 

 たしかに、いわれてみればそういう感じだ。やはり休日のお父さん風ということか。

 

 まあ、悪い印象ではないのならなんでも構わなかった。

 

 

 

「てかさ。あたしのことはいーから、こっちみてどうも思わないの?」

 

「? こっちとは?」

 

「もー、なんで気づかないわけ! あれっ、てか翠ぴも後ろにいすぎじゃん! ほら、せっかくおめかししたんだから、もっと堂々としないと!」

 

 

 

 赤城さんと微妙な距離を空けて佇んでいた子が、俺の眼前に引っ張り出された。

 

 ずっと顔を伏せていたその子がおそるおそるといった様子でこちらを見上げたとき、俺はたいそう驚いた。

 

 

 

「まさか、翠……か?」

 

「……(こくり)」

 

 

 

 はずかしそうにうなずく翠。

 

 その外見は、普段の翠とは大きく異なっていた。真っ白い、少しだけフリルの入ったワンピース。いつもより艶のかかった薄紫色の髪は強めにウェーブがかかって、夏の日差しに負けず劣らず輝いている。ワンポイントでついている髪飾りは、黒猫を模したデザインのようだ。

 

 普段より少しばかり背が高いのは、やけにしゃれた靴……これも一応サンダルと呼ぶのだろうか、いやきっと専用の名称があるに違いない……に、ヒールが入っているからのようだった。

 

 

 

 きれいな化粧まで施してある。翠の儚げで繊細な顔立ちが、ネイビー色の目元のメイクで、その透明感がより増している。もともと猫のように大きな丸い瞳が強調されて、視線が合うと思わずそむけたくなるほどに存在感があった。

 

 極めつけは、唇だ。

 

 ……あまり詳細に説明はできないが、やけに色味があり、ぷるぷるしていた。

 

 

 

「ね、ね、いいんちょくん、めっちゃよくない? 超かわちくない? もうさあ、あたしすっごい気合い入っちゃったんだよね。翠ぴって典型的なブルベ冬だし、あたしとはかなりタイプ違うから、メイクもコーデも全部違うの選べて、超たのしんじゃった。まあ、ちょっとあざとくしすぎたかもだけど、翠ぴはこれくらいのほうがいいかなぁって」

 

 

 

 赤城さんの言っていることの意味は、八割くらいわからなかった。

 

 ただ、どうやらふたりが先に落ちあっていて、赤城さんが翠のコーディネートをしていたらしいことはわかった。

 

 翠の用事とは、これだったのか。

 

 

 

「ほらー、翠ぴも自分から感想聞かないと!」

 

「ク、クマ……いろいろあって、少し背伸びしてみた……でも、似合っているのか、自分だとわからない……」

 

「翠。心配せずとも、ものすごく似合っているぞ」

 

 

 

 道行く男ふたりが、翠と赤城さんを振り向いた。さきほどから、ふたりは周囲から注目を浴びている。

 

 

 

「ね、超かわいいっしょ? いいんちょくん、もっとちゃんと感想伝えたほうがいいよ!」

 

「ああ。翠は普段から見目麗しい少女だが、こうなってくるといよいよ世の男が放っておかないな。小学生のころからいっしょにいるからなかなか実感が伴っていなかったが、翠もたしかに成長しているんだと感動を覚えたよ」

 

「……なんか、期待してた反応と違うんですケド。いいんちょくんさぁ、もうちょっとなに、当事者的な言い方っていうの? あるじゃん!」

 

「いい。もう、いい……じゅうぶん、だから」

 

 

 

 翠は、胸に手を当てて何度か深く呼吸すると、

 

 

 

「クマ。今のわたしをみて、もっと率直に思っていることを言って」

 

「帰りは、かならず俺が家まで送ろう。かつ、ひとけのない路地などは極力避けたほうがいい。ここは渋谷だ、悪いやつに目をつけられる危険性があるからな」

 

「も、もうひとこえ」

 

「……おしゃれな履物だが、翠が転んでしまわないか心配だ。俺としたことが、絆創膏を忘れてきている。どうかけがをしないように気をつけて歩いてもらいたいものだ」

 

「……ふう。落ち着いてきた」

 

 

 

 なんとなく、翠がいつもの様子に戻った感じがした。

 

 

 

「……なに? 今のやりとり」と、怪訝そうな目で赤城さん。

 

「普段のクマの言動を聞くことで、平常心に戻った。これでわたしはだいじょうぶ」

 

「ねーえー! 平常心じゃダメじゃん。ルシオンと同じで、攻めるときに攻めないと。いいんちょくん、みるからに鈍感そうだし、こういう機会にぐぐっと意識させてさ~」

 

「あなたはなにか勘違いしている。わたしにはそういう目的はない」

 

「この期に及んでコイツ~~!!! まあ、そういうとこがかわいいんだけどさ~!!」

 

 

 

 なにやらわからない会話だった。

 

 が、委員長というのは女子の会話についていけなくとも問題のない生き物だ。このあたり、ロールに助けられている部分だと言えるだろう。

 

 それに、どうしても気になったらあとで翠に個人的に聞いてみればいいしな。

 

 

 

「ま、いっか。道ばたで話してるのもアレだし、とにかく行こっか。ふたりとも、あたしについてきてもらえる? つれていきたいとこがあんの!」

 

「どこなんだ? 赤城さん」

 

「えー? まだなーいしょ♡」

 

 

 

 やけに楽しそうに渋谷の街を先導していく赤城さん。

 

 俺は、翠が転んだときは抱き止められるように注意しながら、その背中を追っていった。

 

 

 

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