逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
それから、一時間あまりが経過したあとのことだった。
同じフロアにあるドリンクバーに、もう何度目かになる飲み物の調達に向かった俺は、そこで淹れたペプシコーラを飲みながら、渋谷の夜景を見下ろしていた。
さすがに、少々だるさを感じる。
カラオケでは非常にラクに過ごせたが、慣れない環境で委員長として一日中過ごしたとなると、どうしたって疲れが溜まってしまう。
だが、この打ち上げのイベントもそろそろ終わりだ。もういい頃合いとなってきたし、赤城さんもさすがにカラオケの次は考えていないだろう。
例によって、俺たちが取ったカラオケの部屋も二時間制だ。そろそろ撤収が近いし、部屋に戻って引き続きリンタムのテーマソングでも聴くことにしよう。
そう思い、俺がドリンクを携えて戻ろうとしたときだった。
「いいんちょくん、ちょっといい!?」
部屋の扉が開いて、赤城さんが顔を出した。
どこか焦った様子だった。
「赤城さん、どうかしたのか」
「うん。なんかね、翠ぴが突然――」
翠が突然――?
急いで部屋のなかを確認すると、
「――寝ちゃった、んだよね」
ソファの背もたれに身を預け、くうくうと寝息を立てる翠の姿があった。
「ど、どうしちゃったんだろ。いっしょに楽しく歌ってただけなんだけど……なんか薬でも飲んでたのかな?」
「ああいや、そうじゃない。昔から、翠は疲れると、急に電池が切れたように眠ることがあるんだ。心配せずとも、十分くらいで目覚めるよ」
「そ、そーなんだ。よかったぁ、ちょっと焦っちゃった」
俺も胸を撫で下ろしたい気分だった。翠になにかあったのかと肝を冷やしてしまった。
最近はあまりなかったが、はじめてのカラオケで一生懸命歌っていたから、疲れが出たのだろう。本日は俺だけではなく、翠にとってもめずらしい体験なのだ。
俺はリュックを開くと、念のため畳んで持ってきていた薄いジャケットを取り出して、休んでいる翠の身体にかけた。
小学生のころはこの体質のせいもあって、ちょっとした問題が起きていたものだ。
それは、俺がはじめて委員長になった前後の話でもある。
……今となっては、すべてがなつかしい。
気を遣って、赤城さんはモニターの電源を落としてくれた。ほうっておくと、いつまでも謎のアーティストたちに挨拶されてうるさいからだ。
しかし、止まったら止まったで、沈黙が場を包む。
ギャルと黙って対面するというのは気まずいものだ。俺は、自分から口を開いた。
「赤城さん。きょうは企画してくれてありがとう。とても有意義だったよ」
「ん? んーん、気にしないで。あたしのほうがやりたかったんだから」
「とはいっても、なにからなにまで任せてしまったわけだからな……。もしもそちらからしてほしいことがあったら言ってくれ、俺でよければ融通しよう」
「言い方w てか、それでいうなら、あたしたちがこうしてるのも、そもそもあたしのほうから無理にお願いしちゃったからなんだしさ。いいんちょくんが気にするようなことじゃないって」
赤城さんは、不自然に前髪を撫でつけながら言った。
俺と目線が合うかと思いきや、向こうからそらしてくる。その行為に、俺はそれとなく含みを感じた。
彼女と付き合いが長いわけではないが、このところの交流もあり、こうした様子の赤城さんが、なにか腹に一物あるというのは予想できた。
その証拠に、赤城さんはおそるおそるといった風にたずねてきた。
「でもさぁ……そう言ってくれるんなら、ひとつ質問してもいい?」
「なにかな」
「あたし、こういうときにうまく言えないっていうか、なにか語弊があったらごめんなんだけど……いいんちょくんってさ、実は、ちょっと無理したり、してない?」
それは、いまいち要領の掴めない質問だった。
無理というなら、つねにしてはいる。俺が自然体でいられるのは、自室にひきこもってゲームをしているときか、翠とふたりで穏やかに過ごしているときくらいだ。
それ以外のときは、だいたい無理している。
だが、赤城さんが聞いているのは、もちろんそんな俺の深部のパーソナリティではないだろう。せいぜい、ルシオンの練習量について心配しているに過ぎないはずだ。
だから、俺は軽く受け流すくらいのつもりで逆に質問した。
「どういう意味かな、赤城さん」
「うまく伝えるの難しいんだけど……なんていうかさ。無理して、委員長っていうキャラをやってたりしないかな、って思って」
――――俺は、固まった。
まさしく、ではないか。
赤城さんが言っているのは、まさしく俺のパーソナリティの部分。その本質であり、深淵じゃないか。
どういうことだ?
わずか数秒のあいだに、俺の頭は高速で回転し、この事態について推察をおこなった。
知らないあいだに仲良くなっている翠が秘密を漏らしたか? いや、そのはずがない。翠はいつだって俺の味方だ。そして俺は未来永劫、翠の味方だ。
ここに裏切りはない。
では、どこから? これまでの俺の発言に、委員長ロールとして誤った部分があったか。
危ないところはあれど致命的なミスは冒していないという自負でいたが、まちがっていたのか?
いや、もしくは。
俺は赤城さんの眼をみる――カラコンをつけておらず、本来の薄い橙色を持つその虹彩を――彼女の持つ生来の観察眼が、俺の秘所を見抜いたか。
だとすれば、末恐ろしい――。
「……や、こういうのって答えづらいよね。だから、答えなくていいよ。ただ、なんであたしがそう思ったかっていうとね。これまでいいんちょくんといっしょにやってきて、これまで知らなかったいいんちょくんの、いろんな面を知って、違和感っていうか、これはなにかあるぞって思って、それで、あたしなりに考えてたんだよね」
いつかの光景。
デジャブに似たものを、俺は感じている。
そう、はじめてスタバで話し、匿名熊の正体が明かされたときと同じ気分を。
「ひとりのときだけ最強になる、いいんちょくん。はじめてタイマンしたときも、このあいだの予選も、匿名熊として配信してるときも、いつもそうだった。でも、どうしてそうなるんだろうって。いいんちょくんは、自分が緊張しいだからって言ってたし、それはわかるんだけど、でも、なんかそれだけじゃ説明できない気がして。それで、思ったの」
覚えてる? と、赤城さんは俺に問いかけた。
「はじめて、スタバでいっしょに話したときのこと。いいんちょくん、ゲームをやってるって内緒にしてもらいたがってたでしょ。そういうキャラを守ろうとするのって、あたしもわかるなって思ったんだけど、たぶん、いいんちょくんはあたしが思っているよりも、ずっとそういう気持ちが強くて。いいんちょくんは、周囲に思われてる自分のイメージを壊したくなくて、そういう意識が、いいんちょくんが実力を発揮するのを……阻害っていうのかな。なんか、邪魔しているんじゃないかなって」
――完璧に言い当てている。
この目の前のギャルは、完全に俺の性質を当てていた。
「でもね、もしそうだとしたら、あたし言いたいことがあるの」
「……なに、かな」
「いいんちょくんが、これまですごくがんばって、クラス委員長をやってきたっていうのは、わかるんだ。わかるし、ほんとうにすごいことだと思う。でもね、それを踏まえても、いいんちょくんは、やっぱり本当の自分の実力を隠しちゃいけないと思うんだ」
自信満々というよりも、切実な様子で赤城さんは訴えてきた。
「いいんちょくんは、自分のことカショーヒョーカしてるっぽいんだけど、あたし、正直いいんちょくんはほんとにやばいレベルだと思う。プロになれるとかって次元の話じゃなくて、日本……いや、たぶん世界一かもってくらい、最強のプレイヤーだと思うの。ほかのみんなはまだ知らないけど、あたしは匿名熊のプレイもずっとみてたし、いっしょに組んでもきたから、ほんとうにそう思うんだ」
言葉をよく選んでいるのか、詰まりながら、しどろもどろになりながら、赤城さんは続ける。
「あたし、いいんちょくんは、自分の才能にちゃんと向き合わなきゃいけないと思う。もしも実力を発揮できない理由があったら、それを克服して、なにがなんでも世界に向けて発信しないとダメだって思う。だって、そうでしょ? 自分の才能を無視したら、自分がかわいそうじゃん!」
だから……と、赤城さんは急にトーンを弱めて、俺の様子をうかがった。
だから――彼女が言いたいのは、こういうことだろう。
だから、俺は委員長ロールなんて捨てて、ゲームに真摯に向き合うべきだと。
そう聞いたとき、俺は、なんといえばいいのか――。
安心、したのだった。
そう――。
朝はいちばんに登校し。
授業をよく聞き、ノートを配り。
クラス会議では司会を務め。
かならず掃除に参加し。
クラスメイトの頼みは、可能なかぎり聞き入れる。
そうした俺の理想的な委員長像が、俺のどういった意識のうえに成り立っているのかということまでは、赤城さんは見抜いてはいなかったようだ。
だから――俺は、安心していた。
よかった。俺の深淵までは、触れられていない。
俺はきっと、安堵のために、わずかな笑みを浮かべていたのだろう。
相手のクラスメイトの女の子の、それはそれは美しい瞳をみて、俺はこう思う。
赤城さん。きみにはわからないかもしれないけれど、俺は委員長を演じていないと、きみとまともに話すこともできないくらいに、どうしようもない人間なんだよ。
そしてそれは、けして明かすことができない、俺自身の闇だ。
「いいんちょくん……? ごめん。またあたし、勝手にいろいろ言っちゃったかも……」
「いや、そんなことはないよ」
と、俺は否定した。
その次に続けた言葉は、あえて相手の論に乗っかったものとなった。
「それよりも、赤城さん――認めよう。俺はたしかに、理想的な委員長であることを目標にしている。それが影響しているのかはわからないが、人前だと緊張してしまっていつものプレイができないというのも、たしかな話だ」
「……それなら」
「でも、問題はわかっていても治せないことだ。そうじゃないか? 緊張したくはないがしてしまうというのは、俺にかぎらず多くのひとが悩んでいることだろう。もちろん治したくはあるが、そううまい方法があるとは、なかなか……」
そう語りつつ、ふと脇目で赤城さんの様子をうかがったとき。
いつになく真剣にものを考える顔をしていて、俺は思わずどきりとしてしまった。
「……緊張を治したい。人前でも、フツーにプレイできるようになりたい。いいんちょくんも、そう思っている……んだよね?」
「そ、そうだが」
「ちゃんと、本心でそう思っているんだよね?」
ああ。と、俺は少々あいまいにうなずき返した。
まずいな。うまく話を畳む方向で話したと思っていたのだが、なにか言葉選びを間違えてしまったか……。
「よし。わかった」
赤城さんが、すっくと立ちあがった。
そのまま、机を挟んで姿勢を前にして、俺の肩を掴んだ。
ギャルの熱い体温が、布越しに俺の皮膚に伝わる。
「そういうことなら、わかった――いいんちょくん。あたしに、いいんちょくんを指導(コーチング)させて!」
「……へ?」
委員長らしからぬ間抜けな声が漏れてしまった俺を、だれも責められないだろう。
コーチング? とは、あのコーチングのことか?
「本戦まで、どの道練習は鬼がんばるつもりだったけど、それ以外にも、やるべきことがわかった! いいんちょくんが実力どおりにプレイできるように、いいんちょくんの意識改革をやろ? あたしがんばるから、いいんちょくんもがんばって、今回の大会で覚醒しちゃお! そしてみんなで優勝して、みんなでハッピーだ!」
その場を立ち上がり、燃えるギャルから、俺は思わず目をそむけてしまった。
助けを求めるように、眠りこける翠へと。
「……んぅ」
俺のからだに頭を預け、腕にしがみつくようにして眠っていた翠は、そのころになってようやく、もぞもぞと目を覚ました。
……遅いぞ、翠。遅すぎる。
おかげで、その次の回からはじまってしまったわけじゃないか。
この夏最高に熱いギャルとやる、謎の特訓期間が。