逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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61話 コツはベーコンの焼き方

「……ふむ」

 

 

 

 とある日の、昼のこと。

 

 俺は自室で、卓上カレンダーと向き合っていた。

 

 八月の上旬。例年であれば、夏休みを満喫している時期だ。

 

 が、もちろん今年は、そう休めたものではない。

 

 校内予選が終わり、赤城さん主催のチーム打ち上げもぶじに終了した今、約二週間後の週末には、電甲杯本戦が待っている。

 

 いわば、決戦の日が控えているわけだ。

 

 

 

 無論、それまでは練習尽くしの日々であるという話ではあったのだが――ここに、ひとつだけ誤算が生じていた。

 

 これはかねてより共有していたことだが、翠がプレイするのは、家ではなく学校のPCルームだ。

 

 そして、俺もまた翠といっしょに学校に行くという話も、あらかじめしてあった。なぜなら翠が連日で夕方過ぎに家に帰ることになるのは、俺が心配だったからだ。

 

 

 

 では赤城さんはどうするのかというと、彼女は多忙であるから、基本的には家からオンラインで参加する手はずになっていた。

 

 赤城さんは俺たちと違って電車通学だし、単純に毎日登校するのが大変だというのも理由のひとつだ。

 

 つまり、俺からすれば翠とふたりで練習に励むという、かなりソーシャル・バッテリーが節約できる環境となるはずだったのだが、

 

 

 

「予定変更。あたしも、毎日学校に行くから!」

 

 

 

 と、打ち上げの帰りに赤城さんは宣言した。

 

 理由は、特訓のためとのことだった。

 

 俺の意識を改革するという、例の話に違いなかった。

 

 

 

 曲者なのは、具体的な方法を聞いても「まだわかんないけど、あたしもいっしょじゃなきゃダメなのはたしかだと思う」と言われて、詳細がわからないことだった。

 

 とにかく絶対に大事で必要なことだから、と強固に言われると、俺はなにも言い返せなくなってしまった。

 

 

 

 翠のほうは最後までねばっており、「朝がはやいからあなたは遅刻する可能性があるのでは」「熱中症のおそれもある」「夏休みでも朝の電車はおそらく混んでいる」などと怒涛の勢いでデメリットを列挙していたが、それでも赤城さんは折れなかった。

 

 

 

 赤城さんと駅で別れてから、俺とふたりきりになったあとも、翠は「……応援すると言っていたのに」と小声で文句を言っていた。

 

 それがどういう意味であるのかは、俺には教えてくれなかった。

 

 最近の翠は、どうも俺に秘密が多いような気がする。

 

 

 

 

 ――ともあれ。

 

 打ち上げから中一日を空け、本日、練習日である。

 

 俺は夏服に着替えると、弁当を入れたバッグを肩にかつぎ、学校へと向かった。

 

 アベレージにして週に二日ほどは休息日が入るから、俺としては普段の学校生活を送るのと、あまり負担は変わらない。

 

 もちろん教室や職員室に行く必要がないだけラクな部分もあるが、そのかわりに赤城さんと過ごす時間が増えているから、結果トントンといえるだろう。

 

 なにより、今回は不穏な雰囲気が漂っているというのもあるし。

 

 

 

 このところは赤城さんと話す機会が爆増しているが、依然として彼女が強キャラであり、俺には攻略がむずかしい対象であるということに変わりはなかった。

 

 むしろ、最近は新しく読めない部分が増えてきてしまっているようにさえ感じる始末だ。

 

 俺の鍛え上げてきた委員長ロールをも軽々と突破せんとするギャルとは、まったく末恐ろしいものだ。

 

 

 

 そしてこの日は、まさしくその好例となる日だった。

 

 

 

 

 

「クマ」

 

「おはよう、翠」

 

 

 

 PCルームにたどり着くと、すでに翠が先着していた。

 

 普段どおりの、涼しげな翠だ。もちろん制服姿で、いつもとなんら変わるところがない。

 

 だからこそ、俺はこのあいだの打ち上げの日の翠を思い出してしまった。

 

 普段の翠がしなさそうな恰好と、軽い化粧。あまりにも儚げな雰囲気を醸し出していて、あとから思い返したときに、どうもいつもの翠と同一視ができないでいた。

 

 

 

「どうしたの、クマ。わたしの顔になにかついている?」

 

「いや……ただ、こっちのほうが落ち着くなと思っただけだ」

 

「? 変なクマ」

 

 

 

 翠は、俺のスクールバッグを勝手にごそごそと漁り始めた。

 

 取り出したるは、中サイズのタッパーである。翠は、それを高く掲げた。

 

 

 

「やっぱりあった。クマの特製サンドイッチ」

 

「特製といっても、なにも変わった工夫はしていないんだけどな……。翠にはわざわざ協力してもらっているから、せめてものデイリー報酬だ」

 

「このサンドイッチのためなら夏休みの通学も歓迎といったところ」

 

 

 

 そんなにか。俺は苦笑した。

 

 実際のところ、こいつはオーロラソースを塗っただけのただのBLTサンドだ。

 

 

 

「さっそくひとつ食べることにする」

 

「ここで食べるなら、赤城さんにみつかる前にしてくれよ」

 

 

 

 もちろん素の俺からしてみればPCルームで飲食しようが構わないが、委員長はそうではないからな。においがしなかったり、備品などが汚れなければの話だが。

 

 翠がもくもくと食べるとなりで、俺がPCを立ち上げ、準備をはじめた。

 

 ちょうどいい機会だから、翠に相談しようと思っていたことを話すことにした。

 

 

 

「そういえば、この前の予選の日なんだが――」

 

 

 

 以前のse1enとの一件を、俺は翠に共有しておいた。たった今は、べつになんらか問題が生じているわけではないが、翠には意見をたずねておいて間違いがない。

 

 

 

「――そういうわけで、運営のほうにもなにやら思惑があるようなんだ」

 

「とくに驚きはしない。電甲杯は、興行的に価値の高い大会であると聞いている。とくに今年からは有名な広告代理店がついているらしいから、ダイレクトに集客にかかわることになる目玉選手については、可能なかぎり調整を入れたいはず」

 

 

 

 あらかじめ調べていたのか、翠は自分のタブレットで、ブックマークしていたページをみせてくれた。

 

 そこでは、今年度の電甲杯の出場メンバーがまとめられていた。

 

 

 

 全国津々浦々から集められた、選りすぐりのティーン・ゲーマーたち。

 

 ルシファー・オンラインを含めて、五つの有名タイトルでおこなわれる電甲杯の、それぞれの種目の目玉となる選手が紹介されている。

 

 

 

 たとえば、〈スマテラ〉部門では、十三歳の天才少年が特集されていた。日韓のハーフで、昨年度は惜しくも決勝で敗れた雪辱を果たすというドラマがあるらしい。

 

 〈Revenant〉では、各プロチームが擁する次期エースとされている若手FPSプレイヤーたちが、十数人も紹介されていた。すでにファンがついている選手も多いらしく、なかにはルシオンでも出場が決まっているkairaこと海谷さんの姿もあった。

 

 〈オートナイツ〉のタイトルマッチでは、優勝者にはすでに冬に開催される大型の世界大会への誘致が決まっているらしく、その賞金がなんと二億円に昇るとのことで、チケットを獲得する者がだれかという話題で持ち切りのようだった。

 

 

 

 では、俺たちの出る〈ルシファー・オンライン〉の部門はというと。

 

 いちばん上に名前が出ているのは、se1enこと東堂聖人だった。

 

 去年、たったの十六歳にして国内の強豪プロチームであるLabyrinth(ラビリンス)に採用された、新進気鋭のプロゲーマー。

 

 FPSの競技者にしては驚異的なまでの数の女性ファンを獲得しており、同チームの広告塔として活躍することも期待されている、通称ルシ王子。

 

 昨年度は、同じく現在プロであるティージー選手の率いるチームに敗北、準優勝に留まってしまっており、今年こそ優勝が期待されている。

 

 

 

 ……ラビリンス、か。

 

 その字面をみたときの俺の表情は、どうなっていたのだろう。

 

 翠が、おそらく俺を気遣って、ページをスクロールした。

 

 

 

「あのひとも載っている」

 

 

 

 三番目に登場したのは、赤城さんだった。Quiet Girlsの宣材写真としてよく使われている、カメラに向けてギャルピをしている写真だ。

 

 通称あいりん、話題沸騰中の女子高生ストリーマー。だがその実力はプロにして「ガチ」と言わしめる、圧倒的なファイト力を持っている。

 

 今年の二月に公開されたMV "See Me Soon."は、tiktokを中心にバズり、再生回数二千万回を突破。自身の配信でも多くのファンを魅了する、新時代のJKアイドル。

 

 そんな紹介文のあとは、赤城さんのグラビア写真のようなものが何枚か転載されていた。なにやら、水着姿のものもあるようだったが……。

 

 

 

「これはクマには刺激が強い。みちゃだめ」

 

 

 

 すぐにスクロールされてしまった。

 

 ……気になるから、家に帰ったらこっそり検索することにしよう。

 

 

 

「それより、ちょっと気になる文章があった。少しだけ戻ってくれ」

 

 

 

 翠に頼んで、赤城さんにかんする文章の続きを読む。

 

 

 

「『去年と同様にQueit Girlsの面々で出場するかと思いきや、各メンバーの配信でそれは否定されている。あいりんがLC学園の枠で出場する場合、ルシ王子との協力プレイや、かねてより配信仲間として絡みのある音ゲーマーのタタ等とのコラボなどが期待されるところだ』……」

 

 

 

 この記事が書かれたのは、どうやら二週間ほど前のことのようだ。まだ学校枠での出場選手が発表されていなかったころだから、憶測で書いたのだろう。

 

 いずれにせよ、この書かれ方には腹落ちせざるをえない。

 

 これだけ期待されているとなれば、たしかにいざ赤城さんのチームメンバーが公開されたとき、だれも知らないモブ男がいては興ざめだったというものだろう。

 

 

 

 運営側が、どうにか人気のあるメンバーで出てもらいたかったというのも、まぎれもない本心だったと思われる。

 

 もっとも、知ったこっちゃないというのがこちらの意見ではあるのだが。

 

 

 

「もう出場メンバーは確定している。まさか一服盛ってくるなんていうこともありえないだろうし、とくに警戒すべき問題はないとわたしは思う」

 

「まあ、そうだな。俺も正味問題はないと思っているよ。ただ、翠には話しておいたほうがいいと思っただけで」

 

「それはとてもよい傾向。クマのグッドクマゲージがぐんぐん上昇している」

 

「そのゲージは溜まるとどうなるんだ?」

 

「輪廻転生の運命から逃れ、涅槃につくことができる」

 

 

 

 仏教関係のゲージだったのかよ。

 

 

 

 などと、俺と翠が話していると、

 

 

 

「ごめーーんっ。ちょっち遅れたーーっ!」

 

 

 

 バタムッと扉が開いて、赤城さんが登場した。この暑いなか走ってきたのか、少々ばかり乱れた髪の毛をそそくさと整える。

 

 

 

「おはよう、赤城さん。べつに、そんなに急がなくても……」

 

 

 

 そう挨拶しながら、俺は赤城さんの普段と違うところに気がついた。

 

 バッグがいやに大きい。いつものスクールバッグではなく、部活動をする生徒が持っているようなエナメルバッグだった。

 

 俺の視線に気づいてか否か、赤城さんはふふんと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

「おはよ、いいんちょくん、翠ぴ! さっそくだけど、まずは会議するよ、会議!」

 

 

 

 そう言うと同時に、赤城さんはバッグのなかから、白衣を取り出した。

 

 

 

 ……ん? 白衣?

 

 

 

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