逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
これまでもたびたび言及してきたが、赤城さんという生き物は、しばしば俺には理解しがたい行動を取る。
だが、このときほど――なんといえばいいのか、難しい行動はめずらしかった。
赤城さんは、セーラー服のうえに、ささっと白衣に袖を通した。
白衣――そう、あの博士とかが着るアレである。
さらには、赤城さんは赤いフレームのめがねまで装着した。
たったそれだけで、ギャルはギャル博士に進化した。
というか、いまさらだけどこのひとメレンに似ているよな……。かなりクオリティの高いコスプレをしてゲームショウに出ていたのは、去年のことだったか。
「じゃじゃん! やっぱだいじなのは型だかんね、見た目から入ってみたよ! どお? これだと頭よくみえて、あたしの話もわかりやすくなる気がするっしょ?」
「まずその発想があまり頭がよさそうに思えない」
翠のマジレスを、赤城さんは華麗にスルーした。
「ハイ、じゃあ本日は、練習の前にまずミーティングから。あたしが考えてることぜんぶ説明するから、ごせいちょーをお願いします!」
赤城さんは、PCルームの壁についているマジックペンを取ると、そこにそのままなにかを書き込んでいった。
壁がそのままホワイトボードとなっている作りだから、なにも心配することはない。
突如として講義を受けるかたちとなり、俺と翠は椅子に座ったまま、赤城さんの板書を黙って見届けることとなった。
「『☆電甲杯を勝ちぬくために必要なコト3選……』」
と、俺はタイトルを読み上げた。
その題字は、なんとみごとな達筆である。
「そ! 本戦までたった十数日とかだかんねー。きちんと課題をメイカクにして、この期間内で現実的に達成できる目標を決めといたほうがいいと思ったんだ」
「……意外にも理知的。かなり理解できるアプローチ法」
ほう。翠をして褒めさせるとは、なかなかのものだ。
ちなみに、俺はあまりこういう分野で褒められることがない。
正直、うらやましい。
「まずその①なんだけどー、これは、あたしの問題点の改善。具体的には、弾数管理問題ね。これまでのチーム練とか、本番だった校内予選とか、なにがいちばんチームの足引っ張ってるかなーって考えたとき、たぶんダイレクトに勝率を下げちゃってるの、あたしの弾消費の多さなんだよね」
「たしかに赤城さんに弾を渡すことは多かったが、アタッカークラスを赤城さんが担っている以上はしかたのないことなんじゃないか」
「あたしは、あんまそうは思ってなくて。もともとQGだとだいぶ好きにリソース使わせてもらってたから、そのノリでやっちゃってたんだけど、かなり変えたほうがいい部分だと思う。だって――いいんちょくん、あたしに弾を渡すために、自分で撃つぶん減らしてるよね?」
そう聞かれたときに、とっさに言い繕うことができなかったのは、俺の未熟なところだといえるだろう。
たしかに、その節はあった。
だが、それは遠慮してというよりも、それこそ勝率を気にしてのことだ。赤城さんのほうが俺よりも当て感がいい――だから、赤城さんに弾を渡したほうがいい。
そういう結論のつもりだったが、この赤城さんの言い方を踏まえると、おそらく逆だろう。
「理想はいいんちょくんにもっと撃ってもらって、今までよりもキルとかダメを稼いでもらうこと。だからこの①は、あたしの立ち回りの課題でもあるけど、同時にいいんちょくんの課題でもあるかな」
やはりか。
俺の当て感をよくしてほしい――それが、インゲームリーダーである赤城さんの要望であるようだった。
であるならば、是非もないことではある。
「……わかった。そのつもりで練習しよう」
「あんがと! で、次、②ね。これは翠ぴの課題で、ちょっと立ち回りに幅を出してほしいかなって思ってるんだ」
「わたしは、当初求められていた仕事はできているつもり。それでは足りていない?」
「ううん。むしろ足りちゃってるから、ここにきて欲が出てるってカンジかな。正直、翠ぴの成長速度かなりえぐくて、ただの支援以外にもやれることあるっぽいなーって思ってるんだよね。具体的には、射線を広げるとか。弾を当ててダメを取るっていうより、うまいこと散らばって、相手の気をそらすために射撃のポイントを増やすみたいな仕事ね。チェリーって飛行できるから、射線を広げるのはもともと適したキャラなんだよね」
たとえば――と、赤城さんが簡易的な戦略の図解を記していく。
きちんと聞く価値があると思ったのか、翠は少々前のめりになると、赤城さんのルシオン攻略の話を聞いた。
それにともない、質疑応答が起こる。
なんというか、まじめな空間のようだ。翠はああ言っていたが、なんだか俺の目には赤城さんの白衣が意味のある演出のようにみえてきてしまうくらいだった。
「……新しい要求については理解した。でも、ふたりのゲーム内の行動の早さを考えると、わたしが先回りするような速度で動くというのは、現実的にはかなり困難であるように感じる」
「もちろん、可能なかぎりこっちも合わせはするよ。でも、ちょっと背伸びしてプレイしてもらうくらいが嬉しいかな。ちなみに、この課題も含めてのことなんだけど、翠ぴにはできるかぎりソロランクやってもらって、できればプラチナ3くらいまでは上げてもらいたいんだよね」
「ソロを? どうして」
「このゲーム、ソロだと自分で状況を考えて動かないといけないことがすごく多いから、あたしの経験上ゲームIQがかなり上がると思うんだよね。翠ぴの吸収速度だと、ソロで潜ったときに自分で課題をみつけるってことができると思うし、あたしとかいいんちょくんなら、その課題が正しいかどうかってすぐに判別できるから、効率のいいレベルアップに繋がると思うんだ」
ふたりの目線が自然と俺に向いたのは、俺の意見を暗にうかがったからだろう。
俺は、一考する。
赤城さんの言っていることは、けしてまちがいではないと感じる。はじめにチーム練していたときに、翠を交えて初心者帯に潜っていたこともあり、たしか今のランクはゴールドの1か2だ。
プラチナまで上げようとするときには、相応の努力がいる。その過程で、どうしたってプレイヤースキルの成長が要求されることだろう。
唯一の問題は――時間配分か。
「赤城さん。それは、翠にずっとランクを回してもらうわけではないという認識であっているかな」
「もち! 一日の練習時間、だいたい八時間でしょ。その半分くらいをソロ練に当ててもらって、残りはこれまでどおりのチーム練って感じで想定してるかな」
「それくらいならば、俺も妥当だと思う。もっとも、ソロでプレイするのはちょっとしたストレスも生じるから、それが心配だが……」
「翠ぴ。いいんちょくんが、翠ぴがネトゲの変なヒトに暴言とか言われないか心配だってさ」
「この耳はどうでもいい人間の言葉は通り抜けるようにできている」
それはかなり優秀な耳だ。さすがは翠だ。
「じゃ、②もそれでおけ? それなら最後、いちばんだいじな③なんだけど……題して、『いいんちょくん、匿名熊に進化⭐︎大計画』!」
ホワイトボードに描かれているのは、俺のようにみえるメガネをかけた制服の男から、謎の威嚇するクマに矢印が伸びている図(?)である。
……意味がわからないもののなかでは、まだわかるほうだな。
「これが超重要! 正直③が成功すれば、①と②はなくても勝てます!」
「かなりぶっちゃけたな……」
「それくらい、いいんちょくんがうちのチームのかなめってこと! えっとね、翠ぴにもわかるよーに説明すると、まず、匿名熊って超最強なのね? で、素のいいんちょくんは、準最強くらい。このふたりの差を作っているのが、人前でゲームすると緊張しちゃうっていう、いいんちょくんの性格なワケ」
くい、とめがねを持ち上げて言い放つ赤城さん。微妙にドヤ顔である。
欠点や難点、問題といった言い方をしないあたり、彼女の優しさが表れているように俺は思った。
同時に心苦しく思ったのは、俺が彼女に嘘をついていたから――ないしは、そのかんちがいを否定しないでいたからだった。
匿名熊と、俺。
この両者にパフォーマンスの違いがあるという指摘そのものは正しいが、緊張症によってプレイに違いが表れているという解釈は、端的にいって誤りだ。
委員長は、委員長であるかぎり、匿名熊には絶対になれない。
なぜなら、俺が人前でプレイする以上、かならず委員長でいる必要があり、委員長であるかぎりは、どうしたって限界というものが生じてしまうからだ。
委員長状態の俺は、せいぜいそこらのマスターか、よくて下位バロン程度の実力に留まっているというのは、俺自身が認めているところだ。
だからこそ、俺が自分に課したのが、「委員長の状態で可能なかぎり強くなること」の一点だったわけだ。そのために努力してきたのが、今までの俺である。
アキレスはたしかに亀を追い抜けないかもしれないが、それでも可能なかぎり距離を縮めることはできるはずだと、そう信じていたわけだ。
が、それでは実力が足りなかったというのは、すでに校内予選で証明されたとおり。
委員長を捨て、別室でひとり、匿名熊のモードになって黙々とプレイすることでどうにか盛り返したというのが、これまでの電甲杯攻略の、どうにも誇れない経緯だ。
ともあれ。
問題は、そうした状況を踏まえてどうするのか、というところにある。
実際、俺はいい案を思いついてはいなかった。
これまでどおり、ただ実直に――いわば愚直に、この制服にめがねという出で立ちでルシオンをプレイし、少しずつでも精進していくしかないと考えていたが、同じやり方では劇的な成長は望めない予感がしていたというのも、また事実。
だとすれば、おそらく新しい手法であると思われる赤城さんの方法には、ひとつ試す価値はあるといえる。
実際、クラスメイトが観戦しているときのパフォーマンスの落ちようといったら、目も当てられないほどだった。あれが少しでもマシになるなら、必然的に勝率は上がるはずだろう。
つまり、赤城さんの理解は、俺が真実を明かしていないゆえにまちがってしまっているが、導き出した勝利への解法そのものは、結果として正しいといえる。
無論、さらなる問題は――いったい具体的にどうするのか、である。
「方法は、いろいろ考えてきたんだケド……でも、やっぱこれかなって!」
ギャル博士が、エナメルバッグに手をつっこんだ。
そこから取り出したのは、ひとつの分厚いファイル。
さらにそのなかから出てきたのは――。
「……は?」
実寸サイズと思われる、クラスメイトたちの顔写真のプリントだった。