逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
「芸能関係のことなら、基本的に掴めない情報はないんだけど、ゲームプレイヤーとなるとまったく領分が異なるからね。かなり金を積――ちがう。かなり難しかったが、最後にはきみのことがわかった。いや、驚いたよ。ほんとうに驚いた」
社長は、ものめずらしそうな目つきで、俺の風貌をあらためて眺めた。
「そんな漫画のキャラクターみたいな人物が存在するということも驚いたし、うちの若いスタッフでルシファーオンラインをプレイしているという子に聞いてみたら、あたりまえのようにその名を知っていて、やっぱり驚いた。彼いわく、あのゲームをやっていて、その名を知らぬ者はいないのだと」
俺は、加速度的に自分の息が荒くなっていくことを自覚した。
まさか――。
まさか、このひとは……。
このひとは、俺のことを――。
「なにより、納得したよ。やはり、愛莉は持っている――運命というものに好かれているようだ。電甲杯については、ぼくも半分ほどは諦めていて、どうにかして親子の問題を解決させる方向に舵を切ろうと思っていたんだけど、こうなったら話はべつだ。きみと組んでいるとなると、電甲杯の優勝は、十二分に現実的となった。愛莉が組むのが、ルシファーオンラインの現役プロゲーマーではないという向こうの出した条件にも合致するし、ほとんど完璧だ!」
だからだよ、と社長は言った。
「だから、ぼくはきみにお礼が言いたかったわけだ。それになにより、激励がしたかったんだ。亜熊くん、今回きみがうまくあの子を優勝まで導いてくれたら、ぼくはきみの頼みをなんでも聞いてあげようじゃないか」
「……待ってください」
「ぼくにできることなら、どんなものでも応えるつもりだよ。そうだなぁ、この夏はいっしょにハワイで愉快に過ごすというのはどうだろう。ぼくとともにプライベートビーチでサーフィンをして、肌をこんがり焼いて、そこらじゅうのフルーツを食べつくして、夜はキャサリーンとそのともだちを呼んで」
「――ですから、待ってください」
社長が止まらないので、俺は声を張った。
はて、という表情で、ようやく社長が語りを止めてくれる。
だが、俺はすぐには言葉を紡げなかった。
単純に、具合が悪かったからだ。
――もう、これ以上は耐えられなかった。
さきほどから、中身がないはずの胃がぐるぐると唸り、俺に吐き気を与えている。
若干だけうつむき気味になっていたのは、そのせいだ。
それでも、俺は委員長をやめるわけにはいかなかった。
俺はどうにかまともといえるだろう表情を取り繕うと、彼と向き合った。
「聞いてください、社長さん。いったいそちらが俺についてなにを調べたのか、俺にはわかりません。しかし――」
「? だから、言ったじゃないか。ぼくはプレイヤーとしてのきみのことをだね」
「――わかりませんし、ここで聞くつもりもありません」
俺は、大声とは言わないまでも、はっきりと口にした。
「いずれにせよ、その内容がなんであれ、その話を赤城さん……いえ、だれに対してであっても、けしていたずらに吹聴しないでもらいたいと、強く思っています。もしも他言されたときには、俺は電甲杯の出場を辞退することになるでしょう」
そう告げると、社長の顔があからさまにゆがんだ。
これは、脅しのつもりではなかった。
単純に俺の意思にかかわらず、正体を知られたら自然とそうなってしまうだろうのいう俺の予想を口にしたまでだ。
「わ、わかった。約束しよう、ぼくはきみのことを、だれにも話さない」
「それともうひとつ、質問したいことがあります」
「なんだね。なんでも聞いてくれてかまわないよ」
「俺には、あなたがなにを言っているのか、ほとんどわかりません。さきほどから、いったいなんの話をされているのですか」
俺は、これまでの混乱を正直に告げた。
はっきり言って、ここまでの社長の話は、かなり意味不明だ。
そもそも、赤城さんはオーナー社長に競技シーンへの移行を断られて、交換条件として電甲杯の優勝を持ちかけられたはずだ。
社長からすれば、彼女に達成できないはずの無理難題をひっかけたということだ。
そうだというのに、なぜ当の本人が赤木さんの優勝を願っているというのか。
これまでの話は、あべこべにもほどがある。
なにより、さきほどさらっと飛び出た親子の問題というのは、いったい。
やはり、俺が疑っていたように、赤城さんの動機はほかにあったのか――?
「……なにやら、話に大きな食い違いがあるようだな。いったいどういうことなのか……」
「ええ。俺も、まさしくそれを知りたいと思っています。ですので、お手数ですが、今回の赤城さんにまつわる話を、いちから説明いただいても構いませんか」
社長は唾を飲んで喉仏を隆起させると、神妙そうにうなずいた。
ようやく、俺の胃が落ち着いてきた。黒峰さんが気を利かせて渡してくれた新しいおしぼりを使って首筋を拭くと、さらにいくらか気分がやわらぐ。
やっとなにか胃に物が入りそうな気がしたが、俺はなにも飲み食いはしなかった。
そのかわりとでもいうべきか、社長が饒舌に語った非常に興味深い話を、次から次へとからだのなかに取りこむことになった。
その後、すっかり暗くなった外に出た俺は、そのまま膝が折れてしまわないように、店の前で深く息をついた。
どうにか生き延びた――そんな感想だった。
ほんとうに送っていかなくて大丈夫かい、と何度もたしかめてきた社長を退けて、ひとりで気ままに家に帰るという、ありがたい自由を謳歌する。
蒸し暑い代官山の夜を歩きながら、俺はさきほどまでの会話を思い返した。
あのあと、社長はおよそすべてのことを話してくれた。
今回の赤城さんの騒動にまつわる、およそすべての事柄を。
「……そうか。あの子は、すべてをそのまま話したわけではなかったようだね。まあ、内容が内容である以上、チームメイトに気負いさせたくなかったのか……」
互いの認識のすり合わせをおこなったあとで、社長はそう感想した。
「だが、ぼくの認識は変わらないよ――きみたちには、ぜひとも電甲杯に優勝してほしい。ぼくにできることなら、なんでもサポートすると約束しよう」
どうやら味方であると思われる社長に向けて、俺は最後に一礼した。
店を出たあと、ほんとうはすぐにでも赤城さんに連絡したかったが、Discordを開いたところで、なにもメッセージは打てなかった。
どう伝えればいいのかわからなかったし、どのみちあしたは練習日だったからだ。
直接会ったときに、当人からすべてを聞けばいいだろう。
そう思って、その日の俺は休むことにした。
――――しかし、その次の日に、赤城さんは練習にあらわれなかった。
いつものようにPCルームで待っていた俺と翠は、遅刻を詫びる連絡すらないことをふしぎに思いながら、しかたなくふたりで練習して一日を過ごした。
終日待っても赤城さんはあらわれず、メッセージも返ってくることはなかった。
Discordだけではなく、ほかのアプリも含めて、すべて。
俺は、ラインのトークページを開いた。
赤城さんとラインで連絡を取っていたのははじめのうちだけだったから、一か月前のメッセージが、すぐ上に表示されている。
俺:今度の電甲杯、優勝できないとどうしても困るのか?
:正直に答えてほしい。頼む
愛莉:うん
たったひとことの返事の下に、新たなメッセージは、いつまでも表示されなかった。