逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
愛莉は、オフィスビルのエントランスを駆けていた。
途中、だれかに肩がぶつかったような気はしたが、振り返らずに口だけで謝って、とにかく先を急いだ。
その表情は、明確に怒っていた。
細い眉がつりあがり、瞳は動揺に震えていた。
「どういうこと? ありえないから、ほんとうに……!」
思わず、そう声に出してしまう。
さきほどマネージャーから聞いた話は、QGのメンバー全員にとって寝耳に水だった。
――チームの解散、およびメンバー全員の移籍。
だれかがクビになるわけではなかった。ただほかの箱に移されて、そこで新しいかたちでの活動を続けてほしい、という話だった。
空いていた会議室で、三人は資料もなしに口頭で説明を受けた。
「本社……というか、運営会社側からの強い要望なの。もう、みんなが移ったあとの細かな運用とか売り込み方まで、具体的に企画ができていて……」
「つまり、決定事項みたいになっているってこと?」とシャオが聞く。
「……ひらたくいうと、そういうこと」
「いや、ありえないでしょ!」
愛莉は、大きな声を出した。
「どうしてそうなんの? あたしたちの意見ガン無視でそんな話が進むなんて変すぎるじゃん! それにQG、今すごい調子いいんでしょ? 前の懇親会のときも、社長がめっちゃ売れてるって……」
宇野マネージャーは、困った顔のまま首を振った。
「向こうの理屈だと、今まさに右肩調子だからこそ、現状の方向性で一気に形作っておきたいみたい。それに、チームとしての希望は聞いているっていうの」
「どゆこと?」
「このあいだ、四月に面談があったでしょ? 今後どういうふうに活動したいかとか、希望はないかとかって聞いたやつ。あのとき、みるもシャオもアイドル路線のほうを強めたいって言っていて、愛莉も反対意見は出さなかったじゃない?」
愛莉は、数か月前のことを思い出した。
たしかに、そういう話はあった。オリジナル曲が若いファンを中心にウケたあと、チームのふたりが喜んでいたから、愛莉もわざわざチームの方針に反対はしなかった。
自分も軽くアイドルのふりをするくらいは楽しめているし、ゲーム活動の頻度が極端に減らないなら、その売り方でも構わないと思い、そう答えたのだった。
だが、もちろんその方針のためにチームの解散を認めるというつもりは、愛莉には毛頭なかった。
「移籍先は、系列のべつの事務所っていうことになるの。テレビ系の芸能で売ってる、トートプロダクションのほう。というか名前を言っちゃうと、Star(スター)*(アスタ)なんだけど」
「えっ。うそ、あのスタアスですか? え、でも、もう解散するんですよね?」
驚いたのは、みるだった。
だが、そのグループ名は全員が知っていた。メンバーを星座に見立てている人気のアイドルグループで、長らく第一線で活躍してきた事務所のエース格である。
世間に詳しい事情は明かされていないが、そのStar*が人気絶頂のまま解散宣言をおこなったニュースは、愛莉の記憶にも新しい。
もともとアイドル趣味のみるは、かねてよりの大ファンで、事務所のツテでライブになんども足を運んでいることは、愛莉も知っていた。
「そう。Star*はいったん解散するんだけど、もちろん事務所としては終わらせるつもりはないの。トップツーの子たちはまだまだ活動を続ける気だし、メンバーを入れ替えて再スタートさせるっていう方針で企画が作られていて……それで、その新メンバーの候補というのが」
「……もしかして、わわわわ、わたしたちに?」
こくりとマネージャーがうなずくと、みるは、へなへなと力が抜けたようになった。シャオのほうは、ひたすらに驚いた表情を浮かべている。
「うそ。うそうそうそ、それ、ほんとですか? わ、わたしなんかがスタアスに? で、でも、やれるのかな」
「……三人が、スタアスの新体制に入ってやれるかどうかでいえば……きっと、やれるとは思う。三人ともキャラが立っててQGの活動規模でもかなり集客力があるし、このあいだのヒットで、ノーマルの路線でもぜんぜんウケそうっていうのは、わたしもすごく思ったし。そもそも、みんな努力家で順応性もあるしね」
宇野マネージャーは、淡々と移籍のメリットを語った。
移籍後もユニット単位の活動は許されている、というよりもなんなら推奨されており、Quiet Girlsのもとよりのファンの箱推しは継続が見込まれること。
せっかく市民権を得ているゲーム界隈の仕事も、特段に断る必要はないということ。
「あとついでにいうと、慣れているわたしが、そのままみんなのサポートをやっていいっていう話にもなっていて」
「宇野さんも? それなら、デメリットがほとんどないってことですか?」
「といっても、業界を跨ぐみたいなものだから、なにがあるかはわからないんだけどね。……でも、そう。条件だけみると、かなりチャレンジしがいはある話だとは思う。単純な知名度は、たぶん比較にならないくらい上がるかな」
「だったら、わたし、ぜひやってみたいです! というか、すっごく嬉しい。ね、ね、シャオ姉もそうだよね? スタアスなんて、いつか共演できたらいいねって話していたくらいなのに、まさか入れるなんて!」
わーきゃーと騒ぐみるを、シャオが止めた。
「みる、ちょっとストップ。そりゃ、わたし個人の意見で言ったらそうだけど……デメリットがなにもない、わけじゃないでしょ」
どこか浮かない顔のシャオは、会議室に椅子に座る愛莉に目をやった。
愛莉が顔を上げると、その深刻そうな表情があらわとなった。
「Quiet Girlsは? ねえ宇野ちゃん、そうなると、QGはどこにいくの? グループとしてのQuiet Girlsは、その新しくできるグループのユニット名になるわけ?」
「ううん。ユニット名は、新しく考案されることになると思う。世界観、グループであわせると思うから、たぶんというか、ほぼ確で……」
「――QG、なくなるの?」
端的な問いに、マネージャーは弱々しくうなずいた。
愛莉は、立ち上がった。
「じゃあ、ぜったいにイヤ。あたし、それぜったいに反対する」
「でも、愛莉ちゃん、みんないっしょに行けるんだって。それに、これまでの活動もしていいんだって。だから、それなら……」
「そんなのカンケーない。あたしがだいじなのは、QGだから。QGのままだったら、べつに歌おうが踊ろうがなんでもよかったけど……ここじゃなくなるなら、そんなの意味ない」
愛莉は、にらみつけるような目線をマネージャーに向けると、
「宇野ちゃん。今の話って、だれから聞いたの?」
「だれからって……本社の企画経営部、だけど。一応、発端は統括部長さんからで……」
「そのブチョーさんの上って、だれ?」
愛莉の詰問に、マネージャーは観念したかのように息をついた。
その口から出てきたのは、愛莉も知っている――むしろ、知りすぎている人間の名前だった。
愛莉はオフィスの廊下を進んで、奥の扉を開けた。
「――お母さん!」
と、大きく声を上げる。
奥のデスクについている女性と、彼女の前に立っていた四人ほどの若い男女が、一斉に愛莉のほうに目をやった。
席についているのは、赤城桜花。
株式会社セイレーンの執行役員のひとり――役職は専務であり、従業員たちの実質的なボスのようなものである。
つまりは、組織の上の上――血の繋がりがあるとはいえ、しょせんは所属タレントのひとりに過ぎない愛莉からすると遠い存在だ。
その"お偉いさん"に向けて、愛莉は力強くたずねた。
「聞いたよ。ねえ、いったいどういうつもりなの?」
「愛莉。あなたこそ、どういうつもりかしら。相手が母親とはいえ、アポなしでオフィスに突然たずねてくるような子に育てた覚えはないわ」
「いいから、ごまかさないで」
愛莉はずんずんと歩を進めると、机にバシンと手を叩きつけた。
「答えてよ。どうして、わざわざQuiet Girlsを消そうとするの? あたしたちをべつのアイドルグループに入れるって話、どうせ動かしているのお母さんなんでしょ」
桜花は、部下たちに軽くジェスチャーした。彼らは引き下がると、ふたりの親子を見守るかたちとなった。