逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
――Quiet Girlsを、消そうとしている。
そう指摘された桜花は、不服そうに眉をひそめた。
「心外な言い方ね。たしかに、あなたたちのグループの運用を抜本的に変えるという方針で話は動いているし、提案したのはわたしだけれど、消そうとなんてしていないわ。全員、仲良く移籍できると聞いたでしょう?」
愛莉は、そこで吼えた。
「だから、ごまかさないでって言っているの! あたしはグループのなかのメンバーじゃなくて、グループ自体の話をしてるの。むかしっからのあたしの居場所の、Quiet Girlsっていう存在をなくそうとしているのは、どうしてなのかって聞いてんの!」
「……あなたの頭がよくないのは知っていたつもりだけれど、こうも実感させられるとつらいものがあるわね」
はあ? と、愛莉は露骨に顔をゆがめた。
怒りのあまり、頬がひきつるような気がして、手でその部分を隠した。
「いいでしょう。あなたの言い方にのっとって、どうして消すのかという問いに答えるなら単純。今あなたのいるグループには価値がないからよ」
「……そんなわけない。だって、QGは好調だって、マネも社長も言ってたし」
「それは、あくまで同グループ比で好調という意味よ。前にあなたたちがリリースした楽曲と、それにまつわる各プロモーションはたしかに反響があったわ。でも、それはべつの環境のアイドルグループに同じアイテムを与えていたら、さらなる効果が見こめるはずのものだったの。わかる? タレント運用の基本、適材適所ができていないのよ」
愛莉は、ますます苛立ちが募るのを感じた。
母親の、なにかをけむに巻こうとしているときの物言いは、むかしからよく知っているつもりだった。
「あなたたちメンバー自体は、悪くないわ。でも、所属している箱が――住んでいる家が、見合っていない。だから、お引っ越しをさせるの。わかりやすい話でしょう?」
「……それでいうなら、その家のひとが引っ越しなんてしなくていいって思っていたら、べつにする必要ないじゃん」
「残念だけれど、家主(オーナー)はこちらなのよ。それに、人聞きが悪いわ。きちんと意見のヒアリングをおこない、タレントの希望をサーベイして、それぞれが輝けると判断したフィールドに送りこもうとしているのに、なにが問題だというの」
「やりかたがずるいよ。そんな、具体的なことなんてなにも聞かなかったくせに」
「なにがずるいというの。少なくとも、今の企画段階できちんと知らせているじゃない」
「……っていうか、こんな話、どうでもいい! あたしが言っているのは、ごまかさないでってこと、それだけなんだってば」
愛莉はいっそう声を荒らげると、
「Quiet Girlsは、パパがあたしのために作ってくれたの! 会社が変わっても、メンバーが変わっても、Quiet Girlsは、ずっとあたしの居場所なの! お母さんは、それが気に入らないんでしょ? あたしが、パパのくれた場所にいることが、いやなんでしょ? それなら、はっきりそう言ってよ。なんでこんな、まわりくどいこと……っ!」
「――ばかな子。お母さん、会社で実の娘にわけのわからないことを叫ばれて、はずかしくて顔から火を噴いてしまいそうだわ」
「なら、はっきり言ってよ。あたしの目をみて、はっきり言って! Quiet Girlsも、パパのことも、嫌いじゃない、ちゃんと認めているって。言ってよ、今ここで!」
桜花は、疲れ目を揉むように眉間に触れた。愛莉と似ているようで似ていない、親子を感じさせるようで感じさせない、ふしぎな眼でこちらを捉えなおす。
しかし、その口をあらためて開こうとはしなかった。
「……やっぱり、言えないんだ」
「言う必要がないからよ」
「またごまかしてる。なんでそう、まともに話す気がないの……」
とうとう意気消沈した愛莉が、目元をぬぐった。
「いいよ、もう。お母さんが好きにするなら、あたしも好きにする。事務所、やめるから。Quiet Girlsだけ持って、出て行くから。だから、あとは好きにしたら!」
「それはだめよ」
「だめって……やめるのは、もう完全にあたしの自由じゃん! かりにやめられなくても、活動とか仕事とか、もう命令されても行かないから。てかあたし、べつに個人で配信したり大会に出るんでも、ぜんぜん――」
「事務所を去るのは、好きにすればいいわ。でも、グループ名を持ちだすのは許可できない。だって、そうでしょう? 会社の所有する商標だもの。勝手にあなたが私的利用することは許さないわ」
予想しなかった言葉に、愛莉は閉口してしまった。
母親の――桜花の顔色は、変わらない。
「むしろ、そうね。これは、もしかしたらなのだけれど、あなたがやめてしまったときに、残りのメンバーが加入するグループのユニット名が、Quiet Girlsで続投になる可能性はあるかもしれないわね。なんといっても、現状でも一定の知名度はあるもの」
「……なに、それ? おかしいじゃん。あたしがいたら、QGは消すんでしょ。なのに、あたしがやめたら残すって、そんなの……人質じゃん」
「おかしな子。人じゃないのだから、人質ではないわ。言葉は正しく使いなさい」
「……っ。この……!」
みえみえの挑発に、愛莉がとうとう激昂しそうになったときだった。
愛莉の入ってきた扉が、ふたたび開いた。
入ってきたのは、ひとりのにこやかな顔をした、中年の男性――だが、その額には汗を浮かべている。その傍らには、いかにも有能そうな風貌の女性秘書が。
「やあやあ。やあやあやあ、みんな。どうもどうも、ぼくだ、社長だよー!」
激化する親子喧嘩をハラハラした様子で見守っていた部下たちが、背筋を正した。
株式会社セイレーンの代表取締役社長、吾妻吾郎に向けて、それぞれに頭を下げる。
「あら。これはこれは、吾妻社長。どうなさいましたか」
起立する桜花の前に移動すると、吾妻社長は自然な動作で愛莉の肩に手を置いた。
「いやあ、わが社の擁するタレントのなかでも、特別に期待がかかっていることで有名な赤城愛莉くんがたずねてきたと聞いたのでね。ぜひ、ひとこと挨拶しようと思って」
「そうでしたか。――愛莉、社長にご挨拶なさい。それでお帰りになるそうだから」
「露骨に厄介払いしようとするじゃあないか。ははは、わが社の敏腕専務はあいかわらず愉快なおひとだ」
から笑いする社長と、まったく笑わない専務。
もちろん、本来の力関係でいえば、社長のほうが上位のはずである。
が、この赤城桜花という突出した才能の前では、そう定規のように常識をはかることはできない。
中途で採用されてから、ものの数年で社内での地位を盤石にした桜花は、今やその実権力としては取締役を凌駕している――そうした認識が、この株式会社セイレーンでは一般的となりつつある。
無論、その状況にもっとも脅かされているのは、今このときもあきらかに彼女におびえている、吾妻社長本人であった。
「そんなことより、さっきの話――!」
肝心の愛莉は、乱入してきた社長になど目もくれなかった。
「やあ、愛莉くん。さっき廊下で、きみが事務所をやめるだとかやめないだとか、そんな不穏な言葉が聞こえた気がしたのだが、もちろんぼくの聞きまちがい――」
「お母さんがそういうつもりなら、あたしほんとにやめるから。QGの名前も、あたしが持ってくから!」
「――ではなかったようだねぇ……!」
社長は、みるからに慌てふためいた。
「やめるのは勝手よ。でも、あなたの都合で会社の財産を持ちだすのは許可できないわ」
「はあ? なに、会社のって。だから、あれはパパの――!」
「ええい、ストップ、ストップだ! 赤城くんと、それから……赤城くん! いいから、少しでいいからぼくの話を聞いてくれ。社長社長、社長だぞ! いちばん偉い、いちばん偉いんだぞ! 会長の次に!」
社長が動揺もあらわに大声を出すと、さすがの親子も視線を向けた。
似たようなかたちの瞳に同時ににらまれて、社長はごくりと固唾を飲んだが、それ以上ひるむことはなかった。
「察するに、きっと例の話――Quiet Girlsを含めたグループの再編について、ちょっとした意見の衝突が起きているのだね。いや実際のところ、ぼくも懸念していたことではあるんだ」
「……以前お話したときには、社長も賛同されていたはずですが」
「あれは、赤城くんの圧があまりにもすごかったから……じゃなくて! そう、適宜様子を窺いつつの運用にしようと、ぼくは言ったはずだ。そうだったよな、黒峰くん?」
「ええ、そのように記憶しておりますわ」
社長とは違い、余裕そうな笑みを浮かべたままの秘書は、くいっとめがねを持ち上げてそう答えた。
「とにかく、だいじなのは現場のタレントとのあいだでコンセンサスが取れることだ。そうだろう? 今、こうして意見の相違が生まれているのなら、やるべきは冷静な話し合いだ。後日、きちんとした談義の場をもうけよう。そこで互いの希望をすり合わせて、もっともよい結論を探そうじゃないか」
「わたしとしては構いませんが……社長、本件はすでにあなたを含めた各役員が目を通し、同意をいただいているものです。先日、会長にもご意見をうかがったところ、快諾していただいております。そのことも、ご承知のうえで?」
「……も、もちろん、承知のうえだ」
社長の額に、さらなる汗が垂れる。
赤城桜花のおそろしいところは、会長のこころさえも手中におさめていることだ。その圧倒的な実務力と、未来を覗いているかのような慧眼、さらには妖艶な美貌もあいまって、社内の男たちを骨抜きにしてしまっている。
株式会社セイレーンが城だとするなら、実質的な城主は、すでに赤城桜花であると言っても過言ではないのかもしれなかった。
「愛莉くんも、わかったね? 日をあらためて、ちゃんとした話し合いだ。今は、いろいろとショックもあって冷静ではないかもしれないが、ちょっと頭を冷やして話し合いの席につけば、きっと互いに満足する着地点をみつけられるさ。だから、やめるだなんて言わないでくれ。ぼくは、ほんとうにきみに期待しているんだ」
優しく諭すように言って、社長は愛莉を部屋の外に連れ出そうとした。
退室する前に、愛莉は母親を振り向いた。
冷たい目線――自分の娘を、所有物のようにみている目線が、突き刺さる。
すなおに自分の言うことを聞いておけばいいのに、バカな娘が余計なプライドを発揮して逆らっているとしか思っていなさそうだ。
ぎり、と愛莉は歯を食いしばった。
――奪わせない。と、そう胸に誓う。
あの女がどう画策しようとも、パパがくれた居場所だけは――Quiet Girlsだけは、あたしが守ってみせる。