逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
それからというもの、愛莉は不安を覚えながら、数日を過ごした。
母親の手口は、わかっていた。あのひとのやりかたは、「戦わずして勝つ」だ。ゲームでいったら、躊躇なくハメ行動を選んでくるタイプ。
入念に準備して、そもそも愛莉が勝負の土台に立てないようにしてくるに違いない。
そう、愛莉は相手の狡猾さをわかっていた。
それでいて、どこかで期待してもいた。
もしも、向こうが話を聞いてくれるような展開になったとしたら――。
両親の問題……父と母の話が進展して、こころのわだかまりが解けることになってくれるのではないかと――。
だが、
「協議と再審査の結果、Quiet Girlsには、現状以上の市場価値が宿っている――さらには、かねてよりの懸念点であるインターネットとテレビの関係について模索するためにも、インターネットストリーミングに強いタレントと、既存メディアに強いタレントを同じグループで共生させて、その化学反応の結果を知るということは、今後のわが社の方針を知るためにも有益なものと判断されました」
談義の日、愛莉を迎えたのは、本社の企画部と営業部の社員数名たちと、彼らを統括する立場である、専務・赤城桜花の威光。
それだけではなかった。
「これまでのデータと、今回の事務所移籍の有用性を説明したところ、あなた以外のメンバー……こちらの周藤みるさんと、仇笑(チウシャオ)さんからには、全面的に同意をもらっています。反対しているのは、あなただけです――赤城愛莉さん」
桜花のとなりには、仲間であるはずのふたりが着席させられていた。
あきらかに委縮した様子の、みるっちの顔。浮かない顔で周囲を気にしている、シャオ姉。ふたりとも、愛莉と目をあわせようとはしなかった。
「ちなみに、あなたの主張――ゲーム配信シーンにおける、Quiet Girlsの可能性……でしたか? 利益をあげる見込みの薄い、新規のファン層を開拓するためだけの分野により専念して活動を続けていく……というのは、企業としてうなずきづらい話です。そもそも、これまであなたは、事務所に所属したあとも積極的に活動する姿勢はみせておらず――」
うだうだと理屈をこねる桜花の話が、右から左へ。
愛莉は、すっかり意気をうしなっていた。
それは、まるで大勢のおとなに囲まれて説教されているかのような状態に対してではなく、自分がこの母親に対して、わずかでも和解を期待してしまっていたことを恥じてのことだった。
これは談義ではなく、一方的な押し付けだ。
結論はどうあれ、腹を割って話すことさえできれば、愛莉はひょっとしたら、満足いったのかもしれなかった。
だが、結果はこれだ。
いつも、いつだって、あのひとは自分と対話しようとしてくれない――。
だからといって、だいじなものをうしなうわけにはいかなかった。
どう受け答えすれば、この状況を打破できるのか。
愛莉は、その答えを用意してきたわけではなかった。そのかわりに、あるとき聞いた声が、愛莉のなかに響いた。
――愛莉は、ほんとうにゲームがうまいなあ。
――いつかきっと、こういうもののプロが生まれて、大人気になるはずだ。
――そうしたら、愛莉はきっと、有名な女性プロゲーマーにだって……。
「……プロ」
と、きづいたときには、愛莉は口にしてしまっていた。
「……なにか、言いましたか?」
「あたし、プロゲーマーになる。うちの事務所、まだプロいないでしょ。てか、部門もないし、考えてもなかったでしょ。だったら、あたしがなる」
その場の全員が、困惑した表情を浮かべた。
だが、顔を上げた愛莉は、そこに活路を見出していた。
「さっきから言ってるチームの価値って、ようはお金になるかどうかでしょ。それなら、あたしがゲームで結果出しながら、歌でも踊りでもなんでもして、唯一無二のプロゲーマーになって、スポンサーたくさんみつけて、お金、稼いでくる」
「……なにを言い出すかと思えば」
なかでももっとも驚いていた桜花は、いつもの顔つきに戻ると、
「ただの思い付きでものを言うのはやめてください。プロというのは、テレビゲームの競技プレイヤーのことですね? その方面でマネタイズするというのは、生半可なことではありません。そもそも、あなたには――」
「なれないって? どうしてそう言い切れるの。専務さん、あたしのルシの実力知らないでしょ? あたしのことネットで検索したら、愛莉はプロにいけるって言ってるファン、たくさんいるよ。それに、あれって実力だけの世界じゃなくて、それこそタレント性とか出るし。疑うなら、今すぐにでもスポンサーの募集かけてみるけど?」
挑発のために、愛莉はスマホを取り出して相手にみせつけた。
桜花の能面のような顔の向こうに苛立ちが宿ったとみて、内心ほくそ笑む。
それでも、相手は引き下がらなかった。
「事務所に所属している以上、勝手な行動は慎んでください。それに、口先だけならなんとでも言えます。あなたが、これまでゲームの大会である程度の結果を出してきているのは知っていますが、それは競技者の大会ではないでしょう」
「それ、証明しようがなくない? プロじゃないと、プロの大会出らんないし。だから、まずチャンスをちょうだい」
「であれば、今ここで討議するには適さない話題ですね。事務所としても不本意なリスクは負えません。対して、今回の企画では、あなたの市場価値は予測可能なところにあり、投資するだけの――」
どうにか話を切り上げようとする桜花に、愛莉はまた声を荒らげそうになった。
そのとき、
「――電甲杯」
と、声がした。
声のぬしは、これまで存在感を殺していた、社長の吾妻吾郎だった。
「愛莉くんがプロとして適性があるかどうか……その試金石となる、うってつけの大会があるじゃないか。去年、それこそQuiet Girlsのメンバーで出場した、十代ゲーマーたちの登竜門が」
勝手に発言する社長に、桜花は細めた目を向けた。
「覚えております。さきほどわたしが言及した大会に、それも含まれております。その若手大会も、とくに競技志向の強いものではないのでしょう」
「いや、そんなことはないはずだよ。あの大会は、プロの卵たちが競い合う、国内最大のユース大会ということになっているはずだ。ぼくもそこまで詳しくはないのだが、去年あの大会で優勝したり、頭角をあらわした選手はかなりの数が国内外のプロチームに引き抜かれていたはずだ。そうだったよな、黒峰くん」
「ええ。有名ゲーム〈オートナイツ〉や〈スマテラ〉の部門では、優勝したのは赤城愛莉さんと同じ年齢の方でしたが、いずれも今年からプロ活動をはじめて、優れた結果を残しているようです」
突然関係のない業界の話を振られたはずなのに、当然のように求められた回答をする社長秘書、黒峰。
「みなさまにもわかりやすく説明するならば、電甲杯というのは、夏の甲子園のようなものですわ。優勝校のエース選手は、ほぼまちがいなく球団入りが望めるでしょう。もしも愛莉さんが優勝すれば、その例にのっとり、プロ選手になることは可能と思われますわ」
みずからの圧倒的な優位がゆらぐのを感じたか、桜花は、いよいよ苛立ちを表に出し始めた。