逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
その後のことである。
自由が丘の駅近くでシェアサイクルを返却して、なにはともあれ東横線に乗って代官山駅へと戻った俺たちを迎えたのは――いつかみた黒塗りの外車だった。
赤城さんを迎えに来た、社長の私用車である。
後部座席から出てきたのは、短髪のすらっとした女性だった。
「あっ、宇野ちゃーん!」
「愛莉」
なついているのか、赤城さんは彼女に飛びついた。
「愛莉。どういうことなのか説明してもらえる? わたし会社から連絡を受けて、愛莉を迎えに行くようにって言われていたんだけど、詳細がわかっていなくて。それに、会社のだれにも言うなって念を押されたし」
困惑する相手に、赤城さんは恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。
「えっとね……かんたんにいうと、あたし、お母さんに監禁されてたんだよね」
「えっ! 赤城専務に?」
「うん。で、それをこのふたり――あたしのともだちが、助けにきてくれたの。電甲杯、いっしょに出るメンバーなんだよ。あ、ふたりとも、こっちはあたしのマネージャーの宇野さんね! 超いいひとなんだよ」
なるほど、マネージャーさんだったのか。
赤城さんが紹介してくれて、俺たちはおたおたと挨拶した。
「で、うちにきてくれるまえに、社長さんに連絡して、もしも連れ出せたらいい感じに手配してあげてほしいってお願いしてくれたんだって。すっごい仕事できるくない?」
「それは、そうだけど。でも、どうして彼が社長の連絡先を?」
「あーっと、それはー……あれ、なんでだったんだっけ?」
首をかしげる赤城さんのかわりに、俺がかんたんに説明をした。
俺たちの電甲杯を応援している社長さんから個人的に連絡があり、ちょうど赤城さんと連絡が取れなくなる前日に、いっしょに食事をしたこと。
そして桜花さんが事の発端であった場合には、赤城さんは家に戻れないと思われるから、電甲杯の終了まで匿ってもらうことは可能かどうかをたずねたこと。
その結果、ここを待ち合わせのポイントとして指定されたということ。
「そうでしたか……。ありがとうございます、うちの愛莉のために」
「いえ、当然のことです。だいじなクラスメイトですし、チームメイトですから」
「そうですよね。おふたりも、本戦に出場するのですものね。……わかりました、そういうことなら、ここからはお任せください。責任をもって、愛莉を会場まで送り届けます。こちら、愛莉に持たせる社用スマホなので、連絡先を交換しておいてください。それと、こちらはわたしの名刺ですので、なにかありましたら」
おお……これは、しっかりとしたマネージャーさんのようだ。
赤城さんの会社のひとは、これまでひと味もふた味も違う社会人ばかりだったから少し心配していたが、ちゃんとまともなひともいるらしい。
宇野さんという名前を、俺はしっかり胸に刻みこんでおく。
「それにしても、そんなことになっていたなんて。電甲杯の一週間前は仕事をいれないって話だったから、わたしも連絡しないでいたのだけど、裏目に出ちゃっていたのね。社長秘書さんからいきなり電話が来たときは、いったいなにかと思っちゃったわ」
「社長秘書サン……って、そういえば、うちの玄関とこいたよね? あれ、なんだったんだろ?」
「……たしかに」
「てかいいんちょくん、なんか受け取ってなかった?」
赤城さんの言葉で、俺はようやくそのことを思い出した。
受け取ったというより、ポケットになにかを忍ばされていた。今も、そのままのかたちで右ポケットにある。
取り出してみると、一枚の封筒であった。
さらにそのなかには――。
「はっ!?」
「えっ」
「……これは」
俺と赤城さんと翠、三人ともが驚いたのも無理はない。
なかにあったのは、電甲杯本戦に出場するためのゴールデン・チケットだった。紛失すると例外なく失格になるという、なによりも大切な入場券である。
「ちょっと待って、あたしたしかにお財布に……。って、ない! なくなってるー!」
「ひょっとして、赤城さんのお母さんがスマホといっしょにチケットも没収していたのか……?」
封筒には、チケットのほかに走り書きのメモが入っていた。
いわく、
『ご優秀な赤城専務のこと、きっと大会の出場にはチケットが必要と聞いて、そちらも手にしたに違いないと思いまして。不詳黒峰、亜熊さんが青春をされているあいだに奪還しておきました。どうぞ、次からは肌身離さず持ち歩きますよう 黒峰玲子』
……このひと、エスパーかなにかなのだろうか?
「うわ、こっわー! てか、確認してなかったあたしもこわー! 全員こわー!」
「マネージャーさん。お聞きしたいのですが、あの秘書さんはいったい何者なのですか」
「ええと……わたしも、厳密には会社が違うのでよくわかっていないのですが、どうやら非常に優秀な方だとか。聞いたところだと、前職は必殺仕事人だったとか、某国のスパイだったとか……」
そんなわけないが、そんな噂が立ってしまうのも頷けるレベルである。
ともあれ。
そのあと、念のため電甲杯の当日に必要なものを各自で確認すると、とりあえずはおひらきということになった。
「きょう、ほんとにありがと。お礼も言い足りないし、まだちょっと話し足りないこともあるんだけど……でも、いったん後日でも、いいかな?」
「ああ。赤城さんは、よく休んでくれ。それと、練習のほうは……」
「ん。とりあえず、あしたとかはオンでチーム練ってことにしよっか。いいんちょくんの個人練も、完成じゃないけど、でもかなりよくなったしね」
笑顔で腕を振る赤城さんと頭を下げるマネージャーさんが車に乗りこんで、その姿がなくなると、俺は全身のちからが抜けそうになった。
いやに濃い一日だった……。
夕暮れの代官山が、なんだかいつもよりも赤くみえる。
「帰るか。翠も、いろいろとありがとうな」
「わたしは、ほとんどなにもしていない。とにかく一件落着でよかった」
ここまで付き合ってくれた翠には頭が上がらない。
具体的にあの家で起きたことを翠に説明しながら、俺たちは帰路についた。
そのようにして、赤城さん失踪事件は、いったんの解決となった。
あとから思い返すと、なんと偶然に助けられた部分の多いものか。
結局、あの日の社長との夜会がなければ、事の発端が赤城さんの母親ではないかと疑うこともできなかったわけで、俺たちは運がよかったというべきだろう。
もしくは――社長風の言い方をするなら、やはり赤城さんが持っている人物だということなのか。
その赤城さんとは、次の日の練習日にオンラインで参加して、ともに通してのチーム練をおこなった。
たった三日ほど空けただけなのに、ずいぶんとひさしぶりに感じられたのは、チームの結成以降、それだけ密に練習を重ねてきたということだろうか。
『たのしいっ! やば、ちょーたのしいんだけど! あたし、三日もルシやんなかったの人生ではじめてだったかも。脳、ぶっ飛ぶー!』
少し心配していた赤城さんの調子だったが、むしろ普段よりもテンションが高いくらいのもので、大会前の緊張はほとんど窺わせなかった。
プレイのはじめこそは多少のブランクを感じさせたが、いちど感覚を取り戻してしまえば、なんとも頼りがいのあるアタッカーとして活躍をはじめ、連戦連勝もいいところだった。
もとより心配していなかったが、この様子だと、彼女は本戦でも変わらずに大活躍してくれることだろう。
なお、ギャル博士により課題として言い渡されていた俺たちの個人練だが、集中特訓期間を経て、どちらも一定の成果を上げていた。
とくにめざましかったのは翠のほうで、プラチナ3までいければ上々という話だったのに、結果としてプラチナ5を踏むことになった。
これはかなりのものだ。はじめてのFPSということを考えると、驚愕するレベルだといっていい。
「わたしが思うに、このゲームの本質は、撃ち合いにはない」
という翠の下した結論も、俺はあえて否定するつもりにはなれなかった。
そう――ルシオンというゲームは、いわば場所取りのゲームだ。銃の撃ち合いは、もっとも勝率の高い場所を奪い取るための、ただの一手段にすぎない。
撃ち合いで勝てずとも、戦況をコントロールしてほかの部隊とぶつけたり、うまくアイテムを使って相手の攻め入る気をなくさせたり、欲しい場所を取るための手段はたくさんある。
つい敵部隊の殲滅にばかり考えがいく俺よりも、翠のほうがルシオンというゲームとの向き合い方においては正しいとさえいえるだろう。
では、肝心の俺のほうはどうかというと――。
委員長としてプレイするときの強さは、最後に赤城さんにみてもらったときは、だいたい六十パーセントくらいとのことだった。
わるくはない。だが、それでいてよくもない。
百パーセントの到達が無理だということはわかっていたにせよ、もう少し詰められたのではないか――。そう思えてならなかったが、ここまで成長できただけでも御の字だろう。
しょせんはイメージトレーニングを積んだだけには過ぎないが、本戦では、きっと予選のときほどのぶざまを晒すことにはならないだろう。
そういうふうに楽観できる程度には、俺も委員長の実力には自信がついていた。
そして、残りの数日が流れて――。
いざ、電甲杯の本戦を翌々日に控えた、練習後のこと。
ぴこんと、赤城さんからDiscordでメッセージが届いた。
愛莉:あのさ
:もしダメだったら、ぜんぜんいんだけど
:最後の練習日――いいんちょくんち、行ってもいいかな??
その文面をみたとき、ぴたりと、俺の動きが止まってしまった。
訪れたるは最後の関門――――ギャルの逆家凸イベントであった。