逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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77話 サーフブンガクダイカンヤマ

 決戦前日の昼。

 

 俺は、蔦に覆われた、おどろおどろしい外観の洋館を眺めていた。

 

 地元では幽霊館と呼ばれている、おもに小学生たちのあいだで有名な肝試しスポットである。

 

 俺が小学生のころから心霊現象の噂があり、一部のバカな男子たちに焚きつけられて、当時まだ仲のよくなかった翠といっしょに侵入させられたことがある。

 

 

 

 なお、その実態はまったく心霊スポットではない。たんなるコンセプト性の強いマンションであり、なかにはフツーに住民が暮らしている。もっとも、少し変わったひとが住んでいるのはたしかではあるが。

 

 俺たちの代ではその正体が明かされたが、いまだに肝試しの場として語り継がれているらしく、このあいだも小学生たちがマンションの前で幽霊がどうとかいう噂話をしており、なんというか心温まるものがあった。

 

 

 

 今、そのマンションの隣の通りから、女子高生がひとり、こちらへ向けてゆるやかな坂を下っている。彼女は俺の姿を認めると、大きな口を開けてぶんぶんと手を振り、駆け寄ってきた。

 

 その姿に大型犬を連想してしまったのは、なぜだろうか。

 

 

 

「いーんちょくーん! はろはろー、お待たせー!」

 

 

 

 昼下がりの日差しのなか、赤城さんは大きめのバッグを持っていた。その皮膚には、わずかに汗が浮かんでいるようだった。

 

 無理もあるまい。酷暑の真っただ中である。

 

 

 

「やあ、赤城さん。さっそくだが、入ってくれ。冷たい麦茶を出そう」

 

「ここが、いいんちょくんのおうち?」

 

「ああ。赤城さんのお宅と比べると古家もいいところだが、ここも住めば都だぞ」

 

「やー、そんなことないし……ってか、めっちゃ立派じゃん。それに、いいんちょくんの家らしいし」

 

 

 

 わが家をしげしげと眺める赤城さんに背を向けて、俺は思わずほくそ笑んだ。

 

 "委員長らしい"。どういうかたちであれ、そうした評価を得られるのは嬉しい。そう言ってもらえると、まるで俺の心はシャワーを浴びたように清々しくなる。

 

 

 

 ――――赤城さんの家凸。

 

 その目的は、「最後の仕上げのための合宿」であるらしい。

 

 いつもの十八時で終了するPCルームでの練習ではなく、寝る直前まで詰めに詰めたいとの御用達であった。

 

 

 

 このイベントの発生を知った昨晩の俺は、大急ぎで自室の大掃除と大改造に取りかかった。

 

 理由は当然、俺の部屋にはまったくといっていいほど委員長感がなかったからだ。

 

 大荒れというほどではないが、平均的な男子高校生の部屋といえる程度には物が散らかっている。

 

 それだけならまだしも、普段から勉強しているような痕跡はほとんど見受けられず、至るところに放ってある漫画や、ブックオフでがんばって集めた好きな芸人の古いDVDなど、逆委員長もいいところといった有様であった。

 

 

 

 きちんと準備ができたおかげで、現在の俺の部屋は、完ぺきな仕上がりとなっている。だれがどうみてもここには堅物の委員長が住んでいるに違いないと思う、単調でつまらない部屋が爆誕してしまった。

 

 そのかわりに余計なものを詰め込んだクローゼットのなかがすごいことになってしまったのだが、そこさえ開けられなければ問題ない。

 

 

 

 それに、である。

 

 今回のイベントで、俺はある計画をもくろんでいた。

 

 うちに来たいという申し出があったときは嘘の事情をでっちあげて断ろうかと思ったものだが、すぐに思い返したのである。

 

 

 

 すなわち、これはチャンスであると。

 

 赤城さんの俺に対する認識を正常に戻すための、貴重な機会であると。

 

 さきほど赤城さん自身が言っていたように、このごろ俺たちは密に過ごしすぎたせいで、さすがの俺も、ボロを出してしまった部分がいくつか散見されていた。

 

 そのせいで、カラオケのときなどは、赤城さんに無理をして委員長像を演じていないかと勘繰られるようなハメにまでなってしまっていたわけだ。

 

 

 

 そもそも俺が配信者の匿名熊だとバレていることや、いっしょにゲーム大会に出るという圧倒的な委員長イメージのディスアドバンテージを背負っていることはしかたがないが、そうだとしても、ここいらで俺がいかに委員長的な暮らしぶりをしているかということをよくご理解いただき、その認識を改めてもらう必要があるだろう。

 

 

 

 そのような思惑から、彼女を迎え撃つかたちで招待するに至ったわけだ。

 

 

 

「いいんちょくん、おうちのひとはいないんだっけ?」

 

「ああ。ばあちゃん――祖母が、きょうはめずらしく昼から出ていてな」

 

 

 

 それも、赤城さんを呼びやすい理由のひとつだった。ばあちゃんがいる場合は、あることないことを彼女に吹きこまれる可能性があり、危険だといえる。

 

 

 

「わ。このへん、凝ってるね。これ、なんだっけ。盆栽? まさかいいんちょくんが?」

 

「ああ。祖母の趣味だが、俺も手伝うかたちで齧っているよ」

 

「へー! すごいね、しぶーい!」

 

 

 

 門から玄関にかけての移動でも、しれっと委員長ポイントを稼ぐ俺。ちなみに前庭を手伝っているのは事実だが、盆栽は全然やっていない。

 

 いやまあ、委員長が盆栽をやるものなのかは俺も知らないが、やっていたほうがちょっとだけ委員長っぽいような気がするからな。

 

 引き戸を開けると、赤城さんは礼儀正しくぺこりと頭を下げた。

 

 

 

「おじゃましまーす! わー、なんか、いいんちょくんのにおいする!」

 

「え……そうか?」

 

「あたし、鼻いーんだよね。すんすん……うん、あたしの推理だと、まちがいなくここにはいいんちょくんが住んでいるよ」

 

 

 

 たしかに、俺の知るかぎりでもここには長らく俺が住んでいるな。

 

 それにしても、においがどうとか言われると恥ずかしいものだな。

 

 あらためて、俺もまた鼻をすんすんとかいでみた。

 

 

 

「だめだ。俺には、味噌汁のにおいしか感じ取れないな」

 

「お味噌汁?」

 

「ああ。ほら、その奥のキッチンで」

 

 

 

 俺が顎で指すと、なにかを察知したらしい赤城さんが、しゅばっと向かった。

 

 からりと、引き戸を開ける。

 

 と、そこにいるのは――翠である。台所に立っており、ちょうど味噌汁の味をみているところだったようだ。

 

 

 

「翠ぴーーー!!!!」

 

「突撃はやめて。熱いお湯をかけられたくなかったら、触れるのも禁止」

 

「いやーん、さっそく釣れないじゃーん♡ てか、エプロンやっっばっっ」

 

「? どこも変じゃない。汚れてもいないはず」

 

 

 

 自分の姿を確認して首をかしげる翠。

 

 

 

「や、そういうイミじゃなくて……ねぇいいんちょくん、翠ぴ、エプロン姿だよ? しかもフリルのやつだよ?? 超かわいーよ???」

 

「ああ。台所に立ってもらうときに、翠がいつも着ているものだ」

 

「み、みなれてるってことね……うーーん、これはいいのか、わるいのか……」

 

「へんなひと。どいて」

 

 

 

 翠は鍋の火を止めると、手際よくそうめんをザルにあげた。冷水を流して、ぬめりを取ってから水気を切る。

 

 あらかじめ用意していためんつゆと薬味、それに昨晩ばあちゃんが揚げたナスの天ぷらと作ったばかりの味噌汁――立派な昼飯が、食卓に並んだ。

 

 くきゅるる、と赤城さんのおなかが鳴った。

 

 

 

「え、あ、うそっ。はず……っ!」

 

 

 

 縮こまる赤城さんをよそに、翠は俺の服の裾を引いた。

 

 

 

「ごはん、できた。クマ、食べよう」

 

「翠にしてはめずらしいな、皿の出し忘れをしているじゃないか。ふたり分しかないぞ」

 

「これで合っている。わたしの知るかぎり、そのひとはメロンパンにしか興味がないから、おそうめんは食べないと判断した」

 

「うぅ。翠ぴのいじわるっ! てか、いっしょにサンドイッチとかも食べてるし!」

 

 

 

 翠がこういう冗談を言うとは、ほんとうにめずらしいな。

 

 俺はなぜだか嬉しく思いながら、赤城さんのぶんの食器を出した。

 

 

 

「着いてさっそくということになってしまったが、赤城さんも食事でかまわないだろうか」

 

「りょ! てかありがと、うれしー、やったー!」

 

 

 

 にこにこ笑いながら、赤城さんは手を洗いに行った。

 

 

 

 

 

 食事は、滞りなく済んだ。

 

 つるつるのそうめんを食べながら、赤城さんは会社に用意してもらったという、新宿のホテルについて話した。

 

 

 

「なんかねー、〆切前の作家さん? とかを缶詰にする秘密のホテルなんだって。あやしーと思ったけど、ぜんぜん快適で、なんかいい感じだった! 豪華なネカフェみたいで」

 

「ネカフェ、行ったことがない」

 

「俺もだ」

 

「えー、そうなん? あ、じゃあこんどいっしょ行く?」

 

 

 

 俺は、丁重にお断りした。なぜなら俺の委員長マニュアルにはネカフェにおける適切な立ち振る舞いは載っていないからだ。

 

 

 

「だからさ、そのホテル、昨日みたいに声出してゲームもできるし、ネット環境もいいし、ついてるごはんもおいしいんだけど……でもやっぱ、さびしくなっちゃってさー。もうあたし、翠ぴに会えないとダメなカラダになっちゃったみたい……責任、取って?」

 

「そう。わたしはあなたに会わなくても二百年くらい平気」

 

「これこれ! これがないとダメなんだよね~」

 

 

 

 完食すると、赤城さんは俺の淹れた緑茶をひとくち含み、ほっこりした様子で言った。

 

 なお、小皿には赤城さんがおみやげに買ってきてくれた小さなチーズサンドが置いてある。俺も翠もいただいたが、大変に美味だった。

 

 

 

「はー、おいしかったー、ごちそうさま。おそーめん、ひさしぶりだった! しかもこれが翠ぴの手作りだっていうんだから、感動もひとおしってやつ?」

 

「へんなことをいわないで。それにひとおしではなく、それを言うならひとしお」

 

「えーいいじゃん、あたしが翠ぴを推してるってことで! あたしはひと推し派だなー」

 

「正確な言葉を使うことに派閥は存在しない。……こんなに会話が通じないひとと一か月も行動をともにしているなんて、自分で自分が信じられない」

 

 

 

 若干イラっときていそうな翠と、満面の笑みの赤城さん。

 

 このふたりの意外な相性のよさには、いまだに驚かされるばかりである。

 

 

 

「さて、食事も済んだし、さっそく練習しようか。俺はちょっと、自分の部屋で準備を――」

 

「いいんちょくん、部屋いくの? え、みたいみたい!」

 

 

 

 なぜだか赤城さんのテンションが上がる。

 

 しかし、俺に動揺はなかった。むしろ、かかってこいという気概だ。

 

 

 

 食卓を出て狭い廊下を渡った先にある自室へ、俺は向かった。

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