逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~ 作:ロカイクオ
俺は、自信満々に扉を開けた。
広がっているのは、なんどみても惚れ惚れする、模範的な委員長の部屋である。
きれいにセッティングされたベッド。
ちりひとつ落ちていない床。
整理整頓されすぎていて逆に使っているのかあやしい参考書群。
勉強用の机と、足元にタワー型のデスクトップPCが置いてある広い台。
コルクボードには、学校の時間割と夏期講習合宿のお知らせの紙。
……完璧だ。
なんのおもしろみもない、飾り気ゼロのクソつまらない部屋。
正直まったく住みたいと思えないが、赤城さんを招いているという今この状況においては、これ以上の部屋は存在しないといっていい。
なお、部屋の中央に持ってきた背の低い丸テーブルには、別途パソコンが置いてある。翠のプレイ用に物置から出してきたものだ。
俺が今のPCを買う前に使っていた少し古い型で、モニターもあまりいい性能とは言えないが、本日のような臨時の際に使用するぶんには問題のない代物だ。
「ここが俺の部屋だ。赤城さんが持ってきたというゲーミングノートPCだが、そこの勉強机にセットするのはどうだろう。じゅうぶんにスペースはあると思う」
あまりの会心の出来に、おそらくドヤ顔になって振り向いてしまった俺。
が、そこにすでに赤城さんの姿はなかった。
赤城さんは俺の部屋のまんなかで、くるくると室内を見渡していた。
「へー、ここがいいんちょくんの部屋なんだー。ふーん、いいねー」
「ああ、自分でもなかなか気に入っているよ……って、なにをしているんだ?」
「ちょっと、本棚みーして。んー……あれ? ないじゃん」
「ないって、なにがだ?」
なぜだか本棚を物色しはじめた赤城さんに、俺は訝る。
「『シンドラーと針の王』! 前さー、いいんちょくんが配信してたときに、一瞬雑談して、漫画だとシンドラーが好きで、全部持ってるって言ってたじゃん? なのに、ないなーって」
なに……ッ!?
俺の全身に、衝撃が走った。
赤城さんが言っているのは、けっこう前の『匿名熊』の配信――かなり不評だったから一発でやめたルシオン以外のゲームの声あり配信――で、俺がコメントの質問に向けて話した内容のことだ。
たしかに、俺は『シンドラーと針の王』という漫画が好きだ。砂の国で使用人として働く青年シンドラーが、ある日主人の大切にしていた魔法の針を指に刺してしまい、魔人の力をその身に宿すことになる、ミステリーテイストのバトル漫画である。
よく読み返すから部屋のあちこちに散らばっていたのだが、漫画の所有はあまり委員長らしくないと思い、まとめてクローゼットに突っ込んでおいてある。
そう――魔境である、俺の背後のクローゼットに。
さすがは赤城さんだ。前から記憶力がいいとは思っていたが、そんなどうでもいいことまで覚えており、あまつさえ初手からその弱点を突くとは。
くそ。冷静になってみれば、赤城さんは俺のゲーム趣味のこともとうに知っているわけだし、漫画くらいはあったほうが自然だったか……!
「あたし、いいんちょくんの配信でタイトル知って、興味湧いて読んだんだけど、途中で止まっちゃってたんだよね。おもしろかったから、もし続きがあったらみせてもらおーかなって」
「あ、ああ。あの漫画は、いろいろあって手放してしまってな、もうなくて……」
そう答えつつ、気持ちクローゼットの前に移動してしまったのは、俺の浅はかな行動だったといえるだろう。
勘のいい赤城さんが、ピコンとその耳を立てた。
しゅばりと寄ってきて、俺の背後をうかがう。
「いいんちょくん、なに隠してんのー?」
「な、なにも隠してなどいないが」
「だったらー、そこみーして♡」
「ここはただのクローゼットだ。俺の服がしまってあるだけで、なにもたのしいものはないよ」
「ふふ、ほんとかな?」
赤城さんが、反復横跳びを開始する。
負けじと、俺も反復横跳び。
さすがは赤城さんだ。ゲーマーとは思えない運動能力だが、ここは負けるわけにはいかなかった。このなかをみられた瞬間、俺の委員長像は、それこそシンドラーの魔人の能力のように砂となって崩れ落ちてしまうだろう。
「あ、赤城さん。こんなことをしていないで、練習しなければ。あしたはもう、電甲杯の本番なのだから……!」
「うん……! 正直あたしもそう思うんだけど、なんか――たのしくて!」
「なにがたのしいんだ……!」
「わかんない! あはは、ダンスみたいになってきた!」
きゃっきゃと無邪気に笑う赤城さんだが、そのかわいらしい顔が今ばかりは悪魔的にみえる。
俺が困り果てていると――。
「いったい、なにをしているの……!」
ものすごい速度で伸びた腕が、赤城さんのからだをバシッと止めた。
「にゃああああっ、翠ぴ!」
「わたしがお昼の後片付けを申し出たのは、あなたが環境の構築を済ませて迅速に練習へと移るため。そしてわたしたちが練習するのは、あなたにいっしょに戦ってほしいと頼まれたから。なのにそのあなたが準備もせずにクマと遊んでいるのは、この世のすべての道理に反している」
まるでシンドラーの呪文の詠唱のように早口の叱責であった。
首根っこを掴まれた赤城さんは、ごめん!ごめん!となんども謝った。
「翠ぴ、なんで頭をわしゃわしゃすんのー! せっかく整えてきたのにぃ」
「これは一種のマッサージ。頭がよくなって論理的な思考になるツボを押している。向こうで本格的に施術を開始する」
「やだ、なんかこわい! たすけて、いいんちょくん!」
ずるずると赤城さんが引きずられていき、俺は九死に一生を得た。
ナイスだ、翠。やはり、翠はいつも俺を助けてくれる。
ともあれ、鬼の居ぬ間に洗濯である。掃除機を持ってきた俺は、うまくクローゼットの内側に配置して、つっかえ棒となるように調節した。
あとで開けるときに骨が折れそうだが、これで赤城さんの好奇心に震える必要はなくなったといえるだろう。
なお、それから五分ほどして戻ってきた赤城さんだが、やけにすっきりした顔で「なんか頭よくなった気がする!」と言い、てきぱきとPCの配置をはじめた。
……もしもほんとうに効果があるのなら、俺も試験前は翠に頭のツボ押しをしてもらおうか。
その後は、いつもどおりのチーム練がはじまった。
部屋には、三つの有線LANケーブルが伸びている。
大きめのゲーミングノートにお気に入りのキーボードとマウスを接続して、俺の勉強机でプレイする赤城さん。
床にぺたりと座ってコントローラーを握る翠。
そして、いつもの慣れた場所で、委員長モードに入ってゲームする俺。
この民家のもっとも広い部屋をあてがってもらっているとはいえ、三人もいるとなると、なかなかの密集具合だった。
赤城さん――白衣を脱いだギャル博士、もといギャルコーチには、俺の最後の個人練をみてもらった。数戦だけ観戦してもらい、
「――うん、めっちゃいいと思う。はじめとは比べ物になんないくらい、匿名熊にプレイが近づいたよ! すっごい頼りになりそう!」
と、そういう評価をもらった。
点数は、告げられなかった。あくまで俺の感覚では、普段の六十パーセントか、それ以下かというところだ。
これが及第点に達しているのかどうかは、俺にはわからなかった。
電甲杯で通用するのかどうかというのも、いまいちわからない。
それでも、俺はやれるだけのことはやった――そう思えるくらいには、委員長はゲームを習得することができたのではあるまいか。
もう、予選のときと同じ轍は踏むまい。
ともあれ。
ひとたびプレイをはじめると、時間が消えてしまうのがルシオンの悪いところである。
本番を想定したチーム練を重ねるうちに、きづけば外は暗くなっており、俺たちの腹はふたたび空いていた。
「晩ごはんさー、ジャンクでもいい?」とたずねてきた赤城さんにうなずくと、数十分ほどして届けられた宅配ピザをみんなでつまみながら、休憩を取る。
メインで使う構成と、あすの前半戦で採用する予定の少しトリッキーな構成を、最後にもういちどだけ話し合う。
そしてまた、練習に次ぐ練習へ――。
「よっし、三連続ちゃんぴおーん!」
最後のマッチが終了して、赤城さんが大きくバンザイした。
ふう、と俺も息をついてマウスから手を放した。
俺たちが戦っていたのは、マスター帯だった。
ルシオンでは、パーティ内のランク格差が二段階までのときはいっしょにランクマッチがプレイできる。このあいだ翠がプラチナになったことを受けて、ハイレベルな環境でチーム練ができていた。
そして、そのマスター帯で、目標としていた三連続チャンピオンを獲得することができた。たしかに野試合ではあるが、それでもむずかしいチャレンジだ。
たった一か月強の練習期間でここまでうまくプレイできるようになったのは、かなり満足のいく結果といえるだろう。
「おつかれー! やー、最後さすがに仕上がった感じすんねー。みんな、めっちゃよかった! 翠ぴも、あたしこんなセンスプレイヤーみたことないかも!」
翠が、軽く目をこすった。
「さすがに、目に少し負担を感じる」
「え、だいじょうぶ!? ごめんねー、ちょっと連続しすぎちゃったかな。おふろで目とかあっためたほうがいいかも!」
「そうしようかと思う。クマ、いい?」
「ああ、もちろんだ。さっき湯を張っておいたから、ぞんぶんに休んでくれ」
これまでは一日八時間と決まっていた練習だが、本日は最終日というのもあり、時間を延長していた。そもそもはじめたのが遅めだったので、いつもよりも終了時間はずっと遅くなっている。
おかげで、窓の外はもう真っ暗だ。
「あしたは、十時に渋谷の会場に集合だったか。しっかり疲れを取るためにも、きょうは早めに休むことにしようか」
かりに俺が委員長でなかったとしても、あすばかりは遅刻厳禁だ。
ちなみに赤城さんだが、彼女もうちに泊まっていくことになっている。
とはいえ、心配はいらない。寝床は向こうにある客間で、しかも翠といっしょだからだ。
もっとも、翠はかなり抵抗していて、ホテルに戻るメリットをいくつも挙げていたが、すべて赤城さんの耳を素通りしてしまったようだった。
俺としては、これまで学校や練習にときおり遅刻する赤城さんをみてきたから、ここからいっしょに行くほうが安心できるというのが本音だった。
「いいんちょくん。ごめんけど、タオルもう一枚借りられる? おふろで使いたくって」
「ああ、もちろんかまわない……が、今は翠が入っているから、もう少しあとでいいか」
「ふっふっふー。なにを言っているのかな、いいんちょくんは。だからこそいいんじゃないですの!」
赤城さんはにんまりとした笑みを浮かべると、スキップまじりに浴室のほうへと向かっていってしまった。
のちに響いたのは、翠の悲鳴であった。
俺は、唖然としてしまった。
すまない、翠……それとも、今からでも止めに行くべきだろうか?
いや、そんなはずはないだろう。女子ふたりの入浴に介入しようとするなど、委員長的な行動の真逆もいいところだ。というか、へたすると訴えられる。
部屋を片づけていると、廊下の向こうから微妙にかしましい声が聞こえてきて、俺は苦笑するほかないのであった。
――――夜のことだ。
俺は、自分のベッドで目を見開いて、天井を眺めていた。
……いよいよあすが本番だと思うと、どうも寝つけない。からだがどことなく熱いのは、興奮してしまっているからか。
せっかく、本日はめずらしく涼しげな夏の夜だというのに。
タオルケットのなかで、俺は耳を澄ませた。
もう、客間からほんのちいさく届いていた話し声はしない。ふたりとも、眠ってしまったのだろう。
と、思っていた矢先。
床が、わずかに軋む音がした。気のせいかと思いきや、その音が続く。
――だれかが、この部屋に向かっている。
俺が緊張を覚えるやいなや、扉がほんのわずかに開いた。
「いいんちょくん。まだ、起きてたりする……?」
俺のいる暗がりに向けて、その声が届いた。
返事をすると、顔をあらわす。
カーテンの隙間から差す月明かりが、赤城さんの恥ずかしそうな表情を照らしていた。
家凸回の、EXステージ。
――ギャルの深夜襲来であった。