逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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79話 『柔らかくて濡れている』

 俺と赤城さんは、横並びで座っていた。

 

 

 

 ふたりして、同じ方向を向いている。

 

 庭に出るための窓は、ほんの少しばかり開いていて、外の音を連れてきていた。

 

 虫の声、風の音、そしてはるか遠くの町の喧騒を。

 

 

 

 ここは、わが家の縁側である。

 

 ちょっと話したい、という突然の赤城さんの要請を受けて、俺が連れてきたのがここであった。

 

 どうやら翠はすでに眠ってしまっているらしく、客間と位置が近い居間は適していないだろうと思い、この場所を選んだ。

 

 

 

 ちなみに自室だが、それはありえなかった。

 

 深夜に自分の部屋で赤城さんとふたりというのは、なにが問題かというと難しいがとにかく問題がある気がしてしまったから、場所の移動は正しかったはずだ。

 

 

 

 ちらりと横目でうかがうと、そこには赤城さんの横顔がある。シャープな輪郭。さきほどまで入浴していたせいか、いつもよりしっとり感のある毛先を、指で遊んでいる。

 

 じつは、俺はこれまで意識して赤城さんを横からみようとはしていなかった。

 

 理由はほかでもない。

 

 彼女の横顔が、こわかったからだ。

 

 あのとき俺が覗いてしまったときと、同じ角度だったからだ。

 

 

 

「ごめんね、寝ようとしていたところだったのに」

 

「いいんだ。うまく眠れなくて、困っていたところだったから」

 

「いいんちょくんも? いっしょだね。やっぱり、あしたは大会があるから?」

 

 

 

 そのとおりだ。俺はうなずきで返した。

 

 

 

「なら、理由はちょっと、違うかも。あたしが眠れなかったの……いいんちょくんに、言わなきゃいけないこと、言えないでいたから、だったから。ずっと言おうと思ってたんだけど、タイミングわかんなくて」

 

 

 

 言わなければならないこと。

 

 ……見当はつくが、当たっているのかどうかは自信がなかった。

 

 

 

「いいんちょくん」

 

「はい」

 

 

 

 赤城さんは、わざわざ俺のほうを向きなおした。

 

 

 

「ごめんなさい。――あたし、嘘ついてました」

 

「……というと?」

 

「いいんちょくん、あの社長サンと話したんだよね? だったら、もうわかっているのかもしれないけど……あたし、べつにプロになりたいから電甲杯に出たいわけじゃなかったの。嘘ついて協力してもらって、ごめんなさい」

 

 

 

 深々と頭を下げられて、俺はしばらく赤城さんのつむじをみることになった。

 

 ……反応に困るというのが、正直な感想ではあった。赤城さんの言うとおり、すでに概要は知ってしまっている。

 

 そしてもちろん、気分を害していたなどということも、毛頭なかった。

 

 

 

「頭をあげてほしい、赤城さん。俺は、まったく気にしていない」

 

「……ん、まあ、いいんちょくんはそう言ってくれちゃうような気はしていたんだけどね。さっき、翠ぴにもちょっと話したんだけど、気にしてないどころか、『そもそもわたしはあなたの参加動機を確認してすらいなかった』とかって言われちゃってw だから結局、あやまるのも自己満な気もするけど……でも、嘘ってよくないしね」

 

 

 

 立派な考えを口にする赤城さん。ほんとうに立派である。

 

 俺みたいな嘘つき人間とは真逆もいいところだ。

 

 

 

「まあ、とか言ってもちょっと事情がフクザツで、結果的にはプロをめざすことにはなっちゃってるんだけど……」

 

「ああ。だから、なんなら俺はべつに嘘であるとも思ってはいなかったよ」

 

「や、それもヘンな気がするけどw」

 

 

 

 一転してリラックスした表情で、赤城さんはふたたび庭に向き直した。

 

 

 

「Quiet Girlsのことって、いいんちょくん、あんまよくわかんないよね?」

 

「そうだな、そこまで詳しくはない。だが、メンバーはわかるぞ。赤城さんと、中国系のかっこいい雰囲気の人と、それと声が特徴的な……」

 

「萌え声はみるっちねw で、中国人のほうはシャオ姉。ふたりとも、めっちゃいいチームメイトだよ。でも、どっちも途中加入っていうか、もともとのQGには関係ないんだ。QGはね、あたしが小学生のときに、あたしのパパの会社で広報活動をしていた、今でいうeスポーツチームだったんだ」

 

 

 

 それは初耳だった。社長からも聞いていない話だ。

 

 

 

「あたし、はじめて本気でやったゲームって〈テトラムーン〉だったんだけど、それを教えてくれたのが、あたしのパパで……。まあ、教えてくれたっていっても、パパはへただったんだけどねw 小4のときだったかなぁ、テトラムーンの大会に出てみたいって言ったら、パパが連れていってくれて。そのときにつけてくれたのが、Quiet Girlってチーム名だったの」

 

「そうだったのか。由来は?」

 

「ちょっとウケるよw あのころのあたしって、めっちゃ小学生らしいっていうか、すっごいうるさいこどもだったんだけど、ひとりでゲームしてるときだけはびっくりするくらい静かだって。それで、Quiet Girl(おとなしい女の子)」

 

 

 

 赤城さんがくししと笑い、俺もニヤっとした。

 

 ぴゅうっと窓の隙間から風が入ってきて、赤城さんの前髪が揺れた。それを撫でつけるようにして整えると、赤城さんは「パパの話、ちょっとしていい?」と言った。

 

 俺は、彼女の話を聞いた。

 

 

 

 

 

 幼少期の赤城さん――そう聞いたとき、自然と風貌が目の裏に浮かぶ。これは勝手な俺の印象だが、赤城さんは雰囲気がおとなっぽいだけで、顔立ちそのものはどちらかというと幼げだから、そのまま背が低くなったような感じだろう。

 

 もっとも、髪は染めておらず、もちろん黒髪だったのだろうが。

 

 性格は、当人曰く「男勝りで、やんちゃ……ぼうずはヘンだから、ぼうこ?」とのことだ。もっぱら運動が好きで、走り回ってばかりで、ありあまるエネルギーの発散場所に困っていたように記憶しているのだという。

 

 

 

 そんな小学生当時の赤城さんには、ひとつの悩みがあった。

 

 両親のことだ。

 

 赤城さんには、父親がいなかった。厳密にいえば、法的な父親がいなかった。赤城さんのお母さん――桜花さんは、シングルマザーとして赤城さんを生んだものの、親子の傍には父親がおり、当時から仕事に忙しかった桜花さんのかわりに、子育てには全面的に協力していたようだ。

 

 だがそれでいて、ふたりはついぞ結婚せずじまいだったという。

 

 ……まあ、かなりふしぎな話ではある。

 

 

 

「あるあるかもだけど、昔はヘンだって思ってなかったんだよね。だって、苗字はちがうけどパパママはいるわけだし。なんかわかんないけど、おとなの事情があったんだろうなって、こどもながらに納得してたっていうか」

 

 

 

 赤城さんが小学何年生かになり、以前ほどには手がかからなくなると、父親もそれほど姿をあらわさなくなったという。

 

 住居は、今とはちがい自由が丘のあたりではなかったらしい。赤城さんと桜花さんが暮らしていたマンションから、そう離れていない場所に、父親の家があった。

 

 そして赤城さんは、そこに頻繁に遊びに行っていたという。

 

 勉強しろ、おしとやかにしていなさい、と口うるさい母親から逃れるようにして、自分を甘やかしてくれる父親のところに行っては、好きに遊んでいたそうだ。

 

 

 

「今ではわかるんだけど、たぶん、パパとママが結婚しなかったの、お金の問題だったんだよね。パパ、事業の失敗かなにかで、すごい額の借金をしていたみたいで……だから、あえてママと結婚しなかったんだと思う。迷惑をかけるからって」

 

「でも、赤城さん。さっきQuiet Girlsはお父さんの会社で、って……」

 

「そ。だから、えっと、零細っていうのかな? 借金はあるけど、破産とかはしないでどうにかお金を集めて、また事業をはじめたのが、あたしが小学生のころだったみたい。会社はね、A.Q.って名前で、由来はふたつ。ひとつはね、あたしの名前だって。Aがあたしの名前のAiriからで、QはQuietから取ってつけたんだって教えてもらって……嬉しかったなぁ」

 

 

 

 流れゆく雲が濃くなり、夜が深まっていくなかで、赤城さんの橙色の瞳は、むしろその輝きが増しているように、俺の目には映った。

 

 

 

「もうひとつの由来は?」

 

「A(エー).Q(キュー).で、永久だってさ。オヤジギャグみたいだよねw しかもさ、なんか裏目ったみたいで……長く続く会社には、ならなかったんだ」

 

 

 

 暗い夏の夜の縁側で、赤城さんはどこか遠くをみているようだった。

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