逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーがゲーム大会に出場して無双する話~   作:ロカイクオ

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80話 内緒のハナシ

 ある日のこと、赤城さんは父親にあることを頼まれたのだという。

 

 それは、会社の広告塔として、ユニフォームを着て大会に出てくれないかという話だった。

 

 

 

 当時、テトラムーンの大会はかなり盛況だった。

 

 家庭用のゲーム機でプレイできる、一風変わったシステムのFPSゲームで、おとなのみならず、全国の小学生たちがすさまじく熱中したものだった。

 

 国産のFPSゲームにしてはめずらしく、こどもだけが参加できるタイプの大会も多く開かれており、赤城さんは毎週のように父親につれていってもらっていたらしい。

 

 

 

 その活動を続けるうちに、赤城さんは少しずつ有名になっていった。

 

 火付けとなったのは、とあるネット記事に取り上げられたことだったという。

 

 

 

「ゲームがうまくてとにかくかわいい」

 

「テトラムーンの天才少女」

 

「国内テトラ界最強美少女あらわる」

 

 

 

 そんな人目を惹くタイトルの大会レポート記事がSNSでシェアされて、おおいにバズった。

 

 気軽にインタビューを受けた当時の赤城さんが、優勝記念でもらったばかりのトロフィーを片手にウインク&ピースをしている様子は、今でもインターネットを掘ればみつかるのだという。

 

 

 

 いつのまにか、赤城さんが足を運ぶ大会やイベントには、ファンが応援に来るようになっていた。知らないひとからプレゼントをもらい、サインを頼まれるようになり、インタビューしたがるおとなの数は、倍々で増えていった。

 

 それらすべてに、赤城さんは笑顔で応えた。

 

 はろはろー、という適当に決めてしまったお決まりの挨拶とともに手を振ってはじまり、最後にはかならず、ユニフォームのロゴを相手にみせた。

 

 パパの会社を、どうかよろしくおねがいします――。

 

 そう言って、ぺこりとていねいにおじぎしていた。

 

 

 

 

 

 そこまで聞くと、ただのいい話であるように思える。

 

 たしかに家庭環境は特殊かもしれないが、仲いい親子の活動が描かれているだけだと、そういうふうに解釈することができる。

 

 

 

「……あたし、今もそうなんだけどさ。当時から、浅はかもいいとこっていうか。有名になるっていうのがどういうことなのか、よくわかってなかったんだよね。だから、法律上は父親じゃないひとと行動して、テレビとかのメディアに向けていろいろ自由に言うっていうのが、どういう意味を持つのか、よくわかってなくて」

 

 

 

 赤城さんが浮かない顔でそう言うのは、もちろん、そこに問題が生じてしまったからだろう。

 

 赤城さんのお母さん――桜花さんは、娘が知らないあいだに一部の界隈で人気になっていることを、けしてよく思わなかった。

 

 自分がシングルマザーなだけではなく、相手の男性がこどもとは平然と遊んでいることを、公私問わず周囲のさまざまな人間に知られてしまい、おそらく不愉快な思いをしたのだろう。

 

 

 

 桜花さんは活動をやめさせようとしたが、赤城さんは断固として拒否した。

 

 それは、父親のことが好きだったからでもあるし、自分が唯一輝けるゲームの大会という居場所を奪われたくなかったからでもあった。

 

 母と娘の仲は、徐々に悪化していった。

 

 そうした状況を受けて、赤城さんのお父さんがどう対処しようとしていたのかは、結局わからないままだったという。

 

 なぜなら――。

 

 

 

「――失踪」

 

 

 

 と、俺は赤城さんの言葉を反復した。

 

 

 

「そう。パパ、いなくなっちゃったの。ある日、突然。あたしにも、なにも言わないまま。結局、借金はどうにか返せてたっぽいんだけど、数人だけいた従業員のひとたちは、突然のことにとにかく右往左往っていうかんじで」

 

「それは……なんといえばいいのか」

 

「わかんないよねw あたしも、わかんない!」

 

 

 

 それこそ困ったような笑みで、赤城さんは俺に向けて首をわずかかたむけた。

 

 

 

「あのときはショックだった気がするけど、今は、なんだろ。いつかは帰ってきてくれるって思えていて。そのときに、なんでいなくなっちゃったのか聞ければいいやって思っているんだよね。それに……パパがあたしに教えてくれたことって、どれもあたしのなかにすごい残っていて。パパが悪人なんかじゃないし、無責任なひとでもないってわかっているから、なんか事情があるんだってことは、疑ってなくて」

 

 

 

 うつむきながら、まるでそこに書かれているはずのカンニングでも探すかのように、赤城さんは自分の掌をなんどもなぞった。

 

 

 

「それで……Quiet Girlは、どうなったんだ?」

 

「――買われたの。ほかの会社に。そのままの名前でいいから、うちの会社のロゴをつけて、引き続き大会に出てくれないかって。はじめは、たしかパッドとかの周辺器具を作ってる会社だったかな? そのあとも、いくつか転々と」

 

 

 

 Quiet Girlは、べつの場所に旅立つことになった。

 

 赤城さんは、言われるままに活動を続けた。新しくボスとなった会社の意向で、いっしょにプレイしてほしいというチームメイトがあらわれると、Girlsという名前にマイナーチェンジすることになった。

 

 そのうち大会に出るだけではなく、べつのタレント的な活動も頼まれるようになった。スポンサーの直接的な広報や、PR動画の出演などもするようになった。

 

 しかし、どういう仕事が増えても、ゲームに真摯な態度だけは崩さなかったおかげか、QGのファンは増え続けた。

 

 

 

 最終的には、赤城さんは配信者をサポートする事務所に所属することになった。

 

 そこからは、俺も知っているQuiet Girlsだ。

 

 アイドル顔負けといわれるほどにビジュアル売りができる赤城さんと、彼女に負けないだけの魅力がある女の子たちをチームに入れて、活動を続けた。

 

 配信の人気は留まるところを知らず、ついにはアーティストデビューまでして、そのときのMVがみごとにバズったこともあり、今やマルチタレントとしての旋風も巻き起こそうとしている。

 

 

 

「仕事の中身は、べつになんでもよかったの。とにかく、あたしがこれだけは守ろうと思ったのは、ふたつだけ。あくまでメインの活動はゲームにするってことと――それから、Quiet Girlっていう名前だけは、絶対に残してもらうこと」

 

 

 

 だってそうでしょ? と、赤城さんは言った。

 

 どこでパパがあたしをみているか知らないし、向こうは、あたしがパパをどう思っているのかも、きっとわからないから。

 

 だから、自分の気持ちがあのときとなにも変わっていないってことを、せめてわかりやすいかたちで示し続けていないと――――。

 

 

 

「いいんちょくん。テセウスの船って、知ってる?」

 

「ああ。たしか、思考実験の話だろう」

 

「あは。やっぱ、頭いーんだ。あたしは、こういう考え方ってほかにないのかなと思って、前にがんばって調べて知ったんだけど」

 

 

 

 俺も、翠から聞いたことがあるだけだ。

 

 それは、有名なパラドックスの話であるそうだ。テセウスという男の船が、修理のために次々とべつのパーツに変えられていく。

 

 最後に残っていたパーツもすべて交換してしまったとき、それは果たして同じ船と呼べるのか――もしそうではないとしたら、いつべつの船に変わったといえるのか。

 

 たしか、そうした話だったはずだ。

 

 

 

「あたしは、最後のパーツがだいじだと思うんだ。チーム名なんて、しょせんは名前なんだけど……でも、あたしにはだいじなの。会社も変わって、ユニフォームも変わって、活動の中身も、いろいろ増えちゃったりしたけど……それでも、最後に残っている部分だけは、あたしとパパの……思い出の証拠、だから」

 

「そういうことは、赤城さんのお母さんには話しているのか?」

 

「うん。話そうとは、なんどもしたんだけど。でも、ろくに聞く耳を持ってくれないの。ママ……あのひとは、パパのことを、たぶん今も恨んでいる、のかな」

 

 

 

 暗がりのなか、赤城さんの声が小さくなっていく。

 

 

 

「あたしにはわかんないんだけど、パパがしたことを客観的に考えたら、ひょっとしたら当然なのかもって思うんだけど……でもあたし、すごく、それがイヤっていうか、かなしくって。あたしもこんな性格だから、話そうとすると、いつもケンカになっちゃうし。でも、向こうも同じくらいイヤだと思っているから、ああやってあたしのこと閉じこめたりして、パパのことを全部、無理にでもなくさせようとしているのかなって、考えたりとかさ……」

 

 

 

 そのとき。

 

 隠れつつある月の光のなかで、なにかが特別にきらめいた。

 

 それは赤城さんの白い頬を伝って、静かに流れていった。

 

 

 

 ――俺の心臓が、隆起するかのように大きく鼓動した。

 

 忘れられない、あのときと同じ光景だ。

 

 

 

 俺は、反射的に手を動かしていた――これが委員長的な行動ではないと、頭ではわかっていた――それでも、俺は自分を止めることができなかった。

 

 きづいたときには、俺は赤城さんの頬に触れ、指で涙を拭いていた。

 

 

 

「……い、いんちょくん……っ」

 

 

 

 驚いた顔で、赤城さんが俺を凝視した。

 

 

 

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