正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました ~今日も脅迫動画を父に送ります!~   作:うちっち

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本日2話目です。
前話を読んでいないと話が繋がらないところがありますので、未読の方は、よければ前話からお読みください。


エピローグ

【正義の味方】             

 

・自分自身の具体的な目的がない       

 

・相手の夢を阻止するのが生き甲斐      

 

・受け身の姿勢               

 

・単独〜少人数で行動

 

・いつも怒っている             

 

 

 

 

 

【悪の組織】

 

・大きな夢、野望を抱いている

 

・目標達成のため研究開発を怠らない

 

・失敗してもへこたれない

 

・組織で行動

 

・よく笑う

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「ニシャプール様は、『基地を守ってほしい』と言いましたです。そして『解剖しないでね』とも。莉名さんには、『ver.7よ』と言ったんですよね。……ところで、前にあたしたちの間で解剖の話が出たのって、いつか覚えてますです?」

 

 基地の奥に向かって早足で歩くマシロさんの後ろを、俺は追いかける。

 

「首領を発見したら、ってときでした。素体に意識を移した首領が、基地に隠れてたら、って話です。……でも、ニシャプール様は、遠隔で意識を飛ばしてくることはできないって……さすがに基地からあそこまで素体の糸を伸ばすのは無理だと思いますし……」

 

「そこです。素体に遠隔で意識を飛ばす成功率は、1%を切る、という話でした。だから、素体を準備していても、普通は意味がないはずなのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 マシロさんは、基地の一番奥、突き当たりまでやってきた。壁の一部を押すと、ガコッと床の一部がせり上がり、地下に降りる階段が現れる。下の空間は真っ暗で何も見えない。

 

 

 

「あたし、莉名さんの言うフラグが、どういう効力を持つものかを考えていたんです」

「……どういう、効力?」

「はい。つまり、運命か何かは分かりませんが、要は、物事の起こる確率に影響を与えるものだと思いますです。通常起こるはずのないことが起こったり、逆に、起こるはずであろうことが起こらなかったり」

 

 

 

 

 トン、トン、トン、と。マシロさんが、ゆっくりと暗闇に向かって階段を降り始める。

 

「莉名さんが教えてくれた生存フラグに、こういうものがありましたですね」

「……なんでした……?」

 

 後ろで俺はおそるおそる、返事をする。余計なことを言えば、結果が変わってしまいそうな気がしたからだ。隠し部屋へ降りる階段が、やけに長い。まるで、10階くらいの高さから降りているみたいだった。

 

「死体が残らないときは、生き残っている場合が多い、と。ニシャプール様は、映像を分析すると、間違いなくあそこで死んでいないとおかしいです。でも」

 

 

 

 

 

 

 

 パチリ、と、マシロさんは地下室の電気をつけ、カタカタと小さな音を立てて稼働している、人が1人入るくらいの、小さなカプセルを振り返った。その中には、以前にはなかった人影。

 

「1%の確率くらいなら、超えられてもおかしくないですね。ねえ、ニシャプール様」

 

 

 

 

 

 そこには、ニシャプール様が、眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カプセルを開けると、ニシャプール様はすぐにぱちりと目を開けた。まだ感覚が慣れないらしく、頭を押さえてふらふらと揺れている。

 

 飛びつきたい気持ちを何とか抑えた。

 マシロさんもぎゅっと唇を噛んでいるので、多分同じ気持ちなんだと思う。

 

「おはよう~。頭、痛っ……やっぱ死ぬのってしんどいわねぇ」

「ニシャプール様、おはようございますです」

「おはよ、マシロ!」

 

 

 

 ポン、とマシロさんがニシャプール様の肩に手を優しく置いた。あっやばい。マシロさんが、今までにないくらい、ニコニコ笑っている。そして、マシロさんは、ゆっくりと言葉を区切って、言った。

 

「こういう作戦なら、言っておいても、良くない、です?」

「いえ、マシロさん! 言ってしまうとフラグって効力を失っちゃうような感じもして、それで、ニシャプール様も言えなかったんだと思います!」

 

 

 俺は慌てて間に入った。そして、ニシャプール様に向けて、何度もパチパチと目配せをした。もう事実がどうであれ、ここはそういうことにした方がいいと思います……!

 

 

 ところが、ニシャプール様はきょとんとした表情で、マシロさんを見返した。

 

「だって、こっちは単なる保険みたいなものだし。私が戦って勝てば、そっちの方がかっこいいでしょ?」

 

 

 

 

 ニシャプール様の答えを聞いて、マシロさんは再びニッコリと笑った。しかし、そのこめかみには特大の青筋が浮かんでいた。

 

 

 

 怯えるニシャプール様と俺は震えながら、手を取って寄り添った。

 

 

 

 ブチギレたマシロさんに叱られ、ニシャプール様は床に正座したまま泣いていた。お説教は、怒り疲れたマシロさんの体力が切れてふらふらになるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、3人でカプセルの中で寄り添いあって、泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、みんなが目を覚ました時には、なんと1週間が経っていた。

 疲れていたのだと思う。「寝すぎで頭が痛いのか死んで痛いのか分からないわ」とぼやくニシャプール様。

 

 そして、3人で地下室の扉を開け、明るさに目を細めながらホールに出た。ニシャプール様はまだ体がうまく動かないとのことで、マシロさんが背負ってくれた。

 

 

 ……あ。なんかホール片づけられてる。コタツもないし。驚くことに、「ドッキリ大成功」の看板すらない。引っ越し後みたいにがらんとしたホールを見て、ニシャプール様は大変ご立腹だった。

 

 

 

 

 

「なにこれ!? 何もないじゃない!! コタツもないし……たぶんリズンスターが持っていったんだわ。向こうの基地には暖房器具もないのね!」

「あっちの基地って完全空調だったので、たぶん違うと思いますよ」

 

 

 

 

 

 ニシャプール様は指名手配中。俺とマシロさんは基地に立てこもった様子がテレビ放映されたので、いちおう倉庫で発見したマスクとサングラスで変装した後、俺たちは久しぶりに外に出た。

 

 

 

 

 

 さっきまでコタツ強奪に怒っていたニシャプール様は、ニシャプール団お抱えのパン屋が無事に営業しているのを見て、一転してニコニコしている。

 

 

 

 街の様子は、信じられないほど――以前と変わらなかった。

 日差しは柔らかく、風は穏やかに吹き抜け。通りには買い物袋を持った人々が歩き、子どもがボールを蹴って笑っていた。

 

 

 

 そんな通りを抜けていくと、広場に出た。中央には白い布をかぶせられた何かのモニュメントが建っており、その周囲に、人々が静かに集まっている。

 

「何かしら?」

「イベントでもやってるんじゃないです?」

 

 

 

 軽い気持ちで見に行った俺たちだったが、徐々にその空気が違うことに気づき始めた。その後、立て看板、街の放送、周囲の人々の話を総合して、ようやく分かった。

 

 どうやらここで行われているのは、越界災害との戦いで命を落とした人々への慰霊イベントであるらしい。

 

 俺たちは顔を見合わせる。命を落とした人々……?

 

「あ! 首領じゃない?」

「あとは、司令官ですかね? 石化してたからどういう扱いなのかは微妙ですけど。あとは、ニシャプール様もまだ死んだ扱いなんじゃ」

 

 ニシャプール様は、「首領、安らかに眠ってね」と言いながら広場に向かって両手を合わせた。俺の台詞の後半はどうやら耳に届いていなさそうである。

 

 

 

 周囲を見渡せば、集まった街の人々の表情はみな沈痛で、涙を拭う手もちらほらと見える。

 

「……意外に首領も人望あったのね」

「いや、たぶん司令官じゃないですか? 外面は良かったし、メディア受けも良かったし……」

 

 しばらくすると、スーツ姿の女性がステージに上がり、マイクの前に立った。声がスピーカーを通して広場に響く。

 

『――皆様、本日はご参列ありがとうございます。

 本日ここに、あの未曾有の脅威との戦いで命を落とされた3名の方々に、心からの哀悼の意を捧げたいと思います。

 どうか、黙とうを』

 

 一瞬の静寂が訪れ、広場の空気が張り詰めた。

 

 

「……3名……?」

「あと1人って誰かしら……?」

「……お父さんじゃないですか? ほら、色々これまでのこと告白してましたし、社会的に死んだ、みたいな」

「そんなこと悼む慰霊祭なんて嫌よ……」

 

 

 

 

 

 

 やがて、黙とうが終わり、司会が続けた。

 

『――この街を守るために、最後まで立ち続けてくれた、3人の方がいました。

 

 一人は、かつて『敵』と呼ばれていた人物でした。

 そして、残る二人は、その人に付き従うようにして……静かに、後を追うように、その命を閉じたと聞いています。

 

 私たちは、決して忘れません。

 

 あの時、確かにこの街の命を引き換えにしてくれた3人のことを。

 どうか皆様の胸にも、感謝と共にその姿が刻まれますように』

 

 

 

 

 

 司会の女性がマイクを静かに握り直す。

 風が少しだけ強くなり、白い布がぱたぱたと鳴る。広場の空気が静まり返ったのを確認してから、彼女は合図を送った。

 

「――それでは、除幕を行います」

 

 係員が布の端を持ち、ゆっくりと引き下ろす。

 陽の光が反射し、広場の中央に三体の銅像が姿を現した。

 

 

 

 一番手前に立っているのは、長い髪を風に靡かせ、優しく笑っている女性。

 その隣に並ぶのは、もう1人の女性と、1人の少女。

 もう1人の女性は白衣姿で、傍らの女性を見上げている。

 少女は、小さな帽子を手に握りながら、その後ろ姿に寄り添っている。3人とも視線は揃って前を向いていた。

 

 

 

『この像は、決戦の地から満身創痍で帰還し、基地で息を引き取ったニシャプールさん――そして、その最期に寄り添い、後を追うように静かに旅立った、戸倉莉名さんとマシロさん、三人の絆を刻んだものです』

 

 

「……な」

「え? あの、あれ? わたしも? なんで?」

「何よあれ!!!!!」

 

 

 

 

 

 その後、正義の味方の基地に俺たちが顔を出すと、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。俺たちが基地の奥にお守りとして置いていた死体(ダミー)と心中動画を見て、3人とも死んだと思ったらしい。

 

 

 そんな物を作ったということで、俺は初めて父にめちゃくちゃ叱られた。怒られているはずなのに、なんだかちょっと笑ってしまい、説教の時間は倍に増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は少し流れ、ニシャプール様の頭痛が止んだ頃。

 

 マシロさんが「アメリカに留学する」と言い出した。元々、向こうの大学から誘われていたのだそうだ。「あたしも最終戦に連れていってもらえるくらいになるのです」と言っていた。ニシャプール様は泣いて縋り付いたが、マシロさんの決意は変わらなかった。

 

 

 

 そして、ニシャプール団の解散式が、基地で行われた。出席者は、俺たち3人だけ。ニシャプール団のメンバーだけで行われた、ささやかな解散式だった。

 

 

 

 

 

 基地の空気が、どこか違っていた。数日前から、会議室の机にも、床にも、埃がうっすらと積もっていた。みんな、何となく分かっていたのだ。この場所に、もう長くはいられないのだと。

 

「まあ、マシロがいないとニシャプール団って成り立たないしね。あと、ニシャプール団ってなんだか有名になりすぎたし……」

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどテレビの中では、街の観光名所となったニシャプール様(とマシロさんと俺)の像の前で、通行人が立ち止まり、拝んでいるというニュースが流れていた。

 

 越界災害の戦力を分析すると、想定された被害者の数は、およそ1万人。それを身をもって防いだニシャプール様は、もてはやされている。父が助けてもらっていたことを告白して以降、ニシャプール団は、正義を為す組織として、世間では扱われていた。

 

「……違うの! ニシャプール団は、あくまで悪の組織じゃないといけないの!」

 

 ニシャプール様はそう主張した。そこで、マシロさんの留学を機に解散し、マシロさんの帰国とともに、新しい組織を作ろうと、そういう話になったのだ。

 

 

 

 

 でも……正直なところ、寂しい。せっかくニシャプール様が作った組織だったのになくなってしまうなんて。そのきっかけはきっと、俺が入団したからだ。

 

「やっぱり、正義の味方の娘なんかが、悪の組織に入っちゃ駄目だったんでしょうか……」

 

 俺の独り言を聞くと、ニシャプール様とマシロさんは顔を見合わせ、同時に噴き出した。

 

「そんなわけないじゃない!」

「むしろ、入ってくれてよかったです。あのまま莉名さんがいなくて2人きりだと、そのうちニシャプール様のことを殴ってしまっていたかもしれません」

「初耳よ!?」

 

 よかった、と思う反面。その役割だと、俺じゃなくても……と少し思ってしまう。だって、誰か3人目がいたからよかった、って話だよな。ただ、そんな我儘なことを言っても困らせるだけなので、言えないけれど。

 

 

 

 

 すると、マシロさんが、少しだけ微笑んで、頬杖を突きながら俺を見つめた。

 

「わざわざ、悪の、それも2人しかいない組織に入ろうとする物好きは、莉名さんしかいませんよ。これからも物好きでいてくださいです」

「ま、2人しかいなかったのも理由があって。入団するメンバーはちゃんと選んでたからね」

 

 ニシャプール様が言い出した言葉に、俺は少し反応する。……どういうことだ?

 

「入りたいって言ってくる奴は何人かいたの。元戦闘員とかね。でも、みんなつまらなさそうだったから落としちゃった」

 

 「初耳よ!?」と俺の心の中のイマジナリーニシャプール様がぶるぶると震えた。え? そうなの? じゃあ、なんで俺は入れてもらえたんだろう……?

 

 

 

 

「誰でもよかったわけじゃない。私が莉名を選んだの」

 

「……だから、あなたがここにいてくれて、よかった」

 

 それを聞いて、思わず俺の胸の中に熱いものがこみ上げる。この世界じゃないところの記憶があって、ここにいていいかもわからないまま、過ごしてきた。

 

 

 

 だからきっと……その言葉はずっと、俺が誰かから言ってほしかったことだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、湿っぽくならずに会は進んだ。マシロさんが、アメリカの大学の寮のパンフレットを見ながら、何か悩んでいる。ちなみに口に運んでいるのは麦茶だった。マシロさんに出された永久禁酒のお達しは、未だに解かれていない。

 

「どうしたんですか、マシロさん」

「海外の大学だと、やっぱりキャラが立ってないとダメだと思うのです」

「……わたし、フェイスシールドはやめといた方がいいと思います。顔を隠すなら、もっと他に……!」

「あと、パーティーがやたらと開催されているイメージがありますですね」

「マシロ! 飲んだら駄目よ! 死人が出るわ!」

 

 俺たち2人から必死に止められ、マシロさんは渋々ながら、手元のメモに書かれていた箇条書きに、二重線をぴっぴっと引いた。綺麗な筆記体の英語だったので何が書いてあるかは分からなかったけれど、削除されてよかったと思う。

 

 

 

 

 

 

「莉名さんはどうするんです? リズンスターたちと暮らすんですか?」

「わたし……家を出ようと思っていて。まだ小学生なので、反対はされると思うんですけれど、やっぱり居づらいというか……。もう少し大人になったら、父との距離もちゃんと掴めると思うので」

「あいつが了解してくれるかしら……?」

「父も分かってくれますよ、きっと。あと、これまでのわたしの家での扱いに罪悪感を抱いてるみたいなので、いざとなればそこを突きます」

「偉いわ! 莉名も悪の組織に染まってきたわね」

 

 

 ニコニコとニシャプール様は笑い、俺の頭を撫でた。ちょっとくすぐったい。……そうだ。ニシャプール様は、どうするんだろう。

 

 

 

 

 

「まあ、マシロが帰ってくるまでヒマだし。私も1人で、面白いものでも探しに行こうかしら」

「寂しがり屋のニシャプール様が……?」

「1人で? 絶対無理なのです」

 

 俺とマシロさんは、同時に「不可能」の札を上げた。それを見て、ニシャプール様は顔を赤くして地団太を踏む。

 

「大丈夫よ!!! 1人でもやっていけるんだから!」

「駄目ですよ、莉名さん。泣きついてきても甘やかしちゃ。1人暮らしを突き通してくださいです」

「ま、まあ、これだけ言ってるんだから、ニシャプール様も頑張れますよ。ねっ? 1年くらいしたら、わたしも戻ってくるかもしれないですし」

「えっ……? 莉名もこの街から出ちゃうの? 近所に引っ越すとかそういうのじゃなく?」

 

 

 

 ニシャプール様は、愕然とした表情で俺を見つめた。プルプルと細かく震えており、その顔には「とても寂しい」と大きな字で書いてあった。それを見て、マシロさんは、肩を大きく揺らして溜息をつく。

 

 

「賭けてもいいです。3日も経てば、莉名さんに泣きつきに来ますですよ」

 

 ニシャプール様はまた地団太を踏んで不満を表現した。しかし、パッと笑顔になって地団太をやめ、俺とマシロさんを順に眺める。相変わらずの切り替えの早さだった。

 

 

 

 

「また集まったら、新しい組織の名前、考え直しましょうね!」

「どんな感じのにしましょうか?」

「……もちろん、そのとき思いついた、最高にバカバカしいやつを。3人で」

 

 

 

 

 ニシャプール様が、少しだけ泣き笑いの顔をした。

 それが、今の俺には、なによりのお守りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて、それから1月後。

 

 マシロさんは留学し、俺は家を出た。まだ小学生5年生なのだが、前世も含めたら大人だと言って押し切った。少し、父との距離感というものを、1人になって考えてみたかった。あと、街で有名になりすぎて転校したかったというのもある。

 

 

 

 

 

 そして、俺は、違う街でアパートを借りて暮らし始めた。ただ、週に1度、父と電話で連絡することを条件に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうして、俺が家を出てから、さらに数か月が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、局留めにした郵便物を受け取ったあと、定時連絡を入れるべく、父に電話した。すると、ワンコールで出る。いつ掛けてもそうなので、父は本当に今仕事をしているのかを、少々俺は怪しんでいた。こ、公園? 父さんはひょっとして、まだ公園にいるのか……?

 

 

 

 

 お互い元気だ、という定例のやり取りをかわした後、父が困ったような声で尋ねてきた。

 

『結局、ニシャプールは行方不明のままだ。どこに行ったか知らないか?』

『わたしのところにも、あれっきり連絡なし。でも、どこかでまた、新しい組織でも立ち上げてるんだよ、きっと』

 

 

 

 ふふ、と思わず笑みが漏れる。新しい組織を立ち上げるときは、ニシャプール様は、ネットで求人広告を出すのだろうか。そのときは、連絡先を忘れないようにしてくださいね。

 

 

 

 

 

 父が、未練がましい口調でぼそりと呟く。

 

『また会いたいんだが……』

『あ、その感じだと一生出てこないと思うよ』

 

 だって、リズンスターと付き合うなら死ぬって言ってたもんね。

 

 

 

 

 すると、父は気を取り直したように深呼吸を1つした後、こわごわと尋ねてきた。その間が、今の俺達の距離だった。以前よりはマシになったんじゃないかなと思う。

 

 

『そっちは、特に危ないこともないか?』

『大丈夫』

 

 

 

 

 俺が引っ越してきたこの街には、前と違って、正義の味方も悪の組織もない。それでいいと思う。だって、俺にとっては、正義の味方は父だし、悪の組織はニシャプール様とマシロさんと俺である。他の在り方なんて、想像がつかない。

 

 

 

 

 

 

 俺は、父との電話を終えた後、自分の部屋に帰った。そして、壁に貼ってある紙を眺める。これは、マシロさんの留学を見送った後、ニシャプール様が俺にくれた。あの、父にやってほしいことリストだった。解散式の時に、改めてニシャプール様が採点し直してくれたもの。

 

 

 

 

 

 

〇 体にいいのでもっと野菜を食べてほしい

〇 夜更かしせず、夜は7時間以上寝てほしい

〇 家族に顔を合わせたら、せめて挨拶してほしい

〇 週に1日は休みを取って、ゆっくり体を休めてほしい

× 三者面談に出てほしい

× 気が向いた時でいいので、わたしを見て、困ったように笑う癖をやめてほしい

× 一緒にご飯を食べてるときに、たまに味の感想を言ってほしい

× 半年に一度は一緒に買い物に行って、献立の相談に乗ってほしい

〇 一年に一度でいいから、一緒に遊びに行ってほしい

◎ ……一生に一度だけでいいから、私が困ったときに助けてほしい

 

〇 正直に自分の罪を告白する

 

 

 

 

 

 

 

 

 7勝4敗。途中はどうなるかと思ったけれど、最後には見事に勝ち越した父のことを、俺はちょっと尊敬している。……ちょっと、だけれど。寂しくなった時などは、これを見ると、なんだか元気が出る。

 

 

 

 

 あの頃と、今。

 変わってしまったことばかりだ。あの地下の秘密基地は、結局使われなくなってしまったし、マシロさんは留学してしまい、そばにはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、父からは、正義の味方にならないかと誘われている。俺の今いる街で、正義の味方の支部、みたいな形を取ってもいいらしい。1人で悪の組織っていうのもなぁ、と悩んでいた俺にとって、微妙に心動かされる条件ではあった。父と一緒に働かないなら、まあ……。越界災害との戦いで、正義の味方みたいに俺を守ってくれたニシャプール様は、格好良かったし……。

 

 

 

 

 

 

 

 解散式の際、ニシャプール様からは「莉名の好きにしていい」と言われた。マシロさんが戻ってきたらまた組織を結成するけれど、それまでは、正義の味方をしてもいいし、一人で悪の組織としての活動を続けてもいい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。俺が結局どちらを選んだのかは、内緒にしたいと思う。

 

 「悪とか正義とか関係なく、内緒の1つや2つくらい持っておいた方が魅力的よ」とニシャプール様に以前言われたからだ。前世があるという話はもはや内緒というには打ち明けすぎてしまったし、ミステリアスな女としてしばらくは生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……自分で選んだわけじゃないけれど、俺はこの世界に来て。

 いろんなものに出会って、いくつも守りたいものができた。

 

 いくつも積まれたフラグの上を、俺たちは笑いながら歩いた。

 崩れることもあったし、泣いた日もあった。

 

 それでも、最後にはちゃんと、生きてここに立っている。

 

 だからここまでの歩みに何か名前を付けるなら、きっと、そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「正義の味方の1人娘が、悪の組織に就職して、生きる話」。

 

 それが、俺たちの、物語だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうそう、あと1つ。

 さっき父には言わなかったことがある。

 

 これも内緒の一環だと思って、父には許してもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミステリアスな俺は、トントン、と寝室の扉をノックした。

 

「そろそろご飯ですよ。油も差しちゃいましょう。あと、マシロさんから手紙が届いてます」

 

 

 すると、バタバタ、と何かが駆け寄ってくる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、今行くわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が抱える内緒は、マシロさんの予想を超えて、1日でニシャプール様が泣きついてきたことでも。あの日、世界の裏側に行って越界災害の本体と戦ったこと……でも、ない。

 

 

 

 

 俺が、さっき、父に言わなかったこと。

 

 

 

 

 

 

 素体になったニシャプール様の手足の油を差すのは、変わらず俺の役目で。

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今の俺は昔より、よく笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  (おわり)

 

 

 

 

 

 

 




ということで、完結です!
読んでいただいた皆様、ありがとうございました!

また、感想や評価をくださったり、しおりやお気に入りに入れていただいたり、ここすきしてくださった方々、ありがとうございました。皆様のおかげで、無事に完結することができました。感謝です。


実は本当はこの話、最初はこの後が本筋だったというか……。生き残った悪の組織が違う世界に行ったらどうなるのってテーマで、具体的にはミステリーの世界に行く感じだったんですよね(なんかもう全然違うな)。首領が残してた扉がもっと悪が多い世界に繋がったみたいな。ミステリーの街なんてどこも治安悪いですし。


で、若い探偵を銃弾から庇って情緒と性癖を破壊する莉名(怪人ボディで撃たれても平気)とか、夜中に首を落とされても翌日普通に朝ごはん食べてるニシャプール様を見て腰を抜かす犯人(「あなたの首をちょん切ってしまってすみません、くらい言えないのかしら」)、2人の保護者のマシロさんみたいな。だから登場人物紹介、前日談な感じで書いてたはずが、「なんか長くなったし意外に綺麗に纏まったな……」ってなってます。どういうことなんだ。でもいつか書きたいと思ってます。



あと、ご報告です! 前作の「逃げる魔法使い 〜寿命を削って魔法を使っていただけなのに、なんだか周囲の様子が変です〜」(https://syosetu.org/novel/373614/:たぶん正統派曇らせ)が、カドカワBOOKSさんから本にしていただくことになりました!! おそらく一番驚いてるのが私なのですが、これも応援していただいた皆さまのおかげです。作品は違うのですが、この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございます。
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