正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました ~今日も脅迫動画を父に送ります!~ 作:うちっち
高校までの道を歩いていると、隣の櫻子ちゃんがこちらを見上げた。櫻子ちゃんは俺と10cmくらいの身長差があるので、隣を歩いていると自然とこうなる。
「どしたの莉名ちゃん? ニコニコしてるけど。いいことでもあった?」
「わたし、高校デビューしようと思う」
俺は隣を歩く櫻子ちゃんにあえて宣言した。こうして逃げ場をなくしていくことで決心を揺らがないものとしていきたい。
すると、櫻子ちゃんはなにやら眉根に皺を寄せた。
「……高校デビュー……?」
「つまりね。中学校までのわたしとキャラを変えたいんだ」
「いや違うよ。言葉の意味が分からなかったわけじゃないの。言ってる意味が分からなかっただけで」
「???」
「すっごい不思議そうな顔するじゃん」
言葉の意味が分からない≠言ってる意味が分からない……? どういうことなんだ……?
しかし何となく伝わってなさそうな気がしたので、俺は一生懸命説明した。
中学校までの自分がちょっぴりアクティブすぎだったかもしれないこと。そろそろ大人なので、落ち着いていきたいこと。自分で言うのもなんだが、俺にはクールキャラが似合うのではないかということ。
途中までは微妙な顔で頷いてくれていた櫻子ちゃんだったが、クールキャラ云々の辺りで、いきなり表情が無になった。俺はまたちょっぴり不安に襲われる。
「あのね櫻子ちゃん、クールってつまりは冷静で頭が良いって意味で。あ、そういえばさっきのフェイスシールドもそれで持ってきたの。わたしの知ってるクール系の人はそれをいつも被ってて」
「無理」
「えっ?」
あまりにバッサリと言われたので。
俺は思わず櫻子ちゃんの顔を見返した。
無理? 何が?
「莉名ちゃんにクールキャラとか無理だよ」
「見た目は問題ないじゃん!!」
「うわ、自分で言うんだ。それにキャラって中身が大事なんじゃないの?」
「わたし自分で言うのもなんだけど、沈着冷静な方だと思う」
ピッ。
俺の方に向かっていつの間にかスマホを構えていた櫻子ちゃんの手元から、何やら電子音が鳴った。
そのまま、櫻子ちゃんはスマホで誰かとやりとりし始めた。ちょっぴりさみしい。今は俺と話してるのに。
そして、やり取りが終わったのか、櫻子ちゃんが顔を上げる。
「ここは第三者に意見を聞いてみよっか」
「誰に?」
「秋月くんにさっきの莉名ちゃんの動画を送ったから」
おお、秋月くんなら安心だ。だって俺の中でも仲良し度数はかなり高い。同級生の異性の中では一番仲がいいと言っていいだろう。
「あ、返事来た。……チッ! あいつほんと……」
こわっ。今、櫻子ちゃん舌打ちしなかった?
「秋月くんはなんて?」
「無駄な部分が多いから省くとね。真顔でボケることをクールとは言わないって」
「裏切り者だ」
「ほんとだよ。あいつ条約の意味分かってないよね」
俺は櫻子ちゃんの漏らした言葉に素早く反応した。……チャンスだ!
「わたしもそろそろその条約に入れてほしい!」
「……莉名ちゃんトキって知ってる? 天然記念物の」
「えっうん知ってるけど」
知ってる。あのなんか赤い顔した、とさかのついた鳥でしょ? 絶滅危惧種の。でもなんでいきなりそんな話を……?
「トキって、フェンスの内側で警備もついて、がっちり守られてるんだって。そのトキが『自分も警備に参加したい!』って言い出したら莉名ちゃんはどう思う?」
「いや駄目でしょ。守られる側だし。1人2役はできないよ」
「そういうことだよ」
「???」
「すっごい不思議そうな顔するじゃん」
櫻子ちゃんはそこで未だに震え続けるスマホにちらりと視線を落とした。そして、ふう、と溜息を1つ。
「あーしつこい。もう……ねえ莉名ちゃん、秋月くんってどう思う? どんな存在?」
「えっ秋月くん? 仲いいよ。それよりなんかスマホ震えっぱなしじゃない?」
「スタンプ連打してくる馬鹿な男に絡まれてるの」
「えっそうなの!? 誰!? わたしが代わりに文句言うよ!?」
「莉名ちゃんが言ったらもっとひどくなるから」
「???」
「まあ今のはいいや。ともかく秋月くんと仲いいって、どれくらい? 具体的に知りたいみたい」
「えー……?」
どれくらい仲がいい? えーっと、男友達の中で部屋に遊びに行く相手は秋月くんしかいなかったし。兄とは最近よく話すようになったが、なんとなくランキングに含めるのは違う気がする。ということは……?
「今まで会った男子の中で一番好き……?」
「うわ」
ピッ。
櫻子ちゃんはまた動画をどこかに送った。秋月くんに送ったのかな? ちょっと恥ずかしいが、秋月くんもそんなこと聞くってことはみんなと離れて寂しいんだろう。ならいいか。
それっきり、櫻子ちゃんのスマホは沈黙した。
それを確認して、櫻子ちゃんは真顔のままでこちらを振り向く。俺はそこで慌てて注釈を加えた。だって変に勘違いされると困るから。
「あのね、男子女子関係なく、一番仲いい人は櫻子ちゃんだよ*1。わたし、櫻子ちゃんが一番好き」
すると櫻子ちゃんは「うわっ……」と言ったまま、しばらく沈黙した。
そして、何が起こったのか、パァン!! と自分の頬を思いっきり平手打ちした。みるみる真っ赤になっていく櫻子ちゃんの頬。困惑する俺。「会長だから」と謎の台詞を発する櫻子ちゃん。……いや意味が分からん……。自分の頬にビンタする会の会長でもやってるの?
そうして、櫻子ちゃんは片頬を真っ赤にしたまま、真顔でこっちを見上げた。
「とりあえず、クールキャラはやめといた方がいい。莉名ちゃん向いてないよ」
「う、うん。それよりほっぺた大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫じゃないけど大丈夫」
「……うん」
俺は手が冷たい方なので、櫻子ちゃんの頬に手を当てて冷やしてあげようかとも思ったのだが、女子の顔に触れるのはちょっと気が引けるのでやめておくこととした。なんか櫻子ちゃんはよく触れてくる気もするけど、いまいち女子同士の相場はわからない。俺って友達少ないし。
登校してすぐ、昇降口前の掲示板には、人だかりができていた。
白い紙が何枚も貼り出されていて、そこにびっしりとクラス分けの名前が並んでいる。春の日差しが反射して、少し見づらい。
背伸びして、自分の名前を探す。
――戸倉莉名。
あった。
そのすぐ近くに、見慣れた名前も見つける。
櫻子ちゃん。同じクラスだ。よし。少し離れたところに森君の名前もある。
教室の前で一度立ち止まり、クラス札を確認してから中に入った。
机と椅子はすでに整然と並べられていて、黒板には白いチョークで「入学おめでとう」と書かれている。男女に分かれて、出席番号順に座るらしい。
窓側と廊下側。
俺の番号は、窓側のいちばん前だった。
席に着くと、春の光が横から差し込んでくる。窓は少しだけ開いていて、外のグラウンドの匂いがうっすらと入ってきた。
入学式まではもう少し時間があるらしい。さて困った。
俺が何に悩んでいるのか。
というのも、これから自己紹介があるらしいのだ。何度やっても慣れないイベントである。しかし、ここで今後のキャラが決まると言っても過言ではない……!
友達も増やしたいから、大人しく、優しいキャラにするか? ほら、おっとりした雰囲気の人って、安心できそうじゃん。えーっと、大人しそうな趣味といえば。中学でやってたのは花壇とかメダカの世話とか? あとはペット*2と遊ぶ……?
俺が窓の外を眺めながら頬杖を突いて、溜息をついていると、主に男子がひそひそと囁く声がした。
「なんかあそこにすっごい美人いる……」
「窓際似合うよな」
女子のちょっとひそひそしている声も聞こえた。
「1人で文庫本とか広げててほしい」
「わかるー! 文学少女!」
声の聞こえた方に振り向いてふわりと笑ってみると、ちょっと騒がしくなったが、別に悪印象を持たれた感じはない。
おお、これはクールキャラいけるんじゃ……? よし、反対はされたがやっぱりこの方向で……あとさっき考えてた大人しい要素を足して……!
「戸倉莉名です。趣味は花壇とメダカの世話、家ではペットと遊んで癒されてます。毎日寝る前に本を1冊読み切るのが趣味です。仲良くしてくれると嬉しいです」
自己紹介の順番がやってきた。俺は立ち上がり、クールにそっと目を細める。
様子を窺っていると、ざわざわと教室をざわめきが走っているのが何となく見て取れた。ちなみに寝る前に本なんて読んだことはないのだが、なんか文庫本がどうとか言われたから受けがいいかなって……。
……さて、どういう反応だろう?
俺はクールに微笑みながら、そっと耳を澄ませてみた。
「見た目と言ってることが違いすぎて頭バグりそう」
「真顔でペットと遊んでそう」
クールキャラに対する世間の風は、思っていた以上に厳しかった。
確かにさっきは悩んでたから目つき悪かったかもしれない……! これはいけない。
「わたし、人と話すのが苦手で。緊張してると怖い顔になっちゃうんです。さっきは自己紹介をどうしようかって悩んでて」
話すのは別に苦手じゃないが、いちおう自己紹介で悩んでいたから嘘じゃない。
すると、座っていた男子の1人が手をさっと挙げた。そして、担任の先生の反応を見ずに喋り出す。きっと彼はデスゲームに参加した時に真っ先に主催者に消されるタイプの人間だろう。
「戸倉さん、好きな本とかある?」
「…………好きな、本……?」
「えっ? ないの? 寝る前に1冊読み切るんだよね?」
「好きな本あります。候補が多すぎて悩んじゃってただけです」
質問男子は意外にいいやつだった。たぶん俺の自己紹介が事故紹介になる前にフォローしてくれたのだ。ここは乗った方がいいだろう。
でも文学少女が読む本……? ぜんぜんわからん。だって俺の人生(前世含む)で、そんな人種に会ったことないから……。文学……文学? 難しそうな本……?
「好きな本は『罪と罰』*3『人間失格』『地獄変』とかですね」
「そ、そうなんだ」
「わたしと夏目漱石についてぜひ語り合いましょう」
「さっき挙げた本どれも漱石じゃなかったのに……?」
ひそひそ。
「なんか物騒なタイトルばっかり出てきた」
「闇深そう」
「いや俺はあの子意外にアホだと思うぞ」
「はい! じゃあ次の人いこうか!」
先生の鶴の一声によって、俺の自己紹介は無事に終わりを告げた。
「櫻子ちゃん、どうだった? わたしの自己紹介」
「盛りすぎて意味わかんなくなってた。あと莉名ちゃんの中でクールってあんな感じなんだ。あれだとただの不機嫌そうな圧のある人だよ」
自己紹介が終わった後、櫻子ちゃんの席に駆け寄った俺を待っていたのは、そんな無慈悲な一言だった。
「そんなに圧出てた? むしろもっと出した方がいいのかなって思ってたけど」
「あれが全力じゃないんかい」
もっと冷たい感じにはやろうと思ったらできる。むしろ、今回はクールな中にフレンドリーさを盛り込んだ、そんなつもりだったんだが……。
「欲張るから変な感じになっちゃうんだって。そもそも莉名ちゃんち、ペット飼ってたっけ?」
「大きな蛾だよ。名前はモッちゃん」
「授業参観で頭に載せてたあれペットだったんだ。ジュラ紀に生息してそうなやつでしょ? 頭蓋骨に穴開けて脳とか吸いそうだった」
「モッちゃんはわざわざそんなことしないよ」
「できるけど、って前後にくっついてそうな話し方やめてくれる?」
ともかく、なんだか失敗してしまった感。
とりあえず自席に戻り、ちょっと背を縮めて、こっそり教室内の会話に耳を傾けてみる。
「森ってさ。戸倉さんと同じ中学だったんだろ? どんな子だった?」
あ。さっきの質問男子がさっそく森君に絡んでる。俺は人知れず祈った。
頼む森君、自己紹介の意図を汲んでくれ……! 俺は高校では大人しいキャラで生きていくからな……! せめて「普通の子だったよ」って、そう言ってくれ!! 頼むぞ!
「戸倉、元気な奴だったよ。よく男子とも遊んでて」
いや森君大丈夫か……?
ちょっともう怪しいぞ……? もしもし森君?
「そうなの? あんまりさっきはそんな感じしなかったなぁ」
「戸倉が椅子をいくつ持てるか実験とかしてたっけ。俺は参加しなかったが20個くらい積んでたのは見た」
森君! 森ぃ!!!
「いや森も見てないで止めろや……! 戸倉さん可哀想だろ!」
「戸倉も楽しそうだったぞ」
「いじめてる側の意見……! お前、そういう奴だったのか……」
あ、でもなんか森君の評価が下がってる。やったぜ。
そして、場所は移って体育館。
既に入学式は終盤に差し掛かっていた。
『――それでは、新入生代表挨拶に移ります。新入生代表、戸倉莉名さん』
なぜ俺が代表挨拶なのか。入学試験が1番だったから、らしい。でもよく考えたら俺ってズルしてるようなもんだよな……。次からはほどほどにしよう。
そんなことを決心しながら、俺は舞台上に登った。
体育館を埋め尽くす生徒の列が、すべてこちらを向いている。手前には在校生。横一列、さらにその後ろにも何列も、同じ高さに並ぶ顔。視線が幾重にも重なっている。
中央には新入生。緊張で固まった表情が一斉にこちらへ向き、揃えられた肩と制服の線が、きれいに一直線を作っていた。
その向こう、保護者席からは、小さな咳払いと、衣擦れの音。
保護者席に目立ってさめざめと泣いてる人がいると思ったら、ニシャプール様だった。片手に持たれたビデオカメラは、ニシャプール様の涙で既にびしょびしょに濡れている。
俺はニシャプール様の「マシロにも莉名の勇姿を送ってあげなきゃ!」という言葉を思い出す。マシロさんはアメリカの大学なので卒業は秋らしく、今日は来れないのだ。しかし我が家のビデオカメラは旧式だったはずなので防水機能はやや怪しく、動画が撮れているかは怪しかった。
あれ? でももう1人……同じくらい泣いてる人がいる……?
と思ったら、俺の父だった。来たんだ。
父は真顔のまま、こちらもビデオを片手に構え、滝のような涙を流していた。怖い。ガタイがしっかりしてるからか、ここから見てもニシャプール様の3倍くらいの量の涙が、手に持ったビデオカメラに勢いよく流れ落ちている。耐久実験かな? 防水で本体が壊れなかろうが、あれだとちゃんと撮れていないのでは……?
ニシャプール様がいる。父もいる。兄は……まあ、父が代理でいいだろう。
あと1人がいてくれたら、この場所には、いて欲しい人がすべて揃う。でもそれは俺の
ぱちり、とマイクのスイッチを入れる。
それだけでは、まだざわめきは残っている。
俺は一度、ゆっくりと体育館を見渡した。
右から左へ。
視線を動かすたび、目が合った生徒が反射的に背筋を伸ばす。
さっきまで足を揺らしていた在校生が、ぴたりと止まる。
中央に固まる新入生の列。
何百もの顔が、こちらを見上げている。
俺は一拍、何も言わずに立つ。
そしてそのまま、わずかに目を細める。
その瞬間、ざわめきがやんだ。
音が、すうっと消える。
体育館が静まり返る。
教員席のほうで、誰かが椅子を引きかけて止める気配。
誰も咳払いをしない。
誰も動かない。
視線だけが、壇上にある。
ようやく俺は、口を開く。
この声が。
屋根を越えて、空を越えて。
――はるか遠い、アメリカまで。
まっすぐ、届けばいい。
「本日。こうしてこの場に立ち、入学の日を迎えられたことを、大変うれしく思います」
見てますか、ニシャプール様。
マシロさん。
……あと、ついでに父さん。
俺は――高校生になりました。
「ギャップが酷いんだよ」
「わたしの?」
「そう。莉名ちゃんの挨拶。何あれ。圧出しすぎ」
「アメリカまで届いてほしいなって思って」
「野望が壮大すぎる……」