正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました ~今日も脅迫動画を父に送ります!~   作:うちっち

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再結成式をしよう!(上)

 そのとき。

 白河くんの頭の上にいたモッちゃんがさっと飛んで、俺の胸元にとまった。

 

 次の瞬間、白河くんがこちらへ前のめりに倒れてきた。

 

 ふわ、とした衝撃が胸元から伝わってくる。モッちゃんがクッションになってくれたらしい。相変わらずやさしい。

 

 

 

 

 そのままずるずると崩れ落ちてくる白河くんを、俺は反射的に抱えとめた。白河くんの顔が、俺の首元に埋まる。

 

 モッちゃんがいなかったら、下手したら胸元に顔を突っ込まれてたな……まあ別にいいっちゃいいけど……。

 

「……莉名?」

 

 ニシャプール様の声が、妙に静かだった。振り向くと、ニシャプール様が両手で口元を押さえて、目を見開いていた。

 

「莉名!? それはちょっと、いろいろ早いわ!」

「ち、違っ……!」

「気絶してますよ。たぶん、びっくりされたんじゃないです?」

 

 マシロさんが静かに補足した。

 

 俺は白河くんの顔を覗き込んだ。目が閉じていて、全身から力が抜けている。頬の色も悪い。そういえば今日、目の下にひどいクマがあった気がする。ひょっとして、深刻な寝不足だったのかもしれない。俺も何日か徹夜した時は立ったままいきなり寝落ちしたことがあったっけ。……いや、でもひょっとしたらモッちゃんにびっくりした……? ほらマシロさんもそう言ってるし……。

 

 

 

 

 とりあえず、俺は白河くんの顔に向かって、小声で囁いてみた。

 

「夢だよ。ゆめゆめ。全部夢」

「聞こえてないと思いますよ」

「……そうですね」

 

 わかってた。でも言わずにはいられなかった。また変な人だと思われたら困るし。

 

「……で、ここに寝かせておきます? 送って行きますか」

「正直あんまり知らない人なので、どこに住んでるのか……」

 

 その途端、マシロさんはためらいなく白河くんのポケットに手を伸ばし、財布を取り出した。慣れた手つきで内側を開き、カード類をぱらぱらとめくっていく。

 

「手慣れてません?」

「効率です」

 

 数秒後、マシロさんが一枚の会員カードを抜き出した。

 

「ありました。ここから歩いて行けそうです」

 

 

 

 

 俺は白河くんをひょいと肩に担いだ。白河くんの腹のあたりが俺の右肩に乗って、頭と腕が背中側に、足が胸側にだらんと垂れ下がる。うむ、中学の時に椅子を二十個担いだときより全然軽い。これなら余裕だ。

 

「ちょっと待ってください」

 

 マシロさんに止められた。俺が白河くんを米俵みたいに担いだまま振り返ると、マシロさんがこちらをじっと見ていた。

 

「それで外を歩いたら、確実に通報されます」

「じゃあどうするんですか」

「任せてください」

 

 俺とニシャプール様は、顔を見合わせた。ニシャプール様はまだちょっとうろたえた顔をしていた。

 

 

 

 

 マシロさんが背負っていた小さなリュックのポケットに手を伸ばした。すると、かちっと留め具が外れる音がして、次の瞬間、小さな多面体が次々と飛び出してきた。

 一つ、二つ、三つ……マシロさんの周囲に等間隔でふわりと浮かぶ。全部で八つ。一辺が五センチほどの、金属製の正八面体。それぞれが音もなく、ぴたりと静止している。

 

「おー……それ、なんですか?」

「遠隔操作で動かせる自律型の端末なのです。キューブと呼んでいます」

「どう見ても八面体ですけど……」

「呼称です」

 

 キューブが三つ、するりと白河くんの体の下に潜り込むように移動した。そのまま、ゆっくりと白河くんの体が床から浮き上がる。俺の肩から白河くんが離れ、宙に浮いた状態で静止した。

 

 

 

 白河くんはキューブに支えられて横になったまま、俺たちの隣をふわふわついてきた。四人で移動中のはずなのに、どう見ても一人だけ搬送中である。

 

 

 

 夕方の住宅街は、どこかの家から夕飯の匂いがして、遠くで子供の声が聞こえる。そういう時間帯に、気絶した男子高校生が宙を漂いながら移動している。今更ながら、ちょっと目立つかもしれない。こうなったら、せめて知り合いに出会わないことを祈るしか……!

 

 

 

 

 そのとき、交差点のところで、向こうから一人の女性が歩いてきた。上質そうなコートをきちんと着こなして、小さなバッグを肘に掛けている。あ、確かあれは近所に住んでる……。

 

「あら、ニシャプールさん。お出かけですか?」

「篠原さん、ええ、ちょっとそこまで」

 

 女性は白河くん*1にちらりと視線を向け、それからニシャプール様に向かってにこりと微笑み、優雅に歩き去った。立ち止まりもしなかった。

 

 俺は思わずニシャプール様の顔を見た。

 

「……何も聞かれなかったですね」

「普段からちゃんとしていれば、多少のことは流れるものよ」

 

 なるほど。……気絶した人間が宙に浮いて移動しているのが「多少のこと」に含まれるかどうかについては、ちょっぴり疑問もないわけではなかったが、まあニシャプール様がそう言うなら、そういうことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 アパートの前に着くと、マシロさんが足を止めた。建物の入口に目を向けて、それから上を見上げる。

 

「外壁に監視カメラがありますね。ここからは飛んだ方がいいのです」

 

 言われてみれば、軒先に防犯カメラが一台。白河くんがふわふわ浮いたまま正面から入ったら、ちょっとまずいものが映像に残ってしまう。

 

 

 

 

 俺は帽子の羽をぱたぱたと広げた。マシロさんはキューブに体を支えられてすうっと浮き上がる。ニシャプール様は背中から透明な翅をひらりと広げた。

 

 

 

 

 

 白河くんを先頭に、俺たちは一列で夕空へ飛び出した。夕風が頬を撫でる。絵面だけ見れば、かなり統率の取れた不法侵入である。

 

 

 ベランダに降り立つと、マシロさんがキューブを一つ、窓のそばに静止させた。クレセント錠がかちりと回って、窓が内側から開く。

 

「今の、どうやったんですか」

「窓の錠を直接動かしたのです。玄関の鍵なら、シリンダーを解析して開けられますよ」

 

 さらっと言った。ちょっと怖い。

 

 

 

 

 

 白河くんの部屋は、思っていたより片付いていた。本棚には資料らしきファイルが几帳面に並んでいて、机の上には付箋だらけのノートが開いたままになっていた。ちらりと見えたページに、俺の名前が何度も出ていた。その中に、青いペンで大きく「羽があり、空を飛ぶ。戸倉は新種の天狗?」と書かれて、波線が引かれていた。あんまり見ていい感じの筆圧ではなかったので、見なかったことにした。

 

 

 

 キューブがゆっくりと白河くんをベッドに寝かせる。毛布を引っ張り上げてやると、白河くんは眠ったままで少しだけ眉を寄せた。

 

 3人で、ベッドの周りを囲んだ。

 

「夢だよ。起きたら忘れてていいやつ」

「統計的に、人は都合の悪い記憶を夢として処理する傾向があるのです」

「おやすみなさい。起きた時に減ってるものがなければ大丈夫よ」

 

 白河くんは何も答えなかった。当たり前だけど。

 

「夢だと思ってくれるかしら……?」

 

 ニシャプール様が、白河くんの顔を覗き込みながら言った。

 

「……たぶん」

 

 俺は白河くんの顔を見ながら答えた。夢だと思ってくれた方が、お互いに楽かもしれない。でも、白河くんはたぶんそうしない気がした。なんとなくだけど。

 

 

 

 三人でベランダから出て、窓を閉めた。キューブがクレセント錠をかちりと戻す。来たときと同じように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「4月なのに暑いね……」

「莉名ちゃん、さっき胸元開けてぱたぱたしてたでしょ。すれ違った先輩がめちゃくちゃ見てたよ。ああいうの絶対ダメだと思う」

「じゃあ、うちわで扇ぐのはいい? さっき駅前でもらったやつだよ」

 

 ところが櫻子ちゃんは、眉根に皺を寄せ、しばらく悩んだ。えっ駄目なの……? 

 しばらくして、「イメージと合わないけど暑いのもかわいそうだから」と言われ、俺はうちわを許可された。うちわってそんなライン上の行為なのか……?

 

 

 櫻子ちゃんと話しながら教室に入ると、白河くんと目が合った。白河くんは、俺の手元のうちわと俺の顔を交互に見て、そのまま食い入るような目で固まった。

 

 俺はうちわをゆっくりと、大きく動かしてみた。右に、左に。白河くんの目線が、うちわの動きにつられてゆらゆらと揺れた。……そういえばなんか俺が新種の天狗とかいう意味の分からないことを書いてたような……。貴重な睡眠時間を、存在しない妖怪図鑑の編纂に使っているのはさすがにやめた方がいいと思う。

 

 俺は、うちわで口元を隠し、そっと口を動かしてみた。

 

「夢だよ」

「……!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、帰国したマシロさんは、俺のアパートの隣の部屋に引っ越してきた。壁一枚隔てた向こうにマシロさんがいる、というのはなんだか不思議な感じがしたけれど、悪くなかった。

 

 そして、マシロさんが帰国してすぐに借りたという近所の貸しガレージが、ニシャプール団の新しい秘密基地になった。車二台ぶんくらいの広さだろうか。三人で使うには十分で、世界征服を企むには少しだけ狭い。

 

 

 

 

 

 

 シャッターを開けてガレージの中に入ると、まず目に入るのはコタツ。ガレージの真ん中に、どんと鎮座している。その周りには座布団が三枚、きっちり等間隔に並べられていた。

 

 

 整然とした中心部とは対照的に、壁際には工具棚とケーブルの束、分解途中の機械、見たことのない小型端末がずらりと並んでいる。どれもきっちり整理されていて、雑然としているのに妙に秩序があった。ちゃんとマシロさんの城だった。

 

 

 

 

 聞いてみるとマシロさんはアメリカで研究室の厄介な修理案件、誰も直せない装置の復旧、発表前の機材トラブル救済、試験装置の一晩修復などをこなしていたのだとか。

「Miss.マシロ帰国阻止委員会」「マシロを日本に返還することに我々は断固反対する」「KEEP MASHIRO HERE」などと反対運動が起こったらしい。

 

 いや、それにしてもお金が多すぎるような……? 壁際にドル札の束が無造作に山積みになってるんですけど……。

 

「地下ギャンブルに参加して暗黒金持ち達から大量に巻き上げてきたんですって」

 

 俺の視線を追ったニシャプール様が、そう教えてくれた。なるほど。アウトローな生活を送っておられたことは分かった。

 

 しかしさらっと出てきたけど……「暗黒金持ち」って何だ……? いや、意味は分かるよ。でも日常会話で出る単語ではない気がする。俺が知らないだけなのか……?

 

 そのとき、ニシャプール様がぴたりと止まった。そして真面目な顔で首をかしげ、小声で呟く。

 

「にしても『暗黒金持ち』……って何かしら……?*2

 

 あ、よかった。世間で流通しているわけではないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コタツを囲んで三人で座ると、マシロさんが「新しい能力の説明をします」と言った。

 

 キューブのことはもう見た。遠隔操作で動かせる自律型の端末で、鍵を開けたり物を運んだりできて。自分を浮かせて飛ぶこともできる。

 

「攻撃にも使えるのです」

 

 マシロさんがそう言うと。じり、と小さな音がして、キューブの表面に青白い光が走った。電撃だった。

 

「八つ同時に展開して、それぞれに電撃を流せます。インド象も気絶しますです」

「すごい! ポケモン図鑑の説明文みたいです……!」

 

 マシロさんは気にした様子もなく、こくりと頷いた。

 

「他にもあるのです」

「他にも?」

「変身できます」

「変身……って、前もできたじゃないですか?」

 

 すると、マシロさんは目を閉じた。

 ぐっと眉を寄せて、肩にも力が入る。

 

 しばらく待ってみても、何も起こらない。

 

 

 

 

 

 そして、なおもマシロさんが「んー」と小さく唸っていると、ポン! と軽い音が鳴った。

 

 同時に、頭の上に白い帽子がちょこんと乗る。

 黒いつぶらな瞳と、小さなくちばしのついた帽子だった。

 

「あ、やっぱり――」

 

 そこまでだった。

 

 帽子がふわりと白くほどける。

 次の瞬間、そこにいたはずのマシロさんの姿が、すとんと縮んだ。

 

 ポン、ともう一度、小さな音がする。

 

 

 

 

 

 

 コタツの向こう側に、真っ白な小さな鳥がちょこんと座っていた。

 

 丸い。

 ものすごく丸い。

 全身が綿毛みたいにふわふわで、つぶらな黒い瞳がこちらをじっと見ている。

 

 シマエナガだ。

 マシロさんが、シマエナガになっていた。

 

「……!!!」

 

 俺はコタツの天板に両手をついた。思わず前のめりになる。

 

「ちょっと待ってください無理ですかわいいです」

「ありがとうございます」

 

 シマエナガが、マシロさんの声で答えた。

 

 俺はしばらく、シマエナガになったマシロさんをじっと見つめた。丸い。とにかく丸い。頭と体の境目がない。目がつぶらすぎる。

 

「触ってもいいですか」

「どうぞ」

 

 そっと指を伸ばすと、俺の手の中で、マシロさんはおとなしくしていた。

 ふわふわだった。信じられないくらいふわふわだった。

 

 

 

 

 

「私も私も」

 

 ニシャプール様が嬉しそうに手を伸ばしかけた、その瞬間。

 

 ポン、と音がして、マシロさんは元の姿に戻った。

 

「早いわよ! まだ私触ってないじゃない!!」

「説明は終わりました」

「戻るの早くないですか!? もうちょっと撫でさせてください! あと3時間くらいでいいので!!」

 

 マシロさんは淡々と言った。

 

「以上です」

「色々すごいです……! さすがアメリカは、怪人技術も進んでるんですね……」

「いえ、違います」

「え?」

 

 マシロさんは、表情を変えずに首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アメリカには、怪人はいませんでした。この街もそうですよね。あたしたちがいた、あそこが特殊だったんですよ」

*1
浮いている

*2
ギャンブル漫画にたまに生息する、人が酷い目に遭うのを見て観客席で楽しそうに拍手するお金持ちのことと思われる

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