正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました ~今日も脅迫動画を父に送ります!~   作:うちっち

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「だって、2回目よ?」

 

 そして、さっそくニシャプール様は、俺に素体をくれた。

 

 どうやって持ち歩くのかなと思ったら、俺が襟に付けている悪の組織の幹部のボタンと同化し、見た目ではわからなくなった。「変身!」と言えば、素体と適合することができるらしい。おおやった、変身の時の掛け声はやっぱりロマンだよな。

 

「……変身っ!」

 

 ところが。俺が控えめに叫んでも、とんと姿は変わらなかった。鏡の中には、ふわふわのスカートを履いた小さな女の子が、きょとんとした顔でこちらを見返している。……あれ?

 

 だが、試してみると、200kgあるバーベルも片手で持ち上げられた。おお。でも「変身」なのに姿は変わらないのか……。

 

 

 

 そんな俺に、ニシャプール様は、訳知り顔で説明してくれた。

 

「変身して姿が変わるのは高等技術なの。いきなり初心者ができると思わないことね。ま、ゆっくり練習しましょ。ああ、そうそう、脅迫動画もまた撮りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、後ろ手に縛られた状態で、再び動画に出演した。ニシャプール様は、俺の座っているソファーの前を、難しい顔で腕組みをしながら、何度もうろうろと往復し始める。おそらく「いきなり用件に入るのもなぁ」と悩んだ結果だと思われた。

 

 

 やがて、ニシャプール様はカメラに向かって、妖艶に微笑んだ。黙っているとこんなに美人なのに、と俺が考えていると、同じことを考えたらしく、マシロさんがカメラをのぞきながら、珍しく少し笑った。

 

 

 

「さて、リズンスター。そういえば、野菜食べるのやめちゃったんだって? そんなことするから、また娘が誘拐されるのよ。体にいいんだから、毎日食べなさい」

 

 ……あ。ニシャプール様、ついにアドリブを入れてきた。シナリオだと、いきなり「莉名と買い物に行きなさい」って指示するところのはずだもん。まあ、父が野菜を食べるようになるのはいいことなので、俺も恐怖に引きつった顔を作り、こくこくと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「ところでリズンスター。聞いたわよ? 家事を全部この子に押し付けてるんですって? よくそんなことできたわね! こんなに小さいのに、買い物が大変じゃない! あんたも荷物運びくらいしなさいよ!」

 

 

「カットです。『この2人グルになってるのでは?』って疑問が湧いてきますです。ああ、さっきのアドリブは入れていいですよ。地味に困りそうですから」

 

 

 

 

 

 マシロさんから厳しい指導が飛び、その後も何度もリテイクが行われた。

 

 

 

 

 

 

 そして、テイク52。

 

 ニシャプール様は、カメラに向かって、くっくっくと意味深に笑った。

 

「そういえば、リズンスターって市民感覚なさそうよね。買い物とかも行ったことないんじゃないかしら! 正義の味方は買い物しない、みたいな変なこと考えてそう! ……そうだ。この子と一緒に買い物に行って、金銭感覚見せてみなさいよ。お腹抱えて笑ってあげるから」

 

 

 

 そして、ニシャプール様は、そっと俺の頬に手を当て、カメラに向かって微笑んだ。

 

 

「まあ、言うこと聞いておいた方がいいと思うわよ。これからも3人で幸せに暮らしたいならね……あ、そうそう」

 

 

 

 ニシャプール様は、懐をごそごそと探り、さっき撮った記念写真を取り出した。それを画面に向かってひらひらと自慢げに見せる。

 

「あんたと違って私は仲良くやってるから。娘の大事な場面に立ち会えないなんて、気の毒だったわねえ」

 

 

 

 

 

 マシロさんが指で丸を作り、俺たちは撮影作業を無事に終えた。

 

 ニシャプール様が、はしゃぎながらこちらを振り返る。

 

「ね、見た!? 最後の方、すごく悪い人みたいじゃなかった? 首領っぽかったでしょ?」

「莉奈さんのお腹に爆弾でも入ってそうな名演技だったのです」

「でしょ! お昼に食べた玉子焼きしか入ってないっての!」

 

 

 

 バンバン! とソファーを叩き、ニシャプール様はとっても楽しそうだった。一方、俺はちょっと憂鬱になる。

 

 

 

「これって身体検査とかされちゃうんじゃ……?」

「なになに、あんまり乗り気じゃなさそうね」

「わたし、胃カメラのバリウム飲むの嫌いなんです」

「小学生には飲ませないと思うけど……まあ、軽いので終わるでしょ」

 

 

 

 

 

 怪訝そうな表情を浮かべたニシャプール様の言葉に、それもそうだと納得する。うん、なら問題ないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、モッちゃんが今回の脅迫動画をお届けしてから……正義の味方陣営の様子が、これまでと少し変わった。

 

 まず、変化に気付いたのは、マシロさんだった。

 

 

 

「買い物に行ったら、なんだか正義の味方の若手や見習いがやたら立ってたのです。莉名さんの顔写真を配ってて、この子知りませんか、って」

 

 差し出された手配書には、父の同僚が遊びに来たときにみんなで撮った写真が、俺のところだけ拡大されて印刷されていた。写真の中の俺は、ふわりとしたよそ行きの笑顔を浮かべている。この写真が、街の人たちに、無差別に配られてしまっているらしい。いやなんだその羞恥プレイ。

 

 そしてマシロさんの顔は、なおも疑問に溢れていた。なにか、あるのだろうか。

 

「ニシャプール様の顔写真も配られてて。捕まえた者には賞金を出すんだそうです」

 

「あら! ついに私も、公開手配されるくらいになったのね。捕まったらどうなっちゃうのかしら?」

 

 

 

 誇らしいわ、とスキップしながら両手を広げてくるくると回り、ニコニコ笑うニシャプール様。すると、マシロさんはあっさりと言った。

 

「死ぬと思いますです」

「え? 死ぬ?」

 

 ニシャプール様は、回るのをピタリと止めた。そして、おそるおそるといった感じでマシロさんを見つめる。

 

 

「ほら、これが手配書です」

 

 手配書には、ソファーでどっかり座って高笑いをするニシャプール様の写真が印刷されていた。そこには、『凶悪犯。生死問わず。死体であればなおよし。見つけ次第通報すること』と書かれていた。

 

 ニシャプール様は、手配書を手に取って、首をあっちにこっちに傾けた。

 

「……なんで?」

「リズンスターの娘を誘拐したからじゃないですか?」

「だって、2回目よ?」

「2回目だからじゃないです?」

 

「確かに、1回目の時の反応と、違いすぎますよね……」

 

 俺も首をかしげる。もし、誘拐されたから、っていうなら。初回からこういう反応になってないとおかしい。でも、最初のときって「捜査線を配備させとくね」くらいだったような……。あ、そういえば。

 

 

 

「ニシャプール様にだけは家出がバレちゃ駄目、ってあれ。なんだったんですかね?」

「そういえばそんなのあったわね。なんだったのかしら? もう知っちゃってるけど」

「というか、「最初に知った」までありますです」

 

 あのときも疑問は解けなかったが、再度考えてみても、謎は深まるばかりだった。ニシャプール様にだけはバレちゃいけない、理由……? そんなのある? だってニシャプール様、子供は殺さない主義だって……。

 

「ま、いいか。考えてても仕方ないわ! 莉名、戦闘訓練に行くわよ!」

「えっこの状態で? ニシャプール様、もっと分析しなくていいんですか?」

「まあ、悪の首領なら指名手配の1つや2つくらいされるものだし……別にいいかなって」

 

「軽くないです? あたしは、もう少し前回の脅迫動画を見ておきます。変わった原因のヒントがあるかもしれないですから」

 

 

 

 俺とニシャプール様が訓練から戻ると、マシロさんはまだ脅迫動画を見ていた。時折、手元にメモを書きつけながら、口元を片手で覆いつつ、動画を何度も再生している。俺が軽食にとホットケーキを焼いて戻ると、マシロさんはペンをコトリと置いた。

 

「ひょっとして、と思うことがありますです」

「えっマシロすごい! さすが! ねえねえ、どういうことなの?」

 

 きつね色に焼き上がったホットケーキを横目に見ていたニシャプール様が、マシロさんに飛びつく。くすぐったそうにしたマシロさんは、何やら考え込んでいる。

 

 

 

 

「おそらくなのですが……これは、ニシャプール様が莉名さんに卵を産み付けてないかと心配されてるのです」

 

 

 

 ニシャプール様は、面食らったような表情で、自分自身をそっと指さした。

 

「私が?」

「はい」

「卵を、莉名に?」

「はい」

 

 

 

 

 ニシャプール様は、とても不思議そうな顔をした。天井を見上げたり、俺を眺めて何度も首をかしげたり、腕組みをした後、おずおずとマシロさんを振り向いた。

 

 

「私、卵生じゃないんだけど……?」

「順を追って説明するのです」

 

 

 

 

 

 まず、マシロさんは、テーブルの上に置いてあった、分厚い本を開いた。俺とニシャプール様も覗き込む。えーっとなになに。昆虫の、生態について。開かれていたのは、コマユバチ――つまり、ニシャプール様の能力の元となった虫のページだった。

 

 

 

 

 そしてマシロさんは、コマユバチの説明のページの下の方へ、すっと指を滑らせた。

 

 

 

 

 ――コマユバチは、主にチョウ目の幼虫を宿主とする寄生性のハチであり、中でもハチノスツヅリガは、産卵対象として特に選ばれやすい種として知られています。

 

 

 特にハチノスツヅリガの幼虫は体内構造が安定しており、コマユバチの卵が発育するために必要な栄養条件を満たしています。

 そのため、コマユバチは産卵の際、本種を優先的に狙う傾向があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっわたしだ。それで、卵疑惑が……?」

「次にこちらです」

 

 マシロさんは、リモコンで動画を巻き戻し、該当のシーンを指さして再生した。でも特に、気になるところなんて……。

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 ニシャプール様は、そっと俺の頬に手を当て、カメラに向かって微笑んだ。

 

「まあ、言うこと聞いておいた方がいいと思うわよ。これからも3人で暮らしたいならね……」

 

 

「あんたと違って私は仲良くやってるから。娘の大事な場面に立ち会えないなんて、気の毒だったわねえ」

 

 

 そう言いながら、ニシャプール様は写真を取り出した。そこには、組織のラボの手術台の上に座る俺と、ニコニコで抱き着くニシャプール様が写っていた。

 

 写真の俺は、恐怖に引きつったような笑みを浮かべ、ぎこちなくピースしている。

 

 そして、映像は意味深に暗転した。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

「あっわたし、このあと卵を産みつけられるんだ」

「確かにこれは産みつけられてるわ……。たぶん、莉名の素質については、以前にあいつらも検査して、知ってたんじゃないかしら」

 

 

 ニシャプール様があっさりと結論を出した。俺も同じ感想だ。画面の中のニシャプール様はどう見ても、もう、もしくはこれから人質に卵を産み付けるみたいな顔だった。

 

 

 

「で、でもどうしたらいいですか? 卵なんて産みつけられてない、って説明したら、お父さんも分かってくれますかね?」

 

「ここで厄介なのが、コマユバチの能力です。相手を操れるんですよね。まあ、ニシャプール様は生きている相手は操れませんけど。そんなこと、向こうはわからないですから」

 

「うーーーーん……」

 

 確かに、俺が説明しても、「操られてるんだろう」で終わりか。

 

 

 

 

 

 ということで、俺たちは様々な意見を出し合った。

 

 

 

 

 ニシャプール様の案。

 

「『誓って卵など産みつけていません』って私が一筆書いて、莉名に持たせるのはどう?」

「かえって怪しくないです?」

 

 

 

 俺の案。

 

「戻ったわたしが家族を褒めちぎれば良くないですか? だって悪の首領に洗脳されてたら、正義の味方なんて、靴にへばりついたガムよりうざったい存在なはずですから!」

「いや、だから、かえって怪しくないです? あと莉奈さん、口悪すぎです」

 

 

 

 マシロさん案。

 

「卵があるかどうかは、物理的に確認ができます」

 

 マシロさんは、俺を振り返り、少しだけ笑った。

 

「となれば、方法はひとつなのです。――さっき言ってた、本格的な身体検査。受けてきてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、俺は再び家に帰ることとなった。ちなみに、家の玄関の前に立った瞬間、俺は父と兄に取り押さえられ、そのまま総合病院に直行した。

 

 1日がかりで人間ドック顔負けの検査を受けさせられ、バリウムもわんさか飲まされた。逃げ出そうとすると、ガラス窓の向こうから鬼の形相を浮かべた兄が睨んでくるので、諦めざるを得なかった。

 

 

 

 

 しかも、なんかだんだんガラスの向こうに人が増えてくる。あ、でも見たことあるな。基地の若手の人らじゃん。でもどうも、様子がおかしいような……。

 

 

 

 ……なんか泣いてる!? えっなに怖っ!? 怖いんだが!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺は、大勢の大人に泣きながら見守られる中、健康診断を受けた。

 怖かった。

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