PokéDun LEGENDS 時忘れの迷宮 作:ゲーマーN
3F 時忘れの街
――???*1
上空から見ればYの形をした町。豊富な水を湛えるその町の中央――三本の線が交わる合流点には、町の何処からでも望めるほど大きな時計塔が聳え立ち、さらに青いクリスタルの飾りを戴いた噴水が据えられている。
「う、うわぁああああああ!」
「ギャオーー!」
まるで噴き上がる水のように時計塔の半ばまで放り上げられたハルトたちは、ひっくり返る視界のまま背中から石畳へと叩きつけられた。全身に鈍い衝撃が走り、肺から空気が押し出される。
「⋯⋯っつ。⋯⋯いっ、たぁ……」
「アギャ⋯⋯」
痛みを押して上体を起こし、周囲の状況を確認すべく視線を巡らせると、ブラウン系の装い――いわゆるブラウンフォーマルに身を包んだ壮年の男性が、こちらへ慌ただしく駆け寄ってくるのが目に入った。
「⋯⋯あ、あなたたち、何者ですか? ふ、噴水から⋯⋯湧いて出てきたなんて⋯⋯」
「わ、湧いて出てきたって⋯⋯そんなコイキングみたいな言い方⋯⋯」
頬を僅かに引きつらせ、ぼそりと漏らすハルト。他意がないのは分かる。分かるのだが……もう少し言い方というものがあるのではないか。ビチビチと跳ね回るコイキングが脳裏にちらつき、なんとも釈然としない気持ちにさせられる。
ともあれ、まずは自己紹介と現状の把握が最優先だろう。おもむろに立ち上がり、衣服に付着した土や砂を手早く払ったハルトは、軽く会釈をしてから自分たちの素性を簡潔に説明した。
「僕はハルト。そして、こっちは相棒のイプシロン。僕たちはトレジャーハンターとして世界中を巡っているんです。実は、砂漠の塔を探索しているうちに、ここへ迷い込んでしまって……」
「……砂漠? 塔? おかしなことをおっしゃいますね。ご覧の通り、この地方は昔から水と緑に恵まれた素晴らしい場所です。砂漠など何処にもありませんし、塔だってこの時計塔しかありませんよ」
表情、声音、仕草。どれを取っても男性の反応に怪しい点はない。戸惑いこそあれど取り繕うような気配はなく、ただ純粋に困惑しているだけ。敢えて「砂漠の塔」と口にしてみたのだが、どうやら本当に何も知らないらしい。
「⋯⋯失礼。申し遅れました。私はゲイル。この時忘れの街の市長を務めております。皆さんはこの街の……何番目かは忘れましたが……久々のお客様です」
「時忘れの街……?」
「ええ。この街では忘却こそが美徳です。使わない記憶をいつまでも抱えていては、人もポケモンも身軽になれません。過去のことなど、さして重要ではないのです。何よりも今こそが大事⋯⋯それが、この時忘れの街なのです」
淀みなく語るゲイル。その滔々と述べられた内容は尤もらしく聞こえる一方で、ハルトには到底受け入れ難いものだった。忘却こそが美徳――今まで、仲間たちとともに多くの経験を積み重ねてきたハルトにとって、それは――
「ん? 鐘の音? いや、これは⋯⋯!?」
「おお、時忘れの鐘が鳴ったようですね⋯⋯。全てを忘れる、時忘れの鐘が⋯⋯」*2
口を開くより早く鳴り響いた鐘の音に、ハルトは片手で頭を押さえた。美しい音色に紛れて頭の奥底へと入り込んできた何かが、忘れてはならない大事なものを瞬く間に蝕んでいく。⋯⋯これはまずい。このままでは取り返しの付かないことになる――そう告げる直感に従い、
「――っ、イプシロン! 僕に向かって”でんきショック”!!」
「アギャッス!!」
エレキフィールドでは間に合わない。イプシロンの雷は外からの干渉には強いが、内側――既にかけられた状態異常や状態変化の類には無力だ。異常の原因を直接、電撃で焼き払うしかない。
全身が痺れ、肌が焦げ、視界が明滅する。それでも、自分の宝物をズカズカと踏み荒らされる不快な感覚だけは和らいだ気がした。
「と、突然、何を⋯⋯!?」
「ぐっ、ううう⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯! あ、危な……忘れさせられるところだった……」
ゲイルが驚くのも無理はない。自らに攻撃を命じるなど常軌を逸している。だが、続けてハルトの口から紡がれた言葉は、時忘れの街にとって、その常軌をさらに踏み越えたものだった。
「なんということを⋯⋯忘れてしまうようなことは、どうでもいいことだというのに⋯⋯忘れれば笑顔に、幸せに、平和になれるというのに⋯⋯そんな無理をしてまで覚えていようとするなど⋯⋯」
「そうです! 忘れてしまえば辛くなくなります!」
「そうなの! 忘れちゃえば、みんな気持ちよくなれるの!」
「おお、ローチェ神父にアムーリさん!」
石橋を渡り、時計塔広場へやってきた住民たちが、次々とゲイルの言葉に同調する。一人は神父服姿のふくよかな男性――こちらがローチェ神父だろう。ならば、もう一人の赤髪の女性が――
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
どう見ても、そこにいたのはイルマだった。服装や髪型は変わっているが、あの鋭く艶のある容貌は見間違えようがない。けれど――あのイルマが、ああも男に媚びるような口調や態度を取るなんてあり得るのか⋯⋯。ハルトの知るイルマなら、たとえ、しなければ命に関わるとしても「冗談じゃないわ!」と全力で拒むはずだ。あまりに自身の記憶とかけ離れた彼女の姿に、ハルトは呆然とするほかなかった。
「お二人の言う通りです! 忘れることで、拘りも、争いも、怒りも、恐れも、全て無くなるのです! 時忘れの鐘の音に身を委ね、あなたがたも辛い記憶を何もかも忘れてしまいましょう!」
「――待って! ちょっと待って!!」*3
まさに熱狂が最高潮へと達しようとした刹那――それを遮るように、一人の少女が駆け寄ってきた。ピンク色の髪を揺らし、ミニスカート丈の白いローブを纏ったその少女は、ゲイルたちをきっと睨みつけてから、ゆっくりとハルトたちの方へ振り向いた。
「私はシロマ。シロマ・マグノーリエ。あなたたちを助けに来たわ」
「助ける? ⋯⋯シロマ、随分人聞きの悪いことを言いますね。私たちはただ、忘れることの素晴らしさを分かってもらおうと――」
「人の記憶を盗むなんて、泥棒と一緒よ!」
年の頃は十代前半ほどだろうか。まだあどけなさの残る顔立ちとは裏腹に、シロマと名乗った少女は一歩も退かぬ毅然とした態度で食ってかかる。
「シロマ! 前にも話したとおり、あの鐘は私たちが動かしているわけでは⋯⋯」
「さぁ、行きましょう! この街の人たち、みんなおかしいのよ」
「お、おかしいとはなんですか! シロマ! 忘却こそが美徳だと何度言ったら⋯⋯」
ハルトの袖口を引いたシロマは、顔も向けずに――
「ゲイル市長! 私には、忘れたくない大切な思い出があるの」
――と言い放つ。ハルトにもシロマの顔は見えなかったが、その緑の瞳に並々ならぬ意思を宿していることは、容易に想像できた。周りから何を言われようとも、真っ直ぐ自分の意見を貫く芯の強さ。彼女にはそれがある。
「それは単なる執着です。執着する心が、争いを生むのです。今からでも遅くはありません。⋯⋯シロマ。この時忘れの街でともに暮らしましょう」
「絶・対・に・い・や!」
おそらく、何度も似たようなやり取りを繰り返してきたのだろう。シロマとゲイルが、お互いに譲るつもりがないのは、傍から見ていても明らかだった。
「……確かに、自然に忘れるならまだしも、誰かに記憶を奪われるのはごめんだね」
「でしょ? 二人とも、こっちに来て! ステラおばさんのいる牧場まで行けば、鐘の音も聞こえないわ!」
「ギャオオ?」
「行こう、イプシロン」
どちらが正しいかをここで論じても意味はない。それよりも、今はシロマの提案に乗る方が賢明だろう。彼女に促されるまま、ハルトとイプシロンは時計塔広場を後にする。
「シロマ⋯⋯」
ふと背後から、どこか残念そうにシロマの名を呼ぶゲイルの声が聞こえた⋯⋯気がした。
ハルトの手持ち
・イプシロン (ミライドン) Lv70
・アカリ (ルカリオ) Lv70
・ヒナコ (フラエッテ) Lv70
・???
・???
・???