ただの村娘だったフィリスは神官になり、いつしか鉄拳聖女と呼ばれるようになった。ある時は疫病を治し、ある時は悪霊を吹き飛ばす。ただし、彼女のその力では真に人を救うことはできなかった。
 ある日、フィリスは建国祭で第二王子ルーファスを吹き飛ばして壁にめり込ませたせいで国外追放されてしまう。ただそれも、フィリスの思惑通りでかつて救世主が最後に祈ったといわれる泉を目指すためだった。道中、人を助け賊を倒しながら泉に向かう。

 ――これは人を救えない聖女が抗う物語。

 私は人が救えないから、無理矢理救ってやろうと思って。

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鉄拳聖女は救えない

 今日は建国祭の日、王城に多くの貴族たちが集まり、城下街には民衆たちが騒いでいた。夜の帳が降りて暗くなってきた頃、王城の大広間に鐘の音が響く。先ほどまであったざわめきがすぐに静まり返った。

 

 ローブを目深に被った人物と、付き人のように数人の神官が付き添う。神官たちは途中で後ろに下がり、ローブの人物だけが前に出た。

 

「聖女様がきたぞ」

「あれが鉄拳の?」

「まだ小さいな」

 

 口々に、皆呟いた。聖女、それが彼女の正体。白銀のローブに身をまとい、顔はよく見えないが金色の髪が見え隠れしている。周囲に光の粒が漂っている。

 

 曰く、町一つを一瞬で浄化し、罹ってしまえばもう助からないという疫病を患っていた人々を救った。

 曰く、国を滅ぼしかねない大死霊を被害を全く出さずに一人で祓った。

 曰く、その拳は鎧の上からでも相手の頭蓋を割り、城壁すら破壊しかねないほど。

 

 鉄拳聖女、この世界を守護する存在の一人。

 

 この場にいる誰もが彼女があんなことをしてしまうとは思わなかった。

 

 

 しくじった、と男は心の中で悪態をついた。馬に荷車を引かせていたが大きめの石に車輪がぶつかって、荷物は無事だったものの落ちてしまったからだ。

 体を確認すると、小枝か何かで足を切っていたらしい。確か傷薬のようなものを持っていたはずだ。神官が祈りを込めて傷を癒すもの、ポーションとか言ったか。それを使用するとたちまち傷がふさがった。完全に治ったとは言い難いが、問題ないだろう。

 

 とは言っても、荷車から投げ出されたときに体を打ち付けているし、最近は肩こりも酷いので体はまだ痛い。馬は無事そうだが。

 

「大丈夫ですか?」

 

 遠くから声がする。ローブを目深に被った少女だ。少し汚れていて足元の方は破けている。旅人だろうか。

 

「荷車の車輪が石にぶつかってしまってね。その時に投げ出されてしまったんだ」

「お怪我はありませんか……!?」

 

 少女が駆け寄ってくる。心配させてしまったらしい。ポーションを使ったばかりだから大丈夫、と言いかけた時にふいに風が吹いて、彼女の顔が露になる。くすんだ金色の髪に黒に近い青の瞳。まだ幼さの残った顔立ち。綺麗な少女だ、少しだけ目を奪われてしまった。

 

「体どこも痛くないですか? うーん、大怪我はなさそうですね」

「ポーションを使ったからね、問題ないよ」

「それはよかったです」

 

 ホッと少女は胸をなでおろした。

 

「嬢ちゃんはなんでこんなところに?」

 

 汚れたり破れたりしてはいるが、ローブは市井ではまず手に入らない代物だ。刺繍、装飾からして高位の貴族であってもおかしくない。おそらくお忍びか何かなのだろうがここは辺境だ。そんな場所で一人でいるのはおかしい。

 何か困りごとがあるのかもしれない。聞いてみるだけはいいだろう。

 

「えーっとですね……その……」

 

 言い澱んでいる。というか、普通は困っていてもそんなに目が泳ぐことないんじゃないか。何か本当にまずいことでもあったのだろうか。

 

「その国外追放されまして」

 

 ある意味予想通りと言っていいのだろうか。内容は予想外ではあるが。

 

「……嬢ちゃん、何やらかしたんだい」

「いやあ、つい王子を吹っ飛ばしてしまい」

 

 吹っ飛ばす? 王子を? 思考が追い付かない。いや待て、確か建国祭でそんなことをやらかしたやつがいなかったか。そう、王城の広間で浄化の儀の締めで第二王子が吹き飛ばされて、壁にめり込んでしまったというものだったような。

 それをやらかしたのは確か――

 

「鉄拳聖女……」

「はい、はじめまして。聖女をやらせてもらっていました。フィリスです」

 

 へへへ、と乾いた笑みを浮かべる。意外と余裕そうだ。

 

「確かに、聖女様の見た目は金髪に青い瞳って聞いたが……」

「ああ、暗闇でも光る金の髪に夜空を思い浮かべさせる深い青の瞳でしたっけ。あれってこう演出で頑張ってるから本当のやつじゃないんですよね」

 

 暗闇でも光る金の髪に夜空を思い浮かべさせる深い青の瞳、聖女様の見た目の特徴を表すものだ。青の瞳、はおおよそそうではあるが髪の方は盛りすぎてないか。聖女様ならそんなものかと思っていたが違うらしい。

 それでも綺麗な少女だ。普通に姿を現さないのも何かトラブルを避けていたのかもしれない。

 

「でも、王子様も悪いと思いません? なんか『聖女はどんなもんか見てやろう』とか言ってめっちゃぐいぐい来るんですよ。腕掴んでくるし。そのまま部屋に来いとか言ってたからつい突き飛ばしてたらなんか壁にめり込んでしまって。そういや私って力強かったなって」

 

 聖女というのは教会が与えた地位で、〇〇の聖女のように呼称されるようになる。今の聖女はあらゆる問題を拳で解決しかねない膂力を有していたらしいので鉄拳の聖女とか鉄拳聖女と言われているらしい。そんな彼女に突き飛ばされてしまえばひとたまりもないだろう。

 聖女に突き飛ばされたのは第二王子ルーファスだったか。女好きの王子と噂だ。聖女を自分のものにしたかったのだろうか。教会が許すとは思えないが。

 

「王族への暴行なら、国外追放もされるわけか……」

「まあ、王様は苦渋の決断みたいな感じでしたけどね。一時的に国外追放で、そのうち戻したいみたいらしいです」

「そりゃあまあそうだろうな……」

 

 聖女というのはそう簡単になれるものではないし、何よりも鉄拳聖女といえば聖女でも規格外の力を持っていると噂だ。手放したくはないが、お咎めなしにもしづらいからこういった形になったのだろう。

 

 考え込んでいると、こちらを見ている聖女様がにっと笑った。

 

「知ってます? 聖女って先読みの力とか持ってたりするんですよね」

「先読み?」

「ええ。未来がちょっとわかるんです」

「それは……」

 

 それが本当だとするなら、国外追放される未来も見えていたのだろうか。

 

「なんで、未来が見えるのに国外追放されたのかって思ってます? これ万能なものじゃなくてたまに部分的にしか見えないんですけどこうなることは見えていたんです」

 

 話が見えない。それだとわざと追放されたみたいじゃないか。

 

「そう、わざと追放されたんです。ちょっと行きたいところがあったんですけど忙しくてなかなか出てこれなかったんですよね」

 

 まるで心を読んだように聖女様は返した。それにしても行きたいところか。こんな辺境に用でもあるのか。

 

「この場所には用はないんですけど、まあここからならそのままほぼ北に行けばいいので都合がいいかなと」

 

 ああ、もしかして未来を見ているのか。こちらが何を尋ねようとしたのかをすでに見て返しているんだ。

 それにしても、このまま北か。この辺境は西の端だ。このまま北に行けば森が広がっているぐらいだが何かあるのだろうか。いや確か、そっちの方に教会が関連してるものがあったような。

 

「……そういえば、北の方に泉があったね」

「正解です」

 

 聖女様がふわりと笑う。ああ、本当にこの人は規格外の存在なんだろうな。

 

「このまま国境沿いに北に行ったら森があって、その先に大きな泉があるんです。昔、救世主様が最後に祈りを捧げたといわれる場所です。そこに用事があったんです」

 

 すっ、と聖女様が座り込んだ。息を吸い込んで集中し、目を閉じたと思えばすぐにそのまま目を開けた。その瞬間、空気が澄んだ気がした。不思議と体が軽い。

 

「本当はね、ここでおじさんが荷車から落ちて怪我してしまうこともわかっていたんです。でも、私がすべて助けてしまうと救えないからダメなんです」

「救えない……?」

「ええ。こうやってほんの少しの癒しなら大丈夫なんですけどね。私が命を救ってもその人って別のことで死んでしまうんです。そういう星の下に生まれてしまったみたいなんですよね」

 

 力なく聖女様は笑う。ああ、体が軽くなったのは今何かしてくれたからなのか。いまいちよくわからない。死ぬ人は結局死ぬ因果が決まっているようなことなのだろうか。

 

「私以外の人が助けてもね、なぜかそれは大丈夫なんです。なんか、神様に嫌われてるのかなって思って、文句言いに行くならきっとあの泉が一番近そうだから目指してるんです」

 

 聖女様、なんて肩書きなのに人をまともに救えない呪いのようなものをかけられているのはきっとつらいだろう。

 

「気づいてからはそこまでつらくないですよ。病気とかはどうしようもないですけど、完全に治癒しない程度なら治せますし、悪霊の被害があるとかは頑張って自分に害意が向くように仕向ければなんとかなりますからね」

 

 また、心を読んだように疑問を口に出す前に答えられてしまった。まあ確かに、未来を見るというよりも先読みか。聖女様はそのまま立ち上がった。もう泉を目指すんだろう。

 

「お邪魔しましたね、そろそろ私は行きます。この後すぐには悪いことは起きませんよ」

「……それは、すぐ後じゃなければ起こるってことかい」

「いえ、そんな後のことはわからないってだけです。では」

 

 ひらひらと手を振って歩き出したが、「そういえば」とこちらに振り返った。

 

「もう国外追放されたから厳密には今は聖女じゃないので、砕けた言い方で話すのは正解ですよ!」

 

 ビシッとこちらを指さした。とうとうこちらが心で思うよりも早く返答してきた。もはや心を読めるんじゃないだろうか。

 ふと目を離した隙にもう聖女様はいなくなっていた。元、聖女様か。相当足が速いらしい。

 

 さて、荷物を運ばなければ。元聖女様に会えたのなら、何かご利益があるのかもしれない。できれば、彼女にも頑張ってもらいたいものだ。彼女が真に人を救えたのなら、あの笑顔の裏に見え隠れしていた陰もきっと薄くなるだろうから。

 

 それにしても、噂の鉄拳は拝めなかったか。

 

 

 昔からずっと、私は人と違っていた。今ほど力は強くなかったけど、それでも悪いことが起こる前兆は見えていたし、同年代の子供たちが怖がるお化けぐらいは簡単に消し飛ばせていたから。

 

 聖女なんて肩書がついたのはいつのことだったか。教会から正式に聖女であると認められる前から周りからそう言われていた。神官たちの使う力(神聖印(ホーリー・サイン)だとか言うらしい)のも私には必要なかった。この力を行使するための力、神聖力をそのまま振るうだけでよかった。教えてくれた司祭のおじさんが言うにはそれでは効率が悪いらしいけど。

 

 たちまち、村娘だっただけの私は聖女になった。めんどくさいものを片っ端から拳で解決していたせいで、鉄拳聖女なんて呼ばれているけど。疫病を吹き飛ばしたし、土砂崩れを力づくでどかしたこともあったっけ。大きなお化けがいたから、殴り飛ばしたりもした。

 

 ――でも、私には人を救うことができなかった。

 ある時、疫病が広まった町があった。思い出したくもないぐらい凄惨な現場だった。人が尊厳を損なわれて死んでいく。私は精一杯祈った、この人たちは回復しますようにって。その頃の私はまだそこまで力が強くなかったから、罹患したうちの一人に手を合わせて祈った。光がその人を包んで、病気が嘘みたいに治った。

 だから、町一つまるごと治せるんじゃないかって町一つを治せるように、全力で祈った。町を丸ごと光が包んだ。寝込んでたみんなが起き上がり、全員治ったようだった。

 少したった時、どこかの町を山賊が襲ったと話を聞いた。場所はこの前疫病を治した町だ。まさか、と思ってたけどその予想は当たってしまった。

 

 その他にも、教会も王国も頭を抱えるほどの悪霊がでてきたときがあった。昔から封印されてるとんでもない悪霊だとかの話だったけど、たまたま居合わせたからおもいっきり殴ってみたら消えてしまった。周囲にいた人たちもあっけなく消えた悪霊を見てちょっと驚いてたなあ。

 でも、次の日に地震が起きてその付近の民家は倒壊してみんな死んでしまった。

 

 傷ついている旅の途中の人を助けても、次の日には病気で死んでたし、なんて役に立たない力なんだろう。まあ助けすぎなければいいと後になって気づいたけど。

 

 一番堪えたのは孤児院に行ったときかな。訪問をする予定があって、孤児院にいった。子供たちと遊んでいたら、女の子に袖を掴まれてこっそりと友達を治してほしいと頼まれた。女の子についていって、その子がこっそり飼っている猫がぐったりと横たわっていたから治してあげた。

 次に孤児院に行ったとき、酔っ払った暴漢二人の喧嘩に巻き込まれて、女の子と猫は酷い重傷を負って亡くなったことを知った。治した次の日の出来事だった。

 

 ようやく、そこで思い知った。私は人を救えないんだって。

 

 もしかして、神の思惑でこうなっているのであればそれを壊せたらいいな。結局あの泉に向かっているのなんて、その程度の理由だけど仕方ないよね。別に私は高潔な精神の持ち主とかじゃなくてたまたま力を持ってしまった村娘なんだから。

 

 だから、全力で救わないようにしている。ほんのちょっとの力だったら、助けてもなにも起こらないらしいから。

 

「おい、嬢ちゃん。こんなところで何しているんだ」

 

 ああ、感傷に浸っていたら耳障りな声に邪魔されてしまった。下世話な笑みを浮かべた男。追い出された時からずっとこのローブだから、こういう人にも絡まれてしまうんだろうな。あまりそういうことは気にしてなかった。

 

「無視か……あっ?」

 

 間抜けな声。掴んできたからその手を掴んで、足を蹴って転ばせてやった。

 

「なんだこいつ」

「優しくしてやろうと思ったのにな」

 

 わらわらと、他の男たちがやってくる。山賊か何かだったんだ。ここら辺って国境だけどあんまり見張られてないから別の国からの無法者もやってきてるのかもしれない。

 とか思っているうちに、ナイフを抜いてきた。女の子だから傷つけないようにとかだいたい言ってくるけどやる気あるね。剣だと大振りだから、身軽な私だったら簡単に避けられるって思われてるだろうし、そういうところには頭が回るのかも。

 

 男が一人向かってきた。全員では来ないんだ。何が起こってるかわからないって顔したまま倒れちゃったけど。

 刺そうとしてくるから、叩き落としてそのまま殴ったのが綺麗に鳩尾に入っただけだけど。

 

「次」

 

 人差し指でくいっと煽ってやると、面白いぐらいに青筋が浮かんだ。複雑なことを考えるよりもこういうのがいい時もある。たまにはこういうお掃除しないとね。

 

 

 大変なことになったな、と王は頭を抱えた。鉄拳の聖女、フィリスの追放だ。息子のルーファスをあんな目にしておいて、お咎めなしというわけにもいかないから仕方ない。できればもう少し軽い刑で済ませたかったが。

 しかし、ルーファスのやつはこんなに馬鹿だったか?

 

「くそ、あの女……! おとなしく俺のものになっていればよかったのに」

 

 いや、馬鹿だったか。ボロボロの状態でも悪態をつけるのは凄いが、あまりにも浅慮すぎる。

 

 そもそも教会の抱える聖女だ。そう簡単に手を出せるわけがないだろう。今も教会からとてつもない勢いの抗議が来ているのだから、困ったものだ。刑には反対しないが、チクチクずっと言い続けてくる。やらかしたことに関しては否定できないが聖女がいないと困るんだろう。

 

「国王陛下、聖女様からの手紙です」

 

 そっと騎士が耳打ちした。聖女からの手紙か。ルーファスに聞かれると困るからだろう。そもそもなんであいつはここにいるんだ。どうせ、こんなに酷いことをされたというアピールだろうが。

 ルーファスのことはもういい。手紙を開いた。

 

『国王陛下へ、鉄拳の聖女フィリスです。この度は騒ぎを起こしてしまい申し訳ありませんでした。私はどうしても、外に出なければならず、それに巻き込んでしまいました。まあルーファス殿下に限っては向こうから絡んできたので私のせいではないと思いたいですが』

 

 はっきり言うなこの娘。ルーファスが見たら怒り心頭で今すぐお前のもとに駆け出していくぞ。それにしても、外に出たいか、何か不吉な予兆でも見つけたのだろうか。

 昔聞いた話によれば聖女フィリスは先読みの力があるらしい。だから災厄を未然に防げたこともある。ルーファスを壁にめり込ませて国外追放するのもその力で知ったが、ついでに利用したというわけか。

 

『私には人を救うことができませんでした。だから、泉に行こうと思います』

 

 聖女の手紙はここで締めくくられていた。いや、短すぎないか。だから、じゃないだろう。前後の繋がりがあるか?

 

 それにしても泉か、西北の方に森を抜けたところにあるあの泉か。大いなる泉、聖なる泉――様々な呼び名があるが、かつて教会を作り上げた祖ともいわれる救世主が最後に祈りを捧げた場所。

 あらゆる聖職者たちが、人生の最後にあそこに向かったという話もある。三代前の教皇も確かそうだったか。あそこは神に直接意思が通じるらしい。

 

 伝承によると、かつて救世主が祈りとともに泉に沈むことで神の世界に行き、その姿を確認した。ただし、一度そうなってしまえば戻ってくることができないから救世主は神の世界から我々を導いているなんて話もある。

 もしかして、聖女もそれが目的だろうか。聖女には人を救えない、これも聞いた話だ。災害、死霊、疫病などから助けたものはやがて悲劇に遭う。そのせいで、いくつかの依頼を断られたこともある。教会もこれのことは知っており、あまり大きな仕事を頼めないと枢機卿もぼやいていた。

 

 こんな運命に生まれてしまったことを、神に抗議しにいくのだろうか。だが、あそこから神の世界に向かってしまえば伝承通りなら戻ってこれないことになる。まさかな。

 だが一応確認しておくか。ルーファスには気づかれないように騎士に伝令を飛ばした。

 

 

 悪夢を見ていた。俺たちは村を目指すような人を待ち伏せて襲っていた。いわゆる賊に該当するんだろう。

 

 村と村の間、警備が甘くなる隙をついて商人や旅人を何人も襲った。食料、金、女。欲しいものは全部奪った。辺境は隣国が攻めてきた時の備えで警戒が厳重なところもあるが、村と村を繋ぐ程度の道だとそうじゃないところもある。ちょうど、そんな場所を選んだ。

 

 そしたら、娘が一人歩いているのを見つけた。ぼろっちい服装だが、よく見たら市井にあるようなもんじゃない。狙い目だ。なんなら見た目も悪くない。金髪に青い目なんて珍しいしな。ちょっとちびでガキっぽいがまあいいだろう。これぐらいのガキなら抑え込めるはずだった。

 

 今、襲った仲間たちは全員地面に転がっていた。動きが早すぎて目が追いつけない。ナイフを刺そうとした瞬間にはもう転がされてやがる。

 

「次」

 

 なんて煽ってくるもんだから全員キレてそのまま襲っていく。大の大人が手玉に取られて転がされていく。このガキは身軽だから大振りな剣じゃ逆に邪魔だろうと思ってナイフで襲うように指示した。

 

 でも、振ったナイフがことごとく空を切り、ひらひらと避けられる。攻撃を読まれてる。なんだこのガキ。

 メキっ、と何かが軋む音がしたと思えば一人が倒れた。殴られて気絶してやがる。ガキの足元がひび割れてる、こいつが踏み込んだときの音が軋んで聞こえたのか。

 残り二人かがりで狙ったら、思いっきり跳んでかわして、そのまま一人の顔を掴んで地面に叩きつけ、その後ろを狙ったやつも蹴られて吹き飛んだ。……化物か?

 

「もういいでしょ」

 

 ため息をつきながら、背を向けた。チャンスか?

 

「だから、いいって言ったでしょ」

 

 振り返る。こいつ、殺気に敏感すぎる。まだ動いてないのに反応してきた。

 でも本命はこっちじゃない。草むらに隠れて、クロスボウを持ってる仲間が一人いる。今だ。

 

「まだやる?」

 

 矢が、当たる直前で止まった。見えない壁のようなもので防がれてる。こいつ、神官か? 待て、この見た目どこかで見たことがある。

 

「鉄拳聖女……」

「正解」

 

 遠くで悲鳴が聞こえた。防がれた矢を拾ってクロスボウの仲間に投げやがった。当たったのか、化け物め。

 それを言う暇すらなく、俺は殴られた。

 

「やっぱ見逃すのもおかしいし、ついでに殴っておくか」

 

 殴った後に言うなよ。

 

 

 あーあ、なんか暴漢集団に出会ったせいで時間を無駄にした。でもすっきりしたからまあいいか。ああいう私に向かってくる脅威は手加減しなくてもいいからちょうどいいかもしれない。

 森も近づいてきた。目と鼻の先にある。近くの木陰にもたれて休憩する。

 

 ようやく泉につく。そこまでの大冒険をしたわけじゃないけど、これからやろうとしてることってそこそこ壮大だから。

 

「あんた、大丈夫?」

 

 声が聞こえる。訝しげにこちらを見てくる女の子がいる。ここってもう人ほぼいないようなところだし、前みたいに賊とか出てくると怖いと思うけど。

 

「ねえ、聞いてる?」

 

 覗き込んできた。眉間にシワを寄せてるけど、普通に心配なんだろうな。

 

「うん、大丈夫」

 

 って笑って答えてみると、顔をしかめられた。なんで? 安心もしてくれたみたいだけど。

 

「あんたさ、この先の大いなる泉ってやつ見に来たの?」

「うーん、まあそんなところ」

「へー、物好きだな。どうせあんたも神官だろ」

 

 あら、バレちゃったな。顔は隠してないけど、今までのローブだとバレるから対策してきたのに。即興でノーマルなローブに見えるように術をかけてるのに。

 

「はい、よくわかりましたね」

「なんか、あんたからは光みたいなのが見えるから」

「え、光ですか?」

「なんか、こう光の粒みたいなのが回りに浮いてんだよ」

 

 光の粒か。神聖力が漏れてるのかな。あ、ローブにかけた術のせいで人によってはそういうの逆に見えてるのかも。

 

「そういうの見えるのって、あなたも神官に向いてるのかもしれないですね」

「……」

 

 じっと見てくる。え、なにか変なこと言ったかな。

 

「あんたさ、もしかして……聖女様……だったりする……?」

 

 なんか、しどろもどろになってるけどバレてるな。ちゃんとしたところに出るときって、ちゃんとよく見えるように色々やってるんだけどな。なんかこう、髪光らせたりとか。

 あ、不味い。黙ってたら、間違ってたみたいな雰囲気だしてる。

 

「はい、実はそうなんです!」

「…………」

 

 笑ってみたら、すごい手を握りしめられてる。え、これはどういうこと。

 

「あの?」

「……すごい、目が青いし綺麗……」

 

 シンプルにファン、でいいのかな。ちょっと予想外。こういうのは見えなかったな。

 

「聖女様は、泉を見に来ただけですか?」

 

 いきなり、かしこまるじゃん。さっきまでのはなんだったの。

 

 でも、ちょっとわかるよ。私もさ、昔は救世主様に憧れたりしたもんな。たぶん、直で見るとこんな風になってしまうんだと思う。過去の私、今は憧れられる対象だよ。

 

「まあ、見に来たというか、祈りに来たというか」

「そうですか……お気をつけて」

「うん、君もね」

 

 せっかくだから少しだけ祈ってあげようか。握られた手を離して、立ち上がる。ちょっとびっくりしてた。嫌だったとかじゃないんだけど、そろそろ行かないといけないしね。

 

 女の子も、手を振ってそのまま帰ろうとしてる。こんなところにあんまり来ない方がいいぞ。

 

「聖女様、さようなら! 私はクソ殿下の方が悪いと思ってます!」

 

 ああ、国外追放の件はちゃんと知ってるか。いいやつだね。

 特に答えることもなく、手を振り返した。

 

 

 

 女の子の姿ももう見えないし、なんなら森の中にいる。さっさと泉に行かないと。

 

 さっきの女の子、ここに来たのは神官とかに憧れがあって縁の地が近くにあったからなんとなく寄ってしまったんだろうな。泉までは行けないから、森の手前にいるだけで。

 

 ごめんね、途中で切り上げちゃって。本当はもう少し話しててもよかったんだけど、早くしないと君が危ないから。さっき、女の子がひどい目にあってしまうのが見えてしまったから。今のうちに済ませないと。

 

 泉が見えた。結構大きいな。真ん中に何かを祀る祭壇みたいなものが見える。国王陛下のもとへ向かうときのように身だしなみを整える。神のところに行くのだから。

 

 くすんだ髪を煌めかせる。瞳もちょっとだけ印象付けて。深呼吸して、手を合わせて祈りながら泉へ入る。

 足元が冷たい。地面の感覚がなくなる。心臓の鼓動がゆっくりと落ちていく。全身が別の何かに変わるようなそんな感覚さえある。

 

 私はずっと、本気で誰かを救えなかったけどさ、そういう余計なことしてくるの迷惑だからなんとかしてよ、神様。

 

 ああでも、どうせならこんなことせずに自分の手でやりたかったな。

 

 ――光が見えた。

 

 

 聖女様に出会った。国外追放だとか言われてたけど、ここに来てたなんて。あれは王子が悪い。クソ殿下。女好きだからって聖女様に手を出すのは気持ち悪すぎる。穢さないでほしい。

 

 最初、すごい失礼にしてしまったから後悔はあるけど、急いでそうだったから切り上げてしまった。握った手の感触がまだある。綺麗だった。泉の伝承は聞いたことあるけど、あそこに行くことに何か意味があるのだろうか。

 

 突然、空が光った。あれは泉の方? 聖女様何かしたのかな。暖かい光が身を包む。何かに抱き締められてるように。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 突然その声が聞こえてきた気がした。振り向くと、魔物の群れが光に焼かれていた。その光の中に、聖女様を見た気がした。 

 

 

 国王陛下の命により、大いなる泉への調査が行われたが、そこには誰もいなかった。聖女さえも。

 それから聖女が見つかることはなかったが、聖女を見たという目撃談が各地で確認された。

 

 曰く、疫病が発生した町に派遣された神官すらその病気に罹患してしまった時、突然やってきた誰かが治してしまった。

 曰く、南の戦場跡から発生した大規模な怨霊の集合体は村に到着する前に勝手に崩れ落ちた。その時、それに立ち向かう誰かがいたとか。

 曰く、 聖女に傷つけられた第二王子のルーファスの体の傷が勝手に治った。その時に、「ごめんなさい」という言葉が聞こえたらしい。それと、「あなたも反省してくださいね」という一言も。

 

 きっと、聖女様は見えないところで今も国を守っているだろう。――なんて、わけわかんないこと言わないでほしいけどね。

 

 あのあとさ、神の世界に行ったんだよ。私はそれが目的だったから。この気持ち悪い世界を多少変えてやろうと思って。

 

 ここからだったらこの世界に干渉できるから。どうやら私の力が強すぎてその反発で悪いことが起こるみたいだったから、それをねじ曲げてやった。

 

 神様だとか救世主様だとかは見えなかった。それよりも色々してやろうってやってたせいかもしれない。

 

 それで、私が今まで救えなかったようなこと全部救ってやった。

 

 これ、満足しちゃったらたぶん私も力保てなくてこれ以上救えないかもしれないけど。意思の強さがあったからここまでできたみたいだしさ。

 

 きっと私って、救えないやつなんだろうな。どうしようもないやつ、みたいな意味で。


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