「はぁ……」
十番隊隊舎の隊長執務室内で椿咲は1人ため息を吐いていた。
「どうすれば良かったのかな……」
その日……いや、あの日以来椿咲は眉間にしわを寄せている時間が多くなった。
現地に向かった始末特務部隊として唯一生還した椿咲南美だったが、十三隊内で生還した彼女こそが真の黒幕ではないかとあらぬ噂が立っていた。本人はそのことを気にも留めなかったが、平子たちを救う手立てが他にあったのではないかと考えない日は無かったのだ。
「また眉間にしわが寄ってますよ。椿咲隊長」
「……一心君」
そんな彼女に話しかける1人の青年がいた。名を、
名門貴族であり『五大貴族』の一角『志波家』の分家出身の死神であり、平子たちと入れ替わりで護廷十三隊に入隊した人物である。
「流魂街魂魄消失案件のことですか?」
「一心君には関係ないよ。……って言いたいんだけどね」
そう言う椿咲の顔には笑みが浮かんでいたが、明らかに『後悔』の二文字が現れており、どこか自嘲気味に笑っていた。
「よければ聞きますよ。愚痴の一つや二つくらい」
「情けない話だけど、あの時何も出来なかったんだよ。私はそれが許せなくてね、他にやれることがあったんじゃないかと思わない日が無いの。笑えちゃうでしょ」
「…………」
「―――……なんてね。話を聞いてくれてありがとう。書類は確かに受け取ったよ」
「笑うことなど出来ませんよ」
「え?」
「椿咲隊長。隊長はその時、取るべき行動を取らなかったのですか?」
その時、一心は椿咲の目をしっかり見て言っていた。それは椿咲を信じていると言わんばかりにまっすぐで力強い目をしていた。
「……そんな訳ないよ」
「これはあくまで個人的な意見ですが、取るべき行動を
「…………」
「隊士の間では椿咲隊長が
「ありがとう。後悔は必要だけど、後悔ばっかりしてたら前に進めないものね」
「……あっ!申し訳ありません。椿咲隊長にこんな……」
「気にしないでよ。それより、やっぱり私が
「冗談は止してください。では、届きました書類は確かにお渡ししました。失礼します」
一心は椿咲に対して一礼して去って行った。
椿咲は部下に変な気を遣わせてしまったことに情けなさを覚えつつも手渡された書類に目を落としていた。
「……【元二番隊隊長】四楓院夜一の処遇について、か」
書類には浦原と
すでに【二番隊隊長】の職位については剥奪されていた夜一だが、【隠密機動総司令官】と【刑軍統括軍団長】の職位については代わりがいないという理由で保留となっていた。
それが今回、両職位共に剥奪の処分が下ったと記載されていた。
「四楓院隊長も二番隊の隊士も巻き込んじゃう形になっちゃった……よし」
椿咲は何かを決心したように声を上げると、ある場所へと向かった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「あぁ?十番隊の椿咲隊長?」
そう声を上げるは、【二番隊副隊長】
ここは瀞霊廷の一角にある『二番隊隊舎』。椿咲は夜一が隊長を務めていた【二番隊】を訪れたのだ。
「悪ぃが、お引き取り願ってくれ。夜一さんが急にいなくなった影響で二番隊は今慌ただしい」
「それが……」
椿咲が訪ねてきた
「一言謝罪させてほしい……って、椿咲隊長が何やったってんだ?」
椿咲が二番隊を訪ねた理由、それは夜一を巻き込んでしまったことへの謝罪であった。希ノ進は椿咲が始末特務部隊で唯一無事に戻ったことは知っていた。しかしそれと夜一の失踪との関係性を見いだせずにいたのだ。
「それは私とて分かりかねることです。如何いたしましょうか」
「はぁ……分かった。お通ししろ」
・
・
・
・
・
「お時間をいただき感謝します。大前田副隊長」
「椿咲隊長、あなたが『
「大前田副隊長も知っていると思いますが、私は始末特務部隊の一員として前線いました。そこで起きたことが四楓院隊長の職位剥奪に繋がっています。巻き込んでしまったことにお詫びを入れたかったんです」
目の前で頭を下げる椿咲に希ノ進はほとほと困り果てていた。希ノ進は浦原が禁忌事象研究を行ったかは別にして、夜一が浦原を助けるために強硬手段に出たのだろうと推察していた。つまりは夜一が独断でやった事であり、椿咲には一切非が無いと考えていた。
「頭を上げてもらいたい、椿咲隊長。今回の夜一さんの件は椿咲隊長に一切の非はない。浦原のやつを夜一さんが助けようとした結果だろうと見ている」
「しかし……」
「しかし、ではありません。これは我ら【二番隊】の問題となる」
「……分かりました。では―――」
「失礼します!!」
椿咲が言葉を言いかけた時、1人の死神が駆け込んできた。その顔には焦燥感が見て取れ、肩で息をするほど呼吸も乱れていた。
「椿咲隊長、お目通りを願いたく存じます!」
「おい、失礼だぞ!
希ノ進が砕蜂と呼ぶ小柄な女性死神は必死とも言うべき形相で椿咲に向かって頭を下げていた。
椿咲はまだ知る由もなかったが、彼女は夜一のことを崇拝に近いほど慕っていた人物であり、その行く先を知る可能性が最も高い椿咲がやって来たことを知り、無礼を承知で転がり込んできたのだった。
「私は無礼とは思わないので構わないですよ。それで、砕蜂ちゃんで良かったかな」
「は、はい!椿咲隊長、失礼承知で伺います。夜一様の行き先に心当たりは……!!」
「……残念だけど、私も知らないの」
椿咲は銀華零から夜一がどこかに潜伏している、或いは逃げ遂せていることは聞いていた。しかし、銀華零自身も何処へかまでは聞いていないために、椿咲もまたその場所について知らなかった。
「そ、そうですか……」
唯一の手掛かりすら無くなってしまったことに砕蜂は深く落ち込んでいる様子だった。
そんな砕蜂を見て椿咲はいたたまれなくなり、無意識のうちにと言うべきか声をかけていた。
「砕蜂ちゃん、良ければだけど私と少し風に吹かれに行かない?」
「……えっ!?」
「構いませんよね。大前田副隊長」
希ノ進は静かに椿咲を見ていた、そして思案した。目の前の隊長は何を考えているのかと、
しかし、砕蜂が抱えた闇とも言うべき傷は自身を始めとした『隠密機動』の死神では癒せぬことは重々承知しており、ならば椿咲南美という死神に任せるのは悪くないと考えるに至った。
「夜一さんと同じく無茶を言う方だ。椿咲隊長は」
「少しお借りしますね」
椿咲は立ち上がると砕蜂の手を引き、部屋の出入り口へと進んだ。
希ノ進は砕蜂が部屋を出る前にに声をかけた。それはある種、激励ともとれる言葉だった。
「砕蜂、夜一さん以外の隊長と話せる機会もそう多くはない。何を学び、何を
「はっ!」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「急にわがまま言っちゃってごめんね。驚いたでしょ?」
二番隊隊舎を出た2人の間に会話はなかった。2人とも初対面であるが故に何を話すべきか分からなかったのだ。
そんな沈黙を破ったのは椿咲だった。
「いえ、夜一様で慣れておりますので……」
「……あの、椿咲隊長」
砕蜂は間を置き、そして聞きたかったことについて語り始めた。
何故椿咲が自身を外に連れ出したのかを、初対面である【十番隊隊長】のその真意を、
「なに?」
「何故、私を誘っていただけたのですか?」
「そうだね……いつかの自分を見ているみたいだったから、かな。砕蜂ちゃんはさ、やっぱり四楓院隊長の事を慕ってたのかな?」
椿咲は砕蜂が自身の感情とどう向き合えばいいのか分からなくなっていると看破していた。
そして、それに確信を持つためにあえて少し踏み込んだ質問を返していた。
「……はい、初めてお見かけしたときから慕って……いえ、憧れていました。それはもはや崇拝に近いほどに」
砕蜂は語った。自身の生い立ちについて、
四楓院夜一と初めて会った時の事を、刑軍統括軍団長直属の護衛軍に入った時のこと、
そして突然姿を消したことと、後に通達で浦原喜助の逃走
「椿咲隊長、私はもう分からなくなっています。何故、夜一様は何も告げずにいなくなってしまったのか、私も連れて行ってくださらなかったのか……」
失望と怒りからか徐々に語気が強くなる砕蜂だが、その目には涙が溢れていた。
「……そっか。私も分かるよ、その気持ちの一端」
「何を根拠に……」
砕蜂は自身を落ち着かせるために、椿咲が口から出まかせを言っていると思っていた。
先代の隊長、『真央霊術院』の講師としても名高い、椿咲ほどの死神が自身と同じようにある種の挫折を味わっているわけがないとしていたからだ。
「砕蜂ちゃん、私だって初めから隊長だったわけじゃない。今の砕蜂ちゃんと同じで私にも憧れた隊長がいてね。あっ、勿論まだまだ現役なんだけど、その人の下で働くって言うのが目標だった。霊術院に入れるほどじゃなかったから独学で修業したり、斬魄刀はなんとか工面してもらったりしてさ」
「そして力を付けて憧れてた隊長のいる隊に入った。300年前には後を継いで一度、隊長を担ったんだ。そこで初めて分かったことがあるの」
「……何がでしょうか」
「大切な部下たちを巻き込んでしまう心苦しさ」
「ッ!!」
その時、砕蜂の顔には驚愕の二文字が現れていた。
部下を持ったことのない砕蜂にすれば、それは未だ考えたことのないことであり、
同時に夜一が何も言わずにいなくなってしまった
「席官や副隊長だった頃は、”何故私を連れて行ってくれないのだろうか”と隊長に対して散々思ってたよ。けど、いざ自身がその立場になって思い知らされた。大切な部下ほど自身の我儘に巻き込めないってね」
「し、しかし!それは椿咲隊長であって夜一様は……」
「砕蜂ちゃん、確かに私は四楓院隊長じゃない。けど、同じ隊長だ。だから隊長としての気概はなんとなくでも分かる。きっと四楓院隊長は砕蜂ちゃんが大切だからこそ何も言わずに去って行ったんだよ。自身の我儘に巻き込まない為に」
「…………」
砕蜂の顔には失望の感情が現れていた。しかし、それは椿咲と初対面したときとは大きく違い、何も告げずにいなくなった夜一にではなく、夜一と並びそして戦うことが出来なかった自身の力の無さに、
「…………」
『言いすぎちゃったかな……』
砕蜂が押し黙ってしまったことで椿咲は心配していた。
自身も夜一同様に隊長であったため、その考えについてなんとなく分かるのは事実だった。
しかしそれがかえって砕蜂にとって余計なものとしまっていないか、さらなる迷いを砕蜂に生じさせていないかを考えていた。
「椿咲隊長、私強くなります。いつか夜一様と並んで戦えるように」
言葉を紡ぎ出した時、砕蜂の目には決意の2文字が現れていた。
それは先程までの暗い感情がまるで嘘のように、
「うん、応援するよ」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「やあ、椿咲隊長。どうしたの急に」
椿咲は砕蜂を『二番隊隊舎』へ送り届け、希ノ進に礼を言ったその足で『八番隊隊舎』へと来ていた。
【二番隊】のそれと同じく隊長である京楽に一言謝罪とは言えないまでも話をするために、
「……って言ったけど、何となく察しはついてるんだけどね。リサちゃんのことでしょ?」
「やっぱり京楽隊長は鋭いね。矢胴丸副隊長のことで少しだけ」
椿咲が京楽を訪ねて『八番隊隊舎』までやって来たその理由。それは、
前線にて【八番隊副隊長】矢胴丸リサを無事に連れ帰ることが出来なかったことへの詫びをするためであった。
「うちのリサちゃん。僕が言った通り強かったでしょう?」
「……ええ、副隊長時代の私以上に」
「自分を卑下し過ぎじゃないかな。椿咲隊長」
「いいえ、あの当時の私だったらあそこまで
「何言っているのさ、副隊長時代の椿咲隊長って今の僕以上に強かったじゃない」
「そんなことはありませんよ」
「……京楽隊長、今回は―――」
「いいよ。過ぎた事さ」
椿咲が一言間を置いたことで、いよいよ本題に入ると察した京楽は咄嗟にその声を遮った。
京楽は普段とは違う椿咲の雰囲気からただ矢胴丸のことを話しに来た訳ではないと察していた。しかし、それをこちら側から指摘するのは野暮となるために椿咲が本題を切り出すまであえて触れないことにしたいたのだ。
そんな中、頭を下げようとする動作を見せた椿咲に、ここへ来た目的が自身への謝罪なのだろうと即座に理解し、阻んだ形だった。
「見誤ったのは僕の方、前線の状況が思っていた以上に深刻だった。椿咲隊長が謝ることでも気に病むことでもないよ」
「私がこの目的で来ていたのはバレていましたか」
「なんとなく、だけどね。謝罪をするというのなら、代わりに1つ教えてくれないかい」
「前線で何があったのかを……ですよね」
「僕はどうしても浦原隊長が禁忌事象研究に仲間を選んだとは思えないんだ。言える範囲でもいい、教えてもらえないかな」
「…………」
その時、椿咲は悩んでいた。
かつて銀華零が夜一に対して言ったそれと同様に、【護廷十三隊】側に【宮廷遊撃部隊】と繋がる者を設けるのは情報のやり取りの観点から悪い話ではなかった。それが京楽ならば尚の事心強いことですらあった。
しかし、相手が【宮廷遊撃部隊】の存在を知る京楽とはいえ、安易に巻き込んでもいいものかと、
「……分かりました。ただ、あまり詳しくは言えないのと、内密にしてください」
悩むように目を閉じていた椿咲はゆっくりと目を開くとそう言った。
京楽自身、ダメもとで聞いていた節もあり、思うもよらない返事で少し驚きはした。それと同時に四十六室や元柳斎から口止めされているであろう中、話す判断をした椿咲に感謝すらしていた。
「まず、京楽隊長の言う通り今回の案件に浦原隊長は関わっていません。あの場に霊圧があったのは、救援に来たからです。罪状にあった禁忌事象研究とは
「そして、それを行った者と浦原隊長たちの行く先については言えません。
「……そうか」
「すいません。煮え切らないような情報になってしまって」
「構わないさ。口止めされてる中で言える範囲だけでも教えてもらえたことに感謝しないといけないくらいだよ」
「とんでもないです」
「京楽隊長は中にお見えですか?」
その時、外から声が聞こえて来た。声の主は分からなかったが、女性であることだけは確かだった。
「なんだい?」
「少しお話したい事がございまして」
「すまないけれど、後にしてもらえると……」
「私は構いませんよ。京楽隊長」
断ろうとした京楽の言葉を椿咲が遮った。
仮にも【十番隊隊長】である自身を差し置いて緊急性が高くない報告、或いは隊士の話を優先するのはどうかと京楽は考えた。それを察した椿咲が京楽さえよければ、と気を遣った形だった。
「すまない、椿咲隊長。いいよ、入っておいで」
「失礼します。少々お話が……って、椿咲?」
「……へ?」
入ってきた死神は椿咲の顔を見ると思わずその名を口にしていた。一方で京楽は見たことない女性隊士に警戒感を示し、呼ばれるとは思っていなかった椿咲は間の抜けた返事としていた。
「えーっと、君は誰かな?」
「ん?ああ、すまない。姿を変えたままだったな」
目の前の女性隊士が左手の指をパチンッと鳴らすと、まるで陽炎のようにその姿が歪み、徐々に女性の姿から隊長羽織を身に纏う男性死神の姿へと変化していった。
「2人共驚かせてすまなかったな。京楽の次男坊、少し聞きたいことがある」