「こんなところに甘味処があったとは……」
店に掲げられる看板を見上げて一心は声を漏らしていた。
ここは瀞霊廷の東側にあるとある甘味処の前。
かつて雷山と椿咲が訪れた場所を前にして、今度は椿咲が【十番隊副隊長】志波一心を連れてやってきていた。
「前に見つけたんだよね。何回か来てるし、味についてはお墨付きだよ」
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「いつものあんみつを2つお願いします」
「はいよ」
「椿咲隊長、お連れいただきありがとうございます」
「お礼なんていいよ。気にしないで、ゆっくりしてね」
「…………あの」
湯吞みを持ちお茶をすする椿咲を前に、一心は話を切り出した。
それは、椿咲が自身をここまで連れてきたその
「椿咲隊長、私にいったい何のご用ですか?」
「……そうだね。本題に入ろっか」
湯呑みを机にコトっと置いた椿咲は間を置いて本題について語り始めた。
「一心君……いや、志波副隊長。改めて言うけれど、次期十番隊隊長になってくれないかな」
椿咲が一心を行きつけとなっていた甘味処まで連れてきた理由、それは【十番隊隊長】の職位を一心へ渡そうと説得するためだった。
この時、椿咲が『隊長代理』として【十番隊隊長】の職位に就いて数十年の月日が経っていた。椿咲自身としてはいつまでも『隊長代理』として居座るのは良しと考えておらず、一心が実力、人格共に【十番隊隊長】を担うに相応しいと思うに至るまで待っていたのだ。
勿論、一心は椿咲のその態度から自身に対する用事についてなんとなくだが察しがついていた。
「……椿咲隊長、前にもお伝えしましたがお断りします。次期十番隊隊長については私よりも冬獅郎の方がよろしいと考えます」
一心は卍解すら会得していない自分よりも、卍解を既に会得している【十番隊第四席】日番谷冬獅郎を前々から推していた。
しかし、椿咲はそのことについてある確信を得ていた。
「一心君も会得はしているでしょう?卍解」
「ッ!!」
その時、一心は少し驚いたように目を見開いた。卍解の事については椿咲どころか誰にも言っていなかったからである。
「……どこで知ったんですか?」
「誰からも聞いてはないよ。というよりも、私を誰だと思っているの?【十番隊隊長】椿咲南美だよ。一心君は元より隊士のひとりひとりを気にかけているんだよ」
「失礼致しました」
「……っていうの半分冗談で、卍解を会得する前と後で一心君の雰囲気というか、霊圧が変わったのに気づいただけだよ」
その言葉に一心は感服していた。椿咲隊長は日々の業務をこなしながらこちらを気にかけるくれているのかと、
そして同時に考えた。自身ならばそのちょっとした変化に気づけたのだろうかと、
「慣れれば誰でも出来るようになるよ。改めて言うけど、次期十番隊隊長に推挙しても構わないよね」
「何故、私なのですか?冬獅郎ではいけない理由をお聞かせ願います」
「そうだね。確かに日番谷君の才能はすごいよ。人格にしても同じ席次だった頃の私よりずっと大人びているし、実力においても第四席と考えたらずっと強いし。けどね、それでもたった1つだけ一心君や私に敵わないものがある」
「経験がね、圧倒的に足りないんだよ」
「…………」
「日番谷君も隊長になるべき死神なのは確かだよ。でもそれは一心君の次だ」
椿咲が語ることは一心も頭の中では分かっていたことだった。ただ、自身が隊長を受け継ぐと言ってしまえば、十番隊の隊士全員から椿咲を奪うことになると同義であり、自身がその代わりを務めることが出来るのかと言わば逃げているだけだった。
「……分かりました。次期十番隊隊長の件。お受けいたします」
「ありがとう」
一心は自身の前に置かれる湯飲みをただ一点見つめていたが、覚悟を決めたように椿咲の目を見てはっきりと答えた。
一心の答えを受けて椿咲は笑顔を浮かべていた。そして静かに立ち上がった。
「椿咲隊長、どうしました?」
「『中央四十六室』に呼ばれていたことを思い出してね。今日中には隊舎に戻るよ」
「……あっ!そうそう、今日は私の奢りだから一心君はちゃんとあんみつを食べて行ってね」
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「……来たか。『十番隊隊長代理』……いや、【十四番隊・第三将”中堅”】椿咲南美。浦原喜助及びそれに付随する罪人どもの行方について聞かせてもらおうか」
一心と別れてから数十分後、椿咲は『中央四十六室』の出頭命令に応じて地下議事堂にいた。
『中央四十六室』は未だに浦原を始めとした複数の隊長格の行方が掴めていなかった。そこであの事件の際前線にいて、現在まで『十番隊隊長代理』を務める椿咲に出頭命令を出すことで圧をかけ聞き出そうとしていた。
「はぁ……やっぱりその事でしたか。前にも言いましたが存じませんよ」
「分かっているとは思いたいが、この場で虚偽を述べようものなら、【宮廷遊撃部隊】と言えども即刻投獄刑に処するぞ」
「それは脅しと捉えてもよいですか?そのようなもので私が怯むと思われているとは心外ですね」
「なんだと?一介の隊長風情が立場を弁えよ!!」
顔を隠すためにある『二十三』と書かれた立て札の席に座る賢者が声を荒げた。
彼は
一方の椿咲は『中央四十六室』がどのような集団でどの程度の存在なのかを雷山から聞いており、その通りのままの有り様で
「一介の隊長風情と申しますが、私は【宮廷遊撃部隊】”十四番隊”にて『中堅』の職位を預かる身です。そんな私が嘘偽りを述べるなど、ましてや【宮廷遊撃部隊】”十四番隊”があなた方、中央四十六室に隠し立てをするような組織でないことはあなた方が一番よくご存じではないのですか?」
「小娘が言わせておけば……!!」
「下らぬ物言いなどするなと前にも言ったであろう。おぬしはそうやってすぐ頭に血が上る」
椿咲の挑発ともとれる発言に……いや、そもそも椿咲は挑発すらしていないのだが、
自身らへの敬意がまるでない物言いに怒りが頂点に達しそうだった賢者を別の裁判官が制した。
「椿咲南美。貴様が何もう知らぬというのならば、それでも良かろう。だが、隠し立てたことが判明すれば即刻投獄刑、場合によっては処刑も辞さないことを忠告しておくぞ」
「はぁ……」
椿咲は呆れからか思わずため息を吐いてしまっていた。
目の前の最高司法機関を自称する死神たちは何を突拍子もないことを言っているのだろうと、
確かにあの時、銀華零が
「構いませんよ。かつて私が始末特務部隊唯一の生き残りとして報告したことが全てですので」
「あの報告がすべて事実なら、の話だがな」
「ここで問答するつもりはありませんよ。では、他に何もなければこれにて」
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「ただいま」
「椿咲隊長、ご無事でしたか」
『十番隊隊舎』に戻った椿咲を出迎えたのは一心だった。一心はあの後、椿咲の言いつけ通りに出てきたあんみつを食べていた。しかし、椿咲が『中央四十六室』に呼び出されたとあって気が気でなく、すぐに隊舎へと戻ってきたのだ。
そして椿咲が無事に戻ってきたことで、一心の顔には安堵が現れていた。
「ごめんね、どうやら心配かけちゃったみたいだね。一心君」
「……椿咲隊長、差し支えなければ四十六室はどのような理由で出頭命令を出したのか教えていただいても良いですか?」
「浦原元隊長たちの居場所について教えろって、あれから数十年も経っているのに、痕跡すら見つからないから焦ってるんでしょ」
「実際のところ椿咲隊長はご存じなんですか?」
「知らないよ。たとえ知っていたとしてもそんな仲間を売るようなマネは出来ないよ」
「そうですか……ともかく、椿咲隊長に何もなくて……」
一心が棚を開けて「あれ?」と言っている最中、襖の外より声が聞こえた。
声の主は、
椿咲は「入っても良いよ」と声を返すと襖が開き、松本と銀髪の少年の死神の2人が入ってきた。
「失礼します。椿咲隊長、書類を持ってきました」
「おお、冬獅郎!ちょうどいいところに、ここにあった俺の饅頭知らない?」
ギクッ
一心が何気なく聞いた饅頭の行方。
それに日番谷の身体がギクリと動いたのを椿咲は見ていた。
「そう言えば、椿咲隊長1つよろしいですか?」
「え、なになに?」
「いや、あの……その前に俺の饅頭の話をしましょうよ。ここに楽しみにとって置いたやつ」
「もう、うるさいな。今は饅頭の話はどうでもいいでしょう。ご馳走様でしたよ」
「やっぱり冬獅郎か!悪い奴だな!」
サラッと自白した日番谷に一心は苦言を言い、松本は呆れ、椿咲は笑みを浮かべていた。
「二か月前にあった報告、覚えていますか?」
日番谷が言っているのは二か月前に起きたとある事件のこと。
それは現世の
椿咲が【十番隊隊長】に就任して初めて起きた隊士の死亡事案であり、解決に向けて尽力をしているが未だ謎多き事件だった。
「……原因調査中のやつだね」
「その先月分の報告が挙がってきまして、原因不明のまま2人死亡しています」
その時、椿咲は眉をひそめていた。隊士を殺害している現象、或いは人物に対してと、
2名の尊い隊士をみすみす殺されてしまった自身の不甲斐なさに不快感が隠せなかったのだ。
「やっぱりただの事故死じゃないってことだね」
「椿咲隊長、よろしいですか?」
「どうしたの一心君」
「この件の調査。私にさせてもらえないでしょうか?」
「ちょっと、志波副隊長!?何言ってるんですか!?」
一心の申し出に松本が声を上げて驚いた。残る2人は一心がそう言うだろうとまるで分かっていたように静かに一心の顔を見ていた。
「分かってるとは思うけど、かなり危険だよ。一心君」
「ええ、しかしこれ以上隊士を犠牲にするのを黙って見ていられません」
「……じゃあ、私が先に調査に行くのはダメなのかな?こう見えて、一心君より出来ると自負してるんだけど」
「確かに椿咲隊長が直接出向かれる方が早いのは事実です。しかし、これが椿咲隊長を誘い出す罠かもしれません。その可能性が考えられる以上、ここは私が先に赴くべきと考えます」
「……分かった。最後に聞くけど、任せても良いんだね。志波
「はい、お任せください」
「じゃあ、お願いするね」
「ちょっと!椿咲隊長まで!?」
「ありがとうございます」
松本を尻目に、一心は椿咲に対して一礼すると部屋を飛び出し
そのまま瞬歩で
「椿咲隊長、私も志波副隊長を援護するために現世に向かいます!」
「ダメだよ」
「何故ですか!志波副隊長と言えども、1人では……」
「ダメなものはダメだよ、松本三席。一心君が任せろって言ったんだから信じるのが私たちの心構えだよ」
『……とは言うんだけどね』
そう言う椿咲だが、その目には”心配”の二文字が現れていた。
気丈に振舞っているように見せる椿咲だが、かつて
それを2人の部下に悟られないまいとしていたのだ。
「さて、それじゃあ一心君が帰ってくるまでにみんなで山本総隊長にどう言い訳するか考えようか」
「「え?」」
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「現世の
一心が調査に出かけてから数十分後のこと、『十四番隊詰所』にいる雷山の元へ1つのテレパシーのような鬼道を使った連絡が入ってきた。
発信は椿咲、内容は先ほどあったことに関して、
『はい、雷山隊長の耳にも入っていると思いますが、現在その中規模の都市で護廷隊士の事故死が相次いでいます』
「ああ、話には聞いている。原因は未だ不明だとも」
『
「椿咲がそんなことを言うのは珍しいな。いつもは信じて待つというスタンスだったろう?」
『杞憂で終わればいいんですけど、何か嫌な予感がするんですよ。ほら、平子君たちのこともありますし』
「つまり今回のこの事故死も藍染が関わっている、と?」
『確証はまだありませんが、警戒するに越したことは無いと考えています』
「成程、ひとまず状況は分かった。藍染が関わっている可能性がある以上、その依頼を無気にする訳にもいかない。要請通り誰か向かわせよう」
『ありがとうございます。私は藍染君に動きが無いか少し探ってみますので、そちらはよろしくお願いします』
鬼道を解除した雷山は、固唾を飲んで見守っていた3人の”十四番隊”に椿咲からの依頼についてを説明した。
「―――……と言うことなんだが」
「はいはい!私が行きたい!」
毎度のことと言うべきか、調査にいの一番に名乗りを上げるは狐蝶寺春麗。
「今回ばかりは春麗は絶対にダメだな」
「えー、なんでよ!」
「場所が現世だからだよ。仮に戦闘になったらお前、現世の街中とかお構いなしにをメチャメチャにするだろ」
「しないよ!」
「そう言って何回後始末に追われたと思ってるんだよ」
「もー!だから今回は大丈夫だって!!」
行きたいと聞かない狐蝶寺と一切妥協しない雷山の2人が言い合いになろうとしていたその時、
見かねた銀華零がだったらと立候補するように手を挙げた。
「……間を取って、ではないですが私が出向きましょうか?」
「頼んでもいいか?」
「ええ、落としどころはそこだと思ったので」
「白ちゃんが自分から調査に行くって言うの珍しいね。珍しいから譲ってあげるよ」
「ふふっ、ありがとうございます。春麗ちゃん」
銀華零は刀置きから斬魄刀を手に取ると腰に差した。
襖に手をかけた後、銀華零は振り返り笑顔を向けて行った。
「では、行って来ます」
「いってらっしゃい♪」
「……ところでさ、雷山くん」
襖が閉じた数秒後、狐蝶寺が口を開いた。それは銀華零を現世に派遣したことについてだった。
狐蝶寺自身、銀華零が自ら調査に赴く提案をすること自体がかなり珍しいこともあって、半ば奪われるような形で譲ったことについては何とも思っていなかった。
が、1つだけ雷山に訂正してもらいたい事があった。
「なんだ?」
「1つだけ訂正してほしいなって」
「訂正?」
「うん」
狐蝶寺が雷山に訂正してほしいと思ったこと。それは、戦闘になったら銀華零よりも狐蝶寺の方がお構いなしに辺りをメチャメチャにする戦い方をするというその認識だった。
狐蝶寺の事を知る者は皆、狐蝶寺は周りの被害をまったく気にしない戦い方をすると言う認識を持っていた。
しかし実際には、狐蝶寺よりも銀華零の方が周りの被害について考えない
「滅多にないけどさ、テンションあがってきたら白ちゃんの方が見境なくなるじゃない?」
今まで数える程しかないがその昔、敵との戦闘で珍しく興に乗った銀華零が斬魄刀の
「雷山くん、ホントに白ちゃんを向かわせて良かったの?」
「……だとしても、俺は春麗を考えも無しに向かわせる方が怖いぞ」
そう言う雷山だが、狐蝶寺が言う事もまた図星であるため、顔は狐蝶寺の方を向いておらず、明後日の方向を向いていた。
「ちょっと!顔を逸らさないでよ!」
それから少し経った時、事態は動いた。
【十番隊副隊長】志波一心が負傷して帰還したのだ。
それは誰も予想だにしていなかったことで、銀華零を派遣した【宮廷遊撃部隊】でも激震が走った。
「雷山さん、申し訳ありませんでした」
十四番隊詰所に戻ってきた銀華零は開口一番に雷山に頭を下げていた。
「謝罪ならあとでいくらでも聞く。それより現世でいったい何があったんだ?」
「結論から申し上げますと、隊士を襲っていたのは、変わった種類の
「変わった種類の
銀華零が”変わった種類”とつけたことで雷山は聞き返していた。
曰く、外見は黒く大きさは人間程度。不自然に塞がれた穴が特徴であり、霊圧自体は
銀華零が
「成程、状況は分かった。第一次報告として元柳斎にあげておこう」
「雷山さん、先の
「……ッ!そうなのか」
「如何なさいますか?」
「今はどうもしない。こちらが巻き込んでしまったような形だからな。しかし志波一心がどう報告を上げるか次第、だな」