「卯ノ花隊長、ありがとうございました」
「いいえ、私は当然のことをしたまでです。ですが、くれぐれも無茶はなさらぬよう」
「分かっています」
四番隊隊舎にある『総合救護詰所』の表口で山吹と卯ノ花が話していた。
昨日、退院の許可が下りた山吹は狐蝶寺の迎えで詰所を後にしようとしていた。
「私もしっかり目を光らせておくから、任せて置いてよ!」
「……よろしくお願いしますね」
少し間を置いて卯ノ花は言った。狐蝶寺は気にしていなかったが、山吹は卯ノ花が狐蝶寺の言葉をあまり信用していないのだろうと察していた。
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「狐蝶寺隊長」
「なに?」
「あたしが入院している間に何かありましたか?」
「別に変ったことは……あ、
「そうなんですか?」
「うん、雷山くんが招待する形でね。それで明日黒崎一護くんと模擬戦をすることになったの」
「そうなんですね……はい!?」
思わず聞き流しそうになった狐蝶寺の言葉を山吹はかろうじて拾った。
山吹は思った。
何故そのような話になっているのだろうかと、
「聞きますが、何故そのような話に……?」
「え、だって気になるじゃない」
「何がですか!?」
「山吹ちゃんを……あー、やっぱこの話は止めよう。とにかく気になったの!」
狐蝶寺が途中まで言いかかった事と、先ほど聞いた黒崎一護の名前、そして狐蝶寺が模擬戦をするほどまでに気になることを考えた結果、山吹はその考えが何となくだが分かった。
「はぁ……狐蝶寺隊長に言われても傷付きませんよ。あたしの実力不足は事実なので」
「ごめんって!悪気があったわけじゃないの!」
「分かっていますよ。それにしても、狐蝶寺隊長が気になるほどなのですか?」
「だって、護廷十三隊でもなかなかいないでしょ?不意打ちだったとしても山吹ちゃんに一撃入れられる子って」
「それは分かりませんが、ともかくやり過ぎないでくださいね。怪我が癒えたのに怪我をさせてはいけませんよ」
「分かってるって♪」
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「しつこいが、本当に良いのか?」
雷山は一護にそう確認していた。
一護と狐蝶寺の模擬戦の日時が決まったのはつい先刻であり、一護にしてみればいい経験となるだろうと思われたが、同時に危険性も非常に高かった。
「ああ、さっさとやっておかないと
「……まあな」
雷山は一護がたった数回会っただけで狐蝶寺の人となりを見抜いたことに少し驚いていた。
そして同時に狐蝶寺の面倒くささという間違いの事実に、落胆していた。
「昨日今日会ったばかりの黒崎に性格を見透かされてるとは、うちの春麗も鍛えなおさないといけないな」
「黒崎君、本当に大丈夫?」
「別に本気でやるわけじゃねぇだろ」
「ああ、まずいと判断したら俺が止めに入る。思う存分やってくれればいい」
「なんだか、止めに入るようなことが起きる前提みたいに聞こえる気が……」
織姫は不安そうな表情を浮かべていた。
一護はそんな織姫を横目で見た後、面倒そうに頭を掻いた。
「別に殺し合いをするわけじゃねぇんだからそんな心配すんなって」
「黒崎、それは少し認識が甘い」
雨竜が眼鏡の位置を直しながら口を挟んだ。
彼はこの場で唯一狐蝶寺春麗と言う死神の実力に一端だが触れていた。それは初めて狐蝶寺と会った時のこと、
「相手は【宮廷遊撃部隊】と呼ばれる部隊の1人だ。しかも君はその相手の実力をほとんど知らない」
「だからやるんだろ」
「黒崎……」
「俺は藍染に何もできなかった」
その言葉と共に部屋の空気が僅かに変わった。
「目の前にいたのに、あいつが何をしたのかも分からなかった。止めるどころか、まともに相手にもされなかった」
一護の脳裏には双殛の丘で見た藍染の姿が浮かんでいた。
圧倒的な実力差で何をされたのか理解する間さえなく、斬月を指一本で止められ、そして斬られた。
あの時に感じた無力感は今も一護の中に残っていた。
「だから少しでも強ぇ奴と戦えるんならやっておきてぇと思った。次に藍染と会った時、また何もできねぇのは御免だからな」
「黒崎君……」
「そうか」
織姫が何かを言いかけた時、それを遮るように雷山が口を開いた。
「そういう理由なら、その覚悟をしかと受け取ろう」
「雷山さん?」
「井上織姫、黒崎が覚悟をもって臨むというならば、心配することは無粋に値する。時には信じてやることも必要だぞ」
雷山はそう言いながらも、表情は決して楽観的ではなかった。
狐蝶寺の実力を誰よりも知っているからこそ、一護の覚悟だけで安心できる話ではなかった。
「だが、黒崎。狐蝶寺春麗という死神を更木剣八や朽木白哉と同じだと思うなよ」
「分かってる」
「……いいや、分かっていないだろう」
雷山は一護の顔を見て即座に否定した。
事実、一護は狐蝶寺について更木や白哉より上の実力者なのだろうくらいの認識しか持っていなかった。
「まず春麗は先の2人よりも実力が上なのは分かってるだろう。だが、2人より加減が下手なんだ」
「……どういうことだ?」
「正確に言えば、本人は手加減をしているつもりでもその基準が他のやつと大きくズレている」
「それは手加減が下手って言うより、ただの迷惑な奴じゃねぇか」
「はっはっは!迷惑な奴か!まあ、否定はしないが」
「しろよ」
一護が思わず突っ込む。
その時、部屋の襖が勢いよく開かれた。
「聞こえてるよ、二人とも!」
現れた狐蝶寺は頬を膨らませ、雷山と一護を交互に睨んでいた。
「人を危険人物みたいに言わないでよ!」
「どう考えても危険人物だろ」
「黒崎一護くんまで!?」
狐蝶寺は一護にまで言われるとは思っておらず、驚きつつも不満そうに声を上げていた。
その後ろから山吹がソーッと様子をうかがうように静かに姿を現した。
「盗み聞きをしていた隊長にも非がありますよ」
「盗み聞きじゃないよ。廊下を歩いてたら聞こえてきただけだよ」
「……あたしの目には襖に耳を当てていたように見えましたけど」
「気のせいだよ?」
「はぁ……そういうことにしておきます」
山吹は少し呆れたようにそれ以上追及することなく、自身の席へ腰を下ろした。
一方で狐蝶寺は一護の正面まで歩み寄ると、期待に満ちた笑みを浮かべた。
「でも安心してよ。ちゃんと手加減するから」
「その言葉が一番信用できねぇんだよ」
「えー、酷いなぁ」
「春麗」
雷山が低い声で名を呼ぶ。
先ほどまで不満そうにしていた狐蝶寺だったが、その声に含まれた真剣さを察し、表情を改めた。
「分かっていると思うが、これはあくまでも模擬戦だ。勝敗よりも、黒崎に経験を積ませることを優先しろよ」
「分かってるよ」
「斬魄刀の解放は?」
「しない」
「相手が卍解してもか?」
「……それはちょっとずるくない?」
「使うな。分かったな?」
「はいはい」
狐蝶寺は不満そうに口を尖らせる。
そのやり取りを聞いていた一護は眉をひそめた。
「俺だけ卍解してもいいのかよ」
「ああ、始解も卍解も含めてお前の全力を見せるつもりで戦え。それこそ春麗を殺すつもりでな」
「向こうは斬魄刀も解放しねぇのにか?」
「卍解を習得してすぐに奴にはまだそれくらいで丁度いい」
「ずいぶん舐められたもんだな」
一護の目つきが鋭くなる。
狐蝶寺はそれを見て、楽しそうに笑った。
「いいねいいね!私そういう挑戦的な顔好きだよ。やっぱり模擬戦を頼んで正解だったよ♪」
「明日になって後悔すんなよ」
「生意気言ってくれるね。感心感心♪」
二人の間に、早くも目に見えない火花が散る。
織姫は慌てたように2人を交互に見た。
「ほ、本当に模擬戦ですよね?」
「勿論だよ、織姫ちゃん」
狐蝶寺は笑顔で答える。
しかしその笑顔があまりにも楽しげだったため、織姫の不安は解消されるどころかむしろ強くなっていた。
「いったい何の話をしているんですか?」
その声と共に開いたままだった襖の向こうに全員の視線が注がれた。そこには京楽の元へ挨拶に行っていた椿咲の姿があった。
椿咲は一気に視線がこちらに向かれたことで、一同の様子を見回しながら静かに部屋に入ってきた。
「おかえり、南美ちゃん♪」
「椿咲南美、只今戻りました。それよりもいったい何の話をしていたんですか?廊下まで声が聞こえてますよ?」
「明日の模擬戦の話だよ」
「模擬戦、ですか?」
狐蝶寺が嬉しそうに答える一方で、椿咲は頭に『?』が浮かぶ表情をしていた。
椿咲はまだ翌日にある模擬戦の事を知らされていなかったからだった。
「うん、私と黒崎一護くんが戦うことになったの」
「はい?」
椿咲は目を丸くした後、一護へ視線を向ける。
そしてすぐに雷山の方へ視線を移した。
「えーっと、黒崎一護君は了承してくれたのですか?」
「ああ、春麗がしつこく頼んで結果的には折れてくれた形だ」
「あー……春麗さんらしいですね。ですが、まあ、楽しみと言えば楽しみですね」
「おいおい、椿咲まで煽ってくれるな」
「煽ってはいませんよ。模擬戦だったとしても春麗さんが誰かと戦うなんて久しぶりじゃないですか?」
「そういえばそうだね。どこかの誰かが全然付き合ってくれないし」
そう言いつつ狐蝶寺は横目で雷山を見た。
視線に気が付いた雷山だが、目を逸らさずにため息を吐いた。
「はぁ……鍛錬とは言え、俺と春麗がまともにぶつかったら詰所の演習場が壊れてしまうだろ」
「壊れたらちゃんと直してるでしょ?」
「そもそも壊すことを前提にするな。それと直しているのは俺だ。春麗は見ているばっかりだろ」
「ひどーい」
椿咲は二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていたが、やがて何かを思いついたように「あっ!」と声を上げて手を合わせた。
「せっかくですし、砕蜂ちゃんや京楽隊長を招きましょうか」
「「……は?」」
その時、雷山と一護の声がきれいに重なった。
「どうしてそうなるんだ」
「黒崎一護君のことはあまり護廷の隊長たちにも知られていないからです」
雷山の質問に椿咲は凛として答えていた。
「まだよく知られていない恩人たる黒崎一護君を紹介するには絶好の機会だと思います」
「それは一理あるか……」
「待ってくれよ。だからって隊長を呼ぶ必要はねぇだろ」
椿咲の言葉に雷山は納得する様子を見せたが、一護だけが未だ嫌そうな顔をしていた。
一護にしてみれば自身はただルキアを助けたかっただけ、結果として藍染の暗躍を明るみに出来ただけであり、感謝されるほどのことではないと言いたげだった。
「黒崎一護君、誇ってください。あなたの気持ちがどうであれ、
「……それとも、大勢に見られて戦いのが苦手ですか?」
「そういう問題じゃねぇけど……」
「ならば、幾人か招待しても構わないですね?」
「大丈夫だって♪私と戦えば周りのことなんか気にしてる余裕なんかないから♪」
「こいつら、人ごとだと思って……」
一護は小さく悪態をついた。
狐蝶寺はというと、椿咲の提案を聞いて一層楽しそうな表情を浮かべていた。
「ねえねえ、南美ちゃん。誰を呼ぶつもりでいるの?」
「二番隊の砕蜂ちゃん……砕蜂隊長を招こうかと」
「うんうん」
「あとは京楽隊長も誘いましょう。きっと喜んで来てくれますよ」
「十四郎くんも誘ってみようよ!体調が良ければきっと来てくれると思うよ」
「おいおい、話がどんどん大きくなってねぇか?」
一護が引きつった顔で言う。
石田は眼鏡を押し上げながら、どこか他人事のように答えた。
「もう諦めた方がいいんじゃないか、黒崎」
「何で俺が諦めなきゃいけねぇんだ」
「君はこうなった女性陣を止められると思うのか?」
一護は狐蝶寺と椿咲を見る。
2人は既に誰を誘うか楽しそうに相談を始めていた。
「卯ノ花ちゃんはどうかな?」
「いいですね。医療班の方がいてくだされば、万が一の時にも安心ですね」
「七番隊の狛村くんは?」
「声はかけてみましょうか」
「……無理だな」
一護が小さく呟く。
雷山も同意するように深いため息を吐いた。
「椿咲」
「はい?」
「誘うのは構わないが、あまり大事にし過ぎるなよ。場合によってはあとで大目玉を食らうのは俺だけじゃないんだからな」
「分かっています。それでは、今から皆さんのところへ行ってきますね」
椿咲を見送った一護は深くため息を吐いていた。
「ただの模擬戦だったはずだよな」
「ああ」
雷山も同じように疲れた表情を浮かべる。
「まあ、こう言っては何だが、春麗に興味を持たれた時点で諦めた方がいい」
「先に言ってくれよ……」
一方その頃、廊下を進む椿咲の表情はどこか楽しげだった。
砕蜂、京楽春水、浮竹十四郎。
そして、声をかければ興味を示しそうな隊長たちの顔を思い浮かべながら、椿咲は最初の目的地である二番隊隊舎へと歩を進めていった。