「椿咲隊長も飲みましょうよ~」
「乱菊ちゃん、飲み過ぎだよ!日番谷隊長に叱られるの私なんだからね!」
「いいじゃないですか~」
狐蝶寺春麗と黒崎一護による模擬戦闘から数時間後、日もすっかりと落ちた頃―――
椿咲はすっかりと酔いが回っている松本から酒を取り上げようとしていた。
周りではここまで酔っぱらっている者は居ないものの、各々酒の席を楽しんでいる様子だった。
「松本乱菊!いい加減、椿咲隊長から離れろ!」
松本はもう数十分も椿咲に絡んでいた。
それを見かねてか、はたまた自身が椿咲と共にいる時間が奪われていることを危惧してか、砕蜂が引き剥がそうとしていた。
「砕蜂隊長、大丈夫ですよ~。椿咲隊長を取ったりなんてしませんから~」
「わ、私はそんなつもりで言ってなどいない!」
「じゃあ、砕蜂隊長も一緒に飲みましょうよ~」
「ええい!くっつくな、離れろ!」
砕蜂と椿咲の関係を知ってか知らずか、言い得て妙な事を言いながら今度は砕蜂に酒を注いだりと絡み始めた。
副隊長とは言え
「椿咲隊長、お助けください!」
「もう、乱菊ちゃんったら」
「改めて、一護くん。朽木の件ではありがとう」
「気にしなくていいっすよ。俺はルキアに恩を返したかっただけっすから」
少し離れたところでは、浮竹と京楽が一護と共に飲んでいた。・・・勿論、一護にはお茶を手渡して、
浮竹は先の一件でルキアのことを命を賭して救ってくれた一護に対して礼を言っていた。
対して一護は礼を言われることでもないと謙遜をしていた。そんな一護を見て、浮竹は在りし日の志波
「……そうか」
「?」
「いや、何でもないよ」
浮竹は穏やかに笑っていた。その表情から懐かしさを感じさせて、
その横では、盃を片手に京楽が2人の会話を聞いていた。そして思った。
「でもさ、一護君。君は本当に大したものだよ」
「何がっすか?」
「今回の件だよ。君たちはたった5人で
「……俺1人の力じゃねぇっすよ」
一護は手に持つ料理が乗った器を見つめたまま答えていた。
「石田もチャドも井上、それから岩鷲に夜一さんもいた。それに……恋次とか花太郎とか助けてくれた奴もいた」
「そういう答えがすぐ出るところも含めて、だよ」
京楽はそう言うと手に持つ杯を口に運んだ。
一護はどう返せば良いのか分からず、少し困ったような顔を浮かべていた。
「それにしても、今日の試合でまた驚かされたな」
場の空気を察してか、浮竹は話題を変えていた。
それは数時間前に行われた、一護と狐蝶寺による模擬戦の話。
「一護くんが卍解状態だったとはいえ、狐蝶寺隊長を相手にしてあそこまで戦えるとは思わなかった」
「褒められてんのか分かんねぇっすけど……」
一護は疲れたように肩を落とす。
あの模擬戦を思い返しただけでも、身体の節々が痛むような気がした。
「でも、あの人やっぱおかしいっすよ」
「おかしい?」
「だってよ、あの人笑いながら斬りかかってくるんすよ」
「はははっ、それは随分と彼女らしいねぇ」
「笑い事じゃねぇっすよ!」
「いやいや、ごめんごめん」
京楽は手を振りながらも、口元の笑みは消えていない。
「でも、狐蝶寺隊長のあんな楽しそうな姿、彼女が現役だった頃でもなかなか見れた覚えもない。一護君のことを相当気に入ってたんじゃない?」
「まったく嬉しくねぇ」
一護は深いため息を吐いていた。
そんな一護の様子に浮竹と京楽が顔を見合わせて笑っていた。
「けれど、君はこれからそれ以上に大変になるだろうね」
「……藍染のことっすか?」
「藍染は
「雷山さんにも同じこと言われましたよ」
「雷山隊長が?」
雷山の名が出た時、京楽が僅かに眉を上げた。
「ああ、戦争が始まったって」
「そうか、雷山隊長が……」
京楽は少しだけ考え込んだ後、宴席の少し離れた場所へ視線を向けた。
そこには椿咲と共に酔っぱらっている松本の対応に苦節している雷山の姿があった。
「浮竹」
「なんだ?」
「ちょっと席外すよ」
「……雷山隊長のところか?」
「ああ、少し聞きたいことが出来てね」
京楽はそう言うと徳利と盃を持ち、立ち上がった。
「一護君は浮竹の相手をしてあげて」
「相手って」
「老人は話し相手が欲しいものなのさ」
「待て、誰が老人だ。京楽」
「まあまあ、そう言うわけだからちょっと行ってくるよ」
「まったく……」
「雷山隊長、ちょっといいかい?」
雷山が目を向けると1つの徳利と2つの盃を持つ京楽が立っていた。
その様子から自身と一杯どうかと言っているのは明白だった。そして、
わざわざ京楽が寄ってきたという事は何か用があってのことだろうと察した。
「椿咲、松本乱菊の方は少し任せるぞ」
「え!?」
「京楽の次男坊が少し話があるんだとよ」
「すぐ戻って来てくださいよ」
「それは話の内容次第だな」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……それで?」
2人が席に向かい合いように座ってから数刻経っていた。
その間、2人の間に会話はなく周囲から聞こえる笑い声だけが時の流れを感じさせていた。
「何がだい?」
「とぼけなくてもいい。わざわざ俺のところに来て、いったい何が聞きたいんだ?」
「……そうだねぇ。雷山隊長を倣って、単刀直入に聞くことにするよ」
その表情から、普段の飄々とした雰囲気が僅かに消えた。
笠の下から覗く京楽の目は鋭く雷山を捉えていた。
「”戦争が始まった”とはどういう意味だい?」
「……黒崎から聞いたのか?」
「うん、ついさっきね」
京楽は盃に注がれる酒を一口飲むと静かに卓上に置いた。
「雷山隊長の言葉は想像に難くない。だけど、そこまで言い切る根拠を教えてもらいたくてね」
「…………」
京楽の問いに雷山はすぐには答えなかった。
雷山は目の前に置かれる盃を口に運び、一口だけ酒を飲んだ。
「京楽の次男坊、護廷十三隊全員を己が術中に
「……思えないね」
「奴は市丸ギンと東仙要を連れて
「……最初から
「ああ、そして奴は『崩玉』を手に入れた」
聞いた京楽の表情が一層険しくなった。
「『崩玉』を使って何をやろうとしているのかはまだ分からない。だが、単に『崩玉』を手に入れるだけならばここまで大掛かりな準備も必要ない」
「……つまり惣右介君の計画にはまだ次がある」
「そう言うことだ。だから俺は”戦争が始まった”と言い切ったんだ」
「…………」
京楽は再び盃を口に運ぶと大きくため息を吐いた。
「いやな話だね、どうも」
「ああ、だが
「まずは惣右介君が何をやろうとしているのか知るところからだね」
「ああ、そうだな」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……皆さん、思い思いに楽しんでいる様子ですね」
一方、別の宴席では席に座り雰囲気を楽しんでいる銀華零の姿があった。
「銀華零隊長よ」
名前を呼ばれ、銀華零は自身の背後へ目を向けた。そこには夜一が立っていた。
「あら、四楓院元隊長……いえ、夜一さん」
「少しよいか?」
「ええ、構いませんよ」
銀華零に促されたことで、夜一は銀華零の隣に静かに座った。
「狐蝶寺春麗と一護の戦い、おぬしはどう見た?」
「一言で言えば、非常に興味深いですね」
銀華零は率直な感想を述べていた。
その言葉に迷いはなく、本心から出た言葉であることは明白だった。
「戦いの経験そのものは浅いですが、成長する速度が異常に早い。雷花さんを二撃目で落とすことが出来た理由が分かりました」
「やはりおぬしでもそう思うか」
「ええ、それに何よりも春麗ちゃんが相当楽しんでいましたからね」
「……それで」
少しの間を置いて、銀華零が本題に入った。
夜一がただ、先の模擬戦の感想を言うためだけにここへ来たとは到底思えなかったからである。
「わたくしに一体どのような用件でしょうか。黒崎一護さんと春麗ちゃんの戦いのことをお話に来た訳ではないのでしょう?」
夜一は銀華零へ向き直った。
そして間を置かずに
あまりに突然のことにさすがの銀華零もその訳を推察するには至らず、少し困ったような反応を見せた。
「あの、夜一さん?」
「一言、礼を言わせてくれ。銀華零隊長」
頭を上げて銀華零と向かい合った夜一はそう言っていた。
銀華零は尚の事、何のことか分からないような表情を浮かべていた。
「えっと……お礼、ですか?」
「ああ」
「わたくしはお礼を言われるようなことは何も……」
「先の懺罪宮での一件について」
銀華零の表情が僅かに変わった。それはどこか得心が言ったような表情だった。
「あの時、おぬしが動いてくれたことで結果的に白哉坊を引かせることが出来た」
「わたくしは雷山さんの命令に従っただけですよ。それにこちらが手を出さずとも貴女なら逃げることも
夜一は静かに首を横に振っていた。
例え雷山の命だとしても【宮廷遊撃部隊】”十四番隊”として一護たちを手助けしてくれたことには変わりなかったからである。
「例えそうでも助けてもらったことに変わりはない。それにもう1つ、101年前のこともじゃ」
「……砕蜂二番隊隊長のことですか」
「それだけではない」
夜一は視線を落としていた。
あの時の行動に後悔はない。時間の猶予もなく仕方が無かったと割り切れもする。
ただ、思うところがあるとすれば砕蜂や大前田希ノ進など、部下たちに何も言わずに姿を消してしまったであった。
「儂が姿を消した後、二番隊も隠密機動も随分混乱したというのは想像できる」
「……そうですね」
「あの当時の二番隊は大変な騒ぎでしたよ。何しろ、五大貴族・四楓院家当主でもあり、隠密機動総司令官及び二番隊隊長である方が急に姿を消したのですから」
銀華零はありのままの事実を答えていた。
101年前の騒動の際、銀華零は夜一にこんな提案をしていた。
”浦原喜助の逃走幇助の罪を【宮廷遊撃部隊】が被り、貴女はそのまま職位を続けてはどうか”と、
だが、夜一はそれを断っていた。銀華零に言わせれば、あの時任せてもらえればこんなことにはなっていなかったのにと憂いていたのだ。
「耳が痛くてかなわんのう」
「わたくしは事実を言っただけですよ」
「椿咲隊長が砕蜂の面倒を見てくれていたことは知っておる」
「砕蜂二番隊隊長はまだお若いですからね。貴女が突然いなくなったことを受け入れられなかったのも当然です」
「…………」
「怒り、悲しみ、悔しさ……暗い感情を全て彼女自身の中に溜め込んでいた。南美ちゃんがその感情を受け止め、そして道を示したことは聞いています」
「ああ、分かっておる。じゃが、儂がおらぬ間に銀華零隊長もまた砕蜂を支えてくれたのは事実」
「あ り が と う」
「……その言葉はわたくしより椿咲ちゃんに言ってあげてください」
「本人には既に言うておる」
「あら、そうなのですか?でしたらもう十分ですよ」
「おぬしにも言いたかったのじゃ」
「律儀ですね」
「儂も年を取ってしまったという事じゃ」
「貴女がそれを言いますか」
銀華零は呆れたように言いながらも、その表情はどこか柔らかかった。
「まあ、でも砕蜂二番隊隊長にとって一番嬉しいのはやはり、貴女が戻ってきたことでしょう」
「……儂は戻ってきたと言っても良いのか」
「少なくとも、もう逃げてはいないでしょう」
その言葉に夜一が目を上げる。
銀華零は穏やかに微笑んでいた。
「それに逃げるつもりもない、それで十分ではありませんか?」
「……そうかもしれぬな」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「…………」
「…………」
また別の宴席――
そこでは茶渡泰虎と浮葉刃が並んで座っていた。
他の宴席とは違い、2人とも特に酒を飲むわけでもなく、料理を前にして静かにしている。
その席だけまるで時が止まったかのように
「……あの2人、さっきから一言も話していないけれど」
少し離れた場所から、2人の様子を見ていた石田が呟いていた。
石田に言われたことで織姫も初めて視線を向けた。
「でも、なんだか仲良さそうだよ?」
「それにしてはと言うか……」
そんな会話を他所にして、不意に茶渡が料理へ手を伸ばす。しかしその手は料理を前にして止まった。
その時、同じ料理へ浮葉もまた手を伸ばしていたからだった。
「……先に取ってもらって構わない」
「ああ、すまない」
最低限の会話をして、再び静寂が辺りを包む。
しばらくしてから、浮葉が口を開いた。
「茶渡泰虎」
「?」
「1つ質問を」
「質問?」
浮葉が唐突に投げかけた一言に茶渡は思わず聞き返していた。
「あなたは春麗隊長と黒崎一護殿の戦いを見ている時、ずっと彼を見ていた」
その時、茶渡は先刻の狐蝶寺と一護の戦いを思い出していた。
茶渡自身は意識していなかったが、
浮葉に言わせればあの時、石田雨竜と井上織姫は心配そうに見つめていたが、茶渡は全くそんな素振りを見せていなかった。
「あの時、あなたの眼には迷いと言うか、心配している様子が微塵も感じられなかった。黒崎一護殿が負けるとは思わなかったのか?」
「思わない」
茶渡は一切考えることなく即答していた。
その答えの早さに浮葉は驚きこそしなかったが、同時に理解も及ばなかった。
「それは何故か聞いても?」
「一護だからだ」
想像を超える茶渡の返答の短さに浮葉は思わず面を食らってしまった。
「ふっ、まるで根拠になっていない」
「そうかもしれない」
「黒崎一護殿だから信じるのか」
「ああ」
「随分と黒崎一護殿のことを買っているのだな」
「買っている訳じゃない。親友だからだ。俺が一護を信じるのにそれ以上の理由は要らない」
「成程。どうやら思っていた以上に良い関係のようだ」
「そう言うあんたも仲間を信じているだろう」
茶渡にそう言われた時、浮葉の眉がわずかに動く。
あまりそう言った感情を出している覚えがなく、言い当てられた形となったからだ。
「……何故そう思う」
「一護が戦っている時、あんたは狐蝶寺さんと言う死神をずっと見ていた。そして一護の攻撃のあと、雷山さんと銀華零さんとあんただけが無事を確信している様子だった」
「…………」
浮葉すぐに答えずにただ茶渡を見ていた。対して茶渡も浮葉を見たままそれ以上は言わなかった。
やがて浮葉は小さく笑った。それは茶渡が初めて見た浮葉の笑みだった。
「……ふっ」
「何かおかしなことを言ったか」
「すまない。こちらの話だ気にしないでもらいたい」
「そうか」
「茶渡泰虎。その観察眼、素晴らしいものだ。大切にすると良い」
その言葉を最後に2人の間に再び沈黙が訪れた。
しかし、それは先程までとは少し違う雰囲気を纏っていた。
”妙に気が合っている” 見たものが口節にそう答えるであろうその雰囲気を、