「たしか200年ぶりだったかな」
穿界門が開き、中から
眼下に広がる街を見て、椿咲はどこか懐かしいと言わんばかりに呟いていた。
「
日番谷たちの到着から遅れること数時間、
【十四番隊・第三将”中堅”】の職位を預かる死神が降り立った。
「やっぱり200年も経つと街って変わるものだよね」
そう言う椿咲だが、実際はあまり200年前の街並みを覚えてはおらずに適当に言っていた。
地面へと降りた椿咲は自身の霊圧で現世に不要な影響を及ぼさないために義骸に入った。
「これでよしっと……さて、先に着いてるはずの日番谷くんたちに合流したいな」
椿咲は静かに目を閉じて、集中した。
霊圧を探るのは苦手という程ではなかったが、目からの情報を遮断して集中しなければ目当ての人物の霊圧を探ることが出来ないからだった。
「……見つけた。けど」
椿咲は空座町にある霊圧を探る際に気になる結界の気配を感じ取っていた。それは死神が張ったものでも
「まっ、結界の方はまた調べようかな。時間はたくさんあるしね」
椿咲は霊圧が一か所に固まる場所に向けて移動した。
知る由もなかったが、日番谷たちが学校で一護と顔を合わせた後、彼の下校を待って自宅にやって来ていたのだ。
椿咲は全員同じ場所に集まっているのならば、それはそれで好都合であると向かうことにした。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……ここが黒崎一護君の家ね」
椿咲はクロサキ医院と看板が掲げられる家を前にして呟いていた。
家からは複数の隊長格の霊圧も感じ取れたが、その中に1つどこか懐かしいような覚えのある霊圧が感じ取れた。
「この霊圧は、もしかして……」
椿咲が感じ取った霊圧、それは自身が『十番隊隊長代理』の際に副隊長であった志波一心のものであった。
無事でよかったと思うと同時に、彼が失踪した理由についてなんとなくだが得心がいった。
『……成程ね。一心君が失踪した理由はなんとなく分かった』
「けれど」
椿咲は視線を2階の窓へと移した。そこには日番谷が座っており、そこが一護の部屋と推測された。
「本人に確かめるのは後、今は用事を先に済ませちゃおう」
「これだけは言える。もし、現時点で藍染の下に
「……!!」
初めは離れていたため分らなかったが、日番谷は何かの説明をしている様子だった。
ところどころで聞こえた内容から椿咲は
「悲観的になるのは早いよ」
視線が一気に椿咲に向けられる。
「こういう時のための【宮廷遊撃部隊】”十四番隊”だからね」
日番谷を除く先遣隊と一護は何故椿咲がここにいるのかと言いたげな顔をしていた。
椿咲が現世に来ることは先遣隊の責任者である日番谷にしか伝えられていなかったからだ。
「えっと、椿咲隊長が何故現世に?」
「山本総隊長と雷山隊長からの命でね。
そう言うと椿咲は視線を一護へと移した。
「そう言うことだから、黒崎一護君もよろしくね」
「あ、ああ……」
「それよりも一護、さっきのぬいぐるみは何なの?」
「え?ああ、そいつコンって言ってな」
乱菊と阿散井は床に転がるクマのぬいぐるみを拾い上げて眺めていた。
「よっと……」
阿散井たちの関心がそっちに向いている間に椿咲は部屋の中に入って来ていた。
「日番谷隊長もよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
「一応言っておくけど、先遣隊の指揮権は日番谷隊長にあるから好きにやってね」
「……それは逆に言えば、椿咲隊長は俺たちとはまた違う形で動くこともある、という事ですか」
椿咲はその時、少し笑みを浮かべていた。
先遣隊の指揮権は日番谷にあり、その行動について椿咲が関知することではなかった。
しかし、それは逆も然りであり、椿咲が仮に利敵行為を行ったとしてもそれは【宮廷遊撃部隊】が必要であると考えたうえでの行動とされ、日番谷が指摘できることではないという事だった。
「大丈夫、日番谷隊長たちに迷惑がかかるようなマネはしない」
「…………」
「【護廷十三隊】も【宮廷遊撃部隊】も目的は同じだよ。手段は異なるかもしれないけどね」
「……わかりました。椿咲隊長がそのような行動を起こす人ではないことは知っていますから」
「ありがとう」
「いぃぃやあぁぁぁーーーーー!!」
その時、コンの悲鳴が響いた。
見ると、阿散井がコンの口におもむろに手を突っ込んでいたのだ。コンは激しく抵抗していたが、口から飴玉のような義魂丸が取り出されると同時にまるで魂が抜け落ちたかのように大人しくなった。
「へぇ、そのぬいぐるみ義魂丸で動いてたんだ」
「さすが無茶なつくりしてるわねぇ」
「なぁ、ところであんた達いつ帰るんだよ」
一護は自身そっちのけでコンに興味を示していた松本、阿散井に話しかけていた。
いつ帰るのか問われた阿散井はそれがさも当然であるかのように答えた。
「何言ってんだ。帰らねぇよ」
「は?」
「は?じゃねぇよ。
「こっちにいるぞって、寝るとことかどうするつもりなんだよ。言っとくけど、うちに泊めるスペースなんかねぇからな」
一護の言うことは至極真っ当な事であった。
当然、それは誰しも予想していた通りの答えであった。1人を除いて、、、
「えー!あたしもダメ?」
「いや、普通に考えたらあんたが一番ダメだろ!」
「…………」
「うおおぉぉぉい!?何してんだコラ!?」
松本はおもむろに制服のボタンを1つ外そうとした。思春期真っ只中の一護は思わずたじろいでいた。
それでも引かない一護を見て今度はスカートの裾を少し上げて見せた。
「こらこら、乱菊ちゃん一護君で遊ばないの」
「ちぇ……」
「ごめんね、一護君」
「ったく……」
「……あっ!」
松本はいいことを思いついたと言わんばかりに声を上げた。
日番谷も椿咲も松本の性格上、あまりよくないことを思いついたのだろうと感じた。
「じゃあ、あたしは織姫んとこ泊めてもらうわ」
「泊めてもらうって、井上に許可は取ったのかよ」
「取ってないけど、あの子なら頼めば嫌と言わないわよ。日番谷隊長も椿咲隊長も一緒にどうです?」
「行くわけないだろ」
「そうだよ!急に押しかけたらさすがに迷惑だよ」
「まあまあ、そう言わずに行きましょう」
松本は椿咲と日番谷の手を引いて歩いていってしまった。
それを見送るようにしてから一角と弓親、阿散井もそれぞれ泊まる場所を探しに或いは用のある場所へと向かった。
「うちに、ですか?」
「いいですけど、なんで……―――」
「ありがとう!織姫!」
数分後のこと、松本は椿咲と共に織姫の家の玄関前までやって来ていた。
急に泊まりたいと言われた織姫だったが、キョトンとした表情は見せたものの断らずに2人を招き入れた。
入る直前、松本はどこかに呼びかけるように、行く当てがなければいつでも入って来て良いと声を上げていた。
「「ご馳走様でした」」
松本と椿咲は空になった器を前にして、両の手を合わせていた。
織姫は左腕をけがしていたが、せめてものおもてなしと手料理を振舞っていた。
「そうだ!アイスも食べません?」
「いいね!」
「……私はちょっと夜風に当たってくるよ」
椿咲はそう言うと立ち上がって部屋を出て行った。その途中、袋に包まれているおにぎりを1つ手に持って行った。
「腹、減ったな……」
織姫の住むマンションの屋上、行く当てもない日番谷はひとまずそこに身を置いていた。
そして何も食べていなかった為、腹が減っていた。
何気なしに呟いた直後、背後に気配を感じるとともに顔の横におにぎりが1つ差し出された。
「…………」
日番谷が目を向けるといつの間にか椿咲が背後に立っており、おにぎりを差し出していた。
「お腹空いてるだろうと思って」
「……ありがとうございます」
椿咲はおにぎりを食べる日番谷の横に腰を下ろした。
2人は何も言わずにただ、暗がりに明かりがいくつか灯る街の風景を眺めていた。そんな沈黙を椿咲は破った。
「現世も随分と変わったね」
「椿咲隊長は過去に現世に来たことが?」
「うん、200年前に一回ね」
それを聞いた日番谷は椿咲が十番隊隊長を担う前の話であると理解した。したがって、それは【宮廷遊撃部隊】としての任務で赴いたのだろうと考えた。
「十四番隊関連で?」
「そうだよ。本当はもう1人の子が現世の担当なんだけど、あの頃はちょうどいくつか現世での調査が重なってたからね」
「そうですか」
日番谷はそれ以上踏み込まなかった。
【宮廷遊撃部隊】の存在が秘匿されていたように、その任務に就いても秘匿性が高いものなのだろうと推測したからだった。
「話は変わるけど、中に入らないの?」
「俺はひとまずここで十分です」
「十分ではないでしょ?」
「…………」
「……井上織姫ちゃん、すごくいい子だね。嫌な顔もしないで、私たちの事情を理解してくれて、泊まる場所やご飯まで提供してくれる」
「ええ」
「その優しさにつけ入るようで、少し気が引けちゃうけど、恩はしっかり受け取るのも礼儀だと思うよ?」
「井上織姫は女性です。さすがに自分が入り込むのは……」
それを聞いた椿咲は心の中で納得していた。
だからここまでついては来たが部屋に入るそぶりを見せなかったのかと、
「相変わらず律儀だね……―――」
「「!!」」
その時、日番谷と椿咲は大きな霊圧を感じ取った。数は6つであり、
日番谷と椿咲は懐から義魂丸を取り出して飲み込んだ。霊体と義骸が分離して2人は義骸に離れるように言った。
「日番谷隊長、ここは任せてもらってもいいかな」
「何を言って……」
「こんなに月が美しい夜だからね。私の本領発揮だよ。”
始解した椿咲の斬魄刀は柄の先に輪刀が着く形へと変化を遂げていた。
そして同時に椿咲の姿が歪み始め、
「隊長!」
「松本か、井上織姫は?」
「下で義骸に見張らせています」
「そうか。……構えろよ」
日番谷の言葉を合図とするかのように2体の
「おや、
現れた
彼がこの場で霊圧を感知した数は4人、しかし目の前には同じ顔をした人物が6名いるという異常な光景が広がっていたのだ。
「さあ、なんでだろうね。戦ってみたらわかるかもよ?」
「それもそうですね。失礼、私は
「私は【宮廷……―――」
「椿咲隊長」
名乗ろうとした椿咲を日番谷が呼び止めた。
見ると日番谷はいつにも増して、松本でさえ真剣な表情で椿咲を見つめていた。
「こいつらは俺たちが受け持ちます。なので、椿咲隊長は他をお願いします」
「……任せても良いんだね。日番谷
椿咲はあえて2人とその役職付きで呼んでいた。それに応えるように2人は無言で頷いていた。
その時、椿咲はかつて志波一心を現世に送り出す時に、
”任せろと言われたならば、信じて任せるのがその心構え”
と説いたことを思い出した。
「分かった。じゃあ、私は他のところへ助太刀しに行くよ。また後でね、2人とも」
椿咲は2人に一瞬手を振るようにしてその場を後にした。
『一護君とルキアちゃんが交戦中だけど、その近くにもう1体いる……霊圧を抑えているけどこれは……』
椿咲は一護たちの近くに明らかに霊圧を抑えている
わざわざ抑えている点と抑えていてもなお、先程相対した
「阿散井君、班目君、綾瀬川君のところの個体は分身体でも十分、けどこっちは本体である私が行った方がいいね」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「……班目君の方は倒したみたいだね。綾瀬川君は……まだ健在っと」
椿咲の分身体は霊圧を探りながら瞬歩で移動していた。途中で班目の霊圧が上がり、相手の
「班目君の方はそっちに向かった
そう言う
その戦況は誰の目にも明らかで、阿散井が押されていた。
「くそっ……なんつー強さだ……」
「どうした!その程度か兄弟!」
「このままじゃ……」
「終わりにしようぜ、兄……――」
その瞬間、金髪の
「ダメだよ。ちゃんと周りにも意識を向けなきゃ」
「……何だお前は」
「さあ、何だろうね」
金髪の破面、イールフォルト・グランツはイラつきを隠せなかった。
目の前に立つ死神、身に纏う白い羽織から隊長と予想できたが、何よりも自身を見下すかのような不敵な笑みが気に入らなかったのだ。
「……ふっ、いいだろう」
「…………」
「まとめてやってやる!!”
解放したイールフォルトは上半身が牛のように角が生えた見た目をしていた。
警戒した椿咲が構えたのも束の間、イールフォルトは
「!!」
次の瞬間、イールフォルトの角が椿咲を貫いていた。
分身体だったため血は出なかったが、ダメージを負わされたためそのまま落下していった。
「椿咲隊長!!」
「次はお前だ。兄弟」
「くっ……」
「せっかくだ。教えておいてやろう。
名乗ると同時にイールフォルトの突きが阿散井を貫いた。
解放したイールフォルトの動きは阿散井にも見えず、攻撃をモロにもらった形だった。
「がはっ……」
「じゃあな、兄弟」
「……私言ったでしょ?」
「!!」
イールフォルトは目を疑った。つい先ほどまで阿散井だった姿が、瞬きをした一瞬のうちに斬り捨てたはずの隊長へと姿が変わっていたからである。
この場には椿咲の分身体が2体来ていた。最初に斬撃を仕掛け、意識がその椿咲に向いた瞬間にもう1体が阿散井の姿を模っていたのだ。
「ちゃんと周りに意識を向けなきゃって」
「なにを……」
椿咲が笑うと同時に赤い閃光と衝撃がイールフォルトを包んだ。
辛うじて目を向けると阿散井の卍解『狒狒王蛇尾丸』の口から明かいレーザーのような砲弾が放たれていた。
「
「くそ、が……うああああぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声を上げながらイールフォルトは閃光の中へと消えて行った。
度重なるダメージを受けていた阿散井は息も絶え絶えに地面に伏せていた。
「大丈夫?阿散井君」
見上げると心配そうな面持ちで椿咲が立っていた。
『
「椿咲、隊長……」
「ああ、無理にしゃべらなくていいよ。ごめんね、
「はぁ……はぁ……しかし、ヤバかった。椿咲隊長の機転と限定解除があったから何とかなったが……」
「
「やべぇぞ、一護……!!」