「もう一度、お願いします」
九番隊隊舎の一角――
普段は隊士たちが訓練に使う演習場に檜佐木の声が響く
木刀を杖代わりに立ち上がる檜佐木の正面には木刀を肩に担ぐ狐蝶寺の姿があった。
「えー?まだやるの?」
狐蝶寺は困ったように首を傾げていた。
「もう五回目だよ?檜佐木くん、そろそろ休んだ方が良いよ」
「まだ……まだやれます。やらせてください」
「うーん……」
唸りながら狐蝶寺は檜佐木の全身を眺めていた。
額から流れ落ちる汗、乱れた呼吸、所々が土煙で汚れた死覇装。
そして、木刀を握る右手の僅かな震え。
どれひとつ取っても、万全の状態とは言い難かった。
「そう言う意味じゃないんだけどなぁ……」
「…………」
「はぁ……しょうがないね」
やれやれと言いたげに狐蝶寺は木刀を肩から下ろした。
「じゃあ、あと1回だけだよ」
「ありがとうございます」
檜佐木は深く頭を下げると、木刀を構えた。
その様子を見ていた隊士たちの間にざわめきが広がる。
「檜佐木副隊長、まだ挑むのか……」
「先ほどから一太刀も入っていないのに」
「それどころか、狐蝶寺隊長はあの場から一歩も動いていないじゃないか……」
これまで行われた5度の立ち合いにおいて、檜佐木は狐蝶寺に一度として攻撃を当てられずにいた。
しかもそれだけに留まらず、狐蝶寺は最初に立った場所からほとんど動いてすらいなかった。
檜佐木がどれだけ攻め込もうとも、狐蝶寺は僅かな動きと木刀の操作だけですべての攻撃を捌き切っていたのだ。その光景は見学する九番隊隊士をして、衝撃と言わざるを得なかった。
”檜佐木修兵”
東仙要の離反によって正式な隊長を失った九番隊を纏め、支え続けている副隊長。その実力は折り紙付きであり、隊士からの信頼も厚かった。
そんな彼が、まるで赤子のように軽くあしらわれているのだ。
「くそっ、これで……」
檜佐木は地面を強く蹴った。
「どうだ!!」
それは死神の使う歩法、瞬歩であった。
一瞬にして距離を詰め、狐蝶寺の右背後へ回り込み、木刀を振り下ろした。
しかし、、、
「遅いよ」
カンッ!!
木と木がぶつかる甲高い音が木霊する―――
狐蝶寺の木刀が正確に檜佐木の一撃を受け止めていたのだ。
「くっ……!」
檜佐木はすぐさま木刀を引き、今度は下から狐蝶寺を斬り上げようとした。
しかし、狐蝶寺はそれを僅かに身体を反らせることで躱した。
その後、檜佐木は幾度となく打ち込む。上下、左右、果ては突きの一撃。
瞬きも許されないであろう猛攻を狐蝶寺は最小限の動きだけで捌いていく。
「うんうん、さっきよりもずっと良いね」
「だけど……」
「……ッ!!」
檜佐木の視界から狐蝶寺の姿が消え失せた。
背後の気配を感じた檜佐木だったが、反応するより前に狐蝶寺の木刀の先端がその背に触れた。
「まだまだ遅いよ」
「はぁ……はぁ……」
檜佐木は冷や汗を流しながら肩で息をする。
「くっ……!!」
檜佐木は咄嗟に前方に跳躍する。空中で一回転し、地面に降り立った時には既に目の前に狐蝶寺が立っていた。
「ほらね」
「なっ……―――」
ドスッ!!
鈍い音が響く―――
狐蝶寺の木刀が檜佐木の腹部に叩きこまれていた。
「檜佐木副隊長!!」
隊士たちは思わず声を上げる。
檜佐木はその場にうずくまるように倒れ、荒く息を吐いていた。
「はっ……はっ……」
誰がどう見ても限界であった。
狐蝶寺は再び木刀を肩に担いでいた。
「今度こそおしまいだよ」
「…………」
「これ以上やると、大怪我になっちゃうからね」
檜佐木は返事をしなかった。いや、出来なかった。
ただただ茫然と地面に転がる木刀を見つめていた。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、当たらないんですか……」
「…………」
「俺が、弱いからですか……!!」
その言葉を聞いて、狐蝶寺の顔から笑みが消えた。
数秒間、檜佐木を見つめ、静かに口を開いた。
「檜佐木くん」
「……はい」
「自分が弱いって思うことは、悪いことじゃないよ」
「…………」
「だけどね、今の君は少し違うかな」
狐蝶寺は倒れる檜佐木に歩み寄り、彼と目線を合わせるように
「君は私に勝てない理由を、自分が弱いからだってことにしてるように見える」
ハッとしたように檜佐木は顔を上げる。
「……どういう意味ですか」
「だって、その方が楽だから」
「相手が強すぎる、自分が弱すぎる。だから勝てない。そうやって理由付けしちゃえば、何が悪いのか考えなくても済んじゃうでしょ?」
「!!」
「檜佐木くんは、それで本当に良いの?」
檜佐木は地面を抉るように拳を閉じ、唇を噛んだ。
それを見た狐蝶寺は立ち上がり、少し離れる。そして振り返ると同時に、ただ一言
「休憩しよっか」
狐蝶寺はそのまま演習場の端に歩いていく、檜佐木は黙ってその背中を見つめていた。
・
・
・
・
・
「どう?落ち着いた?」
「はい……」
演習場の端で2人は並んで座る。檜佐木は狐蝶寺から受け取った水を一口飲んで気分を落ち着けていた。
「ねえ、檜佐木くん」
「……なんですか?」
「どうして私に稽古をつけてもらえないかって頼んできたの?」
「それは……強くなりたいからです」
「うん。それは分かるよ。でもどうして今なの?」
「…………」
「檜佐木くんってさ、私が九番隊に来てからずっと無理してるよね」
檜佐木の方がわずかに動く、図星を突かれた形だ。
「隊の仕事、訓練、隊士のみんなの面倒。何でもかんでも自分1人だけでやろうとしてる」
「……副隊長ですから」
「副隊長だから?」
「はい。東仙隊長がいなくなった今、狐蝶寺隊長だけに頼るのではなく、俺も隊を支えなければなりません」
檜佐木は俯いてただ一点、地面を見つめたまま続けた。
「狐蝶寺隊長が隊を預かるとおっしゃってくれた。しかし隊長が裏切った事実を未だに受け入れられない隊士が多くいます」
「……そうだね」
「だからこそ、俺がしっかりしなければならないんです」
「東仙隊長のようにやれるとは微塵も思っていません。しかし、狐蝶寺隊長がいなければ何も出来ない隊だとは思われたくない」
死覇装を握る檜佐木の拳に力が入る。
「俺にはまだ力が足りないんです」
「……檜佐木くんって真面目だね」
少し間を置いて、狐蝶寺がポツリと言う。
「そうでしょうか?」
「うん。まるで山吹ちゃんみたいだよ」
「山吹さん、ですか?」
「私が十三番隊隊長をやってた時の副隊長であり、今も一緒に働いている子だよ。あの子も何でも自分一人でやろうとするから、見てて心配になる時があるんだよ」
「……まあ、私がよく怒らせちゃってるんだけどね」
恥ずかしそうに狐蝶寺は苦笑いをしていた。
そして檜佐木も思わず小さく笑っていた。
「ははは、何となく想像できますね」
「えー、そこは否定してほしかったんだけど」
狐蝶寺はムッとした表情を見せていたが、すぐに表情を戻して続けた。
「いい?檜佐木くん。君が東仙くんの代わりになる必要はないんだよ」
「しかし……」
「隊士のみんなが頼りにしているのは、東仙くんの真似をする檜佐木くんじゃない」
狐蝶寺はジッと檜佐木の目を見つめていた。
「今まで一緒に戦ってきた、檜佐木修兵って言う副隊長でしょ?」
「……!」
「だから無理して真似なんかしなくてもいいんだよ」
そう言うと狐蝶寺は立ち上がる。檜佐木は何も言えず、ただ立ち上がった狐蝶寺を見ていることしかできなかった。
「もっとも、強くなりたいって言うその心意気は大歓迎するけどね」
狐蝶寺は檜佐木の方へ向き直ると、不意に手を差し伸べた。
「どうする?もう一回やってみる?」
「……はい!」
檜佐木は狐蝶寺の気持ちに応えるようにその手を取った。
「お願いします」
「……いい返事だね」
しばらくして演習場にこの日6回目となる向かい合う狐蝶寺と檜佐木の姿があった。
しかし先程とは違い、緊張感に包まれていた。
「本当によろしいんですね」
そう問いかける檜佐木の手には先程まで使っていた木刀ではなく、斬魄刀が握られていた。
「勿論だよ。この一回は文字通り、真剣勝負と行こうよ」
「しかし自分と狐蝶寺隊長が斬魄刀でぶつかり合えば……」
「大丈夫♪結界を張ったし、辺りがめちゃめちゃになるようなことはしないから。……極力ね」
最後にボソッと言った一言は檜佐木にも聞こえており、一層心配させていた。
対して狐蝶寺はそれを気にも留めぬように続けた。
「それにせっかくだから、檜佐木くんの斬魄刀も見ておこうかなってね」
「……分かりました」
檜佐木は深呼吸をして斬魄刀を構えた。
それに応えるように狐蝶寺の差やから斬魄刀を抜く。刹那、辺りの空気がガラッと変わる。
「!!」
檜佐木は寒気を肌で感じ取った。先ほどまで目の前にいたのはどこか子供っぽく、明るく笑う狐蝶寺の姿だった。
しかし、斬魄刀を構えた途端に先程までの無邪気さが消え失せた。
・・・いや、
正確に言えばどこか無邪気さは残っている。しかし、無邪気な笑みの奥ある威圧感が桁違いに上がっていた。
「どうしたの?来ないの?」
「!」
狐蝶寺に声をかけられたことで我に返った檜佐木は静かに息を吐くと、刀を掲げた。
「”
始解したことで檜佐木の霊圧が跳ね上がった。それだけではなく、彼の持つ斬魄刀が姿を変えた。
”二本の鎌、そしてそれを柄尻で繋ぐ鎖”
二刀一対ともまた異なる形状に狐蝶寺は興味深そうに見ていた。
「……へぇ、それが君の斬魄刀なんだね。鎌が二本に鎖が付いている」
狐蝶寺はどこか嬉しそうにしゃべっていた。
雷山に言わせれば、テンションが上がっている状態だった。
「面白い斬魄刀だね」
「……俺は、あまり好きではありません」
「ありゃ、そうなの?」
「ええ」
檜佐木は手に持つ二本の鎌を静かに見つめていた。
「命を刈り取ることだけを考えたような形ですから」
「…………」
「俺はこの形状が好きになれない」
「……じゃあ」
少し間を置いて、狐蝶寺は口を開いた。
ならば何故その
「……必要だからです」
「そっか。じゃあ、その力を私に見せてよ♪」
「行きます!」
檜佐木が地面を蹴る。勢いすさまじく跡が残るほどに、
距離を詰めながら右手の鎌を投げ放つ。狐蝶寺に刃が迫る。
「ふふっ……」
狐蝶寺はなんでもないように身体を傾けて躱す。
だが、既に檜佐木は次の動作に入っていた。
「!」
檜佐木が鎖を引くと同時に鎌が軌道を変えて、背後から狐蝶寺に襲い掛かった。
一瞬驚きこそしたが、狐蝶寺は冷静に刀を背後へと回し迫る刃を弾いた。
キィン!!
けたたましい金属音が辺りに響く、それを合図とするかのように檜佐木が正面から斬り込む。
手に持つもう一本の鎌が狐蝶寺に迫った。
「いいね」
絶体絶命とも言える状況の中、狐蝶寺は笑っていた。
ガキンッ!!
今度は何かがぶつかり合う音が響く、狐蝶寺が鍔元で鎌を受け止めていたのだ。
「……!!」
「さっきよりもずっといい動きだよ!」
狐蝶寺は足に力を入れると全身の力を使って受け止めた鎌を押し返した。
檜佐木はその動きに逆らわずに後方へ飛んだ。そしてそのまま鎖を操り、二本の鎌を交差させるように放った。
「挟み撃ちって訳ね……けど!」
狐蝶寺は一歩だけ退くと同時に身体を捻り、迫る刃の軌道から外れた。
しかし檜佐木も再び鎖を引き、鎌を回収した。そして勢いそのままに狐蝶寺に斬りかかった。
「はあっ!!」
「へへっ♪」
ガキンッ!! キィンッ!!
刃がぶつかり合う金属音が演習場に木霊する―――
見学している隊士たちは固唾を飲んで見守るしかなかった。
「す、すごい……」
「檜佐木副隊長が、押しているのか……?」
「……いや、むしろ逆だ」
1人の隊士が呟く。
他の隊士たちは再び2人の戦いに目を向けると、その言葉の意味を理解する。
「狐蝶寺隊長が檜佐木副隊長の攻撃を全て見切っている……」
檜佐木の攻撃は木刀でのそれとは比べ物にならないほど鋭くなっていた。
しかし、それでもなお狐蝶寺には届かない。
どれだけ軌道をずらそうとも、裏をかこうとも狐蝶寺は鎌の動きを完璧に見切っていたのだ。
「これでもダメか……!!」
「檜佐木くん」
「!!」
「もしかしてだけど、私を傷つけることを怖がってる?」
「!!」
「……なにを!」
檜佐木が一歩踏み込もうとした瞬間、逆に狐蝶寺が一瞬にして間合いを詰めていた。
「ほらね」
「なっ……」
檜佐木の喉元に斬魄刀が突きつけられていた。
「今の攻撃、私が間合いを詰めようとした瞬間に檜佐木くん攻撃を
檜佐木の顔を冷や汗が流れる。斬魄刀を突き付けられた事もさることながら、恐らく無意識にうちにやっていたであろう躊躇いを言い当てられたからだった。
「どうしてかな」
「それは……」
「私が傷つくと思ったから?それとも……」
”―――自分が私を傷つけることが怖かったから?”
檜佐木は答えられなかった。
狐蝶寺は目を閉じると斬魄刀をゆっくりと下ろした。
「真剣勝負をしてみてなんとなくだけど分かった。檜佐木くんは刀を怖がっているんじゃない、その刀で誰かの命を奪う事を怖がっている」
「……東仙隊長は」
「うん」
「俺に”剣を握るものは剣を恐れなければならない”と教えてくれました」
「”剣を恐れぬ者に、剣を握る資格はない”と。俺はその教えを今でも大切にしています」
「いい教えだと思うよ。だけど”怖がること”と”
「…………」
「私の解釈だけど、剣を恐れるって言うのは、自分がどんな力を持っているか。何ができてしまうのか。それを忘れないことだと思う」
狐蝶寺は右手に持つ自身の斬魄刀を見ながら語る。
「檜佐木くんは私を傷つけるのが怖くて攻撃を
「……!!」
檜佐木は思い出した。狐蝶寺が言っていたように、いずれは東仙と相対しなければならない時が来る。
刃を向けても必ず目を覚まさせる。そう覚悟を決めたはずだったと、
「檜佐木くん、私は怖がるなとは言わないよ。むしろ逆、どんどん怖がってほしい」
「けど、怖がることと
檜佐木は『
東仙 要。自身に剣の恐ろしさを説いてくれた師とも言うべき死神。
その教えは今もなお彼の中に生きていた。
しかし教えを守ることを考えるあまり、その教えに縛られていた。
「……もう一度、」
「もう一度お願いします!!」
顔を上げた檜佐木の目に迷いは微塵もなかった。
「いい眼になったね。今度こそ私を倒すつもりでおいで」
次の瞬間、檜佐木の霊圧が変わった。
強さが変化したわけではない。ただ、雑念が消えたことで、不純物が無く透き通ったよう霊圧になったと狐蝶寺は称した。
「行きます!」
檜佐木が声を出した瞬間には右手の鎌が投げられていた。予備動作が限りなくゼロに近く狐蝶寺が早いと錯覚する一投。
狐蝶寺は同じように身体を傾け躱した。そして先ほどの再演のように鎖が引かれ、背後から鎌が迫る。
『あれ……?』
狐蝶寺は違和感を持った。
先ほどとは鎌の軌道がわずかに違う。刃は自身の胴ではなく、足元を狙っていた。
身体を捻るだけでは躱しきれないと判断した狐蝶寺は跳躍した。その瞬間、
「そこだ!!」
檜佐木の左手にあるもう一本の鎌が投げられた。
空中へ逃げた狐蝶寺の退路を塞ぐように刃が迫った。
「……ッ」
狐蝶寺は咄嗟に刀で防いだ。そしてそれは檜佐木の狙い通りであり、鎖が刀に絡みつき動きを封じた。
「……ありゃ」
「捕らえた!!」
檜佐木が鎖を引くと連動するように狐蝶寺の刀も引かれ、僅かに体勢を崩すことに成功した。
その隙を檜佐木は見逃さずに瞬歩で一気に距離を詰めた。右手の鎌を振り上げた時、ふと狐蝶寺の表情に目がいく。
彼女は笑っていた。まるで戦いを楽しむように、
「今までで一番いい攻撃だったよ」
ガキンッ!!
それは一瞬の出来事だった。鎌を振り下ろした瞬間に狐蝶寺は絡みつく鎖から刀を一瞬で引き抜き、鎌を受け止めたのだ。
「!!」
「はい」
檜佐木は動揺していた。勝ったと思ってしまったその反動は大きく、我に返った時には狐蝶寺の左手の指先が檜佐木の身体に触れていた。
「これでおしまい」
「はぁ……はぁ……」
檜佐木は荒く息をしていた。今まで緊張のあまり息を止めていたかの如く。
それを物語るように額に大粒の汗を滲ませる。
「惜しかったね」
そう言いながら狐蝶寺が鞘に刀を納める。
檜佐木も静かに『
「……結局、一撃も入れられませんでした」
「そうでもないよ。最後の一撃、正直ヤバいって思ったよ?」
「…………」
「始めた頃の檜佐木くんじゃ、あんな攻撃はできなかった」
檜佐木はふと視線を落とす。
手に握られる『
「ありがとうございます!」
檜佐木は深く頭を下げていた。
「今日は本当に勉強になりました」
「どういたしまして♪」
狐蝶寺は嬉しそうに笑った。
そして、少しだけ真面目な表情を浮かべた。
「……檜佐木くん」
「はい」
「今日のこと忘れちゃダメだからね」
「……はい」
「檜佐木くんが守りたいものは、東仙くんの教えだけじゃないでしょ?」
檜佐木が顔を上げると、狐蝶寺の視線が演習場の端を指していた。
そこには檜佐木を見守っていた九番隊の隊士たちがいた。
「副隊長として預かる、隊士のみんなもでしょ?」
「……ええ」
檜佐木は改めて狐蝶寺の方へ向き直る。
「狐蝶寺隊長」
「なに?」
「改めて、これからもご指導よろしくお願いします」
狐蝶寺は少しだけ驚いたような顔をみせた。
そして満面の笑みを浮かべる。
「もちろん♪」
途端、一人の隊士から小さな拍手が起こった。
それは一人、また一人と広がりやがて演習場全体を包む大きなものへと変わっていく。
狐蝶寺は照れくさそうに笑いながら、隊士たちへ手を振っていた。
「いやぁ、照れちゃうなぁ……」
その一方、檜佐木は静かに『
命を刈り取ることを思わせる二振りの鎌。好きになれないという気持ちも、恐ろしいという感覚も、消えたわけではなかった。
それでも―――
「俺は……」
「俺の剣で守ってみせます。東仙隊長の教えも隊士たちも、そして
その声は誰に聞かせるためでもない。
ただ、彼自身の胸の奥に確かな決意として残すための言葉。
「檜佐木くーん!」
「……はい?」
気が付けば狐蝶寺の姿は演習場の出口にあり、こちらに向かって手を振っていた。
「お腹もすいたし、せっかくだからみんなでご飯食べに行こうよ!」
「……え?」
「ほら、早く早く!」
「いやいやいや!まだ演習場の片付けが……――」
「そんなのみんなでやればすぐ終わるよ!」
春麗はそう言うと、周囲の隊士たちへ向き直った。
「みんな!今日の夜ご飯は私が奢るから一緒に行こうよ!」
「「「おおおおっ!!」」」
途端に歓声が上がる。
その光景に檜佐木はは目を丸くしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!全員ですか!?」
「もちろん♪」
「九番隊の隊士がいったい何人いると思ってるんですか!」
「……え?」
春麗はキョトンとした顔をする。
「うーん……何人だっけ?」
「狐蝶寺隊長!?」
檜佐木の叫び声が演習場に響き渡り、その光景を見て隊士たちが一斉に笑い出す。
東仙要が去ってから九番隊にはどこか重苦しい空気が漂っていた。
隊長を失った不安。裏切られたという悲しみ。これからどうなるのか分からない焦燥。
それらが簡単に消えるわけではないが、少なくともこの瞬間だけは―――
「大丈夫だって♪雷山くんにお願いすればいいから」
「ダメに決まっているでしょう!!」
九番隊の演習場に以前と変わらない笑い声が戻っていた。