「来たか」
静寂に包まれる『一番隊隊長執務室』に元柳斎の声が響く―――
たったそれだけでその場に厳粛な空気が流れることを物語っていた。
「雷山悟。馳せ参じた」
静寂に包まれる空気を雷山の声が切り裂いた。
この日、雷山は元柳斎に緊急で召喚される形でこの場を訪れていた。
「さっそく何があったか聞かせてもらえるか?」
「先ほど、大霊書回廊を捜索中の浮竹、及び山吹連名で報告が入った」
「…………」
雷山の鋭い眼差しが元柳斎に向けられる。
藍染が椿咲にヒントがあると言った大霊書回廊で緊急性の高い報告を要する何かが起きたと推測出来たからだった。
「その報告とは?」
「藍染惣右介の真の目的が判明した」
「……成程」
雷山は短く呟いた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
時を遡り、少し前の刻―――
大霊書回廊では浮竹と山吹が中心部のモニター、小椿と清音が図書館のように多くの情報が収容される棚が並べられる外輪部を手分けしていた。
「……山吹隊長、そちらは」
浮竹の問いかけに山吹は無言で首を横に振る。
「ダメですね」
「そうですか……」
息詰まるように浮竹はため息を漏らす。
大霊書回廊全体の8割ほどの捜索が完了している状態だったが、未だに崩玉に関しての書籍にしか痕跡が発見されていなかった。
「藍染惣右介は間違いなく崩玉で何かをしようとしている。その為にも大霊書回廊の情報は必要不可欠。もう少し捜索してみましょう」
「ええ」
「おー、やってるねぇ」
飄々とした声が響く。
浮竹と山吹が目を向けると京楽が副官である伊勢七緒を連れて歩いて来ていた。
「京楽か」
「
浮竹の問いに京楽に変わって七緒が答える。
「そう言うことだからよろしくね。浮竹、山吹隊長」
「ええ、心強いです」
「ちなみに首尾はどうなんだい?」
「今のところ、まったくだ」
「隊長ー!浮竹隊長ー!」
その時、遠くから浮竹を呼ぶ声が響く―――
見ると、棚の1つを捜索していた小椿と清音が何かを発見したようにこちらに手を振っていた。
「この棚にも藍染隊長の霊圧の痕跡がありました!今、そちらに転送します」
浮竹の見るモニターに清音から転送された情報が映し出される。
それは主に崩玉に関しての研究資料であった。
「これは……崩玉とそれに付随する研究資料ですね」
「まあ、惣右介君の目的が崩玉だったから当然と言えば当然だよね」
その時、画面を眺めていた七緒は1つだけ崩玉とは無関係の資料があることに気が付いた。
指摘を受け、浮竹が閲覧すると崩玉とはまるで関係のない事柄について記された文献だった。
「これは……!」
「浮竹隊長、藍染隊長はいったい何を……」
「藍染が見ていたこれは、
「!!」
浮竹が『
『
文字通り王家の鍵である。王の名は『霊王』と言い、その王宮は
「藍染惣右介がこれを見ていたとなると、必然的にその目的は……」
「ああ、だが問題はもう一つ」
文献には鍵が作られた当時の様子が記されていた。曰く、その創生法は10万の魂魄と半径いち霊里に及ぶ重霊地。
つまり、藍染が文献と同じ方法で鍵を作れば、現世の何処かがまるで削り取られるように消えることを意味していた。
「七緒ちゃん、今の時代の重霊地は何処になるんだっけ?」
「調べてみます。少々お待ちください」
七緒がモニターを操作すると、現代の重霊地の場所が映し出される。
「!!」
「……
「……やっぱり」
京楽は何処か分かっていたように呟いていた。
同時に浮竹は小椿と清音に指示を出す。
「仙太郎、清音。この事をすぐに総隊長へ報告してくれないか」
「「はい!」」
2人は同時に返事をすると、すぐに駆け出して行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……
腕を組み、雷山が静かに呟く。
辺りに何とも言えぬ緊張感が漂っていた。
「となると、藍染の目的は必然的に」
雷山もまた
「霊王の殺害であろう」
「藍染もまた
「
「
「それに関しては手を考えておる」
「その手とは?」
「
「……成程」
少し間を置いて、雷山は納得したように呟いていた。
藍染の目的は現世・
そして同時に本物の
「その対応は技術開発局がやるのか?」
「否、浦原喜助に命じてある」
「……分かった」
”こいつまたいつの間に……”という言葉を飲み込み、雷山は了承していた。
「ひとまず、白たちや現世にいる椿咲には俺から伝えておこう」
「お話し中のところ、失礼します」
声と共に元柳斎の副官である
雀部は元柳斎と雷山の近くまで来ると右膝と右手を地面に付け、片膝立ちの
「何事じゃ」
「五番隊、雛森副隊長より面会の申し出が……」
「……雛森?」
雷山の眉が僅かにに上がる。同時に元柳斎も表情を険しくする。
雛森は未だ総合救護詰所にて療養に身であったはずだからである。
「……通せ」
少しの沈黙の後、元柳斎はそう告げた。
雀部は「はっ!」と声を上げると、立ち上がり歩いてゆく。
「……失礼、します」
少し間を置き、弱々しく、か細い声と共に雛森が現れる。
その姿を見た雷山は、思わず眉をひそめた。
雛森の顔色は顔面蒼白であり、お世辞にも体調が良いとは言い難かった。
『足が震えている。やはりかなり無理を……』
震えていて
死覇装の下に包帯を巻かれているのか、少しでも動くたびに痛みに顔をしかめる。
何処をどう見ても通常の状態どころか、無理してこの場にいることが一目瞭然の状態だった。
「面会の許可を下さり、ありがとうございます……」
「して、儂に用とな」
「はい……。日番谷君……日番谷隊長と話をさせてください」
「日番谷隊長に話をか」
「はい」
「……良かろう。じきに回線を繋ぐ、そこで場を設けよう」
「ありがとうございます……」
「日番谷と話をしたいがために無理をするとはな」
「……ッ」
雛森はその時になって初めて雷山がこの場にいることを知る。
「雷山隊長……?何故、こちらへ」
「元柳斎……山本総隊長と少し話をな」
「そうですか。……あの、雷山隊長。ひとつお願いを聞いてもらってもよろしいでしょうか……?」
雷山は元柳斎の方にチラッと視線を向けた。元柳斎は何も言わずにただ頷いていた。
『隊長代理』とは言え、五番隊隊長を任せる雷山に一任すると暗に伝えた形だ。
「なんだ?」
「私を……五番隊副隊長として、職務に復帰させてください」
途端に雷山の表情が険しくなる。その身体の状態で何ができるのかと雷山は率直に思っていた。
「はぁ……何をそんなに焦っているのかはあえて聞かないが、そんな状態で何ができるんだ?」
「それは……」
「ここまで歩いてきたからには卯ノ花から一応の許可は得ているのだろうが、まだ寝ているべきだと思うぞ?」
「しかし!」
雛森は声を上げる。
だが、そこで言葉を切った。
たったそれだけだが、雷山は無理をしてまで何かをしようと考えていると察した。
「はぁ……」
雷山はその強情さに呆れ、ため息を吐きながら頭を掻くと本題に入った。
何故、本人が一番分かっているであろう無理をしてまで職務復帰を願い出たのかを、
「分かった。話くらい聞こう。何故、まだ本調子でもないのに職務復帰を願い出たんだ?」
「…………」
「俺は雛森が焦っているように見える。日番谷と話をしたいという事もそうだが、訳を聞かせてもらえるか?」
「…………」
雛森は言いにくそうに一瞬だけ視線を逸らすと、どこか決心を固めたように不意に雷山の眼を見て語りだした。
「これは日番谷隊長に話そうと思っていた事なのですが……―――」
「!!」
雷山は一瞬目を見開く。
同時に元柳斎も表情を変えており、辺りの空気の一変させていた。
「…………」
”藍染隊長を、助けてもらいたいです”
先ほど、雛森が口にした言葉が頭で木霊する。
雷山は総合救護詰所で藍染のことを気にしていた素振りから、いずれ雛森が藍染の助命を懇願すると分かっていた。
「藍染隊長のしていることは確かに悪いことです。しかし、それには事情があるのだと……そう、例えば市丸隊長に無理矢理従わされているとか……―――」
次の瞬間、元柳斎の腕を雷山が掴んでいた。未だ混乱が見られると判断した元柳斎が動き、雷山がそれを阻んだ形だった。
その動きは隊長ですら影で追うのがやっと、当然雛森に見えるはずもなく、突然のことに驚いた雛森は途中で言葉を切ってしまっていた。
「待てよ」
元柳斎は片目を開き、雷山を見据える。
畏怖の念すら感じさせる眼光に臆することなく、雷山もただ見据える。
「…………」
雷山が腕を離すと元柳斎は何も言わず、ただ静かに杖の形に封じる斬魄刀に添えた。
「すまなかったな」
「いえ……」
「雛森。藍染が悪いことをしていると分かっていると言ったな。分かったうえで藍染を助けてもらいたいと」
「……はい」
「じゃあ、それが何を意味しているかは分かって言っているのか?」
「分かって、います……」
雛森はまっすぐ雷山の目を見て答えていた。しかし、雷山は雛森が死覇装の端を掴んで答えていることに気が付いていた。
「……本当にか?」
「…………」
「お前の願いを聞くことで誰かが死ぬかもしれない。それは場合によっては雛森自身でもあり、日番谷かもしれない。それでも藍染を助けろと言うのか?」
突きつけられた現実に雛森は黙ることしかできなかった。
「……だったら」
「ん?」
「だったら、どうすればいいのですか……?」
雛森の声は未だに震える。だが、そこには若干の怒気が込められていた。
「それを俺に聞いてどうする」
「…………」
「俺がお前にどうするべきか言うことは簡単だ」
藍染を忘れろ。今は治療に専念しろ。五番隊副隊長として職務を全うしろ。
雛森がどうするべきか雷山が答えるのは簡単だった。
だが、そのどれも今の雛森に告げたところで何か変わるわけでもない。
「だが、それを言ったところでお前は納得しないだろう」
「……っ」
雛森は唇を噛む。自身の感情を言い当てられていたからだ。
どこか焦燥に駆られる雛森を前に雷山は頭を掻くと静かに語りだす。
「お前が藍染を助けたいという気持ちは分かった。その気持ち自体を否定するつもりはない」
「……!」
「だが、必ず助けてやる。と約束は出来ない」
「…………」
「……雛森。お前は藍染を助けてどうしたいんだ?」
「え……?」
「藍染を助けたとして、その先にお前はどうしたい?」
「それは……また、以前のように……」
そこまで言って口を閉ざした。雛森の頭には在りし日の五番隊の情景が浮かんでいた。
「……無理なのでしょうか」
「難しいだろうな」
「…………」
「では、雛森。お前はどうありたいんだ?」
「どう、ありたい……」
自身がどうありたいかを考えたことがなかったわけではない。
雛森は優しくて、強く、隊士からも慕われる藍染に憧れた。目指す姿はこの人だと、
しかし藍染が裏切り、
「……分かりません」
「そうか」
雷山は短く答える。
「信じていた師とも言える死神に裏切られて、どうありたいか答えられる奴はそうはいない」
「…………」
「雛森。答えを今すぐ見つけろとは言わない。藍染と過ごした日々を無理に忘れろとも言わない。だが、ひとつ覚えて置け」
「助けたいというのは、他人に頼むことじゃない。考え抜いたうえで、自身で行うものだ」
「!!」
「考えに考え抜いたうえで、それでも藍染を助けたいというのならば、その意思は尊重する」
「……雷山隊長」
「ん?」
「私……もう少し、考えてみます。私はどうしたいのかを」
「ああ。それでいい。考え抜いたその上で藍染を助けたいと思うのならば、その意思は尊重する」
「ありがとうございます。……では、私はこれで」
雛森はゆっくりとそして深々と頭を下げていた。
そして来た時とは違い、しっかりとした足取りでその場を去っていく。
「雛森!」
雛森の姿が見えなくなる直前、雷山は呼び止めた。
「五番隊副隊長としての職務復帰は許可する。だが、今は体調を優先!無理は禁ずるからな!」
「はい」
雛森は一礼すると去って行った。
その場に残る雷山と元柳斎の間に会話は無く、辺りに静けさが戻っていた。
「……さて、どこか問題だったか?」
少し間を置き、雷山は聞いた。
元柳斎は杖に手を置いたまま答える。
「構わぬ」
藍染たちの離反で沈む3人の副隊長たち。その最後の1人にようやく光が差し込む。