保護
美濃を平定した織田家。
その功績で、信忠は尾張一国と東美濃の統治を任せられた。
本拠の地名を那古野から『名古屋』に変え、改めて統治を行った。
まず最初に楽市楽座を引き続き行い、商業の自由化を促し、経済を豊かにした。
加えて、手に入れた東美濃に加え、尾張領内に改めて検地を行い、家臣はおろか領民の税負担を明確化させ、枡の統一化を図った。
また、所領役帳という家臣の基本台帳を作成させ、有事における兵の動員数や旗指物までの負担を確定させたり、領民の声を聞く事が出来る目安箱を領内に設置させたりした。
こうした信忠独自の統治に、尾張と東美濃は益々豊かとなっていった。
そんなある日の事だった。
信忠「・・・」
信忠は、大広間で一人、地図を見ていた。
信忠(美濃は手に入れた・・・浅井と同盟した事で、京への進路は確保出来た・・・)
信忠(だが・・・恐らく姉上も思ってると思うが、後一手が足りぬ・・・京へ上洛する為に・・・他を納得させる大義名分が・・・)
信忠は、京へ上洛するのは可能だが、決め手が欲しいと考えていた。
そんな時だった。
ドカドカ!
信忠「ん?」
もの凄い勢いの足音が聞こえたので視線を向けると
長可「大変です、信忠様!!」
忠正「道の外れに女の子が倒れてました!!」
長可「因みにこの刀は女の子のです!!」
長可と忠正が、十二単を纏った一人の女の子を一緒に抱えていた。
その少女を見て
信忠「お前ら、いくら何でもそれは無かろう・・・」
信忠は、凍てつくような目で二人を睨んだ。
長可「ち、違うんですよ信忠様!これは・・・!」
忠正「私達、狩りの帰りの途中で倒れてるコイツがいたんで近付いたら、まだ息があるみてーで、誰かに襲われる前に拾った次第なんですよ!!」
長可と忠正は、そんな彼の目にビビりながらも何とか弁明すると
信忠「ふぅ・・・分かっておる・・・そのように慌てるでない・・・」
信忠は、凍てつく目を解いた。
長可「ふぅ・・・良かったぜ・・・」
忠正「ああ・・・変な誤解を受けずに済んだ・・・」
二人は、信忠の威圧感から解放され、少し安堵した。
信忠「・・・取り敢えず、急ぎ部屋を用意し、横にさせよ。気が付き次第、色々聞かねばな。」
「「はっ。」」
信忠は、少女の介抱のため、取り敢えず部屋に入れ横にさせるよう二人に命じた。
二人は、信忠の命を受け急ぎその場を後にした。
信忠(勝蔵が持ってた刀の鞘に描かれた家紋・・・あれは今川の家紋だ・・・)
信忠「まさか・・・だが、少し前に駿河が落ちたと言う情報も入っておるし・・・」
信忠は、刀の鞘に描かれた家紋で、誰なのかを察した。
最初は信じられなかったが、確実なのだと感じていた。
実を言うと、数日前に駿河と遠江が元康と武田の手に落ちたと言う情報を三太夫から聞いていたのだ。
遠江は元康が、駿河は武田が主に切り取ったのだ。
その情報を踏まえても、先程の少女の正体は可能性が高いのだ。
信忠「ともあれ、まずは話を聞かねば分からぬな・・・」
とは言え、話を聞かないとさっぱりなので、取り敢えず彼女が起きるのを待つのだった。
暫くし、目が覚めたと聞き彼女のいる部屋に向かうと
??「はむっ!むぐむぐ・・・!むぐ!」
必死に夕餉を食べており、そばには秀隆が控えていた。
すると
??「あらあなた?このお夕食追加なさって下さいまし。」
その少女は、信忠を見るや小間使いだと勘違いしたのか、命令した。
すると
秀隆「貴様!!」
秀隆は激怒し、腰の脇差を抜きかけた。
??「ヒィッ!?妾に何を!?」
少女は、秀隆に怯えるが
信忠「よせ、与四郎!」
信忠は、秀隆を止めた。
秀隆「しかし・・・!」
信忠「よせ。夕餉を追加しろ。」
秀隆「・・・御意。」
秀隆に新しい夕餉を持ってくるよう命令した。
秀隆は、渋々従い、少女をギロッと睨みつけながら部屋を後にしたのだった。
そして、追加の夕餉を食べ終えると
??「美味しく頂きましたわ!」
少女は、満足そうに笑みを浮かべつつ、丁寧な仕草で礼をした。
信忠「さて・・・腹は満たされたようだな・・・」
信忠「俺は織田上総介信奈の弟の織田信忠と言う。お主の名は?」
信忠は、彼女の腹が満たされたのを確認し、名を尋ねた。
??「わ、妾の名は・・・」
少女は、名乗りづらそうにしていたが
信忠「いや、何も言わなくても分かる。当てて見せよう・・・今川彦五郎氏真だな?」
氏真「っ!?」
信忠は、彼女の名前を言うと、図星だったのか目を見開いた。
氏真「な、何故・・・妾の名を・・・!?」
何故当てられたのかと尋ねると
信忠「お主の手持ちの刀だ。あの刀の鞘に、今川の家紋が描かれてあった。加えて、あの刀は中々な業物だった。家紋とあの刀から見て、恐らく亡き義元の刀、宗三左文字に違いない。」
信忠「加えて、箸の先だけしか汚さないように丁寧に飯を食うのは家族や御所に出入りするような侍の作法だ。茶碗を持つ動きもどこか優雅な貴族風な感じがした。」
信忠「また、お主が着てるその十二単。これは京かそこに近しい場所で作られた良い素材の物だ。あの近くであんな物を作れるのはただ一つ。駿河だけだ。」
信忠は、一つ一つ根拠を述べた。
氏真「・・・流石、織田信奈に弟信忠ありですわね。」
氏真「参りましたわ。妾は今川彦五郎氏真ですわ。」
氏真は、参ったと言わんばかりに優雅な所作でお辞儀した。
信忠「それで、武田と元康に駿河と遠江を落とされ、相模の北条を頼ろうと海を渡ったが、嵐で逸れ、ここまで流れたと言うわけか。」
氏真「・・・はい。」
氏真は、目を落とし肯定した。
信忠「・・・分かった。なら、俺の元で暫くいないか?」
信忠は、自分の元にいたらどうだと尋ねた。
氏真「あなたの・・・?」
信忠「ああ。お主の父義元を討った我ら織田の元にいるのは嫌かもしれん。だが、このまま流浪の旅じゃ危険だ。下手したら、命を落としかねん。」
信忠「それじゃあ、お主が哀れだ。だから、俺がお主を保護しようと思う。」
信忠「無論、俺が衣食住を保障し、命の保障は必ずする。しかし、以前のような暮らしは出来ぬ。だが、危険な目に遭う可能性は低い。どうだ?」
信忠は、衣食住と命を保障すると言い、保護したいと言った。
氏真「・・・」
氏真は、考えるような仕草をしていたが、すぐさま顔を上げ
氏真「お願いしますわ。」
氏真は、頭を下げてお願いした。
信忠「良いのだな?」
氏真「ええ。妾の事、お願いしますわ。それに、父上が討たれたのは織田が強かっただけですわ。妾が駿河と遠江を取られたのは、武田や元康さんが強かっただけ。その事を恨むのは武士としてあるまじき事ですわ。」
氏真は、自らの結果を潔く受け入れ、保護をお願いしたのだった。
信忠「分かった。では、その後の話は、また後程だ。今は、ゆっくり休め。」
信忠は、休むよう氏真に言い、部屋を後にした。
信忠(氏真を保護した事、姉上に伝えておくか・・・今、京では何やら騒ぎがある・・・義輝公とその妹君にもしもの事あれば・・・氏真を担ぐ事も出来る・・・)
信忠(そうすれば・・・上洛の大義名分も可能になるやもしれん・・・)
信忠は、氏真を保護した理由は単に可哀想だったからでは無く、もしもの事を踏まえ、上洛する際に何かと大義名分に使えると判断したからだった。
信忠は、先程保護の際にそこまでの事を考えていたのだ。
信忠(そのもしがなければ、彼女はそのまま尾張に居させるか・・・)
そして、信忠は信奈宛に氏真に関する書状を書き、岐阜に送ったのだった。
それから暫くし、畿内で勢力を広げる三好三人衆が、足利将軍家を襲い、室町幕府を滅ぼしたのだった。
これにより、乱世は新たな時代に進んでいったのであった。
史実、氏真は駿河と遠江を落とされた後、北条を頼りに行き、その後紆余曲折あって家康の庇護下になったと言われております。