問 以下の問いに答えなさい。
『調理の為に火にかける鍋を製作する際、重量が軽いのでマグネシウムを材料に選んだのだが、調理を始めると問題が発生した。この時の問題点とマグネシウムの代わりに用いるべき金属合金の例を一つあげなさい』
姫路瑞希の答え
『問題点•••マグネシウムは炎にかけると激しく酸素と反応する為危険であるという点。』
『合金の例•••ジュラルミン』
教師のコメント
正解です。合金なので『鉄』では駄目という引っかけ問題なのですが、姫路さんは引っ掛かりませんでしたね。
土屋康太の答え
『問題点•••ガス代を払っていなかったこと』
教師のコメント
そこは問題じゃありません。
吉井明久の答え
『合金の例•••未来合金(←すごく強い)』
教師のコメント
すごく強いと言われても。
鍔守刀夜の答え
『問題点•••食材が燃えた』
『合金の例•••• 耐火合金 ※鍋が自分を食材だと勘違いしないもの』
教師のコメント
この学校で一番燃えているのは君の想像力です。
文月学園に繋がる道路の桜並木は満開だった。淡い桃色の花びらが風に舞い、地面に、制服に、誰かの頭に降り注いでいる。
春爛漫。新学期。新年度。新たな門出。
校舎の壁には「祝・進級!」だの「ようこそ文月学園へ!」だの、いかにも前向きな横断幕が掲げられている。本来なら、「希望」「出会い」「未来」など、青春を象徴する単語が似合う季節だ。
本来なら、である。
しかし彼、
学園へと続く坂道を、まるで死刑宣告を受けた直後の囚人のような足取りで登っている。一歩進むごとに重力が増していく錯覚。なぜか自分だけ、重力係数が1.5倍くらいに設定されている気がする。
肩は落ち、背中は丸まり、視線は地面に固定。その姿はどう見ても「新学期を迎える高校生」ではなく、「人生に疲れ月曜日に出勤する社畜」に近い。
周囲を見渡せば、新入生たちは希望に満ちた顔で校門をくぐり、在校生たちはクラス替えの話題で盛り上がっている。笑顔に談笑。青春オーラ。それらすべてが、刀夜の精神にじわじわとダメージを与えていた。
なお、この「鍔守(つばもり)」という名字についてだが本人も薄々気づいている通り、まず聞いたことがない。
名簿を見た教師が「……えっと?」と一瞬沈黙する確率は非常に高く、読み間違えられることも日常茶飯事だ。何故か「つばもり」ではなく「なべもり」と呼ばれたこともある。
ただし、「鍔」という名字自体は実在するらしく、そこに「守」を足したのは完全に作者の都合である。重ねて言うが、「鍔」という名字は存在する。
ちょっと運と要領が悪く、少しスケベな中身は至って普通の高校生だ。そんな彼が通う文月学園には、AからFまで、六段階のクラス制度が存在する。
二年生以上は例外なく、成績順で振り分けられるという、非常に分かりやすく、そして非常に残酷な仕組みだ。
Aクラスは冷暖房完備、最新設備、椅子はふかふか、黒板はタッチパネル。教師の質も高く、生徒の意識も高く空気が違うようで酸素がうまいらしい。
B、Cと下がるにつれて、設備は少しずつ年季が入り、D、Eになると「まあ、学校ってこんなもんだよね」というレベルに落ち着く。
そして――Fクラス。
床は軋み、壁は薄い。窓は閉まっているのに、なぜか年中風が吹く。どこから吹いているのかは不明だ。校舎の構造的欠陥か、霊的現象か、あるいは学園の悪意か。考えるだけ無駄である。
つまり――。
「Fクラスだけは……絶対に……」
刀夜は小さく呟いた。それは決意ではなければ覚悟でもない。ほぼ懇願に近い祈りだった。問題は、このクラス分けが「一年の終わりに行われる振り分け試験」一発勝負で決まるという点にある。
日頃どれだけ真面目に授業を受けていようが、当日で転べば容赦なく下位クラス行き。逆に、普段は赤点常連でも、ここで奇跡を起こせば上位クラスへワープ可能。
実に文月学園らしい、慈悲も情けもないシステムだった。
刀夜は、決して頭が悪いわけではない。彼は国語が得意であり、現代文は安定して高得点。漢文も嫌いじゃないしむしろ楽しい。文章を読むのも、書くのも好きだ。古典に関しては、誰にも負けないと言う謎の自信がある。
その他の文系科目は、まあ及第点以上。
え、理系?……それは、彼の辞書には載っていない単語である。
(せめてE。できればB...いや、まぁ無駄なんだけどな)
それなりの設備。それなりの評価。それなりに快適な学園生活。あと少しのラッキースケベ。そんな健全で、慎ましく、欲望に正直な野心を、彼は確かに抱いていた――はずだった。
だが。
結果から言おう。刀夜は、クラス振り分け試験に参加していない。何故なら、親戚の葬式に参列していたからである。
喪服に身を包み、静まり返った式場で手を合わせていたその頃。文月学園では、彼の今後一年、いや、下手をすれば高校生活そのものを左右する試験が、粛々と行われていた。
そして、未受験•最低評価•Fクラス直行。
そんなコンボが存在するなど、夢にも思っていなかったのである。
(なんだよ....このクソコンボ、オーズでもねぇよ)
こうして、刀夜は、実力でも努力でもなく、運とタイミングと、そして社会的常識によって、二年Fクラス行きが、静かに、しかし確定的に言い渡されたのであった。坂道の途中、刀夜は立ち止まり、空を見上げた。桜は何も知らず、今日も変わらず綺麗に咲いている。
「……畜生ー!俺の青春返せぇー!!」
叫びは虚しく空に溶け、桜は答えない。
ただ、花びらが一枚、ひらりと彼の肩に落ちただけだった。
普通に高校生活を送るはずだった一人の少年は、文月学園でもっともオンボロで、もっとも騒がしく、そして――間違いなくバカなクラスへと、叩き落とされたのだった。
坂道を登りながら、彼の脳裏に、どう考えても今思い出さなくていい記憶が再生された。
そう、あの葬式の日だ。人生には「ここが分岐点だったな」と後から分かる瞬間があるらしいが、刀夜の場合は間違いなく香典袋と線香に囲まれたあの日である。
(分岐点が葬式ってどうなんだよ....もっとこう、可愛いヒロインとの出会いとかないのかよ.....)
葬式の日、雨は降っていなかった。ただひたすら曇り空で、蒸し暑い。線香の匂いが服に染みつき、帰宅後も鼻の奥に居座り続ける。
(これ絶対「三日間・集中力低下」デバフだろ)
会場は地方の斎場。年季が入りすぎていて、「これ、人より先に建物の方が逝くのでは?」と不安になるレベルだった。そこで送られていたのは、刀夜にとって限りなく他人に近い遠縁の親戚。
名前は即答できない。顔は「見たことある…気がする」。最後に会ったのは、たぶんランドセルを背負っていた頃。
もはや血縁というより、「『親戚』という単語の説明に載ってる例文」みたいな存在だった。悲しくないわけではない。だが、ドラマのように膝から崩れ落ちて号泣――そんな感情は湧かなかった。
というか。
正直、刀夜の頭の中は別のことでいっぱいだった。
(……振り分け試験、今日なんだよな……)
喪服の内側で、「テスト」という単語がゴリゴリと精神を殴り続ける。焼香中も手を合わせながら、
(これ欠席って、どのくらいアウトだ……?)
とか考えていた。
最低?本人もそう思っている。だが文月学園のシステムの方がもっと最低だと思う。
焼香を終え、「お疲れさまでした」「大変でしたね」と会話に付き合わされていたとき、事件は起きた。
「……ああ、そうだ。刀夜君これを」
声をかけてきたのは、刀夜から見て「親戚という名の赤の他人・その2」。
手にしていたのは、小さな包みで布にくるまれ、掌サイズだっ。この時点で、刀夜の人生センサーが全力で警告を鳴らした。
(あ、これロクなやつじゃない)
「え?俺にですか?」
「うん。まあ……処分に困っててね」
理由が羽毛より軽い。包みを開くと、中にあったのは――鍔。
黒ずんで、錆びている。
第一印象:地味
第二印象:重い
第三印象:どうしろと?
「……鍔、ですか?」
「そう。刀の鍔」
(分かる。分かるけど、念押しされると悲しくなる)
「あの...刀は?」
「無いよ。どっか行った」
軽すぎる。刀の行方が、刀夜の進路並みに軽い。
(鍔だけ残ってる刀って、もう刀じゃなくて残骸では……つか、何に使えと?文鎮?護符?人生の重り?)
「いやー村正の刀についてたらしいんだけどね。コレ」
ここで爆弾投下された。
「……え、村正?」
「いや、昔そう言われてたってだけ。本物かどうかボロ過ぎて分かんないし、村正なんて贋作だらけでしょ?」
正論すぎて反論不可だった。
村正
妖刀。呪い。徳川キラー。有名すぎて、本物より偽物が多い刀工。
(……俺の人生みたいだな)
「そもそも、なんで鍔だけ残ってるんだって話だし」
「……ですよね」
この相槌には、魂がこもっていた。
「捨てるのも気が引けるし君の家系、鍔っぽい名前してるだろ?」
理由が雑過ぎた。厳密には遺言で鍔だから鍔守の連中にでも渡せとのことだったそうだ。
(鍔っぽい名前って何だ、属性か?ジョブか?...ドラクエかよ)
そして刀夜は自分の名字を思い出す。
(……確かに鍔だ。守ってるかどうかは知らないけど)
「まあ、いらなかったら捨てていいから」
そう言い残し、その親戚は完全に用済みの顔で去っていった。なお本当は刀夜の父親に渡す予定だったが、「いらん」の一言で却下され、結局、息子に流れてきたらしい。
こうして刀夜は、ノリと処分事情と名字だけで村正の刀についていた(らしい)鍔を押し付けられたのだった。
帰りの電車で膝の上に置いた包みを、刀夜は何度も見下ろした。
(……なんで俺なんだ)
答えは出ない、いつもそうだ。彼の人生は、説明不足のままイベントが始まる。そして現在。坂道の途中で、刀夜は盛大な溜息をついた。
「ほんと……人生、鍔一枚で狂うとか、どんだけ軽いんだよ……」
風が吹き、桜の花びらが舞う。世界は今日も平和だった。そして刀夜は相変わらず運に見放されていた。
しかも原因が、刀じゃなくて鍔一枚。
回想を終えた刀夜が顔を上げると、そこは文月学園の正門前だった。そして――そこに立ってはいけない存在が、仁王立ちしていた。
スーツの下から「俺は体育教師です」と主張するためだけに存在しているような、無駄のない筋肉の塊。その男は腕を組み、校門前で門番よろしく立っていた。
「……げ、鉄人……」
刀夜の喉から、思わず本音が零れ落ちた。
男の名は西村宗一。トライアスロンが趣味でアマチュアレスリング経験者。文月学園が誇る肉体派教師であり、生徒からの通称は「鉄人」。
刀夜の認識はつまるところ、『筋肉ムキムキマッチョマンの変態』である。
そして鉄人は体育教師ではない。生活指導室を根城にし、「規律を乱す者には鉄拳制裁」という、どこの昭和だと言いたくなる教育方針を掲げている。その結果、彼はいつしか「生活指導の鬼」と恐れられるようになった。
なお、刀夜の中で「鉄人」と聞いて思い浮かぶのは、この男と、ドラえもんの映画くらいである。
(……面白いよな、鉄人兵団……個人的にリメイク前の方が好きなんだよな...)
現実逃避をしつつも、刀夜は反射的に社会性を発揮した。
「おはようございます、鉄人先生」
(まずは挨拶。礼儀は大事。命も大事)
「ああ、おはよう」
一瞬、普通に返事が返ってきた。が、次の瞬間。
「……鍔守。今、俺に向かって“鉄人”と言ったか?」
空気が凍った。
「ハハハ、何言ってるんですか?気のせいですよ、鉄人先生」
刀夜は全力で笑顔を作った。完全に逆効果だった。
「やはり間違えているぞ……」
西村は低く唸るように言った。
「西村宗一だ。誰が鉄人だ、バカもん!」
ゴンッ!
拳骨が、遠慮なく刀夜の頭に叩き込まれると鈍い音と共に、刀夜の視界が一瞬ホワイトアウトする。頭には立派なタンコブが完成した。
「痛ってぇ!?このご時世に暴力とか!教育委員会が黙ってないですよ!?」
「その教育委員会から、見放されたようなものだぞ、お前らは」
西村――もとい鉄人は、心底疲れたように溜息をついた。そして、ポケットから一枚の紙を取り出して刀夜に差し出す。
「ほら」
「……何ですか、それ」
「振り分け試験の結果だ」
嫌な予感しかしない。紙を受け取り、恐る恐る視線を落とす刀夜。そこには、予想を裏切らない文字が、堂々と書かれていた。
Fクラス 鍔守刀夜
「…………」
数秒の沈黙。
そして――。
「やっぱりぃぃぃぃ!!」
刀夜はその場で膝をつき、コンクリートの地面を両手で叩いた。
「なんでだよ!なんで俺が!葬式!社会的常識守っただけだろがぁぁ!!」
誰に向けているのか分からない叫びが、正門前に響き渡る。鉄人は腕を組み、淡々と言った。
「気持ちは分かるが未受験はFクラスだ」
「酷すぎるだろ!?人の心とかないのか!?」
「ああ、全部筋肉が持っていった」
(訳がわからねぇよ...)
地球外知性体が魔法少女に残酷な真実を告げ反論した時に使った言葉を溢し、正式に文月学園2年Fクラス所属となった。桜は相変わらず綺麗に咲き誇り、鉄人は今日も鉄人で、刀夜の青春は、見事に筋肉に殴り飛ばされたのだった。