バカと刀と召喚獣   作:レゾリューション

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一生縁のない世界

激動という言葉では生ぬるい昼食タイムがようやく終わり、現在は平和(当社比)な午後のティータイムである。……もっとも、平和なのは空気だけで、明久の胃袋は未だ戦場だった。

 

明久は両手でペットボトルを抱え、必死な形相でお茶を飲んでいる。どうやら「お茶には殺菌作用がある」という噂に全力で縋っているらしい。しかし、顔色は相変わらずゾンビ寄りだ。

 

(まさか姫路がメシマズキャラだったとは……)

 

刀夜も同じくお茶を飲みながら、遠い目をしていた。脳裏をよぎるのは、あの“弁当(仮)”の悪夢である。

 

「雄二。次はどこを攻めるつもりだ?」

 

「次は、Bクラスを攻める予定だ」

 

一息ついてから、雄二が淡々と言い放つ。

 

「どうしてBクラスなの?目標はAクラスなんでしょう?」

 

島田が首を傾げる。真面目な疑問だ。

 

「正直に言おう。どんな作戦を使っても、うちの戦力じゃAクラスには勝てない」

 

「まぁ、そりゃそうだよな」

 

刀夜も即座に頷いた。Aクラスは別次元だ。学力、設備、召喚獣の性能、どれを取っても規格外。

 

(こっちは勉強の出来なさでも別次元だけどな)

 

方向性は違うが。

 

「で、雄二。どんな策があるんだ?」

 

「クラス単位でぶつかれば負ける。ならどうするか――答えは簡単だ」

 

雄二は机に肘をつく。

 

「Aクラスとの一騎討ちに持ち込む」

 

「一騎討ち?」

 

「でも、それとBクラスがどう関係あるのさ?」

 

「明久」

 

雄二はゆっくりと明久を見た。

 

「試召戦争で負けた場合、クラスの設備はどうなるか……知っているな?」

 

「え?も、もちろん!」

 

即答したが、顔は完全に泳いでいる。

 

「なら言ってみろ」

 

「……」

 

明久の表情が『ヤバい、詰んだ』に変わった。その瞬間、姫路がそっと身を寄せ、耳打ちする。

 

「……設備のランクを落とされるんだよね?」

 

「……まぁいい」

 

雄二は深追いしなかった。どうやらこれ以上やると別の意味で倒れるらしい。

 

「つまりだ。Bクラスが負ければ、Cクラス設備に落ちる。じゃあ逆に――上位クラスが負けた場合は?」

 

「悔しい」

 

「ムッツリーニ、ペンチ」

 

「ちょっと待て」

 

即座に制裁が飛びそうになったが、

 

「吉井君。負けたクラスは、相手クラスと設備が入れ替えられるんですよ」

 

姫路が全力でフォローに入った。

 

「そういうことだ」

 

雄二が頷く。

 

「つまり、俺達に負けたクラスは最低設備行きになる」

 

「このシステムを使って交渉する。Bクラスを倒したあと、『設備を入れ替えない代わりにAクラスへ攻め込め』とな」

 

「なるほど……」

 

刀夜が感心したように頷く。

 

「Bクラスとしては、Fクラスに負けるよりAクラスに負けた方が被害が少ない。だから応じる可能性が高い」

 

「それをネタに、今度はAクラスと交渉するわけか」

 

「『Bクラス戦の直後に攻め込むぞ』ってな」

 

一騎討ちを拒否すれば、AクラスはB→Fと連戦を強いられる。流石のAクラスでも、それは無視できない。

 

「とにかく、まずはBクラスをやる。細かい話はその後だ」

 

「ふーん。ま、考えがあるならいいけど」

 

「で、明久」

 

「ん?」

 

「今日のテストが終わったら、Bクラスに宣戦布告してこい」

 

「断る」

 

即答だった。

 

「次は雄二が行けばいいじゃないか!」

 

Dクラスへの宣戦布告で地獄を見た明久としては、当然の反応である。結局、話し合いは不毛に終わり、勝負はジャンケンで決めることになった。

 

「普通のジャンケンじゃつまんないから心理戦を使う」

 

雄二がそう宣言した心理戦とは『明久がグーを出さなければブチ殺す』という極めて原始的なものだった。

 

結果、動揺した明久は負けた。

 

「理不尽だぁぁ……!」

 

それでも渋る明久に、雄二は追撃をかける。

 

「Bクラスには美少年好きが多い」

 

「でも雄二」

 

刀夜が真顔で言う。

 

「コイツ、不細工だぞ?」

 

「失礼な!365度どこから見ても美少年じゃないか!」

 

「5度多いぞ」

 

「実質5度じゃな」

 

「5度マイナスにできないからな、明久の顔は」

 

「3人なんて嫌いだぁぁっ!!」

 

絶叫が教室に響いた。こうして、明久の宣戦布告役は満場一致(本人以外)で決定。昼休みの作戦会議は幕を閉じ、Fクラスは再び絶望的なテスト漬けの午後へと突入していった。

 

なお、明久の顔色は最後まで回復しなかった。

 

渡り廊下に到着した瞬間、明久たちは最悪のタイミングでそれを見た。

 

『いたぞ!Bクラスだ!』

『高橋先生を連れているぞ!』

 

どうやら考えることはどのクラスも同じらしい。Fクラスが辿り着いた時には、すでにBクラスも現場に揃っていた。

 

Bクラスは比較的文系寄りの成績構成。対するFクラスは、姫路瑞希というFクラスのバグを抱えている以上、理数系で殴るのが定石――だったはずなのだが。

 

『Fクラスだ!生かして帰すな!』

『『『おおーーー!!』』』

 

優等生らしからぬ物騒な雄叫びが、渡り廊下に反響する。

 

(……Bクラス怖ぇ)

 

刀夜は本気でそう思った。

 

 

戦いはあっさり進んだ。Fクラスが布陣を整え、Bクラスが総合科目での一気決着を狙ってきた、その最中。

 

「お、遅れ……まし……た。す、すみま……せん……」

 

息も絶え絶えに、姫路瑞希が姿を現した。渡り廊下までの距離は大したことはない。しかし彼女にとっては、それがマラソンコースに等しいらしい。肩で息をし、今にも倒れそうだ。

 

『来たぞ!姫路瑞希だ!』

 

すでにDクラス戦で存在が広まっていたせいか、Bクラスの反応は早かった。

 

「Bクラス岩下です。Fクラス姫路さんに数学勝負を申し込みます!!」

 

「律子、私も手伝う」

 

どうやら二人掛かりで叩く気らしい。しかし表示された数値は残酷だった。

 

Fクラス

 

姫路瑞希 数学:412点

 

VS

 

Bクラス

 

岩下律子 189点 菊山真由美 151点

 

(俺も数学であんな点数取ってみたかった……)

 

刀夜は遠い目をした。完全に文系人間である彼には、一生縁のない世界だ。結果は言うまでもない。姫路の召喚獣が、文字通り蹂躙した。

 

 

「明久、刀夜、儂らは一旦教室に戻るぞ」

 

突然、秀吉がそう言い出した。

 

「え?何で?」

 

代わりに説明したのは刀夜だった。

 

「明久、Bクラスの代表は――『あの』根本だ」

 

「根本って……あの根本恭二?」

 

「ああ」

 

その名を聞いた瞬間、明久の背筋に寒気が走る。文月学園2年Bクラス代表、根本恭二。カンニング常習犯、球技大会で相手に怪しい飲み物を飲ませた疑惑など、悪名に事欠かない男。

 

「よし、念のために戻ろう」

 

姫路に一言報告し、三人は急いで教室へ引き返した。

 

 

「うわ、こりゃ酷い」

 

教室に入った瞬間、明久の口から素直な感想が漏れた。

 

「まさかここまでやるとはのう」

 

「やることが汚ねぇな、アイツ……」

 

そこにあったのは、戦場跡だった。

 

机は荒らされ、ノートは破かれ、筆記用具は使い物にならないほどに破壊されている。生徒個人の持ち物を狙う、実に地味で、実に効果的な嫌がらせだった。

 

「これじゃ補給試験どころじゃないね……」

 

「地味じゃが、効果的な作戦じゃな」

 

「クソみてぇな性格してるな、マジで」

 

「あまり気にするな。修復に時間はかかるが、大した支障はない」

 

そう言って教室に入ってきたのは雄二だった。

 

「雄二、どこ行ってたんだよ?」

 

「Bクラスから協定を結びたいという申し出があってな。調印のために教室を空にしていた」

 

「協定?内容は?」

 

雄二はあっさり答える。

 

「ああ。午後四時までに決着がつかなかったら、明日の午前九時から再開。その間は試召戦争に関わる一切の行動を禁止する、ってやつだ」

 

「……それを承諾した、と」

 

「ん?ああ」

 

「とりあえず、雄二は新しい教科書と卓袱台の手配を頼む」

 

「おう。それは任せておけ」

 

まるで日用品の買い出しでも頼まれたかのような軽さで、雄二は親指を立てた。

 

「では、わし等は戻ろうかの。そろそろ戦局も動いたころじゃろう」

 

「そうだね。そうしようか」

 

こうして後始末を雄二に任せ、刀夜たちは再び戦場へと向かった。

 

 

「吉井!鍔守!戻って来てくれたか!」

 

渡り廊下に戻った途端、須川が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「須川君、状況は?」

 

「かなりまずい状況になった……島田が、人質にとられた」

 

「島田さんが!?」

 

「なんと!?」

 

「あの島田が!?」

 

三人の声が、きれいにハモった。刀夜だけは内心で首を傾げていた。

 

(島田なら、人を殴り倒す側だと思ってたんだが……)

 

「そんな訳で、あと二人なのに攻めきれないんだ。どうする?」

 

須川の問いに、刀夜は即答した。

 

「明久、須川と一緒に救出してこい。須川、案内を頼む」

 

「分かった。吉井、こっちだ」

 

「え、ちょ、ちょっと待――」

 

明久の抗議は、須川に引きずられる形で強制終了した。

 

「秀吉、こっから俺たちが持ち堪えるぞ」

 

「心得た!」

 

 

その後は、まさに地獄だった。刀夜と秀吉は、苦手極まりない理系科目で必死に耐え続けた。戦局を動かすどころか、倒れないだけで精一杯である。結果、停戦協定が発動する頃には、物理の点数は堂々の十点台。

 

(人間、ここまで来ると逆に清々しいな……)

 

そんな悟りにも似た感情を抱いていた頃、教室に戻ると異様な光景があった。島田が、明久を肩に担いで運んできていたのだ。

 

しかも――

 

「……」

 

島田の顔が、ものすごく不機嫌だった。話しかけるのも憚られるほど、露骨に機嫌が悪い。ちらりと明久を見ると、顔や腕にいくつもの殴打痕がある。

 

(……これ、救出っていうか、ついでに殴られてないか?)

 

刀夜はそう思ったが、あえて何も言わなかった。今は触れないのが賢明だからだ。

 

 

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