Fクラスを舐めていると、普通に痛い目を見るという現実をどうやら、向こう側もようやく理解したらしい。
Bクラスの面々は、さっきまでの余裕綽々な態度をかなぐり捨て、完全に戦闘モードへ移行していた。動きが速い。連携も取れている。これはもう「遊び」ではない。
「……あ、これ本気で潰しに来てるね」
明久が引きつった笑顔で呟きながら、例のブツに手を伸ばそうとしていた。前回のDクラス戦で大活躍した、あの消火器だ。
「よし、ここは前回と同じく――」
しかし。
「あれ?島田さん?」
振り返ると、そこにいるはずの島田美波が、なぜか仁王立ちしたまま微動だにしていなかった。
「……ねえ吉井」
「な、なに?」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
刀夜は必死に敵の猛攻を受け止めている最中である。にもかかわらず、島田はやけに落ち着いた声だった。
刀を握る召喚獣の腕は笑い、足は震え、精神力だけで立っている状態――要するに気合いで誤魔化しているだけである。目の前の圧は重い。重すぎる。重力でも操っているのかと錯覚するほどだ。
(やばい、これ三秒後に死ぬやつ……)
そんな刀夜の必死の足止めなどお構いなしに、少し離れた場所では異様にのんびりした会話が展開されていた。
島田が明久に何やら要求していた、自分の事を「美波」と呼ぶようにとか、「駅前のクレープ屋に行きたいとか」
「お前ら!!いちゃついてないで!!早く助けろぉぉぉぉ!!」
その悲鳴は魂の叫びだった。もはやツッコミですらない。命乞いである。
その後、島田によって消化器の粉がばら撒かれ、刀夜達はこの危機を脱したのだった。
尚、刀夜は明久に戦争中にも関わらずイチャコラ見せつけて不快にした罪で善意でFFF団(私立文月学園2年Fクラス内に存在する、Fクラスの血の掟を破りし異端者の捜索と断罪を行う断罪集団)にぶち込んであげた。
刀夜ぁぁぁぁ!と叫ぶ声が聞こえたがそれは本人の耳には入らなかった。
翌朝、朝のホームルームが終わるや否や、雄二は椅子を蹴る勢いで立ち上がり、そのまま教壇へと飛び乗った。
「よし。昨日言ってた作戦を開始する」
その一言で、教室の空気が一気にざわつく。
「で、結局なにすんの?」
昨日から散々もったいぶられてきた明久が、待ちきれない様子で食いついた。雄二はニヤリと笑い、鞄の中から“それ”を取り出す。
文月学園・女子生徒用制服。
「……雄二」
刀夜が静かな声で尋ねる。
「その制服、どこで手に入れた?」
「聞くな」
即答だった。
「企業秘密だ」
(聞いたら人として大事な何かを失うやつだな)
刀夜は本能的にそれ以上の追及をやめた。
「作戦は簡単だ。秀吉にこれを着てもらう」
「うむ?」
「Cクラスに行ってもらう。ただし――」
雄二は指を立てる。
「『木下優子』としてな」
その名前に、クラス全員が納得の声を漏らした。秀吉にはAクラス所属の双子の姉・木下優子がいる。一卵性双生児かと疑うほどの瓜二つ。違うのは成績と、性格と、口の悪さと――だいたい全部である。
「わしは別に構わんが……」
(男としては全力で拒否したほうがいいと思うぞ、秀吉)
刀夜の心のツッコミは、誰にも届かなかった。
***
着替え中。
「うおおおおおお!?」
明久は机に突っ伏して悶絶していた。
「だ、だめだ……脳が処理を拒否してる……!」
その隣で、ムッツリーニは無言でカメラを構え、カシャッ、カシャカシャッという軽快な音を連打している。
(……後で写真、買おう)
刀夜は静かに決意した。最終調整として、刀夜は水の入ったコップを秀吉に差し出す。
「ほれ」
秀吉が一口飲み、軽く咳払いをする。
「……あー……気色悪いわね、この教室」
「よし、行ける」
こうして“木下優子(偽)”は、戦場へと送り出された。
Cクラス前にて
「さて、ここからは秀吉一人で行ってもらう。頼んだぞ」
「あまり気が乗らんのう……」
秀吉は今さらながら制服のスカートを摘み、深いため息をついた。
「そこをなんとか頼む。Aクラスのフリをして、ちょっと挑発するだけでいい」
「むう……仕方ないのう。あまり期待せんでくれよ……」
秀吉は覚悟を決め、トボトボと教室へ向かう。
「大丈夫かな……?」
明久が心配そうに呟く。
「まあ大丈夫だろ」
「秀吉だしな」
適当な信頼を寄せる刀夜一同。秀吉はドアの前で深呼吸を二、三回すると、ガラッと乱暴に扉を開ける。
『静かにしなさい! この薄汚い豚ども!』
一瞬で地獄が開門した。
『な、なにあの女!?』
『ちょっと!?』
『話しかけないで! 豚臭いわ!』
(自分から話しかけといてそれは酷いだろ!)
Cクラス全員の脳内で、同時に同じツッコミが発生した。
『アンタ、Aクラスの木下優子ね!?ちょっと成績がいいからって調子乗ってんじゃないわよ!何しに来たのよ!?』
『ふん……私はね』
秀吉は顎を上げ、完璧な悪役令嬢ムーブをかます。
『こんな臭くて汚い教室が、同じ校舎に存在しているのが耐えられないの!貴女達なんて、豚小屋で十分だわ!!』
『なっ!?私達がFクラスがお似合いですって!?』
(……なんでFクラスが連想されたんだ?)
Fクラス側の全員が、微妙な顔になった。
「っなんじゃと!」
スッ。
反射的に素が出かけた秀吉の口元に、いつの間にか差し出される水のコップ。刀夜のファインプレーで秀吉は一口飲み、立て直す。
『……手が穢れるのは嫌だけど、準備は出来ているようだし、薄汚い貴女達を、相応しい教室へ送ってあげるわ。覚悟しておきなさい。近いうちに、私達が始末してあげるわ!』
そう言い残し、秀吉は優雅に踵を返した。
「こんなもんかの?」
戻ってきた秀吉の顔は、異様なほどスッキリしていた。
「ああ。完璧だ」
雄二は満足げに拍手を送る。その頃――
『Aクラス戦の準備を始めるわよ!!』
Cクラスは完全にブチ切れ、敵意の矛先は見事にAクラスへと向けられていた。こうしてFクラスは、見事に戦局を動かしたのである。
なお後日。秀吉は少しの間「企業秘密」という言葉を信用しなくなった。
「ドアと壁を上手く使うのじゃ!戦線を拡大させるでないぞ!」
Bクラス前の廊下に、やたら通る声が響く。声の主はもちろん木下秀吉(女装経験者)**である。
Cクラスを完璧に挑発した直後、昨日中断されたBクラス戦が再開され、戦線は教室前へと押し戻された。今回の作戦は単純明快。
『Bクラスを教室内に閉じ込めろ』
ドアと壁を利用し、出入り口を限定。科目を固定し、補給を断ち、じわじわ削る。作戦自体は、驚くほど順調だった。
「勝負は極力単教科!複数人で挑むのじゃ!補給もこまめに行え!」
秀吉の指示は的確。無駄がなく、そして何より可愛かった。
「……」
総司令官“補佐”である姫路瑞希が、妙に静かだった。昨日に引き続き指揮を執るはずの彼女は、指示を出すどころか、戦闘にも加わろうとしない。
立ち尽くし、視線だけが泳いでいる。
(……おかしい)
刀夜はすぐに違和感を覚えた。
『左側出入り口が押し戻されている!古典の戦力が危うい!援護を頼む!』
通信が飛ぶ。それを聞いた明久は、一目散に走り出した。目指すは――古典担当・竹中教諭。
「先生……」
明久は、そっと耳元に顔を寄せる。
「……ズラ、ずれてますよ?」
「!?」
次の瞬間。
「し、所用を思い出したので!少々、席を外します!!」
竹中教諭は頭を押さえ、信じられない速度で戦線を離脱した。
『古典教師、撤退!』
『左側出入り口の科目が英語に変更!』
現場は一瞬ざわつく。
『数学教師はどうした!?』
『Bクラス内に拉致された模様!』
「拉致!?」
どこからどう見ても学園とは思えない単語が飛び交う。
そして今度は右側出入り口が危機に陥った。
「わ、私が行きます!」
瑞希が意を決して前に出ようとする、しかし。
「あ……」
彼女は、何かを見つけたように、急に立ち止まった。その顔は、明らかに強張っている。
(……脅されてるな)
刀夜は即座に察した。そこへ、明久が自然な足取りで近づく。
「姫路さん」
「は、はい……?」
「今日は具合、良くなさそうだよ。もう休んでもいいと思う。試召戦争は今日で終わりじゃないし。体調は大事だよ」
「よ、吉井君……はい……」
姫路は小さく頷いた。
「じゃあ僕、ちょっと用があるから行くね!」
「あ……」
その背中を見送りながら、刀夜は確信する。
(行くな。……“原因”を潰しに行きに)
「明久!」
「な、なに!?急いでるんだけど!」
「行ってこい!」
「……分かった!」
短い言葉を交わし、明久は戦線を離脱した。
「よし!」
秀吉が声を張り上げる。
「今のうちに態勢を立て直すのじゃ!」
『おう!!』
竹中教諭撤退の影響で一時は乱れた戦線も、少しずつ安定を取り戻していく。
そのとき――
「Fクラス、鍔守刀夜!」
刀夜が前に出た。
「出口にいる6人に英語で勝負を申し込む!
⸻
Fクラス 鍔守刀夜 256点
現代国語 VS
Bクラス生徒6人 平均244点
⸻
『なっ!?何だその点数は!?』
『本当にFクラスなの!?』
Bクラス側がどよめく。
「英語は比較的、得意なんだよ!」
刀夜の召喚獣が、両手に刀を投影し床を蹴り左右から斬り込む。動きは無駄がなく、やたらキレがいい。
(お前、ほんとにFクラスか?)
そんな視線を浴びながら、さらにFクラスの援軍が到着。
「お待たせー!」
「ここは俺達が抑える!」
戦局は――五分。だが確実に、Fクラスは押し返し始めていた。
一方その頃。戦線を離脱した明久は、とんでもなく面倒な地雷を踏みに行っている最中だった。彼も姫路が動かない理由を理解していた。
(姫路さんを脅してる根本君め……覚悟しろ!)
試召戦争は、まだまだ地獄の続きが待っていた。