刀夜と援軍たちは、全力を尽くして六人を撃破した。……が、その代償は大きい。
「はぁ……はぁ……さすが文系クラスだな……無駄に点数を食う……」
そう、Bクラスは文系クラスである。知力はともかく、持久力と計画性に難があり、戦えば戦うほど点数が溶けていくという、極めて燃費の悪い仕様だった。
その時だった。
「おーおー、まだやってんのかよ」
背後から、やたらと余裕のある声が響く。振り返ると、そこには腕を組んだ雄二が立っていた。その視線は一瞬だけ、壁の奥――明久の方へ向けられる。
(……「信じろ」って顔だな)
刀夜は、なぜかその意味が分かってしまった。
「お前らいい加減諦めろよな。昨日から教室の出入り口に人が集まりやがって。暑苦しいことこの上ないっての」
根本が、虫でも払うように吐き捨てる。
「どうした? 軟弱なBクラス代表サマは、そろそろギブアップか?」
「はァ? ギブアップするのはそっちだろ?」
「無用な心配だな」
「そうか? 頼みの綱の姫路さんも、調子悪そうだぜ?」
その一言で、姫路を脅したのは、こいつだと刀夜は確実した。
「……お前ら相手じゃ役不足だからな。休ませておくさ」
「けっ! 口だけは達者だな。負け組代表さんよぉ」
「負け組? それがFクラスのことなら――」
雄二は、不敵に笑った。
「もうすぐ、お前が負け組代表だ」
「……さっきからドンドン、壁がうるせえな。何かやっているのか?」
「さぁな。人望のないお前に対しての嫌がらせじゃないのか?」
「けっ。言ってろ。どうせもうすぐ決着だ! お前ら、一気に押し出せ!」
「態勢を立て直す! 一旦下がるぞ!」
「どうした! 散々ふかしておきながら逃げるのか!」
激しい口論の末、先に撤退したのは雄二だった。Bクラスが勝ち誇った、その――次の瞬間。
「だぁああああああっしゃあああ!!」
「はぁああああっ!!」
ドガァァン!!
BクラスとDクラスの境界にコンクリートの壁に、大穴が開いた。穴の向こうから、明久と召喚獣が勢いよく飛び出してくる。
『壁に穴が!?』
『バカな!? コンクリートだぞ!?』
『な、何だ!?』
『召喚獣が!?』
一度ならまだしも、今日は二度目の不測の事態である。Bクラスは、完全にパニックに陥った。
「根本ォ恭二ィィ!!」
明久が突撃するが、近衛兵にあっさり阻まれる。
「残念だったな! お前達の奇襲は失敗だ!」
根本が勝ち誇った、その瞬間――
「いいや」
刀夜の低い声が、教室に響いた。
「テメェの負けだ。根本」
ガラガラガシャーン!!
開け放たれたBクラスの窓から、ハーネスを装着した土屋康太(ムッツリーニ)と、体育教師・大島先生が降下してきた。
ここで、少し教科の特性について説明しよう。
教師といっても人間であり、性格によって採点傾向は異なる。数学の木内先生は採点が早い。世界史の田中先生は点数が甘い。英語の遠藤先生は割と寛容だ。
では、体育教師はどうか。
採点が早いわけでもなければ、点数が甘いわけでもない。召喚フィールドが広いわけでもない。
体育教師の最大の特徴――それは、担当教科が体育であるが故の、並外れた身体能力と行動力である。
「…………Fクラス、土屋康太」
「き、貴様は……!」
「……Bクラス代表、根本恭二に」
一拍置いて、ムッツリーニは告げた。
「保健体育勝負を申し込む」
「ムッツリ—————ニィ——-!!!」
「試獣召喚(サモン)」
Fクラス 土屋康太 保健体育:441点
VS
Bクラス 根本恭二 保健体育:203点
勝敗は、召喚した瞬間に決していた。
こうして。知力でも、戦術でもなく性知識という一点突破により。Fクラスの勝利が、確定したのであった。
「明久、随分と思いきった作戦を考えたのう」
そう言って、半目で感心したような顔を向けるのは木下秀吉である。
「秀吉……はは、でしょ? もっと褒めてもいいよ?」
明久は胸を張ったが、秀吉は一切ブレなかった。
「後のことを何も考えず、自分の立場を追い詰める。実に男気溢れる作戦じゃな」
(……それ、遠回しに馬鹿って言ってるよな)
明久が内心でツッコむ前に、刀夜が軽く笑いながら口を挟んだ。
「ま、それが明久の強みだろ」
そう言って、彼は明久の肩にぽん、と手を置く。
その一言だけで、明久は「許された」と思い込む程度には単純だった。
「さて」
刀夜は視線を前へ移す。
「それじゃ、嬉し恥ずかし戦後対談といくか。な、負け組代表?」
「……」
床に座り込んだまま、完全に魂が抜けた顔をしている根本。
その周囲を、BクラスとFクラスの生徒たちが半円状に取り囲んでいた。
空気はまるで、公開処刑前の刑場である。
「本来なら設備を明け渡してもらって、お前らには素敵な卓袱台をプレゼントするところだが」
坂本雄二が、さも残念そうに肩をすくめる。
「特別に免除してやらんでもない」
その瞬間。
「ざわ……」
「え、マジで?」
「卓袱台回避?」
周囲が一斉にざわついたのも無理はない。
Fクラスにとって設備とは生命線。免除という言葉は奇跡に等しい。
「落ち着け、皆」
雄二は手を挙げて制した。
「前にも言ったが、俺達の目標はAクラスだ。ここがゴールじゃない」
「うむ。確かに」
「ここはあくまで通過点だ。だから、Bクラスが条件を呑めば解放してやろうと思う」
その言葉に、Fクラスの生徒たちはどこか納得したような顔になる。Dクラス戦の時にも聞いた流れだ。皆、少しずつ坂本雄二という男の性格を理解し始めていた。
「……条件はなんだ」
根本が、力なく問いかける。
「条件?」
雄二はニヤリと笑った。
「それは――お前だよ、負け組代表さん」
「俺、だと?」
「ああ。お前には散々好き勝手やってもらったしな。正直、去年から目障りだった」
教室内が静まり返る。誰も反論しないあたり、それだけのことを、根本がやってきたのは事実だった。
(まぁ……俺もちょっと恨みあるしな)
刀夜は、心の中で静かに頷いた。
「そこでだ」
雄二は続ける。
「Bクラスに特別チャンスをやろう。Aクラスに行って、試召戦争の準備が出来てるって宣言して来い」
「……それで?」
「設備は見逃してやる。ただし宣戦布告はするな。あくまで“戦う意思と準備がある”と伝えるだけだ」
「……それだけでいいのか?」
根本の目には、疑念が浮かんでいる。
「……ああ」
雄二は、悪意全開の笑顔で続けた。
「Bクラス代表がコレを着て、言った通りに行動してくれたらな」
そう言って取り出したのは――
「……」
秀吉が着ていた、女子の制服だった。
「ば、馬鹿なことを言うな!!」
根本が叫ぶ。
「この俺が!そんなふざけた格好をして!」
「そうか、残念だ」
雄二は即座に引き下がる。
「じゃあこの話は白紙だな」
雄二のその一言は、もはや交渉でも何でもなかった。完全なる脅迫である。しかも、言っている本人はそれを一切隠す気がない。
その瞬間だった。
「まぁ、待て雄二」
刀夜が、妙に落ち着いた声で割って入る。
「そんな露骨な脅しは良くないぞ」
「……は?」
Fクラスの生徒全員が目を見開いた。当然、雄二も即座に反論しようと口を開いた――が。
刀夜の顔を見た瞬間、言葉を飲み込んだ。そこには、“今から絶対ロクでもないことを思いつきました”という意思表示にしか見えない、完璧な笑顔が浮かんでいた。
「……そうだな」
雄二は一瞬だけ考え、そして理解した。
「なら、刀夜に任せてみるとしよう」
「よし!」
刀夜はBクラス(根本を除く)に問いかけた
「お前らに聞くが日本は民主主義国家だよな」
どこからどう見ても、今この場に民主主義を持ち出す必要はない。
「だからこの案も民主主義に則って……多数決で決めようぜ!」
「なっ――!」
根本が慌てて何か言おうとしたが、あいにく刀夜の耳には**『負け犬の遠吠え』を処理する機能**は搭載されていなかった。
「じゃあ聞くぞー」
刀夜は無駄に明るい声で手を挙げる。
「根本が女子制服を着るのに賛成な人!」
Bクラス、満場一致。一瞬の躊躇もなかった。むしろ若干、手の上げ方が力強い。
「……」
根本の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「次!」
逃げ道を与える気は微塵もない。
「BクラスとFクラスの設備交換に反対の人!」
Bクラス、再び満場一致。質問する前から答えが分かりきっているあたり、刀夜の性格の悪さはもはや芸術の域に達していた。
「つーわけで!」
刀夜は満面の笑みで、最終判決を下す。
「根本君には、女子制服を着てもらいまーす!」
「くっ!よ、寄るな!変態――」
そこまで叫んだところで。
「ぐふぅっ!」
腹パン一発。
抵抗する間もなく、Bクラス代表・根本恭二は沈黙した。民主主義とは、時にとても暴力的である。
「……」
「……」
倒れ伏した根本を見下ろしながら、その場にいた全員が同じことを考えていた。
(こいつ、ここまでしても一切同情できねぇな)
こうして、Bクラス代表は満場一致の民意によって、女子制服を着る運命を正式に確定させられたのだった。
なお、本人の意思は一票も反映されていない。
(民主主義、恐るべし)
次回からAクラス戦です