バカと刀と召喚獣   作:レゾリューション

15 / 22
最初からクライマックスじゃねぇか!

交渉を終え、約束の十時を迎える少し前。ついに――否、とうとう、あるいはできれば来てほしくなかったその時が来た。

 

Aクラス戦である。

 

戦いの舞台は当然Aクラスの教室。普段なら「成績がいいだけでここまで贅沢していいのか?」と問いたくなるシステムデスクや高級ソファーは、戦闘スペース確保のため壁際に追いやられていた。巨大スクリーンには、無慈悲にも出場者の名前が並ぶ。

 

Fクラス代表は――明久、雄二、島田、姫路、秀吉、ムッツリーニ、そして刀夜。

 

出せる駒は全部出しましたという、ある意味清々しい布陣である。教室内にはAクラス・Fクラス双方の生徒が集まり、互いに「できれば視線だけで殺したい」という感情を込めて睨み合っていた。

 

その中で、刀夜は静かに息を整える。

 

(Aクラス戦か……)

 

Dクラス、Bクラスとは空気が違う。学力、余裕、そして「勝つのが当たり前」という慢心。そのすべてが、この教室には満ちていた。

 

(無様な姿は見せられないな……)

 

七人のうちの一人として選ばれた以上、「まぁ鍔守だし」で済まされるわけにはいかない。

 

「では、両者とも準備はよろしいですか?」

 

立会人は、この数日の戦争でやたら顔を合わせているAクラス担任兼学年主任・高橋先生。

 

「ああ」

「……問題ない」

 

雄二と霧島の短いやり取りを合図に、Aクラス戦の幕が上がった。

 

 

先鋒は島田美波。科目は当然のように数学。島田は数学においてFクラス随一の戦力だが、相手はAクラス。点数の厚みが違いすぎた。

 

結果――惜敗。

 

「では、次の方どうぞ」

 

「私が出ます。科目は物理でお願いします」

 

名乗りを上げたのは、Aクラスの佐藤美穂。その自信満々の態度が、すでに点数を物語っている。Fクラス側が一瞬沈黙した、その直後。

 

「よし。頼んだぞ、明久」

「行ってこい、明久」

 

「え!? 僕!?」

 

刀夜と雄二のコンビネーションにより、明久は前線へと強制送還された。

 

「ふぅ……やれやれ」

 

明久は妙に余裕のある笑みを浮かべ、袖をまくる。

 

「僕に本気を出せってこと?」

 

「ああ」

 

雄二が頷く。

 

「もう隠さなくてもいい。この場にいる全員に見せてやれ」

 

『え、吉井って実は凄いやつなのか?』

『いや、そんな話聞いたことねぇぞ』

『どうせいつものホラだろ』

 

味方からすら疑われる中、明久は手首を振り、準備運動を始めた。

 

「……吉井君、でしたか?」

 

佐藤が訝しげに目を細める。

 

「あなた、まさか……」

 

「あ、気付いた?」

 

明久はにっこり笑い、

 

「ご名答。今までの僕は、本気なんて全然出してなかったんだ」

 

場内がざわつく。

 

「つまり君の想像通り、実は僕は――」

 

一拍置いて、明久は堂々と宣言した。

 

「左利きなんだ」

 

次の瞬間、スクリーンに無情な結果が表示される。

 

Aクラス 佐藤美穂 389点

 

物理 VS

 

Fクラス 吉井明久 62点

 

「勝者、Aクラス佐藤美穂!」

 

島田の拳が、明久の頭に炸裂した。

 

「このバカ!テストの点数に利き腕は関係ないでしょうが!!」

 

「み、美波ぃ……フィードバックで痛いのに、追撃はやめてぇ……!」

 

こうしてFクラスは二連敗。教室の空気が重く沈む中、さらに追い討ちがかかる。

 

 

第三戦を前に、木下姉が秀吉へ声をかけた。

 

「ねぇ、秀吉。一つ聞いてもいい?」

 

「なんじゃ、姉上」

 

「Cクラスの小山さんって知ってる?」

 

(……あ)

 

刀夜の脳裏に、嫌な記憶がよぎる。

 

「はて、誰じゃ?」

 

「じゃあいいや。その代わり、ちょっとこっちに来てくれる?」

 

にこやかな笑顔のまま、木下姉は秀吉の腕を掴み、廊下へ連れ出していった。

 

――数十秒後。

 

 

『姉上、どうして儂の腕を掴む?』

 

『アンタ、Cクラスで何してくれたのかしら?どうしてアタシがCクラスの人達を豚呼ばわりしていることになっているのかなぁ?』

 

『はっはっは。それはじゃな、姉上の本性を儂なりに推測してあ、姉上っ!ちがっ‥‥‥!その関節はそっちには曲がらなっ‥‥‥!』

 

 

鈍い音と、何かが終わる音がした。戻ってきた木下姉。なぜか頬には、うっすらと返り血らしきものが付着している。

 

「秀吉は急用ができたから帰るってさ」

 

満面の笑みで言い切った。

 

「代わりの人、出してくれる?」

 

「……い、いや」

 

雄二は視線を逸らしながら答えた。

 

「ウチの……不戦敗でいい……」

 

こうして、Fクラスの三連敗が、静かに、しかし確定的に刻まれた。

 

(最初からクライマックスじゃねぇか!)

 

 

 

「では、四人目の方、前へどうぞ」

 

高橋先生の淡々とした声が、教室に響いた瞬間だった。

 

「………………(スック)」

 

Fクラスの一角から、ゆっくりと立ち上がる影が一つ。

 

ムッツリーニである。その無言の立ち上がりに、Fクラスの面々がざわついた。

 

「来たか……」

「Fクラスの影の支配者……」

「主に盗撮方面でな」

 

誰が言い出したかは不明だが、だいたい合っているのがタチが悪い。ムッツリーニは成績表を見れば一目瞭然の極端な点数配分を誇る男だ。総合点の実に八割以上を保健体育で稼いでいるという、教師泣かせの一点特化型。

 

単発勝負においては、Aクラス相手でも互角、いや、内容次第では完全に喰う。

 

「……ついに科目選択権が本気出す時か」

 

と、雄二が腕を組んで呟いた。そんな中、Aクラス側から一人の生徒が前に出る。

 

「じゃ、ボクが行こうかな」

 

緑色のショートカット、整った顔立ちにボーイッシュな雰囲気。一見すると爽やかで活発そうな少女だった。

 

「一年の終わりに転入してきた、工藤愛子です。よろしくね」

 

(……なんというか.....エロい)

 

刀夜の脳内で、言ったら即・社会的死刑という未来予想図が高速再生され、口を開く前に思考を強制終了した。

 

「教科は何にしますか?」

 

高橋先生の問いに、ムッツリーニは一切の間を置かず即答する。

 

「…………保健体育」

 

「土屋君、だっけ?保健体育が得意みたいだね」

 

工藤が余裕たっぷりの笑みで話しかける。

 

「…………それがどうした」

 

「実は僕も、かなり得意なんだ」

 

そう言って、彼女は一歩踏み出す。

 

「君と違って――『実技』でね」

 

その一言で、ムッツリーニと明久の鼻から鮮血が噴水のように噴き出した。

 

「ぶはぁっ!?」

「……っ!」

 

(くっ……!破壊力が高すぎる……!)

 

刀夜ですら、危うく意識を持っていかれそうになる。

 

「ねぇ、そっちの吉井君だっけ?」

 

工藤は楽しそうに明久へ視線を向ける。

 

「君も勉強苦手そうだし、ボクが教えてあげようか?もちろん――実技で」

 

「ふっ……望むところ――」

 

「あ、アキにはそんな機会なんてないから!『今は』保健体育の実技なんて必要ないのよ!」

 

「そ、そうです!『今は』必要ないんです!」

 

島田と姫路による、完璧な連携封殺。

 

「……」

 

明久は何も言えず、ただ静かに涙を流していた。

 

「そろそろ召喚してください」

 

「は~い。試獣召喚(サモン)っと」

 

「…………試獣召喚(サモン)

 

二体の召喚獣が顕現する。

 

ムッツリーニの召喚獣は、いつもの忍び装束に二振りの小太刀。対する工藤の召喚獣は、セーラー服風の戦闘服に――

 

(斧、でかっ!?)

 

明らかに人体工学を無視したサイズの大戦斧を軽々と構えていた。

 

「理論派と実践派……どっちが強いか、見せてあげるよ!」

 

工藤の号令と同時に、召喚獣が駆け出す。腕輪の効果か、斧には雷が走り、その速度は尋常ではない。

 

「バイバイ、ムッツリーニ君!」

 

必殺の一撃――その瞬間。

 

「…………加速」

 

ムッツリーニの低い呟く。次の瞬間、康太の召喚獣が――視界から消えた。

 

「え?」

 

工藤が目を見開いた、その刹那。

 

「…………加速、終了」

 

次の瞬間、工藤の召喚獣から血飛沫が舞い上がる。

 

結果は明白だった。

 

 

Fクラス 土屋康太 VS Aクラス 工藤愛子

保健体育

 

572点 VS 446点

 

 

「勝者、Fクラス・土屋康太!」

 

「流石ムッツリーニだな……」

 

「ああ。Bクラス戦の時は不調だっただけか」

 

これが、Fクラス諜報員――土屋康太の実力である。

 

「そ、そんな……!この僕が……!」

 

工藤は膝をつき、信じられないといった表情で床を見つめた。

 

「これで一勝」

 

刀夜が静かに呟く。

 

「……首の皮一枚、繋がったな」

 

その後も試合は続き、姫路とAクラスの久保利通の総合科目戦では、姫路が勝利。

 

「では、次の方」

 

高橋先生の視線が、刀夜へ向く。教室中の視線が、一斉に集まった。

 

「行ってくる」

 

刀夜が所定の位置に立った、その瞬間。

 

「じゃあ、アタシが行くわね」

 

対面に進み出てきたのは、木下姉――木下優子だった。

 

教室内の空気が、わずかに引き締まる。Fクラスにとっては味方であり、Aクラスにとっては絶対に敵に回したくない存在。Aクラスにいる今、その圧は純粋な脅威だった。

 

「教科は何にしますか?」

 

高橋先生の問いに、刀夜は一切の逡巡を見せなかった。ムッツリーニが科目を即答したように、彼もまた――

 

「古典で」

 

短く、はっきりと告げる。それは刀夜にとって、唯一にして最大の得意分野だった。

 

「あなたが鍔守君よね?」

 

木下姉が視線を細める。秀吉とよく似た声――しかし、圧倒的に違うのは威圧感...あと性別

 

「召喚獣の能力が不思議な、って評判の」

 

「不名誉な覚えられ方なんだが……まあ、否定はしない」

 

軽口を返しながらも、刀夜の意識はすでに戦闘に向いていた。

 

「悪いけど」

 

木下姉は淡々と言う。

 

「ここで終わらせるわ」

 

「そういう台詞は、勝ってから言うもんだな!」

 

互いに視線を逸らさない。

 

「それでは、召喚を開始してください」

 

高橋先生の合図とともに、召喚用フィールドが展開される。

 

「いくわよ……試獣召喚(サモン)!」

 

木下姉の召喚獣が出現した。

 

頑丈そうな銀色の全身鎧。手には長大なランス。その姿はまるで、西洋の重装騎士。さらに腕には、金色の腕輪。

 

「……試獣召喚(サモン)!」

 

続いて、刀夜の召喚獣。

 

下半身を覆う黒い具足。鍛え抜かれた、無駄のない肉体。左腕には赤黒い射籠手、右肩には白い羽織。

 

そして相変わらず、上裸にしか見えない格好。場の視線が一瞬、そちらに集中した。直後、巨大スクリーンに点数が表示される。

 

 

Aクラス 木下優子 518点

 

古典 VS

 

Fクラス 鍔守刀夜 578点

 

 

『なにぃぃぃ!?』

 

Aクラス側から、明確などよめきが上がった。

 

『おい、あれ本当にFクラスか!?』

『古典でこの点数はおかしいだろ!』

 

外野の騒ぎをよそに、刀夜の召喚獣は静かに刀を一振り投影する。

 

「あなた、本当に古典が得意なのね」

 

「唯一の取り柄でな」

 

木下姉は探るような声をかけるが、刀夜の表情は崩れない。

 

「それでは……始め!」

 

高橋教諭の声が、教室に響くが、二体の召喚獣はその場から一歩も動かなかった。

 

「……あれ?」

 

最初に声を上げたのは明久だった。

 

「動かないの……?」

 

島田も姫路も、思わず身を乗り出す。開始の合図が出たにもかかわらず、戦闘が始まらない。そんな光景は、これまでの試召戦争ではほとんど見られなかった。

 

「様子見でしょうか?」

 

「いや……」

 

雄二だけが、腕を組んだまま視線を細めていた。

 

(違うな)

 

動かないのではない、動けないのだ。

 

二体の召喚獣の間には、目に見えない圧が張り詰めていた。剣とランスが、わずかに揺れる。その微細な動きの一つ一つが、相手の反応を探っている。下手に一歩踏み出せば、致命的な反撃が飛んでくる。それを互いに理解しているからこそ、踏み込めない。

 

すでにそこでは、激しい鍔迫り合いが始まっていた。静止しているように見えるのは、外野の錯覚に過ぎない。そして、均衡を破ったのは刀夜だった。次の瞬間、刀夜の召喚獣が床を強く蹴る。

 

「――っ!」

 

空気を裂くような音と共に、その身体が前へ弾けた。明らかに、これまでの試合とは次元の違う初動だった。

 

「速っ……!」

 

木下の召喚獣も即座に反応し、ランスを構え直す。だが、その判断が終わるより早く、距離はすでに詰められていた。刀夜の召喚獣は、ランスが最も扱いづらい超近距離へ、一気に踏み込んでいた。

 

ガギィン――!

 

金属同士がぶつかり合い、鋭い音が教室に反響する。刀が閃き、ランスに弾かれる。角度を変え、間髪入れずに二撃目、三撃目。斬撃は流れるようにつながり、休む暇を与えない。

 

木下姉の召喚獣はランスを突き出そうとするが、その瞬間下から斬り上げが入る。突きは逸らされ、体勢がわずかに崩れる。

 

その隙を逃さず、刀夜の召喚獣の左手に、新たな刀が投影された。

 

「――っ!」

 

完全に、刀の間合いだった。投影された刃が、首元を狙って迫る。木下の表情が、一瞬強張る。ここに留まれば不利だと本能的に理解すると、

 

「下がって!」

 

鋭い指示が飛び、召喚獣は強引に後退し、床を擦りながら距離を取る。ランスが最も真価を発揮する間合いへ、わずかにだが空間が生まれた。

 

「逃すか!」

 

刀夜の声が重なり追撃が始まる。召喚獣が再び床を蹴り、距離を詰める。ランスが薙ぎ払われ、それを刀で弾く。弾いた反動を利用し、さらに踏み込む。

 

ガキン、ギィン、キン――!

 

金属音が連続して鳴り響き、攻防は肉眼で追うのが難しい速度に達していた。本来、召喚獣の操作は極めて難しい。多くの生徒は単調な命令しか出せず、動きも直線的になりがちだ。

 

明久のような観察処分者は、感覚がフィードバックされるため例外だが、それでも限界はある。だが、この二人は違った。指示は最小限、それでいて、動きは洗練され、無駄がない。

 

(……レベルが違う)

 

雄二は、はっきりとそう理解していた。

 

もはや剣とランス、速度と間合い、判断と判断がぶつかる、純粋な戦闘だった。教室の誰もが言葉を失い、ただ固唾を呑んでその高速の剣戟を見守っていた。

 

木下の狙いは、はっきりしていた、ランスが唸りを上げ、正確無比な一撃が振り下ろされる。金属音が弾け、刀夜の召喚獣の刀が砕け散った。

 

だが、次の瞬間。

 

「……投影、開始(トレス、オン)

 

刀夜の低い声と同時に、空間から新たな刀が引きずり出される。

 

「……っ」

 

木下姉の眉が、わずかに動いた。ランスが再び閃く。二振り目と三振り目を

 

砕く。

 

折る。

 

叩き潰す。

 

そのたびに――刀は、投影され続けた。

 

「……ありえない」

 

木下の声に苛立ちが滲む。距離を取るため、召喚獣が後退する。刀夜の召喚獣も、それに応じて間合いを切った。

 

「あなたの召喚獣……本当にどうなってんの?」

 

観戦席からも、ざわめきが広がっていた。

 

『今、何本壊した?』

 

『七……いや、もっとじゃないか?』

 

「ただの剣士タイプの召喚獣だぜ」

 

刀夜は当然のように答える。

 

「ふざけないで」

 

木下の声が低くなる。

 

「七振りよ。私は確実に七振り、破壊したわ。それを“復活”させる剣士が、どこにいるのよ?」

 

「ここにいる」

 

刀夜の即答に木下は、わずかに目を細める。

 

「そう……まともに答える気は無いと」

 

そしてランスと刀が火花を散らす。木下姉の召喚獣は、今度は間合いを完全に断ち切るため、ランスを横薙ぎに振るった。その判断は、正しいはずだった。

 

「上だ!」

 

刀夜の叫びと同時に、召喚獣が地面を蹴る。

 

まさかの、上。横払いのランスの軌道を、完全に躱し空中で体を捻り、刀を、真上から叩きつける。

 

「っ!」

 

ランスで受け止められるが、それで終わりじゃない。刀夜の召喚獣は、空中で体勢を崩しながらも、無理やり踏み込み――顔面に、横蹴りをいれ木下姉の召喚獣が、後方へ吹き飛ばされた。

 

数メートル、床を滑り、巨大スクリーンの数値が、無情にも更新される。

 

Aクラス 木下優子

 

518点 → 472点

 

古典 VS

 

Fクラス 鍔守刀夜

560点

 

「……なっ」

 

Aクラス側が、息を呑む。

 

「剣士……?」

 

誰かが呟いた。

 

「刀を無限に出して、蹴りまで使う剣士がいるかよ……」

 

雄二は、苦笑交じりに呟いた。一方、木下姉の召喚獣は立ち上がり、頬についた埃を乱暴に払う。その目は――もう完全に、火がついていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。