バカと刀と召喚獣   作:レゾリューション

17 / 22
この世界で選んだ唯一の(かたな)

刃は地面に突き立てられ、林立している。それらは確かに暁の光を浴びているはずなのに、不思議なことに一切の反射を見せなかった。まるで光そのものを拒絶しているかのように、鈍く、沈黙している。

 

「……」

 

誰もが言葉を失った。

 

Aクラスの生徒も、Fクラスの生徒も。壇上にいた高橋先生ですら、息を呑んで周囲を見渡している。

 

それも当然だった。

 

自分たちが立っていた“場所”そのものが、すでに能力の範囲内に飲み込まれている。これまでの腕輪の能力とは、明らかに次元が違う。広大な広さを誇るAクラスの教室が、まるで箱庭のように感じられるほど、この世界はあまりにも広かった。

 

「……なに、ここ」

 

木下が思わず呟く。

 

その声に応えるように、前方で刀夜が静かに口を開いた。

 

「これが俺の能力だ」

 

淡々とした声。

 

 

術者の心象風景をカタチにし、現実に侵食させて形成される固有結界。内部に存在するあらゆるものは、術者が定めた“ルール”の影響下に置かれる。

 

刀夜の左手には、一振りの刀があった。鞘から引き抜かれ、露わになる刀身。それは、荒野に突き立つ無数の刀とは明確に異なっていた。暁の光を受け、静かに反射している。

 

唯一この世界で光を返す刃。

 

「行くぞ、木下!」

 

その声と同時に、刀夜の召喚獣が地を蹴った。迷いのない一直線の突進だった。

 

木下の召喚獣も即座に反応し、距離を取ろうとする。そして、切り札であるはずの能力を発動させようとした。

 

 

空間が歪む、はずだったが何も起こらない。空気は揺らがず、空間も裂けない。槍は射出されず、沈黙だけが残る。

 

「……な、なんで!?」

 

木下の声に、はっきりと焦りが滲んだ。走りながら、刀夜は短く答える。

 

「言い忘れたが、この世界に一つだけルールがある」

 

踏み込みながら、刃を構える。固有結界内では、すべてが結界のルールに従う。荒野に突き立つ無数の刀を背に、刀夜はさらに距離を詰める。

 

「ただ一つの武器を選び、それで戦うということだ!」

 

つまり、射出は存在しない。選べるのは、手に持った一振りだけ。理解した瞬間、木下の召喚獣は咄嗟に構えを取り直すが遅かった。

 

ギィンッ!!

 

金属同士が激突する音が、荒野に響き渡った。剣とランスが噛み合い、激しい火花が散る。衝撃が波紋のように広がり、地面に突き立つ無数の刀が、それを見下ろすように沈黙していた。

 

火花が弾けた一瞬、視界が白く染まるほどの閃光が辺りを襲う。

 

刀とランスが正面から噛み合い、乾き切った空気が震え、その音だけが異様に長く尾を引く。周囲で見守る生徒たちは、誰一人として声を出せず、ただ喉を鳴らすことすら忘れていた。

 

先に押し込んだのは、ランスだった。

 

「――ッ!」

 

木下の召喚獣は体重を前へ預け、全身を一本の槍に変える。穂先に集約された圧力が、一直線にねじ込まれる。直線的で、研ぎ澄まされた突き。技巧ではなく、純粋な力と速度の結晶だ。刀で正面から受け止めれば、そのまま押し潰されかねない。

 

「っ、重ぇ……!」

 

刀夜の召喚獣は歯を食いしばり、刃の角度をわずかにずらす。受け止めるのではなく、滑らせる。正面を避け、力を横へと流した。ランスの切っ先が地面を抉り、乾いた土と砂塵が舞い上がる。その一瞬――刀夜が踏み込んだ。

 

「ハァ!!」

 

低い体勢からの斬り上げ。狙いは穂先ではなく柄。長柄武器の命とも言える部分。だが、木下の反応は早く、ランスを横に振るう。ランスが円を描き、遠心力を帯びた薙ぎ払いとなって迫る。直線が、曲線へと変わる。

 

「くっ!」

 

刀夜の召喚獣は跳ねるように後退する。薙ぎの風圧が頬をかすめ、空気が唸りを上げた。そして――再び、間合いが開くその瞬間二人は同時に踏み込んだ。

 

ランスは突く。

 

刀は斬る。

 

直線と曲線が、真正面から激突し、互いの召喚獣の額がぶつかりそうな距離にまで近づく。視線が交錯し、殺意が剥き出しになる。

 

穂先が喉元を狙う。

刃が、それを叩き落とす。

 

ガキン、ギィン、と火花が連なり、金属音が途切れる暇はない。刃が弾き、弾かれ、また叩き合う。一瞬の躊躇が死に直結する距離だった。

 

「――ッ、しつこいのよっ!」

 

「しつこくなきゃ、お前を倒せねぇからな!」

 

「Fクラスなんかにっ!」

 

木下の声には苛立ちが混じるが刀夜の返答は荒かった。木下の召喚獣は連続突きを繰り出す。一点を貫く殺意。間合いを支配するための、純粋な暴力だが、刀夜は下がらない。

 

突きを払い、次を弾き、刃を走らせる。間合いの隙間を縫うように、一歩も引かず前へ出る。刃が道を切り開き、火花が散るたびに距離が削られていく。

 

木下は歯を食いしばり、彼女の召喚獣はランスを縦に立てて受け止めた。衝撃が召喚獣の腕を貫き、足元の地面に深い足跡が刻まれ、距離が詰まる。

 

ランスにとっては危険な距離。

 

刀にとっては命を奪うための距離。

 

「っ……!」

 

木下の召喚獣は判断を切り替え、柄で殴りかかる。穂先ではない。質量そのものを叩きつける近接の暴力。刀夜は刃で受けない。体を捻ってかわし、すれ違いざま、肘を伸ばし体重を乗せた一撃。

 

そして一閃の光を刀が走らせ、ランスのシャフトを削り金属片が弾け荒野に散った。

 

「――くっ!」

 

木下は即座に距離を取ろうとするが遅い。刀夜は一歩、さらに一歩と詰める。逃がさない――その意志が、動きに宿っていた。

 

ランスが振るわれ、刀が絡め取り、刃とシャフトが何度もぶつかり合う。荒野に突き立つ無数の刀。そして、FクラスとAクラスの生徒たち。誰も言葉を発さず、ただ二人の剣戟を見下ろしていた。

 

「行け!!」

 

そして、刀夜の召喚獣が踏み込む。地面を蹴り砕かんばかりの踏破で、砂礫が跳ね、衝撃が足裏から全身へと伝わる。迷いのない、一直線の前進だった。

 

刀が振るわれるたび、空気が裂ける。鋭い風切り音が連なり、連続した斬撃の軌跡が、荒野に白い線を刻んでいく。

 

「速いっ……!」

 

木下の召喚獣は反射的にランスを構え直す。思考より先に身体が動き、突き出された穂先が迎撃の意思を示す。だが、それでも――間に合わない。

 

本来、ランスは間合いを支配する武器だ。踏み込まれる前に突き、距離を保ち続ける限り、刃の届く領域に入られることはない。

 

だが――ここでは違う。

 

刀夜の召喚獣は、距離そのものを削り取るかのように鬼神の如く迫ってくる。常に刃の届く圏内に留まり、決してそこから外れない。

 

「――ッ!」

 

突きが放たれ即座に、刀が叩き落とす。火花が散り、金属音が連続して炸裂し、衝撃が互いの腕へと叩き込まれる。ランスの穂先が虚空を貫き、その軌道を、刀が正確無比に切り裂く。木下の召喚獣は後退しようとするが、刀夜はそれを許さない。

 

「逃がさねぇ……追い詰めろ!」

 

「薙ぎ払って!」

 

押し潰すように、間合いを詰め続ける。ランスが振るわれ、薙ぎ払われる。だが刀夜の召喚獣は下がらない。刃で絡め、シャフトを叩き、体重を乗せて身体ごと押し込む。真正面から、間合いを奪い取る。

 

「っ……!」

 

木下の召喚獣の腕に、確実な疲労が蓄積していく。長柄武器の振りは、距離を失えば“武器”ではなく“重り”へと変わる。

 

 

 

 

 

しかし、刀夜も肉体の限界はとうに超えていた。この固有結界の発動条件は、単科目の場合で500点以上ある事。そして発動と同時に、その点数の9割を消費する。

 

さらに、結界内で召喚獣が受ける疲労と痛みの一部は、刀夜本人へと、容赦なくフィードバックされる。つまり今この瞬間、刀夜の身体は、倒れていても何ひとつ不思議ではない状態にあった。不慣れな宝具をぶっつけ本番で使った時点で、とうに崩れ落ちている。

 

それでも――刀夜は倒れない。

 

Fクラスのため。Aクラスの誇りを、真正面から叩き折るため。そして何より、自分自身の(弱さ)に、屈しないために。刃と柄が激突しそうになる。火花が弾け、金属音が荒野を切り裂くように響き渡るその瞬間だった。

 

カンッ!!

 

鋭く、乾いた音。それは力で押した音ではなく、芯を外して弾いた音だった。

 

ランスが大きく跳ね上がる。回転しながら宙を舞い、制御を失ったまま地面へ――深々と、突き刺さる。

 

「――っ!?」

 

木下の目が見開かれる。完全に無防備な隙。刀夜の召喚獣は、その刹那を逃さない。

 

「冥土の土産に拝んでろ!!」

 

叫びとともに、刀を掲げ刃が光を反射し、暁の空を背負った。

 

「この世界で選んだ唯一の(かたな)――!」

 

踏み込み、全身の力、意志、覚悟を、余すことなく刃へと乗せる。

 

「これが俺の……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千子村正だぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叫びと同時に、上から下へ一切の迷いも、躊躇もない斬撃が世界を断ち割る。その刀の銘は、刀夜に力を教え、本来なら器用貧乏で終わっていたはずの彼に、「選び続ける」覚悟を与えた存在だった。

 

 

この瞬間勝負は決した。

 

 

Aクラス 木下優子

429点 → 0点

 

古典 VS

 

Fクラス 鍔守刀夜

37点

 

 

「勝者――Fクラス!」

 

高橋先生の声が、はっきりと教室に響く。その宣告を合図に、固有結界は霧散し、荒野は消え、元の教室の風景が戻ってきた。

 

『ウォォォォォォ!!』

 

Fクラスから、怒涛の歓声が巻き起こる。机を叩く音、叫び声、喜びの爆発。刀夜は、その中心に立っていた。全身に走る疲労と痛みに、今にも崩れ落ちそうになりながら――それでも、最後まで立っていた。

 

その背中は、確かにFクラスの勝利を背負っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。