バカと刀と召喚獣   作:レゾリューション

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タイトル通り


衝撃のラーメン(マーボー)

「あー疲れたなー」

 

魂が半分くらい抜けた声を漏らしたのは、刀夜だった。

 

「鉄人の補習はきついぜ……マジで人権削りにきてる」

「Aクラス戦が終わったばかりじゃから、少し短めだったのが救いじゃな」

「……(コクコク)」

 

その言葉に無言で頷いたのは、上から順にA級戦犯、坂本雄二、秀吉、そして、ムッツリーニ。こうなったら原因はシンプルだった。Aクラス戦の敗北したからである。

 

雄二、日本史テスト(小学生レベル)で大爆死。

 

霧島:93点。

雄二:53点。

 

その結果、Fクラスの担任はあの男――鉄人・西村先生に交代。補習時間は増え、自由時間は消滅。今はその補習帰りである。全員の顔に「もう今日は何もしたくない」と書いてあった。そんな中――四人は、ある異変に気づく。

 

「……おい明久」

 

雄二が足を止めた。

 

「さっきから一言も喋ってねぇけど、大丈夫か?」

 

前を歩いていた明久は、異様なほど静かだった。というより、干からびていた。顔色は青白く、歩幅はゾンビ並み。生気という概念が、どこかに置き忘れられている。

 

「そう言えば……」

 

刀夜が思い出したように言う。

 

「姫路と島田にクレープ奢って、映画も行ったから金が減るとか言ってなかったか?」

 

その瞬間、全員が察した。

 

((あ、死んだな))

 

明久は仕送りを即ゲームに使い切る生粋のバカであり、日常の栄養源は「砂糖・水・塩」。だが今回は違う。デートという、財布と胃袋を同時に殺しに来るイベントを踏んでいた。限界だった。

 

「……」

 

明久は一歩進み――そのまま、崩れ落ちた。

 

「……み、水を……」

「あ、明久しっかりするのじゃ!」

 

秀吉が慌てて駆け寄る。

 

「……明久……」

 

ムッツリーニも声をかけ、切り札――秘蔵の写真をそっと見せるが反応なし。

 

「……マジかよ」

 

刀夜が引いた声を出す。

 

「普段ならこれで即フル回復するのに……」

「明久、本気の空腹は水じゃ癒やせねぇぞ」

 

雄二が腕を組んで言う。

 

「今回ばかりはヤバいな。しゃあねぇ、ちょうど商店街だし、なんか買ってやるか」

「おお、刀夜が珍しく優しいのじゃ!」

「トイチで請求するけどな」

 

やはり友情は存在しないらしい。その時だった。

 

「どうした?」

 

低く、よく通る声が背後から響いた。振り返ると、そこに立っていたのは、ラーメン屋『麻(まー)』と書かれたエプロンを着た店主らしき人物。高身長で上半身ぴちぴちインナー。

 

頭に手ぬぐい、前掛けエプロンに、後ろ髪を雑に束ねただけ。どう見ても、ラーメン屋というより格闘家か修行僧だった。

 

「行き倒れか?」

「あ、はい……空腹で……」

「なら、うちの店に来るといい」

「え、いいんですか?」

「構わん。ラーメン屋店主とて見捨て置けん」

 

迷いゼロだった。秀吉と刀夜が明久の肩を抱え、引きずるように歩かせる。

 

「明久、もう少しの辛抱じゃ」

 

「飯にありつけるぞ」

 

「……う……うん……」

 

ほぼ幽体離脱である。店主が先に店内へ入り、先頭の雄二に続こうとした――その瞬間。

 

バンッ!!

 

あり得ない速さで、扉が閉められた。

 

「おい雄二! なにしてんだよ!」

「雄二よ、なぜ閉めたのじゃ!?」

 

雄二の顔は、青白かった。

 

「……ここは、危険」

「何を言っておるのじゃ?」

 

雄二と一緒に入ろうとしたムッツリーニが、いつになく低い声で告げる。

 

「……帰るろう、今すぐ」

 

「説明しろよ」

 

雄二は無言で、店内を指差した。

 

そこには――

 

長い白髪の女性。

ツーサイドアップの女子。

金髪縦ロールの女子。

金髪の男の子。

黒髪の女の子。

 

そして――竹刀を握った茶髪の女性。

 

全員、全員が。

 

麻婆ラーメンのどんぶりに、顔面から完全ダイブした状態で気絶していたらしい。姿勢、角度、沈み込み具合。驚くほどの完全一致だったそうだ。

 

「ラーメン屋だよな?」

 

「……少なくとも、看板はそう書いてあるのじゃ」

 

秀吉が遠い目で答える。

 

その瞬間。

 

「入らんのか?」

 

中から、店主の声が飛んできた。低く、重く、逃げ道を塞ぐ圧。空気が、ずしりと沈む。

 

「……」

 

誰も動かない。否、動けない。

 

「……行くしか、ねぇな」

 

刀夜が悟ったように呟いた。こうして一行は、気絶客の山を前に、入店を強制された。壮観だった。麻婆ラーメンの赤。香辛料の暴力的な香り。そして、どんぶりに突き刺さるように沈む顔面の数々。

 

刀夜たちは、店主に促されるまま、気絶している客の“左端”に並んで座らされた。後悔は、着席した瞬間に始まった。刀夜は、小声で隣の雄二たちに囁く。

 

(……本当にここ、ラーメン屋か?)

 

(少なくとも、ラーメン屋なのは事実らしいがの……)

 

(…………)

 

最後の声を発したムッツリーニは、視線を、ゆっくりと刀夜の隣へ向けた。

 

(……刀夜の、隣が……)

 

刀夜が横を見る。そこにいたのは――麻婆ラーメンに顔面を突っ込んで気絶している茶髪の女性。しかも、まだ湯気が立っている。

 

(……匂いだけで痛い……)

 

刀夜の結論は、至極真っ当だった。

 

「……なあ」

 

刀夜が真顔で言う。

 

「これ、食ったらどうなるんだ?」

 

誰も答えなかった。ただ一人、店主だけが、にやりと笑った。

 

「大丈夫だ」

 

その言葉が、一番信用ならなかった。

 

(((どこがだよ!?)))

 

「ん……ここは?」

 

最初に意識を取り戻したのは、明久だった。鼻腔を突き刺す刺激――いや、暴力的な辛味の気配に、脳が強制的に再起動されたのである。

 

「おお、明久! 目を覚ましたか!」

 

秀吉がぱっと顔を輝かせる。

 

「ねぇ秀吉、復活を喜んでくれるのは嬉しいんだけど、ひとつ聞きたいことがあるんだ」

 

「なんじゃ?」

 

明久は、ゆっくりと首を回した。

 

「なんでラーメン屋で、ラーメンの器に突っ伏して寝てる人がいるの?」

 

明久の素朴すぎる疑問が、店内に投げ込まれた。視線の先には――カウンター席に等間隔で並ぶ“先客”たち。明久の疑問は、あまりにも純粋だった。そしてその純粋さは、この場において致命的だった。誰一人として、姿勢が違わない。誰一人として、顔を上げていない。

 

全員が顔面から沈没しており、統一感がありすぎた。まるで、「そういう展示」だ。その空気を、まるで包丁で切るように割ったのが、店主の声だった。

 

「気にする必要は無い」

 

低く、太く、妙に落ち着いた声。この状況で落ち着いていること自体が異常だ。

 

「彼らは……」

 

一拍。

 

いや、一拍が長い。明らかに“溜め”だ。

 

「……寝ているだけだ」

 

「「嘘つけぇ!!」」

 

叫びは、見事な三重奏だった。

 

刀夜、雄二、明久。誰一人示し合わせていないのに、完璧なタイミング。

 

「どう見ても気絶してるだろうが!!」

 

「アンタがやったんだろうが!!」

 

「僕たちをどうするつもりだぁ!!」

 

三人は一斉に立ち上がりかける。椅子が軋み、床が鳴る。逃げる準備。あるいは、覚悟。だが、店主は、まったく動かない。腕を組み、背筋を伸ばし、まるで「想定内です」と言わんばかりの表情。

 

「……注文の多い客だ」

 

その一言で、店内の空気が一段階重くなる。

 

「彼らは自らの意思でここに赴き、食べきれずに寝ているのだ。全く、ふとどきな者が多い」

 

「そんな不届き者を量産したのはアンタだろうが!!」

 

刀夜のツッコミは、もはや悲鳴に近い。雄二は視線を泳がせ、秀吉は「ほ、本当に寝ておるだけでは……?」と現実逃避を始め、ムッツリーニは完全に黙り込み、出口と店主を交互に見ている。

 

だが店主は、ふっと口角を上げた。

 

「喜べ、少年達よ」

 

全員の背筋が凍る。この言い方はダメだ。絶対にロクな展開じゃない。

 

「君たちの願いはようやく叶う(空腹は満たされる)

 

「嫌な言い方すんな!!」

 

叫びは虚しく、店主はすでにカウンターの下へ手を伸ばしていた。

 

「出来たぞ、存分に味わうと良い」

 

次の瞬間――

 

ドン。

ドン。

ドン。

ドン。

ドン。

 

器が差し出された……明久はともかく、それ以外の全員にまで、なぜ当然のようにどんぶりが用意されているのかを誰も突っ込まなかった。突っ込めなかった。

 

置かれた瞬間、辛味の圧が顔面を殴ってきた。目が痛いし、鼻が痛い。喉がヒリつく。恐る恐る、全員が器の中を覗き込む。

 

赤い。

 

ただ赤いのではない。「赤」という色が、怒っている。湯気が立ち上るたび、唐辛子と山椒と何かよく分からない刺激が混ざり合い、視覚と嗅覚と理性を同時に攻撃してくる。

 

「……これは……?」

 

明久の声は、震えていた。胃袋が本能的に拒否反応を起こしている。

 

「ん?」

 

店主は首を傾げる。

 

「麻婆豆腐だが?」

 

ドスの効いた即答。

 

「「ラーメンはどこ行ったぁ!?」」

 

今度は全員が叫んだ。

 

「汁は!? 麺は!?」

「豆腐しか見えねぇぞ!?」

「ここはラーメン屋じゃろ!?」

「……(ブンブン)!」

 

秀吉は必死に首を横に振り、ムッツリーニは全力で首を振っていた。だが店主は、腕を組んだまま平然と言い放つ。

 

「麺など飾りに過ぎん。麻婆の海の底に、申し訳程度に沈んでいる」

 

「信用できるかそんな説明!!」

 

刀夜は意を決し、割り箸を手に取る。手が震えているのは、決して気のせいではない。そっと、器の底を探る。

 

ぐちっ。

 

嫌な感触が箸から伝わり、さらに掘る。もっと掘る。

 

(おかしい....無い。普通のラーメンなら絶対ある筈のモノが無い....!)

 

刀夜の声が、妙に低くなる。

 

 

 

 

 

「これ……スープが無いぞ」

 

全員が息を呑む。箸を引き抜くと、そこにはどこまでも続く麻婆の餡。液体ですらない。流動性を拒否した赤。

 

「全部、麻婆の餡だ……!」

 

「「「「なにぃ!?」」」」

 

店内に、絶望のハーモニーが響き渡った。先客の一人――どんぶりに沈んだ金髪縦ロールの指が、ぴくりと動いた……気がした。

 

「言うまでも無いが、食べ残しは許さん」

 

店主の声が、淡々と響く。

 

「どうしても無理と言うのなら、首から下を土に埋めて口から麻婆を流し込んでやろう」

 

「ラーメン屋が放って良いオーラじゃ無いだろ!!」

 

「本当に文句の多い客だ」

 

店主は、カウンターの端を指さす。

 

「倒れていた少年を、見習ったらどうだ?」

 

刀夜達が、恐る恐る視線を向ける.....明久だった。彼はすでに、どんぶりは空。餡一滴残らず、飲み干している。

 

「……」

 

全員、言葉を失った。余程空腹だったのだろう。だが――

 

「ごちそうさまぁ……」

 

明久が、短く声を漏らし、そのまま――前のめりに倒れた。空腹時に、全力の麻婆を流し込んだ結果である。店内に、再び沈黙が落ち店主は、満足げに頷いた。

 

「完食だ」

 

「いや倒れてんだろそれぇぇぇ!!」

 

こうして少年たちは悟った。ここは、ラーメン屋の皮を被った、地獄である。

 

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