バカと刀と召喚獣   作:レゾリューション

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すみません、寝落ちしてしまいました。


伝説的刀工(千子村正)

意識が、沈む。

 

刀夜の意識は、島田の拳によって物理的にぶっ飛ばされた結果、廊下でも、補習室でもない場所へと叩き落とされていた。

 

「いってぇ……島田のやつ、殴るなら明久を殴れっての……ここどこ?」

 

確かに声は出た。だが、その音は反響することなく、虚空に溶けて消えた。

 

嫌な予感しかしないと刀夜は理解した。

 

そこは暗かったが、完全な闇ではない。暁――夜明け直前、光と闇が拮抗する境界の色が、天を覆っている。しかし、その光はどこか遠く、世界を照らす力を持たない。

 

「……夢、か?」

 

そう呟いて頬をつねてみるが、やけに感触がリアルだ。足裏には確かな地面の感触があり、空気は冷たく、重い。

 

視線を落とした瞬間、刀夜は思わず息を呑んだ。周りは無数の日本刀が突き立てられていたのだ。刃は天から降り注いだかのように大地を穿ち、柄は墓標のように並んでいる。その数は果てしなく、視線をどこへ向けても終わりが見えなかった。

 

「……墓場かよ」

 

軽口を叩いたつもりだったが、声は震え、冗談にもならずに地面へ落ちた。

 

異様だった。暁の空があるにもかかわらず、景色は暗い。光は存在しているのに、こちらへは届かない。刀身もまた、まるで光を拒むかのように、鈍く沈黙している。

 

「……なんなんだよ、夢にしてもタチ悪りぃぞ.....」

 

一歩、後ずさる。無意識に、刃から距離を取ろうとしていた。まるで、この世界そのものが、刀夜の意識に呼応して閉ざされているかのようだった。

 

無意識の拒絶。刃を見ることへの、本能的な嫌悪。

 

その時だった。

 

「あれ……?」

 

視界の端で、僅かな違和感が生じた。ただ一振り。無数の刀の中で、ひとつだけが、微かな光を放っていた。眩いわけではない。だが確かに、それは「そこに在る」と主張していた。

 

「……気のせい、か?」

 

そう思い、目を擦る。だが、消えない。

 

「……なんだよ、それ」

 

胸の奥が、ちくりと痛んだ。近づくべきじゃない。関わると碌なことにならない。

 

(ゲームでも漫画でも、こういうのは大体“触ったらアウト”なやつだ)

 

「……やめとけ、俺」

 

自分に言い聞かせるように呟く。それでも、視線は逸らせなかった。理由は分からない。ただ、あの刀を見ていると、“放っておく”という選択肢が、どんどん消えていく。

 

「……なんなんだよ……」

 

一歩。

 

気づけば、足が前に出ていた。ただ、気がついたら――身体が、勝手に前へ進んでいた。しかし距離は縮まらない。どれほど走っても、刀は遠い。

 

「……嘘だろ」

 

時間の感覚も、疲労も存在しない。ただ、前へ進むという行為だけが続いていく。

 

届かない。

 

その考えが、何度も胸をよぎる。それでも、足は止まらなかった。

 

掴みたい。

 

理屈ではなく、本能がそう叫んでいた。あの刀には、自分に欠けているナニカがある。

 

やがて、刀夜は走るのをやめた。歩いた。一歩ずつ、確かめるように。逃げず、背を向けず、ただ前へ。

 

それがどれほどの時間だったのかは分からない。あるいは、永遠であり、一瞬でもあったのかもしれない。

 

そして――

 

刀夜の手が、刀の柄に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、世界が砕けた。闇は剥がれ落ち、空は灼けるように燃え上がる。突き立っていた無数の刀は、音もなく消え失せ、景色は根こそぎ塗り替えられた。

 

そこにあったのは――鍛冶場。

 

赤く燃え盛る炉。据えられた金床。空気を裂くように舞い散る火花。

 

そして、その炎の前に立つ一人の男。

 

「……ようやく来たか」

 

年寄りじみた声が、静かな空間に落ちた。

 

「遅ぇんだよ。どんだけ自分の武器、拒否してたと思ってんだ」

 

その声に、刀夜ははっとして振り向く。そこに立っていたのは、若い青年だった。背格好は刀夜より少し低い程度。外見だけを見れば年齢は近そうだが、その双眸には不釣り合いなほどの重みが宿っている。長い年月を越え、数え切れないほどの刃を見届けてきた者だけが持つ眼だった。

 

「……え、あんた誰だ?」

 

警戒と困惑が混じった声で、刀夜が問う。青年は気だるげに肩をすくめた。

 

(おれ)か?」

 

そして、さも当然のように名乗る。

 

(おれ)は村正。千子村正(せんじむらまさ)だ」

 

「……え、村正!?」

 

刀夜の声が裏返った。

 

伊勢国桑名の伝説的名工。「千子」は初代村正の名であり、村正の銘を刻まれた刀は、家康公の祖父を斬り、父を斬り、息子を斬り、さらには家康自身さえも傷つけたと伝えられる。そのため『徳川に仇なす妖刀』と恐れられた存在だ。

 

「マジかよ……。けど、なんで村正が……?」

 

村正と自分に接点などあるはずがない。もし本当にあったなら、刀夜はとっくに周囲に自慢して回っているだろう。

 

そう考えた、その瞬間だった。

 

カラン――。

 

軽い金属音が響いた。刀夜の制服の内側から、一枚の鍔が床に落ちたのだ。村正は無言でそれを見下ろし、炉の前へと歩み寄る。そして屈み込み、その鍔を拾い上げた。

 

あの鍔だ。

 

黒ずみ、錆びつき、価値があるのかどうかすら怪しい。葬式の終わり際に、半ば押し付けられるように渡された“鍔だけの残骸”。

 

「……この鍔……まさか」

 

刀夜の呟きに、村正は鼻で笑った。

 

「今さら気づいたか。あれは確かに、(オレ)の刀についてた鍔だ」

 

「え、刀って普通……バラバラで造るもんじゃねぇの?」

 

戸惑いながらも、刀夜はそう返す。

 

「そりゃそうだろ」

 

村正は即答した。

 

「刀は刃、茎、柄、鞘、鍔――全部別人が作るのが当たり前だ。普通に考えりゃ、鍔を造った奴が、お前さんの前に現れるってのが筋だ」

 

そう言って、村正は鍔を指で弾き、澄んだ金属音が、空間に広がる。

 

「だがな。“どういう刀にするか”、その思想設計を決めるのは刀工だ」

 

淡々と、しかし揺るぎない声音で続ける。

 

「この鍔は、俺が打つことを前提に作られていると言ってもいい」

 

刀夜は、思わず息を呑み村正の視線が鋭くなる。

 

「鍔は刃を守る。この役割は鞘だけじゃねえ」

 

一拍置き、低く言い切る。

 

「だが同時に、刃を縛るもんでもある」

 

そして、最後にこう告げた。

 

「無駄に斬れすぎる刃はな……いずれ、持ち主を殺す」

 

その言葉は警告だった。そして同時に、刀夜と村正を繋ぐ因縁の核心でもあった。

 

「お前さん、結構な能力持ってるくせに、召喚獣を素手で殴らせてただろ」

 

村正の声音は、静かだが刺がある。

 

「えっ」

 

「ステゴロだ、ステゴロ。殴り合いだぞ?恥ずかしくて出てくるのも躊躇したぞ」

 

刀夜は反射的に背筋を伸ばした。

 

「え、えっと……すみませんでした?」

 

実に素直な謝罪だった。だが、謝りながらも刀夜の頭には別の疑問が渦巻いていた。

 

「……いや、村正が鍔師の代わりに出てきてる理由は分かった」

 

恐る恐る続ける。

 

「そもそも、なんでここにいんの?」

 

村正は鼻を鳴らす。

 

「そりゃ、お前さんが通ってる学校のよく分かんねぇ“アレ”の影響だ」

 

「アレって……試験召喚システム?」

 

試験召喚システム。

 

科学とオカルトと偶然が悪魔合体した結果生まれた、教育現場の珍兵器。学力低下を憂いた大人たちが「勉強させりゃいいんだろ?」というノリで導入した、先進的なのか暴走しているのかよく分からない制度である。

 

「その“オカルト”って部分にな」

 

村正は、どこか他人事のような調子で言った。試験召喚システムという、科学だの教育改革だのを無理やり混ぜ込んだ代物を前にして、その根幹を否定するような言い草だった。

 

「魂が引っかかる余地があった」

 

まるで、排水溝に髪の毛が詰まった程度の軽さで。

 

「……魂?」

 

刀夜の声が、思わず半音上がる。あまりにも単語が飛躍しすぎて、脳が一拍遅れて理解を拒否した。

 

「誰も、そんなもんあるとは思っちゃいなかっただろうよ」

 

村正は肩をすくめる。それは「想定外だが、起きたからには仕方ねぇ」と言わんばかりの仕草だった。

 

「だがな――媒介が揃っちまった」

 

その一言で、空気が少しだけ重くなる。

 

「媒介?」

 

嫌な単語だ、と思った。理科や呪術の本でしか見ない言葉ほど、現実に出てくると碌な結果にならない。

 

「この鍔」

 

村正は、腰元にあるそれを指で軽く叩いた。金属が小さく鳴る。澄んだ音なのに、どこか湿っぽい。

 

「お前さん本人と、その血筋」

 

今度は、刀夜を指差す。遠慮もためらいもない、一直線の指だった。

 

「そして、あの学校のシステムだ」

 

最後に吐き捨てるようにそう言う。

 

刀夜は、嫌な予感を覚えながら、ゆっくりと自分を指差した。

 

「……俺?」

 

自分でも驚くほど間の抜けた声だった。

 

「他に誰がいるってんだ」

 

即答だった。一切の含みも、冗談めかした余地もない。刀夜の先祖は、確かに刀に関わる仕事をしていた。鍔師だの刀匠だの――親から断片的に聞かされた話ではあるが、詳細までは知らない。

 

ただ、親戚の名を刀夜ができる限り思い出すと「刀」「緑」「鞘」「目釘」「柄」などなどいる。まるで日本刀の各部位を並べたような文字が、名前の中に当然のように混じっている。子供の頃は、少しだけ誇らしくも思った。だがそれも、せいぜい歴史の話題で盛り上がる程度の価値しかない。

 

現代で、実際に刀を打っている人間は一人もいない。工房もない。弟子もいない。家系図のロマンは、博物館の展示みたいに、過去で綺麗に保存されたままだ。

 

少なくとも、刀夜自身はそう思っていた。

 

「だがな」

 

村正は、刀夜の考えを切り裂くように続けた。

 

「血ってのは、案外しつけぇ。役目を終えたと思っても、しぶとく残りやがる」

 

その言葉が、妙に胸に引っかかった。

 

「お前さんは、刀を打たねぇ。だが“刀を呼ぶ側”に立つ素質だけは、しっかり受け継いでやがった」

 

刀夜は、喉の奥が乾くのを感じながら、黙ってその言葉を受け止めるしかなかった。

 

「だから俺は、ここに引っかかった」

 

「今のお前さんの召喚獣にはな、俺の精神が入り込んだ。魂って言うと大げさかもしんねぇが、まあそんなもんだ....結果、召喚獣の能力が変質した」

 

そこで刀夜は、ようやく本題に辿り着いた気がして口を挟んだ。

 

「え、俺の召喚獣の本来の能力って……ステゴロじゃなかったわけ?」

 

村正は、間髪入れずに言い切った。

 

「違ぇよ阿呆。本来の能力はまぁ分かりやすく言えば、“投影”だ。点数さえ払えば、剣だろうが槍だろうが、理屈の上では再現できる」

 

「……そんな万能能力だったのか」

 

刀夜は思わず呆然と呟いた。

 

「ただし」

 

村正が一歩、距離を詰める。

 

「点数消費は半端なく重い。燃費最悪、使いこなせりゃ英雄。調子に乗れば即・補習行き常連製造機だ」

 

「……知らなかった……」

 

刀夜が呆然と呟いた、その次の瞬間だった。村正は深々と、いかにも「やれやれだ」と言いたげな溜息をつくと、迷いなくズカズカと歩み寄った。そして――

 

コツンと指一本で、刀夜の額を突く。

 

「痛ってぇぇぇ!!?」

 

刀夜は悲鳴を上げてその場にうずくまった。ただ突かれただけだ。殴られたわけでも、斬られたわけでもない。それなのに、脳天から魂まで一直線に貫かれたかのような激痛だった。頭を抱えて転がる刀夜を、村正は冷ややかに見下ろす。

 

「なんで自分の召喚獣の能力を、知ろうと思わなかった?」

 

「痛ってぇ……!」

 

刀夜は涙目で反論する。

 

「最初から武器なかったし召喚獣も何も言わないから仕方ないだろ!」

 

その言葉に、村正は一切の間を置かずに言い切った。

 

「言ってたぞ」

 

「え?」

 

「顔」

 

即答だった。

 

「めちゃくちゃ呆れてたはずだ」

 

その一言で、刀夜の脳裏に鮮明な記憶が蘇る。戦場で拳を構えながら、どこか諦めたような、冷めきった目でこちらを見ていた召喚獣の表情。

 

(……あれ、そういう意味だったのか)

 

ようやく点と点が線になった瞬間だった。

 

「さて、お前さんの召喚獣の能力がどうなったかって言うとだな――」

 

村正は一拍置き、炉の前で立ち止まった。その背中は若者のそれなのに、言葉を発する直前の佇まいだけは、長年鉄と向き合ってきた老鍛冶そのものだった。

 

「投影能力が、(オレ)仕様に再設計された」

 

あまりにも当然のように言い放たれ、刀夜は一瞬、言葉の意味を咀嚼できなかった。

 

「……どういうこと?」

 

間の抜けた問いに、村正は溜息混じりに振り返る。

 

「簡単に言やぁ、こうだ」

 

「今のお前さんの召喚獣は――日本刀しか投影できねぇ」

 

「え、限定!?」

 

思わず声が裏返るり刀夜の胃がキュッと縮む感覚がはっきり分かった。

 

「しかも“(オレ)が打った”って条件付きだ。ただ(オレ)の刀なら低コストで投影出来る」

 

追い打ちのように告げられ、刀夜は完全に言葉を失った。

 

(……いや、条件きつすぎだろ)

 

強化なのか、弱体なのか。便利なのか、不便なのか。一瞬で判断できず、頭の中で評価ゲージが行ったり来たりする。

 

「じゃ、他の武器は?」

 

かろうじて絞り出した問いに、村正は肩をすくめた。

 

「理屈上は出せる」

 

希望を持たせる言い方だったが、

 

「だがな、日本刀以外は高コスト、他人の刀でも高コストだ。おすすめはしねぇ」

 

ばっさり切り捨てられた。

 

「ただし」

 

村正は一転して、ほんの少しだけ楽しそうに口角を上げた。それは名工が、出来のいい素材を前にした時にだけ浮かべる表情だった。

 

「相手の剣を“再解釈”することはできる」

 

「再解釈?」

 

「敵の剣を見てだな。その思想、癖、作り手の甘さまで読み取って――(オレ)流に打ち直した剣として投影する」

 

言葉の一つ一つが、刀を打つ工程のように重い。

 

「強そうじゃん!」

 

「その代わり」

 

「点数はそれなりに持ってかれる。安くはねぇぞ」

 

一拍置き、視線が鋭くなる。

 

「だが――」

 

村正の目に、確かな刀光が宿った。

 

「斬れ味は保証する」

 

その一言で、すべてが納得できてしまう重みがあった。刀夜はしばらく黙り込み、頭の中でこれまでの戦いを思い返す。拳。殴打。ステゴロ。本来なら刃を振るうための力を、素手で浪費していた事実。

 

やがて、ぽつりと呟いた。

 

「……じゃあ俺、とんでもなく強い能力を、知らずに素手で戦って、しかもその能力使うこともなく、今度は癖が強い能力しか使えないと?」

 

村正は一切の躊躇なく、即答した。

 

「そうだ」

 

そして、情け容赦なく付け足す。

 

「包丁持ってんのに、まな板で殴ってたレベルだな」

 

刀夜の心が静かに砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、こんな感じだな……じゃ、伝えることは伝えた。お前さんは早く帰んな。仲間が心配してるぜ」

 

村正はそう言って、ひらりと手を振った。炉の火は相変わらず赤く揺らめいているが、その景色がやけに遠く感じられる。刀夜は、はっと現実を思い出した。島田に思いきり殴られ、情けなく気絶したこと。そして今なお続いている、Dクラスとの戦争状態。

 

(……やべぇ、状況最悪だ)

 

「ありがとう、村正」

 

そう告げると、村正は軽く鼻を鳴らした。

 

「おう。やるなら、しっかりやれよ……刀夜」

 

「え、いま、俺の名前――!」

 

驚いて声を上げようとした、その瞬間だった。

 

世界が裏返る。音が遠のき、視界が白く弾け――

 

――そして、刀夜は目を覚ました。

 

最初に視界に入ったのは、見慣れた天井でも、心配そうな仲間の顔でもなかった。

 

いた。

 

ものすごくどうでもいい顔が。島田を見捨てようとしていた、あのバカ。明久である。

 

「あ、刀夜が目を覚ま――」

 

言葉の途中で、世界が止まった。

 

「オラァァ!!」

 

次の瞬間、刀夜の手が疾風のごとく伸びた。

 

「ギャァァァァ!目がァァァ!!」

 

本日二度目の悲鳴だった。刀夜は、寸分の迷いもなく明久に目潰しを叩き込んでいた。人は学ばない。だが、体は覚えている。

 

「ひ、酷いじゃないか!刀夜!すっごく心配していたのに!」

 

涙目で抗議する明久に、刀夜はゆっくりと上体を起こし、低い声で言い放った。

 

「そもそも誰のせいでこうなったと思ってんだ!?」

 

その迫力に、場の空気が一瞬で凍りつく。

 

「い、いや、その……」

 

「いいか」

 

刀夜は指を鳴らした。

 

「次に目じゃ済まねぇから覚悟しとけ」

 

「えっ、まだ続くの!?」

 

明久の悲鳴を背に、刀夜はゆっくりと立ち上がる。仲間はいる。敵もいる。

 

(……さて)

 

村正の声が、頭の奥で響いた気がした。

 

『やるなら、しっかりやれよ』

 

刀夜は、にやりと笑った。

 

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