刀夜は明久に「で、俺どのくらい気絶してたんだ?」と聞いたところ、返ってきた答えはあまりにも軽かった。
「え?30秒くらい?」
「……は?」
30秒。よく分かんない世界で刀の墓場を走り、伝説の刀鍛冶に説教され、能力の仕様変更まで食らった男の復帰時間が、たったの三十秒である。
(精神と時の部屋かよ)
刀夜は内心でツッコミを入れつつ、即座に状況を把握した。
戦況は――最悪だ。
「吉井隊長!横溝がやられた!これで布施先生側は残り二人だ!」
「五十嵐先生の通路も、まともに戦えるのが俺一人しかいない!援軍を頼む!」
「藤堂の召喚獣がやられそうだ!助けてやってくれ!」
悲鳴と報告が乱れ飛び、Fクラスの通信網はほぼ断末魔放送と化していた。刀夜は歯を噛みしめる。
(くそ……やっぱりDクラス相手じゃ分が悪い)
いくら士気が上がったところで、基礎戦力の差はどうにもならない。かといって本陣に応援を要請すれば、作戦に割ける時間がごっそり削られる。
「ここはなんとか俺らだけで持ちこたえるしかないぞ、明久!」
「ああ、分かってる!」
この返事だけはやけに頼もしい。
「布施先生側の人達は防御に専念して!五十嵐先生側は総合科目の人と交代しながら効率重視で!藤堂君は――」
一瞬、言葉が詰まる。
「……可哀想だけど、諦めるんだ!」
「ひどくない!?」
どこからか藤堂の悲鳴が聞こえた気がしたが、戦場では情けは命取りである。
『『『了解!』』』
Fクラスは涙を飲んで陣形を組み直す。防御、交代、犠牲。まさに苦肉の策だった。だが、Dクラスもバカではない。
「Fクラスめ、明らかに時間稼ぎが目的だ!」
「何を待っているんだ!?」
「大変だ!斥候から報告だ!Fクラスに世界史の田中が呼び出されたって!」
「世界史の田中だと!?あいつ採点遅いくせに甘い教師じゃないか!長期戦に持ち込む気だな!」
「やばい!明久の策がバレた!」
「やっぱり防御に徹し過ぎた!」
刀夜は舌打ちする。
(くそ……教師性能メタまでバレたか)
世界史の田中先生は時間がかかるが点が入りやすい。Fクラスはその特性を最大限に利用し、耐久戦に持ち込もうとしていたのだ。
――だが。
「吉井、鍔守。本陣からの情報だ」
先程、島田を引きずっていった須川が戻ってきた。「Dクラスは、数学の木内を連れ出したらしい」木内先生は採点は鬼ように厳しい。だが速度は神。「一気に仕留めに来てるってわけか……!」
完全に対称戦略だった。
「須川君!」
明久が須川を呼び止める。
「偽情報を流してほしいんだ。時間を稼ぐ為に」
なるほど、と刀夜は頷く。策としては悪くない。
――ただし。
(総司令部は雄二だ)
あの男が絡む時点で、作戦は高確率で「余計な味付け」をされる。特に明久が犠牲になる確率がたかい。
しかし
(まあ、いいか)
刀夜は明久を見捨てることにした。理由は単純明快。自分が島田に殴られて気絶した原因の九割九分九厘が、今目の前で指示を出しているコイツに詰まっているからである。
(因果応報って言葉、知ってるか明久...!)
刀夜は内心でそう呟きながら、そっと視線を逸らした。助けないわけじゃない。ただし、積極的には助けない。それだけの話である。戦場では、冷静な判断が何よりも重要だ。そして今、刀夜は史上最高レベルに冷静だった。「明久を見捨てる」という判断において。
『塚本、このままじゃ埒があかない!』
『もう少し待っていろ!今、数学の船越先生も呼んでいる!』
その通信を聞いた瞬間。
「「なにぃ!?船越先生だって!?」」
明久と刀夜の声が、見事なユニゾンで重なった。船越先生45歳、女性、独身。呼ばれた理由は、おそらく採点ではない。断じてない。立会人という名の戦場拡張装置である。
ただでさえ実力差のあるDクラス戦。※Fクラス視点
ここに教師が一人増えるという事実は、戦力差が「差」から「絶望」に変わる瞬間を意味していた。特に刀夜は数学が致命的だった。数字を見るだけで思考がフリーズするタイプである。船越先生と対峙した瞬間、彼の召喚獣は点数以前に精神的に爆散する未来しか見えなかった。
――その時。
ピンポンパンポーン
《連絡致します》
校内に響いたその声に、明久がハッと顔を上げる。
「この声は須川君!?」
放送は職員室ではない。方向的に――放送室。
「ファインプレーだよ須川君!」
明久は感動すら覚えていた。だが、刀夜の胸には拭いきれない不安が残っていた。そして、その不安は数秒後、見事に的中する。
《船越先生、船越先生》
校内放送が続く。
《吉井明久君が、体育館裏で待っています》
ここで一瞬、空気が止まった。
《生徒と教師の垣根を越えた――男と女の話があるそうです》
沈黙。
(えげつねぇことしやがる……)
刀夜は天を仰ぎ明久の顔は、みるみるうちに蒼白になっていく。無理もない。船越先生は、婚期を逃しに逃しまくった結果、「単位」という名の凶器を携えて交際を迫る存在へと進化してしまった教師である。こんな放送を聞けば、彼女の向かう先は一つしかない。
明久の貞操である。
「吉井隊長……アンタぁ……男だよ……!」
「俺たちの勝利のために、そこまで……感動したぜ……!」
「ち、違う!僕はそんな指示出してない!本当に出してないから!」
だが、時すでに遅し。
『おい、聞いたか今の放送』
『ああ……Fクラス、本気で勝ちに来てるな』
『隊長が……自分を犠牲に……』
敵であるはずのDクラスですら、ざわつき始めていた。ここで、刀夜がニヤリと笑う。この流れで乗らない理由がない。
「お前らッ!!」
刀夜は声を張り上げた。
「明久が自分の貞操を犠牲にしてまで、この戦争を勝とうとしてるんだぞ!!明久の死を無駄にするなっ!!!」
「刀夜ぁぁぁ!!なんて恐ろしいことを言うんだ!!」
だがもう止まらない。
「隊長の分まで戦うんだぁぁ!!」
「この勢いでDクラスを押し返すぞ!!」
士気は、異常な方向に最高潮へ達していた。
「……」
明久は、黙っていた。
「隊長?いけますよね!?」
「……」
「……隊長?」
「……す」
「す?」
次の瞬間。
「須川ぁぁぁああああああああああああっ!!!」
魂の叫びが、廊下を貫き、階段を越え、校舎全体を震わせた。Fクラスは、隊長の貞操を賭けた戦争へと突入していくのであった。
⸻
「工藤信也、戦死!」
「西村雄一郎、総合科目残り僅か!」
「森川が戻ってこない!やられたか!?」
悲鳴と報告が入り乱れ、廊下の空気はすでに戦場というなの戦死者の墓場だった。Fクラスの戦力はみるみる削られ、気がつけば残っているのは――
「……なあ、明久」
「ん?」
「俺たち、2人だけじゃね?」
彼の声が妙に乾いていた。視線を巡らせても、仲間の姿はない。あるのは、戦死表示と粉塵と、希望の残骸だけ。
そのときだった。
「見つけたぞ!」
「Fクラスの残党は、隊長とその相棒か」
現れたのは、Dクラスの笹島と鈴木。数も実力も上。普通ならここで心が折れる場面だ。
だが。
「刀夜、行くよ!」
「あぁ!ここは俺たちが迎え撃つ!」
二人は前に出る。
「吉井明久」
「鍔守刀夜」
互いに自分の名を名乗り――
「「
光と共に召喚獣が現れた。明久の召喚獣は、学ラン姿に木刀という、昭和の不良感あふれる仕様。一方、刀夜の召喚獣は――
「……武器、ないよね?」
明久が恐る恐る確認する。だが、刀夜は余裕の笑みを浮かべた。
「心配すんな。俺は戦える」
そう言って、一歩前に出る。その動作に合わせて、召喚獣も同じように腕を前へ伸ばした。
「
その言葉と同時に、刀夜の脳裏に浮かぶ情景がある。
赤く焼けた炉。金床。叩きつけられる鋼。そしてやたら口の悪い刀鍛冶の怒鳴り声。
(イメージをより具体的に――形、重さ、刃文……)
キィン、と澄んだ金属音が響き、召喚獣の手の中に、一振りの日本刀が具現化した。
「出た……!」
本来なら、千子村正の投影はもっと割り切った姿になる。柄も鍔もなく、「斬れりゃいいだろ」と言わんばかりの実用一点突破の刃、それが村正クオリティだ。
はずだったが、刀夜の場合は事情が違った。先祖が刀に関わっていたという、血筋が、ここでまさかの仕事をし、召喚獣の手に現れたのは、柄も鍔も完備された完全体の日本刀だった。
「……フル装備じゃん」
刀夜自身が一番驚いた。向かってくる敵の召喚獣と、正面から激突。鍔迫り合いになりそうになった、その瞬間。
(打ったの千子村正だぞ、切れ味舐めんなよ!)
「ハァ!」
横からの一閃。敵の剣は、まるで存在を否定されたかのようにスパッと切断された。
「え、今の一撃で!?」
だが、次の瞬間。
パキン。
「……あ」
刀夜の刀が、綺麗に折れた。
(やっぱ点数が低いと耐久性に問題があんな……)
冷静な自己分析をしている場合ではない。敵はまだ目の前にいる。だが刀夜は慌てなかった。召喚獣は右にくるりと回りながら、
「
折れた刀が床に落ちるよりも早く、左手に新たな日本刀が投影され、しっかりと握られていた。
「二刀流!?」
誰かが叫んだ気がした。
ザンッ!
折れた刀のことなど、もう忘れたかのように、左手の切り上げが敵の召喚獣にヒットし、最後に振り下ろし敵の召喚獣のライフは0になった。召喚獣はそのまま光の粒子となって消滅。
戦闘不能。
「……」
静まり返る廊下。
刀夜の召喚獣は、満足そうでも呆れたようでもない、『最初からこうしろ』と言いたげな顔をしていた。
(ああ、やっぱり怒ってたんだな)
そのまま刀夜は明久の援護へ向かおうとするが――
「まずい!Dクラスの援護が来る!」
「刀夜!こっちに!」
明久の合図で合流した次の瞬間。
明久は――
「えいっ!」
窓に向かって、上靴を全力投擲。
ガシャァァン!
『な、なんだ!?』
『何事だ!?』
即席の騒音テロ成功であった。
「うわっ!島田さん!そんな物をどうする気だよ!」
完全なる名指し濡れ衣。さらに明久は壁の消火器を掴み――
ブシャァァァッ!!
白煙が廊下を覆い尽くす。
「うわっ!前が見えねぇ!」
「ぺっぺっ!消火器の粉末じゃねぇか!」
「島田さん!君はなんてことを!」
芝居は完璧である。
(……俺は知らんぞ、明久)
混乱するDクラス。
「Fクラスの島田め!卑怯だぞ!」
「彼女にしたくない女子ランキング入り決定だ!」
「在学中、彼氏できねぇ呪いをかけてやる!」
「……でも、男らしくてステキ……お姉さま……」
「おい待て、最後の一人補習室行ったはずだろ」
ツッコミが追いつかない。
その隙に、刀夜と明久は背後にいた雄二たち本陣と合流出来た。こうしてFクラスは、刀と消火器と濡れ衣による奇跡の撤退を成功させたのだった。